隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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戦車、鹵獲します!③

 プラウダ高校、戦車道においては四強の一角として数えられる強豪と呼ばれている。

 とはいえ、実際には黒森峰女学園の一強だった。プラウダ高校、サンダース大学付属高校、聖グロリアーナ女学院の三校は黒森峰に続く立場で、その栄華を打破せんとあらがっていた。しかし今年度、遂に我がプラウダ高校は黒森峰を降し、悲願の全国大会優勝を成し遂げたのだ。まだ世間的には偶然だとか、運が良かっただなどと言う者も多いが、戦車道にまぐれはない。勝つべくして勝ったのだ、と私、カチューシャは確信していた。少なくとも、あの時、あの場で黒森峰のフラッグ車の居場所を探り当てたのは私の実力だ。本来ならばそこで勝負が決まっていたところ、運悪く黒森峰が事故を起こしたせいで同志の完全な勝利にケチを付けられてしまったのである。

 まあ、それはもう良い。釈然とはしないが、また勝てば良いだけの話なのだから。

 許せないのは、我が校の優勝にケチを付ける高校が他にもいることだ。プラウダ高校には年に数度、強化試合という名目で戦車道の試合をする因縁の相手がいる。その相手は全国大会ではいつも一回戦で敗退しており、よくても二回戦までで消えていくような高校だ。全国大会で当たっても、負けたことは過去十年間になかった。しかし、過去の強化試合でプラウダ高校が勝ち越したことは一度もなかった。

 その相手は継続高校、鹵獲ルールと呼ばれる特殊な試合形式で我が高校は継続学園に負け続けている。

 

 

 朝起きた、布団に潜り込んだスオミを見た。そして素足で蹴飛ばした。

 寝ぼけていたからこそできる綺麗な流れ。ベッドの上から転がり落ちたスオミは蹴落とされたことを意にも介さず、むしろ少し嬉しそうに頰を綻ばせながら「おはようございます」と床に手を着いて深々とお辞儀した。あらやだ、この子怖い。貞操の危機を感じる、私は今、たぶん人生で一番、自分がただのか弱い女だっていうことを意識している。

 どうして私の私室に入ってきているのか、ちょっと怖かったけど聞いてみた。

 

「安全ピンで鍵を開けました」

「ふうん、安全ピンで?」

「はい、安全ピンで」

 

 私は無言で首を横に振り、今度から扉にはチェーンを掛けようと思った。

 とりあえずトイレに行って、顔でも洗って来ようか。まだ寝惚けた頭、意識を起こす為、少し身嗜みに時間をかける。そして冷静になった頭で思った――めっちゃ怖い、なんなのあの子、めっちゃ怖いんですけど。黒森峰の寮はもっとセキュリティが万全だった、でも此処は鍵とチェーンしかない。それでも十分だと思ってたけども、全然そんなことなかった。学園艦の風紀はどうなっているんですか? 乱れてますね、とことんまでに!

 とりあえずスオミを部屋から追い出そうと思って、洗面所から出るとエプロンを付けたスオミが何か料理をしていた。少し甘い香りがする、流されるまま椅子に誘導され、大皿に乗せられたふんわりホットケーキが目の前に置かれる。溶けたバターが表面に薄く塗られており、とろっとろな蜂蜜が垂らされる。

 召し上がれ、と言われて私は一口大に切り分けたホットケーキを口にする。

 外側はかりっとした歯応えで、中はふんわり柔らかで、仄かな甘み、蕩ける甘み、ついでに私の頰まで蕩けてしまいそうだった。口の端から零れ落ちる蜂蜜を指先で拭い取られて、ペロッと口に含まれる。じとっとした目で隣に控える彼女を見る、何を勘違いしたのかスオミは頰を赤らめた。今はなにも考えず、目の前のホットケーキを頂くことにする、食べ物に罪はないのだから。

 改めて貞操の危機を感じる早朝、スオミに髪を梳かして貰いながら今日のことを考える。

 今日は待ちに待ったプラウダ高校との強化試合の日だ。

 スオミにパジャマを脱ぐのを手伝われ、ブラジャーのホックに指先がかかった瞬間、私は力任せに彼女の腹を義足で蹴飛ばした。

 

 さて、少し余談を挟む。

 

 戦車道を始める時期で最も多いのは、高校生になってからだ。

 中学生から戦車に乗る者も少なからず存在しているのは事実ではある――しかし戦車というものは購入するにも、維持するにも莫大な費用がかかるものだ。中学校の規模で戦車を抱えることは難しく、仮に戦車を持つことができたとしても数を揃えることができない。中学部の大会も多くて三輌が関の山、試合形式の多くがタイマンであった。その為、高校生から戦車道を始める、というのは意外とデメリットにならない。むしろ四強以外の高校では、高校生から始めるものが大半を占めている。

 だからこそ、新生の急造チームであっても意外と勝ち目があったりするものなのだ。

 

 とりあえず練習は積み重ねた。

 戦車を動かすのに必要最低限の操縦を覚えて貰って、ある程度は指示通りに動かせるようになった。

 クリスティ三人娘が乗るBT-42に不安要素はない、むしろ今から大学リーグに参加しても通用しそうな実力がある。アマチュア無線部が操るT-26もまだ不安要素が残っているが、試合に出すには十分な仕上がりにはなっている。そして私が車長兼砲手を務めるT-34、装填手はスオミ。操縦席には問題児姉妹の妹、マリがレバーを握る。姉のエトナは通信手という事で助手席に座らせた。

 正直に告げる。たった三輌だが、うちは強い。

 

「隊長のカチューシャよ」

「私がミカだよ。いい試合になることを期待している」

「精々、今のうちに余裕をかましていると良いわ。前回と前々回は情けない先輩だけで私が参加していなかったんだから」

「胸を借りるつもりで戦わせてもらうよ」

 

 ミカとちんまい隊長が握手を交わして、それぞれ使用する戦車と搭乗員を書き記した紙を交換する。

 それをミカは一目見ると、副隊長として隣に控えていた私に手渡してくれた。試合形式は殲滅戦なのでフラッグ車はなし、カチューシャはKV-1、ノンナがT-28、そしてBT-7が参加するようだ。見事なまでにソ連戦車しかいない、いや、まあ、BT-42は一応、フィンランドだけど、元はソ連だし。小さな暴君と名高いカチューシャがミカを指で差して、「今日こそ、その希少なBT-42を頂くわ! ついでに奪われたほかの戦車もね!」と息巻いた。継続高校の戦車が差し押さえられたことや、今ある戦車の内二つがニコイチされてるとは言わない方が良さそうだ。さておき、お互いに使用戦車と搭乗員を確認した後、所定の位置に分かれる。

 ノンナがずっと私のことを見つめていたのが少しだけ気になった。

 

 

「あの松葉杖を突いていたのは黒森峰の選手ですね」

 

 ノンナが告げる。

 

「黒森峰の選手がどうして継続高校にいるのよ」

「さあ? 登録票にも見覚えのある名前が記載されていたので彼女本人であることは間違いないようです」

 

 松葉杖を突いていたので、てっきり裏方かと思っていたが違うようだ。

 片脚を失っても戦車道を続けるなんて余程の戦車バカに違いない。しかし、あれだけ目立つ特徴を持ちながら記憶にないのはおかしい。それに戦車道を続けるならば黒森峰から離れる必要はないはずだ。思考する、そして一つの可能性を導き出した。

 ああ、そうか、と。あの子が私達の優勝にケチを付けた奴なのか。

 

「ノンナ、あの子はあまり虐めずに倒してあげなさい」

「あら、お優しいのですね?」

 

 ノンナが不思議そうな顔をしてみせたので、私は王者の貫録を見せつけるように腕を組んで椅子に踏ん反り返った。

 

「片脚を失っても戦車道を続けるような奴なのよ。ちょっとくらい温情をかけてやっても良いじゃない」

 

 勝利は譲らないけどね、とにんまりと笑ってみせる。

 

「……ええ、そうですね。では優しく倒しましょう」

 

 ノンナは頷き、T-28に乗り込んだ。

 そのまま所定の位置に移動するのを見送り、私もKV-1の中に入る。

 

 今回の賭け試合は三対三になる。

 場所は森の中で視界は悪い、真っ直ぐに戦車を走らせることは不可能に近かった。そして森の中だから戦車間で連携を取ることも難しく、戦車の数も少ないことから個々の力が重要になってくる。プラウダ高校が今まで負けてきたのは敵大将が乗るBT-42の練度が高過ぎる為だ、過去二回の賭け試合は彼女一人にやられてしまったと言っても過言ではない。事実、三対三の試合を二回して、継続高校の撃墜スコアの全てをBT-42が掻っ攫っている。故にまず警戒するのはBT-42、兎にも角にもBT-42を抑え込めば勝つことができる。

 そう思っていた。その認識が間違っていると分かったのは試合開始数分後、BT-7が白旗を上げることで覆される。

 

 

 鬱蒼と生い茂る森の中、三対三という少数では作戦なんてあってないようなものだった。

 とりあえず互いに援護できる距離を保ったまま戦車を前進させるのが常道か。ここは隊長であるミカの指示に従おうと思って、話を聞きに向かった。すると既にBT-42に乗り込もうとしていたミカは私の姿を確認すると、彼女にしては珍しく挑発的な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「鹵獲ルールは勝者が残り戦車の数だけ、相手が使っていた戦車を貰うことができるんだ」

「なるほど、それは確かに太っ腹ですね」

 

 彼女の言葉に私は笑顔を浮かべ返す。

 その態度が気になったのかミカはじっと私のことを見つめてきた。

 そして決心するように一度だけ頷いてみせる。

 

「この試合、君の判断に委ねよう」

 

 そう彼女は言った。一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 肝心のミカは言うだけ言ってBT-42の中に乗り込んでしまっている。

 操縦席のハッチが開き、ミッコが顔だけを出して大声で上げる。

 

「早く指示をくれ、私達はあんたの指揮に従うからさ!」

 

 そこまで言われると流石に分かる。

 しかし、この試合、負ける訳にはいかない。負ければ戦車道を続けるどころか、学園艦すらもなくなる危険性を孕んでいる。急に任された大役、戸惑わない訳がない。体が震える、生唾を飲んだ。不安に口元を抑える。不思議だな、可笑しいな。私は今、笑っている。この試合、どうやって勝つのか、考えるのが楽しくて仕方なかった。

 松葉杖を突きながら意気揚々と仲間が待つT-34へと戻る。

 

「なにか、楽しいことでもありましたでしょうか?」

 

 砲手席に腰を下ろすとスオミが不思議そうな顔で問いかけてきたので、私は首を横に振る。

 

「これから楽しくなるんだよ」

 

 自然と生まれた笑顔を向けると、スオミは頰を赤らめてぽけっとした。

 

「そっちこそどうしたの? 熱でもある?」

「緊張、でしょうか? 胸の高鳴りを感じます、息が荒い、顔が上気しているのが分かります。ああ、どうしましょう、体の震えが……うぷっ?」

 

 私はスオミの唇にキスをくれてやった。

 ヒューっと助手席に座るエトナが口笛を吹いてみせる。

 

「……今、なにを?」

「どう? 緊張は解れた?」

「えっと……えっと?」

「さあ、気張ってよ。もう試合が始まるんだからね」

「あの、できれば、もう一度、してくれると……」

「頑張ったら、もっと凄いことをしてあげる」

「……もっと? すごい?」

 

 呆然と首を傾げるスオミが可笑しくって、つい笑ってしまった。

 そして彼女の耳元に息を吹きかけるように囁きかける。

 

 ――そうだね、次は舌でも入れてあげよっか?

 

 彼女の時間が止められること数秒、

 スオミの表情が引き締まり、その瞳に気合いが灯る。

 よし、と私は満足げに頷いてからトランシーバーを片手に各自へ指示を飛ばした。

 とはいえ内容は単純なものだ、特別なことはなにもない。

 作戦を伝え終えた私は小さく息を零す。

 そして朝食の後に温かい珈琲を啜るように一言付け加える。

 

「さあ勝ちに行こうか」

 

 トランシーバーを切る、後は各自で最善を尽くすだけだ。




ひっそりと試合までの期間を二ヶ月から一ヶ月に変更しました。
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