隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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全然、筆が進まない。


番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。⑱

 時間にすると三分、たったの三分。と思われるかも知れない。

 現時点で既に八輌の戦車を撃破したクルセイダー巡航戦車を相手に、プラウダ高校のBT-7M快速戦車は驚異の粘りを見せる。

 聖グロリアーナ女学院二年生の安室(あむろ)玲良(れいら)。今はまだ無名の彼女ではあるが、聖グロリアーナ女学院を卒業後、戦車道世界大会の日本チームの一員として参加し、欧州の戦車道プロリーグチームに参入してからは欧州リーグの歴代最多撃破記録を更新するまでになる。その活躍ぶりから欧州の戦車道ファンからはトップガンの名で呼び称えられることになり、日本人では初となる欧州戦車道殿堂入りを果たす。更には人間国宝として推薦される程だ。戦車道を知る者ならば、世界中の誰もがその名を知ることになる。

 まだ成熟しきっていないとはいえ、世界を牽引する天才を相手に信楽(しがらき)(ひびき)はたったの一輌で凌ぎ切った。

 この偉業を知る者はまだ少ない。

 しかし後年、安室の名を世に知らしめた伝説の一戦と共に、信楽響の名も全国に広く知れ渡ることになる。

 

 

 倒せない……ッ!

 操縦桿を小刻みに動かす、誤差はコンマ1秒未満。イメージ通りには動かせているはずだ。

 それでも、あと少しが届かない。砲弾は装甲を掠めているし、弾かれてこそいるが何度か当ててもいる。あと少し、ほんの少し詰め寄れば勝てる。しかし、そのほんの少しの間合いが相手の必中の距離だった。明確な殺意を感じる、絶対に仕留めてやるという覚悟を感じる。眉間に拳銃を突きつけられる感覚に、お腹がきゅうっと苦しくなる。怖い、めっちゃ怖い。あの戦車に入っている子、絶対に何人か人を殺している。そう感じてしまうほどに殺意の質が他とは違い過ぎていた。それでもアクセルを踏み抜いた、泣き出したくなる恐怖を必死で振り切って、お股が緩くなって漏らすのなんかお構いなしで死線を超える。大丈夫、絶対に大丈夫。殺されない、だって特殊カーボンがあるから! 特殊カーボンを信じるのです! そもそも行進間射撃なんて当たる確率の方が低いのだ、と股間が温かくなることに一種の絶望を感じ取りながら「うばあっ!!」と叫んで突貫する。ほんのちょびっと勇気を振り絞る、たったそれだけで私は勝利を掴み取ることができた。

 敵戦車から撃たれた砲弾はクルセイダー巡航戦車の砲塔装甲に弾かれ、返す刃でBT-7M快速戦車の急所に砲口を合わせる。

 これでおしまいだ! と確信すると同時にブレーキを踏み抜いた!

 

「ふぎゃっ!? あ、あんた! 本当に何をやってくれるのよ!?」

 

 折角、倒せたのに――そんな砲手の言葉は急停止した車体前部をスレスレで掠める砲弾によって、掻き消される。横槍を入れたのはIS-2重戦車、その隣には一輌のT-34/76中戦車。そして二輌のT-34/85中戦車、片方にはフラッグ車であることを示す三角旗が風に靡いていた。

 

「間に合わなかったあっ!!」

 

 そして私は「うばあっ!」と泣き叫んだ。

 

 

「……撃って来ない?」

 

 致命的な隙を晒して数秒、混濁する意識の最中、来るはずの衝撃が来ないことに疑問を抱いた。

 しかし、それも「副隊長が来た!」と半泣きな装填手の歓喜の声で氷塊する。そうか、凌ぎ切ることができたか。安堵に、ふっと意識が遠のくのが分かった。いけない、まだ、これからだ。頭を振る、なんとか意識を繋ごうと試みるも、全身が鉛のように重たくて仕方なかった。思えば、少し気持ちが悪い。ふらりとくる頭、体が横に傾いたから、なんとか堪えようと足に力を入れる。その意思に反して、ガクリと視線が落ちた。装填手の子が私の体を支える、霞む視界。地面に帽子だけが落ちた。銀髪の前髪から覗き見る装填手の、彼女の顔が青褪めているのが分かった。私は、そんなに酷い有様かな? 苦笑して、ふと自分の手を見た。真っ赤に染まっている、ポタポタと床に赤い雫が落ちている。ああ、これは、血が足りていないな。理解した時、全身から力が抜け落ちた。

 でもまあ充分に仕事は果たしたはずだ。

 

「間に合ったんだね……」

 

 最後の力を振り絞って、私を支える彼女の手を握り締める。

 唇を動かした、声はもう出なかった。それでも伝わったと信じて、私は瞼を下ろす。

 ああ、うん。どうやら、私の戦いはこれまでのようだ。

 

 

「……本当に、本当によく持ち堪えてくれたわ」

 

 通信機を握り締めながら万感の意を込めて、一年生チームの健闘を讃える。

 なるほど、あれがクルセイダー巡航戦車。確かに風格はある。とはいえ、よくもまあ好き勝手にやってくれたものだ。落とし前はきっちりと付けてやる、と操縦手の背中を軽く蹴った。ナターリアは最後、あの敵を西住まほに例えた。あんな化け物がそうそう居てたまるか、という思いはあるが、あの戦車道マニアがそう簡単に西住まほを引き合いに出すとも思えない。

 もしかすると射線が視えているのかも知れない。なら、と指揮下の戦車に音頭を取る。

 

「あいつを西住まほの練習台にしてやるわ」

 

 通信機を握り締めて、指示を送る。狙いは五輌の戦車を使った包囲作戦。私が居て、ノンナが居て、そして響が居れば、充分にお互いをカバーできる。通信ついでに、その旨をBT-7M快速戦車に送ろうとしたが、しかし、僅かに返事が遅かった。

 

「どうしたのよ、返事をなさい!」

 

 若干の苛立ちを込めた声に『は、はい!』と待っていた人物とは別の声が聞こえてきた。

 

「……響じゃないわね? どうしたのよ、ねえ、響はどうしたの!?」

『隊長は負傷しました! 今は戦車の端で横になってもらっています!』

「……は?」

 

 負傷? いや、先ずは響の容態の確認が――――

 

『……だ、大丈夫です!』

「大丈夫って……あんたねえ?」

『大丈夫です、戦えます! 戦わせてくださいっ!!』

 

 ――熱の入った声に一瞬、声を詰まらせる。いや、ない。こういう時、大丈夫っていう奴は絶対に信用できない。さっさと離脱させるか、運営に報告して降伏扱いをして貰うべきか。

 

『後は任せたって、響が言ったんです! 任されたんです!』

 

 だから、と声が入ったところで、ドォンと砲撃音が鳴り響いた。空気が震わせる振動に、キューポラの中から外を眺める。クルセイダー巡航戦車が走り出していた、どうやら敵は待ってくれないようだ。視界の端でBT-7M快速戦車が動き出すのを見て、ああ、もう! と通信機に怒鳴りつける。

 

「もうじっとしてなさい! 後は私達に任せて、響を安静に休ませておきなさい!」

『……ッ! はい……』

 

 通信機越しに聞こえる不満たらたらな声は信用ならなかったが、このまま通信を続けることもできない。舌打ちひとつ。もう既にやばい機動をし始める敵戦車の動きを睨みつつ、味方の全体指揮を執る。

 

 

 真正面のIS-2重戦車を中心に敵戦車が大きく翼を広げるように左右に駆け出した。

 包囲するつもりだろうか。横っ腹を見せながら高速で展開する敵戦車に狙いを定めようとすれば、真正面のIS-2重戦車から牽制の砲撃が入る。少し空いたこの距離でも、直撃を受ければ一発で撃破判定だ。被弾傾斜生かしても弾き切れるか怪しいもので、戦車の性能差の理不尽さを噛み締める。

 愚痴っていても仕方ない、とエンジンを吹かして砂煙を巻き上げる。履帯を滑らせて車体の向きを自在に変える。

 BT-7M快速戦車と同格の存在感を持つ戦車が二輌、フラッグ車のT-34/85中戦車とIS-2重戦車。あの二輌は直ぐには倒せない、と理解した私は、標的をもう一輌のT-34/85中戦車とT-34/76中戦車と見定める。先ずは数を減らすことが先決だ、横Gが掛かることもお構いなし、履帯が外れるか、破損するか。今回の試合で使えなくなっても構わない、と覚悟を決めて、限界のギリギリを攻める。無限軌道が駆動する音、エンジンが唸りを上げる音、その振動を肌身に感じることで戦車全体のコンディションを確認する。まだ行けるよね? 操縦幹越しの問いに応えるように、エンジンが力強く鼓動した。勝つ、勝つんだ。意識する、絶対に勝つんだ。と口にして、意思を明確にする。ただ勝利することだけを目指して、連戦続きの相棒に更なる鞭を振るう。

 その時、視える世界が変わった気がした。

 

 

 射線が視える、というのは話には聞いていた。悪魔、だとも聞いていた。

 しかし聞くと見るとでは話が違ってくる。IS-2重戦車。覗き込んだ照準器から敵戦車を狙い撃とうとしたが、その中心点から尽く擦り抜けてしまうのだ。まるで、そうだ。こちらの視界が見えているかのように、黒森峰の視察に向かった時、カチューシャが自信を喪失していた理由がよく分かる。それでも機会を待ち続けていれば、一度や二度は照準器の中に滑り込んでくる。その瞬間に砲弾を撃ち込もうとしても、その一瞬を前に、側面から撃ち込まれた砲弾を、あえて受けることで狙いをズラされる。速度が変わる、ギュルンと車体が回転する。クルセイダー巡航戦車が、勢いのまま半回転してから砲撃する。カウンターのように放たれた砲弾は、吸い込まれるようにT-34/76中戦車の急所を貫いた。そして砲撃した勢いを活用して、更に四半回転させた車体で背面走行から前進に切り替える。その流れるような動作は、戦場にあってなお見惚れるほどに芸術的だった。すぐ後で、数瞬でも目を奪われた事実に絶望する。

 勝てない。と挫けそうな心に歯噛みする。私が勝てなくても良い。と折れる心に叱咤する。どれだけ相手が化物であったとしてもカチューシャなら勝てる。そう信じている。それだけで踏み止まれる、それだけで私は勝利を目指せる。

 闘志は未だ潰えず、照準器に殺意を漲らせる。

 

 

 この危機、この鉄火場にて、感性が研ぎ澄まされる。

 いや、違う。感性が解放される。今、私は戦場の全てを掌握している。車内全員の息遣いを感じ取る、車体の外、鉄の装甲越しに視える敵車輌。その呼吸すらも手に取るように分かった。負ける気がしない、負ける映像が思い浮かばない。何をやっても勝てる、どんな手を使っても上手くいく、これは必然で、確定した未来だ。だから、こんなことだって上手く行っちゃう! と思い切りブレーキを踏み込んだ。前のめりになる車体、その瞬間で砲手に砲撃させる。誤差は零コンマ一秒未満なら大丈夫、そのように車体を制御した! 敵戦車正面より下方、地面と前面装甲のスレスレに滑り込ませた砲弾は、地面に落ちていた大きめの石にて上方に弾かれる。その先にあるのは敵戦車の底、黒煙と共にT-34/85中戦車の車体が僅かに浮き上がった。

 これぞ必殺、名付けて魚雷撃ち!

 白旗は確実、ならば最後まで見ている必要はない。あと二輌、BT-7M快速戦車は沈黙した! あの化物はもう居ない、あの戦車を数に入れる必要なんてない! 今の私なら残る難敵二輌にだって勝ってみせられる!

 そう確信した瞬間、横殴りの衝撃が車体を揺らした。

 

「うばぁっ!? 嘘、なんで、嘘ォー―――――ッ!!?」

 

 側面から体当たりをかましてきたのはBT-7M快速戦車。ありえない事態に混乱する、困惑する。把握していた状況が完全に消しとんだ!

 

「中の人が変わるなんて卑怯っ! 狡いッ!! うばぁッ!!?」

 

 兎にも角にも車体を止められたのは拙い!

 ゴリゴリと押される車体から、どうにか逃れようとしてアクセルを踏み付ける!

 ああもう、ああもうッ! 私は勝ってたのにィッ!!

 

「だって、だって! お前ら、そういう感じじゃなかったじゃないですかーッ!?」

 

 

「どっせいッ!! どっせいッ!!」

「わっしょい! わっしょい!」

 

 気合一発! 根性上等!

 ここで動かなければ、何処で動くっていうんだ! 気張ってよ、愛しのBT-7M快速戦車! 私達が響だけじゃないってところを見せるんだから! 響が凄いってことは分かっている、私達じゃとても追いつけないことも分かっている! それでも、おんぶに抱っこじゃ終われない! 此処で動かなくちゃ私達は何時まで経ってもモブのままだ! 私達をレギュラーに引き上げてくれた響には感謝している。でも、それとこれとは話が別だ! 私は響のチームメイトだ、響と苦楽を共にするメンバーだ! なのに満身創痍でも戦い続けた響の姿を見て、このまま黙っていられるものか! 虎視眈々と狙っていた! 準備は何時でもできていた! 変わりなんて幾らでも居るなんて、自分達でも知っている! 今か今かと息を潜め続けてきた結果、今ここでぶちかます! 誰も待っていなかっただろうけど、お待たせだ!

 もう響の付き添いなんて言わせないッ! 私達でチーム響だッ!!

 

「主役の玉じゃないのは分かってる!」

「シックスマンで上等、でも……ッ!!」

 

「「私達だって主役の座が欲しいんですッ!!」」

 

「どーだ! モブだって油断しただろッ! べろべろばーっ!」

「こっちを見ろ、私を見ろ! ばかやろーこのやろーッ!!」

「よくも無視してくれやがったなッ! ばーかばーか!!」

 

 逃げ出そうとする敵戦車の脇腹を抉るようにエンジンを加速させる。もう此処で焼き切れたって構わない。天才ども、化物ども! お前ら全員、似たり寄ったりなんだよ! 才能だけが全てじゃない、それを今から証明してやる! 今この瞬間、この場においては私達が主役だ!

 

「うらあー、行けやゴラァーッ! いてこましたれーッ!!」

「どっせいッ!! どっせいッ!!」

 

 うばぁっ! という悲鳴と共にクルセイダー巡航戦車が私達の手によってゴリゴリと押し込まれていった。

 

 

 




偽物だがいいやつそうなAKTKさん(操縦手)とINZMさん(装填手兼砲手)

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