隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。⑳

 激戦の跡、もくもくと煙が上がるクルセイダー巡航戦車を遠目に眺めながら、ふうっと安堵に胸を撫で下ろす。

 最後に残った一輌は強かった、強いという言葉では言い表せぬ程に強過ぎた。最後に撃った一発も凌がれたし、敵の背面を取っていたノンナの一発も、更なる加速装置に利用してやろうと車体を傾かせていた。尤も威力を殺し切ることはできなかったようだけど――さておき、勝負が決まった今もまだ落ち着ける時間ではない。通信機を片手に、響の負傷を隊長のナターリアに伝える。響を溺愛し、贔屓している彼女のことだ。情報を与えるだけでもすっ飛んで来るに違いないし、万全の受け入れ態勢を整えてくれるに違いない。それから戦車の被害状況の確認、決勝戦までに修理できる戦車の選別をしなくちゃならないし、また修理をしてくれる整備士とも情報を共有しなくてはならない。あれもこれも、と指示を送り、粗方、伝え切ったところで私達のところに回収車が来た。

 もう一度、遠目に相手のフラッグ車を眺めて、そして小さく笑みを浮かべる。

 

「……正直、勝った。なんて気はあんまりしないけど……」

 

 凌ぎ切った、逃げ切った。そんな言葉が今の私の心情を的確に表している。

 しかし、それでも決勝戦まで辿り着くことができた。此処はまだ通過点、この激戦も経過に過ぎない。だが去年、準決勝で敗退した悔しさを噛み締めて、漸く辿り着いた。その実感から小さく握り拳を作る。

 さあ次は黒森峰女学園だ。

 

 

 聖グロリアーナ女学院、仮設格納庫にて。

 たった一度の試合で十一輌もの敵戦車を撃破したクルセイダー巡航戦車は、見るも無惨な有様だった。

 数多の砲弾に晒された装甲は一枚とてまともな形状をしているものはないし、限界まで酷使された履帯は全て破棄する他になかった。無限軌道の車輪もガタガタだし、砲身は根元から曲がっていて新しいものに取っ替える必要があった。エンジンも最後の砲撃で火を噴いてしまった為、これまた当分は使い物にならない。こうなってはもう修理なんていう生優しいものではなかった。全てを解体した後に、使える部品だけを選別した上で他車輌の修理に回すくらいしか使い道がない。

 よくもまあ、此処まで壊せたものだ。いや、此処まで出来るからこそ、あの快進撃は実現したのかも知れない。

 廃車同然の車輌を前に、半ば感心しながら頷いていると、パァン、という乾いた音が格納庫に響き渡った。

 

「あれだけできるなら……どうして最初から本気を出さなかったのよッ!」

 

 おやおや穏やかではないね。と人集りを覗いてみれば、パァン、ともう一度、此度の英雄が三年生に頬を叩かれている場面に出会した。あれは確か補欠の子だったか、決勝戦での出場が内定していたはずだ。

 

「……に、二度もぶった! アッサム様にだって、ぶたれたことないのに!」

 

 うばぁっ! と泣き出す情けない英雄を前に三年生は歯を食い縛り、拳を握り締めて、もう一度、感情の赴くままに手を振り上げた。

 

「……ちょっとちょっと! 今回の敗因は私達じゃないわよね!?」

 

 泣き喚くウバの前に庇い立ったのは、確か砲手の子だったか。GI6から派遣されたという話を聞いている。

 

「作戦も、練度も、プラウダ高校に負けていた癖に、偉そうに!」

「貴女達が最初から本気を出していれば、最初にルクリリが突撃した時に敵部隊を殲滅できてたわよね!?」

「よく言えるわね! 何も知らない癖に、何も期待してなかった癖に!」

 

 控え如きが出しゃばるな! という言葉を皮切りに二人の間で乱闘騒ぎに発展した。二度、三度と互いの顔を殴り合った後で周りの生徒達に取り押さえられて、引き離される。それでも二人は互いのことを睨みつけたままで、当の本人のウバは「うばぁっ! うばぁっ!」と大声で泣き喚き続けていた。こうして見ていると、とてもじゃないがたった一試合で十一輌も撃破した猛者に見えないなあ。

 

「そもそも、あのBT-7Mはなによ! 大会が始まるまで、まったく情報がなかったじゃない!」

「私達にだって限界はあるわよ! どれだけ高校があると思ってんの!? あと海の上を移動するのって陸と違って苦労が多いこと理解して言ってます!? 戦車を乗り回すだけしか能がない馬鹿には分からないんですかねえ!? 人が足りない、時間も足りない!! そんな中でも私達は貴女達だけではなく、学園艦にいる皆の為に深夜遅くまで休みも返上して動いているんですけど!?」

「私達だって休み返上で何時も外が暗くなるまで練習する程度はしているわよ! そもそもなんでGI6が此処にいるのよ!」

「はあっ!? それ言っちゃいます!? 誰もウバと組みたがらなかった癖に、それ言っちゃいます!? 貴女達の不足がGI6にまでお鉢が回ってきた理由なんですけど!? アールグレイ様とアッサム様に頭を下げられたからなんですけど!? 良いわよ、そんなことを言うなら今すぐにでもジャケットを脱いでやる、私だって畑違いは百も承知なのよ! どうして私が此処にいるのかって、私の方が聞きたいくらいなんですよ!!」

「はんっ! どうせ、仕事ができないから押しつけられただけでしょう!」

「戦車道の補欠がよくほざきますねえ! 部外者にレギュラー取られて悔しくないんですかー!?」

 

 引き剥がされて尚も煽り立てる両者を周囲の者達が呆れた様子で眺める。いや、一概にそうとも言えないのか。表立って同意することはないが補欠の三年生に共感を持つ者は少なからず存在しているようだし、あのGI6の言葉がグサリと胸に刺さっている者も中には混じっているようだ。まあ発言力を持っているはずのレギュラー陣は、先の試合で醜態を晒したせいか口を噤んでいるし、この喧嘩に巻き込まれたくないものは淡々と帰り準備を始めていた。

 

「そもそもウバはまだ全力を出し切れていない! 畑違いの私達が付いていけるように出力を落としていたのよ! 貴女達のような本職が一人でもウバと手を組んでいれば、もっと違う結果もあったでしょうに!」

「言わせておけば……っ!」

「なんなら今からでも戦って良いわよ? 私達という足枷があっても、此処にいる全員を倒してやる自信があるわッ!」

 

 未だ泣き叫ぶウバは装填手と通信手の子に慰められており、とてもじゃないが試合ができる状態ではない。尤も先のウバの活躍ぶりを見て、GI6の言葉に反論できる者はこの場には居なかった。レギュラー陣は全ての負担をウバに背負わせてしまった不甲斐なさ故に、補欠や戦力外の者達はウバとの隔絶した実力差故に。この補欠の三年生も本心では、自分のしている事が八つ当たりに過ぎない事を理解しているはずだった。それでも飲み込み切れない想いがウバへの当て付けになっている。

 これもできれば当事者同士で解決して欲しい問題だが、仕方ない。

 溜息混じりに私が出しゃばろうとした所で、カッカッと軽快な足音が倉庫内に響き渡る。振り返れば、栗色の髪を背中まで伸ばしたスタイリッシュガールが神妙な顔付きで歩み寄ってきた。

 

「此度の試合、責任は全て指揮を執った私にある」

 

 アールグレイのよく通る声に、一同の注目が集まる。傍にはダージリンとアッサム、二人が気不味そうに目を逸らす中でアールグレイは真摯に全員を一瞥した。そして背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、ゆっくりと頭を下げる。

 

「謝って許されるとは思っていない。しかし、それでも、申し訳ない。不甲斐ない試合をしてしまった」

 

 聖グロリアーナ女学院戦車道部、二年生の時から隊長として指揮を執り続けた俊英の謝罪に一同が困惑する。

 アールグレイには風格があった。彼女は誰の目から見ても分かる天才であり、その実力と愛嬌から多大な支持を保ち続けてきた麒麟児でもあった。ある者は彼女を信奉し、ある者は彼女に心酔する。次期隊長として名高いダージリンですらもアールグレイの事を信頼し切っていた。

 そして、それは三年間、彼女の背中を見つめ続けた者にとっては尚更の事であった。

 

「……それが、どうしたのですか?」

 

 震えた声で問い掛ける。

 

「私の三年目、一度も公式戦に出られないまま終わっちゃいましたよ? 二年目の時はレギュラーだったのに、ポッと出の後輩にレギュラーを取られて――それはまだ良い! 実力だというなら、無理やりでも飲み込むしかないって思ってた! 納得できなくとも、貴女が言うから引き下がった! それが最後の最後になるまで力を出し惜しみした挙句、負けたってなんなんですか!? 最善だって言いましたよね!? ふざけないでくださいよ! 戦車道に本気になれない奴が、私からレギュラーを奪わないでよ! ふざけるなあッ!!」

 

 ウバの上げる奇声に混じり、三年生が泣いて崩れ落ちる。

 アールグレイは頭を下げたまま、沈黙を保つ。

 重苦しい空気の中、私はポリポリと後頭部を掻いて、パンパンと両手を叩いた。

 

「はいはい、さっさと撤収するよー。運営さんに迷惑掛かるからねー」

 

 私がそう言うと、生徒達は少し安堵した様子で各々の仕事をする為に散っていった。

 残された三年生は同じ戦車チームの子が引き取り、ウバはアッサムとGI6の子達が裏まで連れて行った。

 この場には未だ頭を下げ続けるアールグレイ、それにダージリンと私の三人だけだ。

 

 面倒臭いな、と思いながらも出来るだけ気楽に声をかける。

 

「こっぴどくやられたなあ」

 

 アールグレイは、ゆっくりと頭を上げると疲れた顔で答える。

 

「整備長、前年度とは別物だったよ」

「んだ、隊長が変わるだけであそこまで変わるものかね?」

「変わらざるを得なかったんだろうな、勝つ為に。去年の私達がそうだったように」

 

 彼女が力なく笑みを浮かべたのを確認し、傍で気不味そうに立つダージリンを見やる。

 

「来年は大変だな。ウバはもっと強くなるだろうし、今日を経験した二年生も今日という日を糧により一層に奮起することになる。骨のある連中が育つだろうよ」

 

 まとめるのは苦労するだろうなあ。と他人事のように笑ってやれば、ダージリンは重苦しい表情で問いかける。

 

「……ウバは、戦車道を続けますでしょうか?」

 

 その馬鹿みたいな問いに、私はあっけらかんと答えてやった。

 

「続けるさ。あいつはお前達が思っている以上にタフな奴だかんな」

 

 

 倉庫裏にて。喚き疲れたのか、ウバは奇声を上げるのをやめて愚図り泣くようになった。

 ウバのクルセイダー巡航戦車に同乗していたGI6の面々は気不味そうにしながらも彼女に付き添っている。私は売店で買った安物ハンカチをウバに手渡し、涙を拭うよりも先にチーンと鼻を噛む姿に苦笑する。うん、知ってた。それはもうあげますので好きに使ってくださいまし。彼女の性格上、今は何を言っても無駄だと考えた私は彼女が落ち着くまで十数分、ただ黙って背中を擦り続けてあげた。

 泣き腫らした瞼はポッコリと腫れて、まだポロポロと溢れる涙を服の袖で拭い続ける。

 

「……アッサム、さま。聞いて、アッサム様…………」

「ええ、落ち着いて話してください」

「わたし……私ね、うん、私さ……うん、頑張る。もっと頑張る……」

 

 擦りすぎて真っ赤になった目には、今までにない光を宿していた。

 

「私、もっと強くなる……もっともっと強くなる……私、今まで、何をやっても駄目だって思ってた……私、自分の限界を自分で決めてた……だから、アッサム様……見ていて、私、もっと強くなる。もっと凄くなるから、ちゃんと見てて……」

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で告げられる決意を前に、私は自らの服が汚れるのも厭わずに抱き寄せる。

 

「ええ、見ていてあげますよ。貴女の成長をずっと見ていてあげます」

 

 これ以上強くなってしまった暁は、きっと日本の枠には収まらなくなるのでしょう。

 メイドとして、ずっと傍に置こうと思っていたのですが――その夢は今、この場で諦めた。

 彼女が今以上に才能を伸ばした時は、親に頭を下げてでも全力で支援致しましょう。

 

 

 目が醒めた、ズキリと痛む頭に手を添える。

 此処は何処か。消毒液の臭い、真っ白な天井、壁に立てかけられた棚には医薬品がズラリと並べられていた。どうやら医務室のようだ。提督や憲兵が怪我を負った時とかに足を運ぶ場所だ。艦娘の場合は風呂にぶち込まれるか、バケツをぶっ掛けられるの二択になる。白い布団を敷かれたベッドで寝かされているのを体験すると、人間になったんだな。って思う。

 頭には包帯が巻き付けられており、ベッドの脇では見慣れた顔が不機嫌そうに私を見下ろしていた。

 

「同志ちっこいの、無茶をし過ぎだ」

「ああ、うん。心配かけたかな?」

 

 ゆっくりと体を持ち上げる。それから体を軽く動かして、頭部以外に損傷がないことを確認する。

 

「次の試合には出られそうだね」

 

 何気なく口に出すとタシュケントは惚けた顔で口を開いた。

 

「負けたけど?」

「……同志は嘘が下手だな」

 

 むうっと頬を膨らませる同志の姿に、私は困ったように笑い返す。

 

「不満があるようだね?」

「同志、それは正確ではない。私は心配していたんだよ、さっきも言ったが無茶のし過ぎだ」

「無茶のし時だったからね。あそこは私が出張る場面だった」

「それで気絶して、そして目醒めて、どうして勝利を確信していたんだい?」

「誰もが全力を尽くしていた。あの場にはカチューシャとノンナが居た、そして私と同乗した仲間が居た。これだけ勝てる要素が揃っていて負ける方が難しい」

「実際はギリギリだったけどね」

 

 はあっ、とタシュケントが大きく溜息を零す。

 

「同志ちっこいの……いや、同志響。貴女は大馬鹿者だ」

 

 その言葉に私は満面の笑顔で、こう答える。

 

「私はね、昔から馬鹿をするのが大好きなんだ」

 

 それから目覚めたことを仲間達に連絡した数分後、「響ッ! うわぁぁん、響ィッ!」とナターリアが奇声を上げながら抱きついてきた。すうっと同志の瞳に影が差すの横目に確認して、「こうやって心配してくれる仲間が多いことは良い事だと思うよ?」と曖昧な笑みを浮かべておいた。

 

 

 試合後、観客席。

 まだ興奮の冷めない会場にて、私、島田愛里寿はひとつの決断をする。

 

「御母様、私ね。大学に進学したい」

 

 どうして? という問い掛けに私は御母様の目を真正面から見つめながら答える。

 

「あのクルセイダーと戦いたい。私が高校に入学する時、あの人は卒業しちゃってる! あのカチューシャって人も、西住まほも、千代美も! みんなみんな卒業しちゃってる! 私、あの人達と競いたい! あの人達と戦車道がしたい!」

 

 だから、と決意を込めて訴える。

 

「私は先に大学に入学して皆を待ってる! そして思う存分に戦車道で楽しみたい!」

 

 ありったけの想いをぶつけた。果たして願いは届いてくれただろうか? 御母様は頰に手を当てると悩ましげに溜息を零す。

 

「島田流と伝手のある大学なら良いわよ」

「本当!?」

「流石に独り暮らしはさせられないから、誰か信用のできる使用人を探さないといけないわね」

 

 御母様、大好き! と抱き締めた。

 ギューッと抱きしめた後、御母様はゆっくりと私を席に戻す。

 そしてハンカチを鼻に当てながら澄ました顔で告げる。

 

「でも今年中に高認を取って、その上で大学受験にも合格することが条件よ。そこは手を貸さないわ」

 

 言い聞かせるような声色に「うん、分かった!」と私は力強く頷き返した。

 

 

 




次か、次の次でラスト。

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