隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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戦車道、始めます!①

 入学式を経た翌日、目覚まし時計が鳴るよりも早くに私は目覚めた。

 何時も学校が始まる二時間前に起きていることもあり、窓の外はまだ暗い。冷静に考えると此処は二度寝の一手だ、しかし、もう私の頭は綺麗さっぱりに目覚めてしまっていた。肉体が起きろと命じている、本能が急げと急かしてくる。そして理性が肉体と本能の訴えを是としていた。妙なテンションに突き動かさされながら体を起こし、用を足してから洗面台で身嗜みを整える。歯磨きをコップに突き立て、鞄を片手にいざ出陣。心の戦車に搭乗して、パンツァーフォー! と日の出と共に家から飛び出した。

 一ヶ月前までは毎日のように訪れていた場所がある。いつも朝一番に訪れて、周りが暗くなり始める頃に帰る。飽きず、懲りず、毎日のように友達と二人で遊んでいた。そんな彼女と二人だけの秘密基地、その森の脇を私は歩いている。少し遠回りにはなるけども――これから先、ここのお世話になることはきっとない。だから見納め、小学生や中学生が卒業式に思い入れのある場所を見回るのと同じように、最後にもう一度だけと足を運んだだけに過ぎない。来ようと思えば来られるけども、でもきっと、ここに理由もなく訪れることは二度とない。今までありがとうございます、と心の中だけでお辞儀して歩き去る。最後に森の騒めく音が少し切なく感じられたのは気のせいだろうか、なんだか見送られているような気分だった。

 それから暫く歩いて、辿り着いたのは大洗女子学園――の敷地内にある古びた倉庫だった。

 二十年以上も前、此処にはいくつか戦車が保管されていたと云う。広さは余裕を持たせて戦車十輌が入る程度、詰めても十五輌が良いところだ。だから、たぶん大洗女子学園の戦車道チームは盛んではあっても、そこまで強くなかったのだと思う。でもまあ、それは今の時代を生きる私達が気にすることではない。先人達に感謝すべきは戦車を整備する場所を残してくれていたことだ。昔はどうとかこうとか、そういうことは隅に置いておけばいい。埃の臭い、微かに混じる鉄と油の香り、その倉庫に今は、二輌のみが置かれている。

 先ずは38(t)戦車B/C型。チェコスロバキアで開発生産されていた車輌であり、第二次世界大戦の初期ではドイツ軍の主力戦車の一角を担うほどの存在感を持っていた。軽戦車の中でも信頼性が高く、中戦車や重戦車が戦場の主力なった時期においても、多種多様な改修と改造を経て、大戦末期まで重宝され続けた経緯を持っている。リベットの多い装甲は子供の頃に思い描いていたブリキ戦車のようであり、格好良くも可愛らしい見た目をしている。今は埃まみれで錆まみれの黴まみれ、されど使い古された車体は歴戦の勇士を彷彿とさせる。嘗て走っていた姿が見てみたくって、この目でも早く見たかった。当時の資料映像は残ってないかな、なんて――もちろん綺麗に磨き上げて、きちんと整備してあげるつもりでいる。

 嗚呼、早く可愛がってあげたいな、なんて。

 

「こらこら、優花里。浮気はいけないよ、先ずは私達の戦車を気にかけてあげないとね」

 

 振り返ると私達の相棒であるⅣ号戦車D型が停めてあった。

 その操縦席のハッチから顔を覗かせるのは友達の天江だ。私自身は彼女のことを親友だって思っているけども、ちょっと図々しいかな、とか思ったり思わなかったり、でも相手からも友達だと思っていて欲しいな、そんな願い、祈りに近い感情で彼女のことを友達だと思っている。

 天江殿! と私は満面の笑顔で駆け寄り、身を乗り出すように戦車に手を付いて天江に顔を近付ける。

 

「…………」

 

 ただ何を話そうか考えていなかった、思い浮かびもしなかった。

 

「……あー、んー、そうやって黙ったまま見つめられると、その、少し照れるかな?」

 

 ちょっと頰を赤らめて顔を逸らした天江に「とりあえず乗りなよ」と言われたので、彼女の隣になる通信手席に腰を下ろす。

 ハッチを閉める、二人だけの閉鎖された空間。そのまま二人で黙り込んだ。特に話題が見つからない時は無理に会話を続けない。こんな時、天江は物思いに耽るように目を閉じていることが多く、時折、そのまま寝息を立てることもある。それを横から見つめているのが好きだった。楽しいわけではない、何かが面白いわけでもない。でも飽きないのだ。自分で組み立てたプラモデルの戦車をジロジロと見つめるのとは違って、もっと和やかで落ち着いたものだ。特に用事もないのに、天江の名前を呼びたくなる。できることなら、美理佳と囁きたくなる。その衝動をぐっと押し殺して、ただ見つめる。それだけでも充分に心は満たされた。

 ありがとう、と天江が不意に口を開いた。何故、その言葉が出てくるのか分からなくって首を傾げる。

 感謝の言葉を告げるべきは私の方なのに。

 

「体感として残るのは、風が吹き抜けるように短い時間だと云うのに――思い返せば、随分と長い時間を過ごしたような気がする。ここまで充実した毎日は初めてだ。だから、ありがとう。それ以外の言葉が見つからないな、親友」

 

 不意を打たれた言葉は、実感よりも困惑の方が強かった。

 

「あ、いえ、そんな……私の方が、むしろ感謝しているくらいでして……!」

「……私にはね、生き甲斐っていうものがなかったんだよ」

 

 彼女は平静を装うように小さく笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「なにをやっても物足りない。なにをしていても虚しいばかり、まるで最初から胸にぽっかりと穴が空いたまま生きているような――まあ、そんな感じがしていたんだ」

 

 だから、と彼女は片目を開くと茶色の瞳で私を見つめる。

 

「今、生きてるって感じがしている。だから、ありがとう。今の内に……いや、今だから一度、言っておきたかったんだ」

 

 そんな真っ直ぐな目で言われると嬉しい、いや、照れる? 胸の奥が疼く、何か言わなきゃって思うけども言葉が纏まらない。それに今、何かを喋ろうとすれば、声が上擦ってしまいそうだった。

 

「……天江、殿…………」

 

 どうにか名前だけを振り絞ると天江は少し寂しそうな顔をして、まあ何時の日か、と目を閉ざした。

 それから数分もすると寝息が立てられる。

 私も授業が始まるまで彼女の隣で少し眠ることにした、流石に今日は早く起きすぎた。

 

 

 今から一ヶ月前、卒業式での話になる。

 卒業生達への祝砲として撃った砲弾は生徒会の耳に入り、すぐさま風紀委員の手で拘束されて私達は生徒会室に連行された。冷静に考えると試合用とはいえ実弾を撃った訳だ、お咎めなしにという訳にはいくはずもない。生徒会役員の広報を名乗る片眼鏡の女生徒にはこっ酷く叱られることになったが――しかしパソコン付きの執務机に座る生徒会長、角谷杏の様子は想像していたものとは少し違っていた。彼女の質問は私達に探りを入れるものが多かった。修理をしたのはどっちだとか、戦車は好きなのかとか、まるで事件そのものには興味を持っていない感じがしたのだ。罰則の与え方だって適当なものだ、私達の動機を聞く前に戦車の没収と自宅謹慎一週間と定められる。会長の言動に違和感を感じた私は、じいっと会長のことを観察して、彼女の目が私達の行為を咎めるものではないことに気付いた。壊れた戦車を一から勉強して修理したといえば、表情をほんの少し曇らせたのを見て確信する。この人は戦車道の経験者を探しているのだ、と。であればこそ、本気で私達から戦車を取り上げるつもりもないように思った。

 そうなると次に浮かび上がる疑問は、どうして戦車道経験者を探しているのか? という話になってくる。

 何故、どうして、と会長と話しながら考えている内に一つの結論に辿り着いた。大洗女子学園の廃校、それを免れる為に戦車道を復活させる。それは突拍子のない発想だったが――なんとなくだけど、この考えがとてもしっくりと来たのだ。会長みたいに探りを入れるのは面倒だったので、「それで何時まで待てば良いの? 入学式の後には返してくれるのかな?」と私は率直に質問することにした。

 しかし全てを言い切る前に止められる。会長は優花里の退出を促して、私一人だけが生徒会室に残される。

 

「それで何処まで知っているのかな?」

 

 少し戯けた言葉遣い、でも会長の目は笑っていなかった。生徒会役員三名に囲まれる形になっているが、今この場においては気にならない。ただ目の前にある二つの瞳が真っ直ぐと私のことを見据えていることに意識が奪われた。嘘は吐けないな、と思った。嘘を吐く気はなかった。ただ本当のことを話したところで信じてくれるかが問題だった。

 

「なにも知りません」

 

 その言葉に片眼鏡の広報が憤ったが、「河嶋」とただ一言、会長が告げて制する。

 

「本当に?」

「ただの憶測と推測ですよ」

「じゃあ、その考えを教えてよ」

 

 そう言われて、溜息一つ。思い付くことを適当に並べ連ねた。

 学園艦の廃艦を宣告できるのは文科省の人間、文科省の人間に認めさせるには何かしらの実績が必要になり、その為に選んだのが戦車道の復活。廃車同然でも戦車を見つけることはできたのだから、他にも戦車が残っているはず、少なくとも、公式戦に出られるだけの数は揃うのではないか。他に戦車道を選んだ理由は、戦車は金食い虫で競争率が低いという点がある。事実、全国大会でも十六校しか参加していない。それでいて戦車道の世界大会が二年後、日本で開催されることから注目度は高まっている。それはもう国家プロジェクトの域に達しており、来年からはプロリーグの設立も予定に組み込まれている程だ。こうなればもう口約束も関係ない、戦車道優勝校を文科省が廃校にできるはずがないのだ。

 ああ、なるほど、こうやって考えてみると案外、理にかなっている訳だ。

 答案の答えを見てから逆算しているようなものだが、上げようと思えば次から次に理由が思い浮かんできた。野球やサッカー、バレーボール等と比べて、丁度良いくらいにマイナーなのが特に良かった。日本には小学生から戦車を乗り回せる環境はほとんどない。中学生になっても乗れる環境は限られている為に、気軽にできる他のスポーツと比べて競技人口が少なかった。

 だから他のスポーツと比べると――高校生の段階ではまだ、実力に差が付きにくいのだ。

 

「よく頭が回るねー、もしかして親は探偵だったり?」

「まさか、答えあっての物種ですよ」

「……えっと、天江ちゃんだっけ? 君には打ち明けておいた方が良さそうかな」

「ああ、ちょっと待って」

 

 口を開こうとする会長を止める。

 

「一生徒として協力しても構わないけど、一つ条件があります」

 

 言ってみなよ、と会長が問い返したので私は言葉を続けた。

 

「優花里には、この話をしないで欲しいんだ」

「どうしてかな?」

「知ったら優花里が心の底から戦車道を楽しめなくなるじゃん」

 

 その時、優花里が戦車を動かしてはしゃいでいる姿を想像して思わず笑みを浮かべてしまった。一瞬、キョトンとした顔を見せる会長、すぐに笑みを浮かべ直して私を見つめ直す。

 

「約束するよ」

「うん、ありがとう」

 

 彼女の笑顔に答えるように私は頷き返した。

 

 

 私、天江(あまえ)美理佳(みりか)の部屋は空っぽだった。

 親元を離れて大洗女子学園の学園艦に来て、女子寮に入って、それから必要最低限の家具だけを入れたのが私の部屋だった。

 女らしさとかよく分からなくって、でも男らしさっていうのもよく分からない。興味を惹かれるような事柄も特にはなくって、趣味らしい趣味を持つこともなく中学校を卒業した。ただなんとなく学園艦には憧れていた、学園艦っていうよりも大きな海と空に憧れていた気がする。その中でも大洗女子学園を選んだのは――その字面がなんとなく目を引いたっていうこともあるけども、それ以上に受験勉強をしなくてもなんとなくで入れそうだったからっていうのが強い。あんまり他人と関わるのも面倒で、人目を避けるように屋上へと足を運ぶことが多かった。なんとなく生き続ける、特に死ぬ理由もないから生きている。それが私という人間だった。

 入学式の翌日。朝、目覚めると数ヶ月前とは様変わりした部屋が目に入る。

 それは主に戦車に関する物が多くって、最近、新しく買った本棚には戦車に関する専門書と月刊誌が並べられている。部屋の隅には重厚な工具箱が置いてあり、机の隅には戦車道という簡潔なタイトルにナンバリングされたノートが積み重ねてある。パラパラっと捲れば、優花里と話を合わせる為に書き写した第一次世界大戦から第二次世界大戦終結までに設計生産された戦車の詳細情報を手書きのイラスト付きで確認することができる。優花里と友達になったばかりのことだ、戦車についてはあんまり詳しくないって言ったら参考資料にDVDを大量に渡されたことを覚えている。その帰りに私は電気屋で中古のテレビとDVDプレーヤーを購入して部屋に持ち帰った。今は優花里がおすすめだっていう戦車ゲームをプレイする為に買った家庭用ゲーム機がテレビの横に置いてある。時折、優花里は外で御飯を食べたがるから、料理の練習もした。人並みにはできると思ってる、少なくとも優花里がよく食べるカレーだけは粉から自製して美味しく作れる自信がある。レーションが好きだと聞いたから味を確かめる為にネットで購入したこともあるけども――あれはたぶん味ではなくて、レーションそのものが好きなんだと思う。だって不味くても、不味いって嬉しそうに食べるから。あとは優花里と一緒に買い物へ行くことも多いので、お揃いの衣服や小物も多くなった。戦車の目覚まし時計とか、パンツァージャケットとか、中でも戦車道ショップで買ったⅣ号戦車ストラップはお気に入りだ。私達の戦車と同じだと思って買ったのだけども、優花里は同じだけど違う戦車だって言っていたのを覚えている。まあ今だから分かるのだけども、このストラップはH型、私達の戦車はD型。私は同じようなものだと思うけど、優花里にとっては違うらしいから、きっと違うのだろう。それでも、このストラップはお気に入りだ。だって優花里と始めて一緒に買った物だから、スマートホンに付けて大切にしている。

 この部屋は私の心を映し出した姿だと思っている。空っぽな私の人生は、優花里と出会ってから変わった。

 足りないものを埋めるように部屋には物が増えていった。こんなことを言えば、優花里に嫌われてしまうかもしれないけど、私は戦車のことを好きだと感じたことはない。いや、この言い方では語弊がある。戦車は楽しいと思うし、どちらかといえば好きなんだと思う。でも、のめり込む程に好きかと聞かれるとそれは違う。戦車そのものが好きなんじゃなくって、優花里と一緒に戦車をするから楽しくって面白いし、心が満たされたような気持ちになる。だからきっと優花里と一緒なら、戦車道じゃなくても良いんだと思っている。時間を共有して、経験を共有して、二人の思い出を増やしていって、それでたぶん幸せになれるのだと思った。

 だから今日も私は優花里に会う為に学校に向かって、戦車倉庫で待ち受ける。優花里のことだから今日は早起きするに決まってる。優花里は分かりやすいから、こういうことは手に取るようにわかるのだ。Ⅳ号戦車D型の操縦手席で待つこと数十分、早く来ないかな、と待っている時間すらも楽しんでいると戦車倉庫の扉が開け放たれた。聞き慣れた足音に、ほらね、と片目を開いて運転席窓から優花里の姿を確認する。

 今日も良い日になりそうだ。優花里に会えるから、今日も良い日に決まってる。

 

 




病んでるわけではないよ、たぶん。
最近、好きなガルパンSSは「タイムスリップパンツァー」です。
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