私、鹵獲されました。
どちらかと云えば小柄な方に分類される体躯。その私を大きく開いた両足の隙間に置き、後ろから抱き締める女性の名はスオミ。私の後頭部に顔を埋めながら深呼吸を繰り返している。助けを求めるようにミッコとアキを見つめるも、ミッコは無言でBT-42に乗り込み、アキは苦笑を浮かべるばかりで言葉一つかけてくれない。そんな中でカンテレの音が鳴り響いている。雰囲気を盛り上げる為なのか、ミカはイエヴァンポルカをひたすら弾き続けていた。嫌がらせかな?
イエヴァ、私のイエヴァ。と後ろから囁かれるのは怖すぎる、後ろを振り向けない。
「とりあえず戦車に乗らないの? そのために来たんだし?」
「女同士、密室、訓練、何も起きないはずがなく……」
「起こしたら二度と同じ戦車に乗せないよ?」
不貞腐れるように私を抱きしめる腕に力が込められる。
助けて、と改めてアキに視線を投げると、頑張って、と視線だけで励まされる。どうしたものか、と悩んでいるとスオミに後ろから抱えられたまま、T-34の方へと連れて行かれた。「松葉杖がないと私、歩けないよ?」と問えば「大丈夫、私が貴方の脚になるわ」と言われた。さいですか。ミカの奏でる旋律が何時の間にか、ドナドナに変わっている。
せめてフィンランド民謡にしようよ、と思いながらドナドナされる子牛の気分を噛み締めた。
とりあえず戦車道を始めるには戦車を動かすことが第一だと考えて、私は自分をキューポラに、スオミに操縦席へと乗り込むように指示を出した。
決して距離を取ろうとした訳ではない。また片脚では弾を込めることも難しいので、自動装填装置を取り付ける必要も出てくるかもしれないなあ――などと考えながらハッチを開ける。すると、まだ何も触っていないのにエンジンがかかった。慌てながら中を覗くと見知らぬ二人の姿、共に継続高校のジャージを着ていることから継続生であることがわかる。
「これがアクセルで、これがブレーキか? クラッチはこれかな? このレバーで操縦すんのかな」
「姉さん、勝手に動かしちゃ不味いよ……それで退学になりかけているんじゃない……」
「ばっかだな〜、マリ。先ずは動かさないとなにも分からないだろッ!」
ちょっと待って、という前にスオミが私を抱き寄せる。お姫様抱っこの素晴らしい身のこなしでキューポラから戦車内に乗り込むと同時に戦車が走り出す。
「と、止ま……止まりな、あぐっ!」
「うおっ、とぉっ! 意外と戦車って速いんだな、このまま道路に出て、どれくらい速度が出るのか試してやろうぜッ!」
「姉さん! 誰か車内に入ってきた、たぶん戦車道部の人だよッ!」
「なら好都合じゃないか! これで戦車道部生の監督下で思う存分に乗り回すことができるってもんだな!」
「許可してないからぁっ! 戦車舐めんな、道路に出るなァーッ!!
私が守ります、とスオミが後ろから抱き締める中でT-34は一般道を爆走する。
その後、案の定と云うべきか。無茶な操縦に履帯が外れて擱座。会長に呼び出される結果になった。
周りに被害が出なかったことだけは良かった、本当に良かった。
†
継続高校において、エトナとマリの姉妹と云えば有名だった。
とはいえ有名なのは専ら
それに慌てたのが妹のマリだ、姉であるエトナの危機を知った彼女は生徒会室に乗り込んできた。
「退学だけは許してくださいっ!!」
蹴とばすように扉を開け放たれたかと思えば、マリは飛び込むように綺麗な土下座を決める。そんな彼女の様子に呆然とする生徒会役員、その中で私、
「チャンスは何度も与えてきたはずだ。それを不意にしてきたのは君のお姉さんではないか」
「そ、それはそうですが……」
「あと話に聞く限りでは、まるで反省する様子がないと聞いているぞ。この前、うちの役員が口説かれた」
「私からも、ちゃんと言い聞かせて……」
「それで言い聞かせられたことが一度でもあるのか?」
マリは押し黙り、涙ぐんだ目で下唇を噛み締めた。
身を震わせる彼女の姿に心が痛まないでもないが、しかし彼女の姉であるエトナの悪行は生徒会が許容できる範囲を明らかに超えている。元から風紀の乱れている我が校だからこそ――あまり校則を徹底しすぎると登校する生徒が半数を割るので――今まで大目に見てきた部分もあるが、流石に限度はある。
残念だがエトナには――と、そこまで考えたところで一つ、妙案を思いついた。
「よし、最後のチャンスをやる」
「本当ですか!?」
「ああ本当だとも、ただし、これが最後のチャンスだ」
私は爽やかに微笑みんでみせる。
場合によっては許してやる、と言っているのに何故かマリは顔を青褪めさせた。
ただし、と私は口角を上げて、条件を突きつけてやる。
「戦車道に入り、更生することが条件だ」
彼女の思っていたよりも軽い条件だったのか、ぽかんとした顔を浮かべてみせる。もちろん、と私は付け加えた。
「妹のお前にも協力してもらうからな」
その言葉にマリは意を決したように頷いた。
†
「という話だったのだが……」
生徒会室、会長の茶子が呆れたように溜息を零す。
風紀委員に捕縛されたエトナは憮然とした態度で首から「私は愚か者です」と書かれた看板を下げており、荒縄で四肢を縛られた状態で正座させられている。その隣で土下座しているのはマリであり、「このバカ姉が申し訳ありません」と繰り返し続けていた。
どう思う? とでも言いたげに会長が私を見る。助けてください、と私は会長を見つめ返した。そっと目を逸らされる。
「暑いんだけど?」
「私の心は寒いわ、すきま風が酷いの……もっと手を絡めて、腕を絡めて、肌を密着させなきゃ……」
「スオミ、怖いんだけど?」
「あゝ、私の名前を呼んでくれたのね。嬉しいわ、もっと呼んで、そうすれば寒くなくなるわ」
「気持ち悪いんだけど?」
長身の金髪少女が私の隣に座り、体を密着させていた。先ほどから荒い鼻息が頰に吹きかけられている。
「さて、二人の処遇について……」
「その前に助けてくれない?」
「ただちに影響はないと判断した」
ばっさりと会長が答える。その言葉で「あ、はい。そうですか」と私の目から光がスゥッと消えた気がした。顎下に手を添えられる、スオミが自分の方に顔を向けさせようとするが断固拒否する。グギギと水面下で力比べをしていると会長が改めて口を開いた。
「二人の処遇についてだが、茨城ちゃん。君の判断に任せようと思っている」
バッと救いを求めるように妹が顔を上げる。その顔はまるで飼い主に捨てられそうな子犬のようであり、彼女一人であれば救ってやりたいと思う。その前に救われたいと思う、今にも私に食ってかからんとする隣の猛獣から私を救ってくれないだろうか。
「大丈夫、私が守ってあげるわ」
「……それじゃあ自分に首輪でも付けといてくれる?」
「リードの先を持つのが貴方なら喜んで」
むしろお願いしたいくらいだわ、と薄っすら笑うスオミにゾゾゾと背筋に寒気を感じた。
「えっと、マリさんだっけ? 今の私を助けてくれたら姉さんのことを許してあげてもいいよ」
私がにっこりと笑顔を浮かべると「……へえ?」とスオミの意識が私から外れた。彼女が今、どのような顔をしているのか分からない。ただマリの顔色が面白いように青褪めていくことだけはわかった。絶望に抗うのは難しい癖に、希望が潰えるのは一瞬だ。
「姉さん、僕には無理だ。ごめんね」
「マリ!? おい、マリ! 私を裏切るな! お前だけが私の味方だったじゃないか!!」
「今から高認の対策を始めた方がいいよ。大丈夫、僕も手伝ってあげるから、ね?」
つい先程まで豪胆な態度を取っていたエトナであったが、妹に見捨てられた今、その顔は絶望に染まりきっていた。
きっと自分と同じ顔をしているに違いない。ふふん♪ とスオミは上機嫌に鼻息を立てると再び私に意識を向ける。
「とりあえず二人は戦車道所属ってことにしておくから後は任せた」
会長が投げやりに告げると手元の資料を読み漁り始めた。
「……そういうのは隊長のミカに押し付けるものでは?」
「バカか? ミカに更生なんてできるわけないだろ。むしろ不良児が増えるわ」
ごもっとも、と私は現実逃避気味に生徒会室のソファーの背凭れに身をゆだねる。
それから姉妹に向かって「また同じことをされても困るからね」と前置きした上で「同じチームとして頑張ろう」と健やかな笑顔を向けた。なにはともあれ、これでプラウダ高校との試合ができる。
私が満足げに頷く横で、じっと二人を見つめるスオミ。何故かマリは再び顔を青褪めさせていた。
†
私の体は戦車道を拒絶するようになっていた。
それは戦車や戦車道が嫌いになったからとかではなくて、ただ吐き気を催すのだ。戦車に乗ろうとすると吐き気を感じ、キューポラから頭を出して見る光景に目眩を覚える。どうしてこうなってしまったのか、原因は分かっている。思い返されるのは全国大会決勝、川に落ちたIII号戦車J型が激流に呑まれる光景が脳裏に焼き付いて離れない。そして病院で見た、幾つもの管に繋がれたままベッドで眠る
夢で何度も見る。あの時の光景が、あの時の選択が、繰り返し、繰り返し、何度も私に彼女を見捨てさせる。
もう耐えきれなかった。黒森峰では何処に行っても戦車道の話題が出る、何処に行っても戦車道に関わるものが目に入る。だから外に出ることができなかった。部屋の中にあるボコのぬいぐるみを抱きしめる。ボコは凄いと思う、尊敬する。何度、倒されても何度でも立ち上がる。勝てなくても、負けると分かっていても何度でも立ち向かうことができる。何度でも挑戦する。それが今の私にはできなかった。ご飯は小梅とお姉ちゃんが持ってきてくれた。それを食べて生き繋いでいる自分が情けなかった、立ち向かわなきゃって思っている。でも、どうしようもなかった。体が戦車を、戦車道を受け付けてくれなかった。
ここにいると駄目になる、今では呼吸をしているだけでも自分に嫌気が差す。
だから立たなきゃって思っている。ボコのように立ち向かわなきゃって思っている。そうじゃないと周りに迷惑をかけ続けることになる。だから私はこれ以上、みんなの迷惑にならない為に黒森峰を出る決意を固めた。
そして、そのまま、お姉ちゃんにだけ相談して、戦車道のない高校。大洗女子学園へ転入することになった。
何度かかかってきた電話は、未だに怖くて出られていない。
最近、新しく出たガルパンの二次創作が面白いので筆が止まるんじゃあ!
でも日刊ランキングに乗ったの嬉しいから頑張る!