隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

85 / 105
気付けば評価10が入っていて驚きました。めっちゃ嬉しいです、多謝多謝。


番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。㉑

 聖グロリアーナ女学院との激戦を制した私達、プラウダ高校は決勝戦へと駒を進めた。

 そこでもまた激戦を繰り広げることになったが、先の試合であのクルセイダー巡航戦車。ウバと戦った経験もあり、西住まほと対峙することになっても本隊が大きく混乱することはなかった。特にナターリアと響の奮戦が大きかったと云える。攻め込むことは出来ずとも、地形的優位を維持したまま相対し、戦線を守り続けることができた。

 西住流の苛烈な攻撃に晒される最中、響から通信が入る。

 

『副隊長。相対する敵の中にフラグシップ……いや、フラッグ車が確認できない』

 

 その報告を聞き入れた私はこの場をナターリア達に任せて、二輌のT-34/85中戦車を引き抜いて戦線を離れた。

 ポツリ、ポツリと雨が降り始めた。空を見上げれば、黒い雲が頭上を覆い尽くしている。もう夏に入るというのに風は涼しい程に強く吹いている。この調子だと強くなりそうか。降り注ぐ雨に手を翳しながら私、カチューシャは嫌な予感を感じ取る。

 そして、その予感は間もなく、的中することになった。

 

 

 第62回戦車道全国高校生大会決勝戦、プラウダ高校対黒森峰女学園。

 後の日本戦車道において、大きな転換点とも呼ばれる事故が発生する。大雨による地盤の緩み、暴風雨による電波障害、致命的な人手不足、急速な体制変更による準備不足、その全てが悪い方へと転がったのが皆の記憶にも新しいあの戦車水没事故だ。増水した河に落ちたⅢ号戦車を救出する為、西住みほは審判団との通信を繋ごうとしたが雑音で会話が通じず、同じくカチューシャも審判団への連絡を試みたがやはり繋がらなかった。審判団の放ったドローンは暴風雨の中では機能せず、また一人で複数のドローンを管理していた事から見落としも多くて細かな状況整理が出来なかった。これは全ての不幸が重なった上での事故だ。

 故にカチューシャは決断する。

 少しでも早く試合を終わらせる為、敵フラッグ車の撃破を最優先とした。人命の掛かった場面にて、カチューシャは容赦をしなかった。持ち前の装甲と火力を用いた形振り構わぬ特攻に、突然の事故に動揺していたみほは対応できず、瞬く間に制圧される。これによって試合は終了し、状況確認の後、水没したⅢ号戦車J型の救出に自衛隊が派遣された。

 結果的に人命は保たれた。一人の少女の片脚を犠牲に、そしてカチューシャの絶対的な勝利主義者としてのイメージ像が確立される。

 

 

 全国大会優勝後。カチューシャの世間的な評判は、決して良いものとは云えない。

 勝利の為ならば多少は人道を踏み外す事もやむなし、と考えている節があり、彼女は自らの事を勝利主義者と自負している。実際、決勝戦後のインタビューでも彼女は、勝利の為なら手段を選ぶつもりはない。と宣言していた。そんな彼女に付いた二つ名が、小さな暴君。仲間内での渾名が全国区になったという訳だ。

 全国大会を終えた後、ナターリアは引退を宣言して、後事をカチューシャに託す。

 戦車道全国高校生大会優勝校の隊長という実績を持つ彼女は、全国の六大学戦車道リーグ参加校から推薦を受ける立場になった。その中から彼女は憧れの島田流の影響が根強い大学を希望しており、最低限の受験勉強と戦車についての基礎知識を学び直す。そんな彼女と同じ大学に行こうと過酷な受験戦争に身を投じるのがライサで、今冬にオーディションを受けることが決まっている。

 ナターリアに全てを託されたカチューシャは、元より隊長として必要な権限のほとんどを委任されていた為に三年生が引退する前後で特に何かが変わったということはない。何時ものように資料と書類の山に埋もれながら「そうね、雑事が少し増えたっていう程度ね」と零すくらいなものだ。冬期に行われた優勝記念杯では、決勝戦で雪辱に燃える黒森峰女学院に敗れた後、敗者側から勝ち上がってきたサンダース大学付属高校を打ち破って準優勝という結果に終わった。

 季節は光陰矢の如く流れて春期、入学式を迎えた。それから数日後、歓迎試合で事件は発生する。

 

 プラウダ高校が誇る高火力重装甲の戦車群が死屍累々に白旗を上げる中心で、BT-7M快速戦車が無傷で佇んでいた。

 これは歓迎試合の事前練習中に新一年生同士のいざこざから勝手に始まった試合であり、BT-7M快速戦車が薙ぎ払うように味方のT-34中戦車を撃破していったものだ。その操縦席に座るのは信楽そら。書類上における私の妹であり、去年からプラウダ高校の練習に混じり続ける強者でもある。

 この惨状にカチューシャは顔を引き攣らせ、ノンナは頭を抱えざる得なかった。

 

『あー、あー、こちら響二号、もとい信楽そら。歓迎試合、続けます?』

 

 通信機越しのとどめの一撃に「馬鹿、これじゃいつもの練習と変わらないじゃない」とカチューシャが吐き捨てる。

 

「うちの歓迎会は、まともな状況で開催された試しがないわね」

 

 呪われているのかしら? と力なく笑うカチューシャの横顔に私はただ黙って肩を竦めてみせた。

 ともあれ、プラウダ高校は隊長のカチューシャを中心に全国大会連覇を狙って邁進し続ける日々を送っている。

 

 

 アールグレイと呼ばれたのも今は昔。私は今、身ひとつでとある学園艦に足を運んでいた。

 此処はアルビオン大学。六大学戦車道リーグ参加校のひとつであり、英国戦車の導入が進んでいることから推薦を受ける。第62回戦車道全国高校生大会で大敗を喫した私は、その評判を大きく下げる事になったが、記念杯ではサンダース大学付属高校を圧倒し、黒森峰女学園と互角の試合を繰り広げた事で再び評価を受ける事ができた。

 そのおかげか、ギリギリのところで戦車道の特待生として入学が決まる。

 

 さて、これは入学式を終えた少し後のことだ。

 

 私は今、群馬県に足を運んでいる。

 高級住宅街の更に奥に建てられた広大な庭付きの屋敷。程よく自然に囲まれて、都会の喧騒から隔離された穏やかな環境は住居と呼ぶよりも別荘に近い。そして門扉の横には「島田」と書かれた表札が掲げられている。小さく深呼吸をしてから指先でインターホンを押し込んだ。ピンポーン、というありきたりなチャイム音の後で「中にお入りください」と素っ気ない言葉と共に門扉が自動で開けられた。高揚する気分を落ち着ける為、もう一度、深呼吸をする。ここは戦車道を嗜む者であれば、誰もが尊敬し、憧れを抱く人物が住んでいる土地だ。気持ちを落ち着かせる事ができないのも仕方のない事であった。

 それから暫く道なりに歩みを進めて、屋敷の玄関にて改めてインターホンを押した。

 とたぱた、と足跡が聞こえた後、開かれた扉の先からメイド服に袖を通した少女が姿を現す。少女は少しの間、品定めをするように私の顔をじっくりと見つめた後で「ようこそいらっしゃいました、千代様がお待ちです」と頭を下げる。招かれるまま、案内されるまま、リビングに通される。すると日本戦車道の化身とも呼ばれる島田千代の他に二名、愛里寿とナターリアの顔があった。「貴女も?」と視線だけで語りかけると「ん?」とクッキーを片手に首を傾げられた。

 まあ良いか、とメイド服の少女に案内された席に腰を落とす。

 愛里寿がじっと私のことを見つめてくる、ナターリアは出された紅茶を呑気に啜っている。メイド服の少女は素知らぬ顔で新しく淹れた紅茶を私の前に置いた。島田千代は柔らかい笑みを浮かべ続けている。

 とりあえず紅茶を口に付ける。柑橘系の香りがして美味しかった。

 

「御足労をありがとうございます」

 

 千代の、そんな語り出しから始まった会談に身構える。アルビオン大学の入学が決まってから呼び出されたことには理由があるはずで、それが如何なる内容なのか。ある程度の算段を付けてから臨んだ会談だった。

 

「世の中では天才と謳われる愛娘、まあ実際に天賦の才を有するのですが年齢的にはまだ幼い。愛里寿のことを見守り、時には守ってあげて欲しいというのが一点」

 

 ここまでは予想できた範疇の話、しかし島田流の門下生は他にも居るはずで、私を頼り、呼び出すべき問題とは思えなかった。そして、その予想は当たっており、此処から話は飛躍していった。

 

「これはまだオフレコでお願いしますが、つい先日の話、日本は四年後の世界戦車道大会の誘致に成功しました」

 

 急な話に首を傾げつつも「それは目出度い話です」と返した。

 

「しかしその際に世界戦車道大会開催国として、プロリーグのひとつも持っていないことが議題に挙げられまして、世界戦車道連盟から戦車道の日本プロリーグの発足を条件として出されました。まあこれは現状、三年後を目処にしています」

 

 どうして今の流れで、このような話をするのか。疑問に思いながらも耳を傾ける。

 

「それに伴って日本国民の世界大会に対する関心を高める為、また来たるべき世界大会の予行演習も兼ねて、来年にはU-20による小規模大会が企画されております」

 

 他にもU-18、U-22の交流試合も予定されていますね。と千代は指を折りながら話を続ける。

 ナターリアは話に付いていけていないのか、ポカンと口を開けながら千代の言葉に耳を傾ける。

 いや、話に付いていけていないのは私も同じか。それでも話の展開は読めてきた。

 

「社会人も含めた現役選手の中で、うちの愛里寿に匹敵するのは――まあ数える程は存在しますが、総合力では蝶野亜美くらいなものです。つまり世界戦における愛里寿の出場は確定、しかし娘には年齢というネックが付き纏うことが想像できます。それは大学リーグでも同じこと……」

 

 つまり、と千代が私とナターリアを見据える。

 

「貴女方には愛里寿のフォローを、その為に先ずは大学選抜に選ばれるに足る力を付けてもらいたいと考えています。どうか……」

「はい、喜んで!!」

 

 そうやって食い気味に答えたのはナターリアだった。

 

「それって島田流を教えてくれるってことですよね!? 島田流門下になれるってことですよね!?」

 

 鼻息を荒くしながらの問いに「ええ、是非」と千代は微笑み返す。

 これは今後を決める選択肢、故に少しだけ考えた後で私もまた彼女の提案に頷いた。私は戦車道が好きだ、できることなら戦車道を仕事にしたいと思っている。しかし今の日本では戦車道だけで食べることは不可能であり、現役最強と謳われる蝶野亜美ですらも自衛隊との二足の草鞋でしか生計を立てることができていなかった。戦車道だけで稼ぐなら海外に飛ばなくてはならない、そして私にはまだ海外リーグに通用するだけの力がないことは自覚している。大学在籍中に一度、世界を広さを体験してみたいとは思っていた。そして、その為には今以上の力を付ける必要があるとも考えていた。

 だから、この話は私にとって渡りに船だった。

 三年後にプロリーグが開幕されて、その稼ぎで食べていけるのなら海外に拘る必要もない。

 

「ありがとうございます」

 

 千代は深々と頭を下げた後で「では、早速、始めましょう」と告げた。私はナターリアと互いの顔を見合わせた後で、頷き合った。あの島田千代から手解きを受けられるのであれば、断る理由はない。

 

「なぁにを勘違いしてやがりますか? 貴女方は自らが千代様から指導を受けられるレベルにあると思っているので?」

 

 しかし、それをメイド服の少女が遮った。

 

「……君はまだ高校生ぐらいに見えるのだが?」

「ええ、ええ、そうですね。高校戦車道において、学年一つの差は限りなく大きい――しかしそれは貴女方の常識の範囲の言葉でしかない。世の中には、貴女方の常識では測れない存在も居るということを肝に免じておいた方が良いですよ。恥を晒すだけなので」

「つまり、君は自分のことを常識の範疇にないと?」

 

 少女が性悪に笑って他人を煽る言葉を並べ立てるものだから、思わず問い返してしまった。しかし島田流の虎の威の借る狐かと思った少女は、自信満々に胸を張って答えてのける。

 

「二十歳未満に限定すれば、戦車道界隈において天才と呼べる人物は三人しか存在していない」

 

 一人は島田愛里寿、もう一人は西住まほ。そして、と少女は自らの胸元に親指を突き立てながら言い放った。

 

「最後の一人は、この井手上弓子様だ」

 

 聞いたことのない名前だった。その傲慢な振る舞いに思わず、千代を見つめてしまった。

 

「……まあ弓子は島田流の目録位、実力だけなら師範代にも匹敵します」

 

 千代が少し呆れた様子で答えると「ゆっこは強いよ」と愛里寿が付け加える。

 

「信じてないね? わかる、分かるよ。目を見れば、大抵のことは分かる。先ずは上下関係を叩き込んだ後、私自らが直々に鍛え上げるって言ってんのよ。さあみっともなく年下に教えを乞う準備を整えなさい。レッスンワンだ、貴様らが雑魚だってことを骨の髄にまで教え込んであげるわ」

 

 三回回ってワンという権利をあげる。と弓子が云えば、「あ、私も参加したい」と愛里寿も続いた。

 

「丁度、表に二人で動かせる戦車が二台あるから好きになさい」

 

 椅子から飛び降りる愛里寿の後ろに、すすっと弓子が控える。

 そのまま部屋から出て行った二人の後を私とナターリアが続き、最後に千代が部屋を出た。突発的に始まった練習試合、敵わずとも年下相手に不甲斐ないところは見せられない。そう意気込んで挑んだ戦いだった。

 五分後、白旗の上がった自らの戦車を見つめながら世の中の広さを知る。

 

「ざこっ! ざこっ! ざぁーこっ! あっはっはっはっはっ! 三年間、無駄な努力を御苦労さん! さぞかし軽くて浅く、薄い高校生活を送ってきたようですねえッ!! どうですかあ、年下に負けた気分は!? 努力の数なんて才能の前では無力よ、無力!! 雑魚は雑魚らしく地面に這い蹲って、全身泥塗れになるように意地汚さを見せつけるのがお似合いよ! あ、私に勝つまではあんた達は犬だから、これ、躾なんで! とりあえず、お手から始めましょうか? ひゃーっはっはっはっはっ!!」

 

 ウバもそうだが、近頃、才能の違いというものをつくづく思い知らされる。

 これでも昔は麒麟児と呼ばれた身なのだが、この場では何の意味もなかった。砲塔から身を乗り出して高笑いを上げる弓子が高笑いを上げる姿を見て、何時か絶対に分からせてやる。と非才の身でありながら強く誓った。

 さておき、私と同じ戦車に乗り、同じく敗北を喫したナターリアは負けたというのに目を輝かせる。その顔に悔しさは感じられず、「あれ凄い! あの子達、凄い!」と囃し立てた後で自分から教えを乞いに行っては、相手が年下であることなんて気にせずに頭を下げた。あの積極性は参考にすべきだろうか。

「おい、犬二号!」と嘲笑混じりに私を呼ぶ弓子に私は大声で「わん!」と叫んでやった。

 

 きっと此処に居れば、私はもっと強くなれるはずだ。

 何処まで強くなれるのかは分からないが、それでも一度、自分を最初から鍛え直そうと思った。

 若干、引き気味の弓子に「わん!」と再度、吠える。

 

 私もまだ、これからだ。

 

 

 




想定の倍、長くなった響編。ここで一旦、幕引きです。
次こそはたぶんアニメ本編の続きを書ければ、と思います。

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