あと数話、プラウダと聖グロの物語にお付き合い頂けると幸いです。
「うばうばうばうばうばうばうばうばうば…………っ!!」
目の前のことに意識を集中させる、限界まで五感を解放する。戦場に居る全ての人間の意識を掌握する。
今、この場にいるプラウダ高校で最も強かったのは、確かライサとかいう人だ。試合前のメンバー表で見た。私の喉元に最も近かったのはファイーナ。最も厄介だったのは隊長のナターリアだったけど、彼女はラウラが守っていたから手出しが難しかった。そして現在、私の前に立ち塞がるのは響、BT-7M快速戦車。火力偏重のプラウダ高校の中で珍しく機動力を重視する戦車、唯一の一年生チーム。あの戦車からぶつけられる敵意の質が今まで敵対してきた全ての人種と異なっていた。
敵意に無駄がなく、洗練されている。澄んだ敵意は研ぎ澄まされたナイフのように美しく、恐ろしかった。
いや、あれはナイフなんて生温いものではない。
あれは拳銃だ、ただ他者を殺す為に効率を追求した一種の芸術作品。機能美の象徴とも呼べる存在が私の命を狙っていた。ぶるりと身を震わせる。恐怖で凍えてしまいそうだった。カチカチと奥歯を打ち鳴らす、それでも私は操縦桿を握り締める。
今にも逃げ出したくなる思いを噛み締めて、ポロポロと涙を流しながら挫けそうな戦意を維持する。
「ああもう! そのうばうば言うのをやめなさい!」
「うばぁっ!?」
「ほらまた! でこぴんするわよ! あんたのそのうばうば言ってるのを見ているとイライラする!」
「お、おい……今、言うことじゃ……」
後ろで砲手を務めるGI6の子が頭を掻き毟りながら声を荒げた、それを宥めるのは装填手の子だった。
「違うのよ、今だから言うのよッ! この馬鹿にッ!!」
しかし砲手の子は止まらず、荒げた声で目一杯の思いを叫んだ。
「私達はこれでも諜報分野ではエリートなのよ! 諜報って知ってる!? 賢くないとできないの、馬鹿には務まらない役割なの! 学年主席だって所属してるのよ!? 情報を集めるだけ!? ふざけんなぁッ! 集めた情報の裏を取り、そして穴の空いたピースを推測で埋めるように情報を精査するッ!! 時には他校からの間諜行為を妨害し、時と場合と状況に応じて数多ある情報の中からピックアップして提出するッ!! ああもう、いくら時間があっても足りやしない! なんで私、こんなことしてるの!? なんで戦車道してんの!? この試合が終わった後、私、プラウダ高校の情報をレポートに纏めて、提出しなくちゃならないんですけど!? 前年度と今年度で戦い方も変わった原因とか、来年度の中心人物とか、傾向とか、そもそも集める情報の優先度をランク別に分ける作業とか! と言うかこれ絶対に高校生がやる内容じゃないっていうか、ガチ過ぎて怖いッ!! そりゃあGI6に所属していたっていうだけで就職有利にもなりますよねぇっ!?」
発狂するように早口で語り出す彼女に「ご、ごめんなひゃい……」って泣きながら謝ると「ああ、もう!」と怒鳴られる。
「謝るなぁっ!! これ以上、貴女の為に手を尽くしているGI6を侮辱するなぁッ!! 私を惨めな気持ちにさせるな! 私のことを思うなら、ドンと胸を張って生きやがれってのよッ!!」
「ひ、ひえ……」
「そういうところがほんっとうに気に入らないッ!! GI6の皆は貴女の能力を認めている、信じているッ!! 貴女が自分自身を認めないって、私達を認めないのと同義だぞ!! 自己嫌悪も程々にしやがれッ! 誇らせろ、頼りにさせろッ! 貴女の力になれて良かったって、ほんの少しでも良いから思わせてよッ!!」
そんなことを言いながら彼女は更に一輌の戦車を撃破する。彼女は仕事のできる女なのだ、私とは違って。
「引き金を引くだけの簡単な仕事です――って、ふざけんなあっ! 今、何もせずとも照準器の中心に敵が入り込んできたわよ!? こんなん私の手柄じゃない、良い加減に自分を認めろぉッ!!」
怒鳴る砲手に肩身の狭いを思いをしながら操縦幹をガチャガチャと動かし続ける。
目の前のことに集中したいので「うばうば……」と無意識に零せば「そのうばうば止めろ!」と叱られてしまった。車長は私のはずなのに足でゲシゲシと背中を蹴られるし、その振動でちょっと操縦を失敗するし、もう踏んだり蹴ったりだ。踏まれるのも蹴られるのも私だけど。
なんだか悲しくなってきて泣いたら怒られるって分かっているのに「うばぁっ!」と泣いてしまった。
「ああもう、うばうばうばうば……五月蝿いっての!!」
そう怒鳴られて、背中を思いっきり蹴られた。
うばぁっ……それにしても、さっきから追いかけてくるBT-7M快速戦車が厄介だなあ。上手く味方の射線を使って、決定打を私に与えないように動いている。それでいて、何時でも私のことを倒せるようにキチッと狙い澄ましている。ううっ、そこまで警戒することないのに。
アレの相手をする時は、先に周りから削っておかないと難しそうだ。
†
「こうも簡単に僚機を落とされるのは、護衛艦としての矜持を傷つけられたような気分だね」
縦横無尽に戦場を駆け抜ける化け物にとって、鈍重な重戦車は格好の獲物だった。
先程から私と撃ち合いつつ、その通りすがりにKV-1重戦車とKV-2重戦車が撃破されてしまっている。砲塔の向きを変えられないSU-152自走砲の一輌に関しては歯牙にも掛けていない様子であった。現状で三対一、ナターリアの指揮を以てしても敵戦車の動きを止めることもできない。まだ対等に戦えているのは、ナターリアが私の動きに合わせてくれているおかげだった。
単騎で戦えるほど、温い相手ではない。
先ず能力に差があり過ぎる。戦車道を始めて数ヶ月の私達では、あのクルセイダー巡航戦車に太刀打ちできない。タシュケントが居れば、もう少し対抗も出来たかもしれないが――いや、それでも単騎で倒し切ることは難しそうだ。それに今、私の足になってくれている一年生の子も腕が良い。少なくとも私が指示を出す分には過不足なく動いてくれた。となれば、これはもう誰かが劣っているという話ではなくて、ただ単に相手が悪いということだ。
ナターリアの援護射撃、それによって敵戦車の動きが制限されたところで追撃を仕掛けた。しかし相手は車体を器用に回転させながら砲弾を避けるか、避弾経始で砲弾を弾いてみせる。そして砲弾を弾く時は、その衝撃をも利用して次の動きに繋げるのだから容赦ない。絶対に間に合わないタイミングであっても、砲撃の反動を利用して無理やり軌道を曲げることもある。ここまで来るともう理不尽って言葉が似合っている。先読みしても、更にその先を読まれる。というか読んだ先から軌道修正される。溜息ひとつ、あの戦車に乗っている人物。生まれる時代を少し間違えていないか?
そんなことを考えている内に、ドカンとSU-152自走砲が撃破されてしまった。
残りはナターリアと二輌だけだ。これはもう潮時か、と通信機を片手に取る。
「隊長、それにカチューシャも聞こえているね?」
『響、どうしたの!? ちょっと通信している余裕なんて……危なッ! ああもう、あいつ早いッ!』
『ええ、聞こえているわよ。端的に言いなさい』
うんうん、カチューシャは話が早くて助かる。ナターリアも提案すれば乗ってくれるはずだ。
「これから私と隊長は森林地帯に逃げ込もうと思う」
『……本当に、それほどの相手なの?』
「私達だけじゃ無理だ、あれはもう手に負えない。逃げに徹するよ」
言いながらも敵の動きを警戒する。いやもうこれ、同じ戦車に乗っているとは思えないような気持ち悪い機動をしていた。というよりも、もうこの開けた場所に居るだけでも危うい。ナターリアはといえば、私達の通信を聞くや否や一目散に森林の中へと向かっていた。
『ああああああ! 追いかけてくる! あの悪魔が追いかけてくるっ!?』
「隊長、もう少し引き付けてもらっても良いかな? その間に私も森林地帯へと向かうよ」
『この子、先輩を囮に使うんですけどーっ!?』
『良いから囮になってなさい。仮に倒されたとしても単騎なら貴女よりも響の方が戦力になるわよ』
『後輩達が二人揃って酷い!』
通信を切り、目の前の森林に突っ込むように操縦手へ指示を出す。
カチューシャとノンナ、それにもう一輌。残る車輌を集めてからもう一度、再戦するのが妥当だ。その為には、あのクルセイダー巡航戦車の追撃を凌がなくてはならないのだが――凌げるか?
まあ凌ぐしかない。それが如何に困難であったとしても、それ以外に手はないのだ。
†
十三対一。その状況を聞いた時、私、アールグレイは大きく溜息を零した。
私の最後の夏は終わったのだと勝手に悟ってしまった。その想いを恥じたのは直後のことだ。ウバの継戦宣言、そこから怒涛の猛反撃。私は知っている、彼女の能力を。私は知っている、彼女の過去を。そして人は誰しもが強くないことを知っている。ウバは希望を持つことに忌避感を抱き、期待を抱くことに嫌悪感を持つ。そんな彼女が自分の意志で立つことは、きっと私では想像が付かない程の苦難と葛藤があったに違いない。一輌、二輌、三輌と敵戦車を撃破したという報告が届く度に、私は下唇を噛み締める。
どうして私は今、彼女の傍に居られないのだろうか。どうして私は見ている事しかできないのか。どれだけの不安を押し殺し、どれだけの恐怖に晒されながら彼女は戦っているのだろうか。彼女は典型的な虐められっ子だ。特定の誰かからは虐げられ、ほぼ全ての人物から見下される。そんな彼女は今、聖グロリアーナ女学院の為に戦っている。
私が今、彼女の為にできることはないか。あの子が勇気を振り絞って頑張っているというのに、此処でなにもせずに指を咥えて見ていることなんてできなかった。
そんな時、ふと目に入ったのは一機のドローンだった。
†
第62回全国高校戦車道大会。
全国戦車道連盟が新体制になってから初めて行われた大会は、事故が頻発していることで有名だ。
その原因は一言で言ってしまえば、人員不足。来年度に行われる第63回全国高校戦車道大会は反省点が改善されて、事故なし、事件なし、で汚名返上を果たすことになるが、今大会ではヒューマンエラーが散見されていた。だからきっと、これから行われることもその一環であったと云える。
ドローンには現場の臨場感を与える為に集音機能が取り付けられており、砲撃音や走行音、時には選手達が張り上げる生の声をも収録する。
そのドローンは操縦に人手が割かれており、集めた情報をスクリーンに映し出す映像担当は一人だけだった。そして、その担当者は観客に分かりやすいようにリアルタイムで地図上に各戦車の配置を映し出したり、撃破された戦車にバツ印を付けたり、兎に角、任されている仕事が多過ぎた。
これは、その為に起きた人為的事故のひとつだ。
ピャ〜……ピャ〜ピャ〜ピャラララ、ピャ〜ピャ〜ピャラララ♪
唐突に無駄に高音質でライブ仕様な巨大スクリーンのスピーカーからバグパイプの音色が響き渡った。
巨大スクリーンの液晶、その右上の隅っこにはワイプ映像のようにバグパイプを抱えたアールグレイの姿がある。金色の長髪が風に吹かれて、靡いた髪の一本一本が太陽の光を反射して煌びやかに輝く。凛とした顔立ち、直立した姿勢からバグパイプを奏でる姿は小粋で麗しかった。切れ長の双眸から凛と輝く碧色の瞳は、ドローンのカメラを通じてただ一点を見つめている。
観客席に動揺が走る、逆に静まりかえったのは聖グロリアーナ女学院が集まる応援席だった。
アールグレイのワイプ映像をそのままに巨大スクリーンに映し出されるクルセイダー巡航戦車の勇姿。
それが普段、彼女達がジョバ子という蔑称で見下してきた少女が乗っていることはフラッグ車であることを示す三角旗が証明していた。誰の口からも声が出ない、簡単には認められなかった。彼女について記憶にあるとすれば、うばうばと泣き喚いて、アッサムとアールグレイに庇われて慰められている姿ばかりだ。だから彼女が継戦宣言をした時も、お前如きが何を背負うというのだ? と嘲笑半分で聞き流していた。プラウダ高校の戦車が一輌が撃破された時、観客席から感心する声が聞こえた。二輌が撃破された時、感嘆の声が上がった。三輌、四輌と続けば、驚嘆に声が薄れて、五輌を超えた時、観客席が喝采で湧いた。たった一輌が見せる獅子奮迅の大活躍、もう此処まで来れば、疑惑よりも期待の方が上回っていた。六輌を撃破した時、観客席の誰かが「六ッ!!」と叫んだ。七輌を撃破した時、聖グロリアーナ女学院とプラウダ高校の生徒を除いて、「七ッ!」と観客の想いがひとつとなった。「八ッ!」と観客全員が叫んだ。
此処まで来たら最後まで見てみたい、伝説が誕生する瞬間を見届けたい。戦車道の歴史に刻まれる伝説の一戦、その場に自分が居ることを誰もが自覚した。
「負けんな響! 負けんな隊長!」
プラウダ高校の生徒の一人が叫んだ。
伝説の誕生なんて認めてなるものか、自然と応援に熱が入る。あのクルセイダー巡航戦車の異常さを理解して、それでも「負けるな!」と声を荒げる。「カチューシャ、何時もの生意気さは何処行った!?」「ノンナ、早く駆け付けろ! 重戦車なんて言い訳にならないぞ!」「隊長、お願いします! 勝ってください!」今もまだ戦場を駆ける者も、戦場から離脱した者も、観客席に座る者も、誰もが必死だった。
対して聖グロリアーナ女学院はどうか?
誰もが困惑していた。信じられなかった。あのジョバ子が、あの情けない子が、あの泣いてばかりの子が、あの戦車に乗っているなんて信じられない。声援を送れないのは、ちっぽけな自尊心と後ろめたさからだ。今更どの面下げて、応援できるというのか。アールグレイのバグパイプの音だけがウバを応援する。回収されるチャーチル歩兵戦車の脇で、アッサムだけがウバの勝利の為に祈りを捧げる。観客席を湧かすウバの活躍に、ただただ呆然とする他になかった。
ただ聖グロリアーナ女学院には、空気の読めない子が一人居た。
♪〜
誰かは口にする。アレキサンダー、もしくはヘラクレス。
“Of Hector and Lysander, And such great names as these♪”
ヘクトルにリュサンドル。偉大なる者達の名を並び立てる。
“But of all the world's great heroes, There's none that can compare♪”
しかし世界中の如何なる英雄であっても我らに比する者なし。
“With a tow, row, row, row, row, row, St. Gloriana Girl's College♪”
いざ唱えよう、聖グロリアーナ女学院の名を。
〜♪
戦場から離れて、巨大スクリーンのスピーカーから流れるバグパイプの演奏を聴いたルクリリが拡声器を片手に歌い始めた。無論、これは直ぐ近くにいる係員に取り押さえられて厳重注意を受けることになる。アールグレイも時間の問題だ。しかし、ここで応援席に居た聖グロリアーナ女学院の生徒からポツリと続きを口にする者がいた。一人、また一人と口遊む。そこからは早かった、気付けば全員が英国擲弾兵を口にしていた。
♪〜
古代の英雄は砲弾を知らない、
“Or knew the force of powder, To slay their foes withal♪”
敵を粉砕する火薬の力も知らないだろう。
“But our brave girls do know it, And banish all their fears♪”
しかし勇敢なる我らは知っている、それらの恐怖を克服する。
“With a tow, row, row, row, row, row, St. Gloriana Girl's College♪”
いざ唱えよう、聖グロリアーナ女学院の名を。
〜♪
全員が大声を上げて歌っていた。
そして試合会場は絶頂を迎える。森林地帯を潜り抜けた三輌の戦車が観客席前にある大広間に現れた時、ワアッと地響きのような歓声が鳴り響いた。巨大スクリーンから鳴る音声を掻き消して、足で床を打ち鳴らす。喉が破けそうな声援を送り、誰かが立って両手を叩き、テンションのままに飛び跳ねる。
新しい伝説の誕生が見たい。
否。今、目の前で起きている戦いこそ、語り継ぐべき一戦である。
異次元の動きを見せるクルセイダー巡航戦車。迎え撃つはBT-7M快速戦車とT-34/85中戦車。その動きはクルセイダー巡航戦車に比べれば見劣りこそすれ、その実力の差を一糸乱れぬ連携を以て埋めていた。
試合は終盤、佳境へと入る。
この会場に居る誰もがありったけの想いを三輌の戦車にぶつける。