隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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アニメ本編
冒頭


 大洗町郊外。起伏の多い荒地にて、露出した岩陰に身を顰める。

 鳥が囀るような長閑な土地、風が吹き抜ける。緊張からか自身の布擦れ音が気になった。相手からは聞こえるはずもないのに動きを止めて、生唾を飲み込んで私達が隠れる岩の向こう側を観察する。無意識に呼吸を抑えていると――不意に視界が真っ暗闇になった。目元に当たる柔らかい感触、その小さな手の持ち主には心当たりがある。それから「だ〜れだ?」とおちゃらけた調子の聞き慣れた声で確信した。いつの間に後ろに回ったのだろうか、そんなことを考えながら「も〜止めてくださいよ、天江殿」と呆れ混じりに手をどかせば、「あったり〜」と屈託ない笑顔を浮かべてみせた。その天使のような、小悪魔のような姿に少なからず見惚れると「ゆかりん、あんまり硬くなるもんじゃないよ。練習は試合と同じように、試合は練習と同じように――どうせ、練習以上のことは出せないんだからね。気楽に行こうよ」とか言いながら私の隣にぴょこんと座り直す。小さな体、初見だと小学生と見間違えられる事が多い体型だった。それから双眼鏡を構えて、天江は目の前にある開けた場所、その出入り口の観察を始めた。

 私も目視にて、周囲の警戒を再開する。

 

「優花里は隊長になったかも知れないけどね。私にとっては優花里はいつまでも優花里だよ」

 

 呟かれるように囁かれた言葉に私は胸がいっぱいになって、「はい!」と元気よく答えた。すると天江は心底嬉しそうに笑みを浮かべてみせるのだ。笑顔は外見相応で年齢不相応、気遣いは外見不相応で年齢不相応だ。でも、それが天江らしくって、そこが好きで心強かった。叱咤激励なんのその、パンと両頰を叩いて気合い充分、しっかりと前を見据える。すると天江が観察する先に砂煙が上がっているのが確認できた。

 

「来ましたね」

 

 うん、と天江が小さく頷いてみせる。

 

「大丈夫、みほさんから貰った作戦もあるしね」

「はい。えっと、コソコソ作戦でしたでしょうか?」

「ユニークな名前だよね」

 

 西住流ってもっとお堅いと思ってた、と天江が笑ったので、私もそうですね、と釣られるように笑い返した。

 向かい合ってクスクスと笑い合っている内に敵車輌が近付いてくる。戦車は兵器。スポーツ用に改修しても、その独特の威圧感が薄れることはない。履帯を回転させながら走る姿は地面を揺らすようであり、砂煙を上げる様は空気を震わせるかのようだ。拳を握り締める、興奮から歯を噛み締めた。大丈夫? と聞いてきた天江はすぐ呆れた顔をして、大丈夫そうだ、と苦笑いを浮かべてみせる。

 戦車五輌、あれだけ綺麗に隊列を組みながら行進する光景は、それだけで芸術だった。素晴らしい、素敵だ。うっとりする、魅了される。湖を泳ぐ白鳥のような優雅さを感じられる、水上からは見えない水面下での乗員達の汗と努力の結晶であることも含めて憧れる。いつの日か、私達も彼女達と同じように綺麗な隊列で行進をしてみたい。それを指揮する機会があれば、それはどんなに素晴らしいことだろうか。

 体の奥がウズウズする。はふぅ、とねっとりとした吐息が零れた。

 

歩兵戦車Mk. Ⅱ(マチルダⅡ)四輌、Mk. Ⅳ歩兵戦車(チャーチル)一輌、前進中』

 

 通信機越しに天江の声が聞こえた。思わず隣にいる彼女を見ると、天江は咽喉マイクに手を当てながら半目の笑顔で口を開いた。

 

「戻ってきた?」

「え、あっ……はい、申し訳ありません」

「いいよ、いいよ。あんだけきちっとした隊列を組んだ戦車、生では初めて見るもんね。仕方ないよ」

 

 そう言って、天江は肩を竦めてみせる。

 

「それにしても流石、綺麗な隊列を組んでいるね」

「はい、あれだけ速度を合わせて隊列を乱さずに動けるのは凄いですよ」

 

 思わず声が上擦った。くすりと笑って、天江が言葉を続ける。

 

「確か、こっちの砲弾だと敵の正面装甲は抜けないんだっけ?」

「ええ、でも……そこは戦術と腕です、と西住殿が言っていました!」

「うん、その意気で行こう」

 

 ふへへと私が少し気持ち悪く笑うと、天江は気にせず楽しそうな笑顔で返してくれた。

 それじゃ行く? と天江が目で訴えてきたので、はい! と頷き、二人で一緒に後ろの坂を駆け上る。そこには赤色や黄色、ピンクといった鮮やかな色で塗装された戦車が並んでおり――それを見た私は少し気落ちする。隠蔽性をかなぐり捨てたキャピキャピ感満載な戦車ってどうなんだろう? 戦車は兵器。兵器としての機能美があると思うのだ。しかし、この戦車達を初めて見た天江が「まるでお祭りみたいだね」と笑っていたことを思い出し、気持ちを切り替える。これが戦車を好きになってもらえるきっかけになれば良いのだ。最初からあれこれと効率に口出しをすれば、みんな嫌気が差して、その界隈から離れて行ってしまうものである。他人に無理強いしないのはオタクの鉄則だ。

 自分達の戦車、Ⅳ号戦車D型に飛び乗る前に天江は「麻子、起きて」と装甲を何度か叩いていた。

 

「エンジン音は抑えて、転回してくれないかな?」

「う〜……」

 

 寝起きでまだ眠たそうにしている冷泉だが、それも彼女なら問題ない。

 私は上半身を乗り出すようにキューポラに入り込み、天江は装填手席に続くハッチから戦車に潜り込んだ。戦車が振動する、心地よい感覚、前方には同じく行進を始める四輌の戦車。黄色や桃色、赤色そしてバレー部復活! まあ決して景観が良いとは言えないが、今はとやかく言う段階ではない。気を取り直すように深呼吸をして、咽喉マイクに手を添える。

 表出する岩肌に両側を覆われた荒地の道を進みながら、私はできるだけはっきりとした声で告げる。

 

「敵五輌、前進中です。試合前に行った打ち合わせ通り、私達が囮になりますので皆さんは例の峠で待機していてください」

 

 ここで一度、区切り、大きく息を吸い込んでから続けた。

 

「これよりコソコソ作戦を決行します!」

 

 はーい! という下級生達の声に後押しされて、私達の戦車はみんなから道を外れる。

 無精、秋山優花里。新設された大洗女子学園戦車道チームの隊長として、全身全霊を賭して、粉骨砕身の心意気で頑張っていきます!




半月以上経っても心残りだったので、気合いを入れて書き直します。

天江とかいう子。
ふとした拍子に記憶を取り戻したら、その瞬間に吐血して死にそうだな。
ところで話が変わりますが、私は創作上の人物に限り日記書いてる奴はもれなく全員揃って狂人という認識を持っています。
なので、この天江っていう子はまだ日記を書いていないので常人ですね。
たぶん日記を書き始めたらヤバイでしょうね。

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