隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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戦車道、始めます!④

 私、天江(あまえ)美理佳(みりか)は今、屋上で秋山優花里に後ろから抱き締められている。

 どうしてこんな事になっているのだろうか。持参した弁当を食べ終えた優花里が少し肌寒そうにしていたので身を寄せてあげると、優花里は何故か私のことを背後から抱き寄せてきた。まるで小学生の子が縫いぐるみにするような姿勢、体格差からすっぽりと彼女の懐に体が収まる。少し恥ずかしい気もするけども、これで優花里の体を温めることができるならとされるがままになった。優花里が風邪を患うことに比べれば些細な問題だ。できるだけ体を密着させる事で暖を取る。ぬくぬくしている優花里を背にしながら私は私でぽかぽかしてきた。

 近頃、優花里が近くにいると眠たくなることが増えた。心地よくて、気持ちよくて、すやりと瞼を閉じる。指先で頬を突かれていることにも気を止めず、唇をなぞられることも気にしない。気分は夢心地、そのまま体重を優花里に委ねて、ぐーすかぴー。

 なにやら放送が鳴っても気にせず、そのまま眠りこける。

 

 

 私は今、保健室のベッドで仰向けになっている。

 ベッドの両脇には今日、友達になった武部さんと五十鈴さんが椅子に座って私のことを見張っている。

 授業があるから構わないよ、と言っても二人は頑なに動いてくれず、発作的なものだから大丈夫、と言っても聞き入れてくれなかった。心配してくれるのは嬉しいけども体調が悪くなった訳じゃないので、本当に大丈夫なんだけどなあ、と申し訳ない気持ちになりながら掛け布団に顔を埋める。

 生徒会と話した後に、ああなったこともあって、二人は生徒会が原因だと当たりを付けた。間違っていないんだけども彼女達の意図してのことではない。生徒会からは戦車道を履修するように勧められただけ、と言っても信じて貰えず、戦車道を勧められただけであんなことになるはずがないよ! という至極真っ当な言葉から諸々の事情を話すことになった。あまり誰かに話したいことでもないが、友達に隠し事をするのも違うと思ってのことだ。

 友達が片脚を失ったことは、そことなしにボカしながら話を続ける。

 

「つまり……戦車道の試合中に友達が大怪我してしまったのが原因で、心に傷を負ってしまったと」

 

 五十鈴さんの言葉に、情けない話だけど、と愛想笑いを浮かべる。

 

「……無理に戦車道を続けなくても、よろしいのではないでしょうか?」

「そうだよ、嫌ならやらなくても良いんだよ!」

 

 できたばかりの友達が親身になってくれることに私は嬉しく思いながら、そうだよね、と頷き返した。

 

「戦車道はしない。そう決めてる、だから戦車道はしない」

「みほさん……」

 

 五十鈴さんが心配そうに私のことを見つめた。どうして、そんな顔をするのか分からなくって首を傾げた。

 

『これより全校生徒、体育館に集まるように』

 

 不意に校内放送が保健室内に響き渡る。

 二人を見つめるも、二人はその場から動くつもりがなさそうだった。行った方が良いよ、と伝えると、みほを一人だけ置いていけないよ! と武部さんが言ってくれて、五十鈴さんが同意するように頷き返す。大事な話かも知れないよ、と言っても二人は頑なに動いてはくれなかった。

 その時、ガラリと保健室の扉が開けられる。

 小柄でツインテイルの女生徒、やっほー、と生徒会長が軽い調子で笑顔を浮かべてみせる。武部さんと五十鈴さんが私の前に立ち塞がって、会長のことを睨みつける。いや、生徒会は別に悪気が――いや、戦車道に勧誘する時の態度は決して褒められたものじゃなかったけど、それとこれとは話が別だから。

「これはどういうことかな?」と会長は余裕の態度を崩さず、二人の視線を受け流している。

 

「みほは戦車道をしません!」

「ええ、みほさんに戦車道をさせるような真似は許しません」

「……西住が嫌って言ったのかな〜?」

 

 会長は嘲るように告げると「ほら、必修選択科目オリエンテーションが始まるよ」と虫でも払うような仕草で退場を促した。

 

「勝手なことを言わないでください!」

「とにかく、みほは絶対に渡しませんから!」

 

 私の為に言ってくれるのは嬉しいのだけど、あまり会長を刺激するのはまずい気が。ふ〜ん、と会長はツインテイルの毛先を指に絡めて弄ぶと「んなこと言ってるとあんた達、この学校にいられなくしちゃうよ?」と戯けるように脅してみせる。

 

「脅すなんて……!」

「脅しじゃない、私はいつだって本気だよ」

「横暴です!」

「横暴になる時もあるよ。学校行事を蔑ろにして、大した名分もなく保健室に入り浸っている不良生徒の相手する時とかね」

 

 どっちが正しいのかな、という会長の言葉に二人は黙り込んだ。

 

「ああ、西住は良いよ。体調を崩したのは本当みたいだし」

「そんな、みほさん一人を置いて行けません!」

「仮にも倒れた友達を無理に連れ出す気? いやはや友達とは思えないようなやつだね〜」

 

 会長は一度、溜息を零すと私に視線を投げかけた。じっと見つめ返せば、困ったように肩を竦めてみせる。

 

「五十鈴さん、武部さん。ありがとう。私のことは良いからオリエンテーションに行って」

「でも……!」

「私も会長とは少し話してみたかったから」

 

 大丈夫、と二人のことを見つめると、二人は戸惑うように言葉を閉ざした。

 

「ほらほら、西住もそう言ってくれてるから。早くオリエンテーションに行ってきなって、悪いようにはしないよ」

 

 会長がパンパンと手を叩いてみせる。友達二人は心配そうな視線を私に向けながら、後ろ髪を引かれるように保健室を出て行った。残されたのは会長と私の二人だけ、会長は先程まで武部さんが座っていた椅子に腰を掛けると、真剣な目付きで私のことを見つめてくる。

 

「戦車に乗れないって本当?」

 

 戦車道に関わる話だと思っていたけども、想像以上に突っ込んだ質問をされて少し心が乱された。

 静かに深呼吸をして、それから、しっかりと会長を見つめ返して口を開いた。

 

「……はい」

 

 その時、私は誠実に応えなくちゃいけないと思ったのだ。

 

 

 保健室を出る。そして天井を見上げて、大きく息を吐き捨てた。

 どうしたものかな、その疑問に答えてくれる者はいない。私は頭をバリボリと掻き、今できることを再考する。徒労感が強い。せっかく見つけた希望が潰えた時の脱力感は想像していた以上に強かった。ちょっと挫けそうだ、それでもまだ手を尽くした訳ではない。まだ打てる手があるならば、それは決して手詰まりではないのだ。元より一生徒、それも転校生に学園の命運を託すことが間違っている。

 角谷杏は、この程度で折れるような人間ではない。自分に言い聞かせる、何度も、何度でもだ。

 

 

 

 私には中須賀エミという友達がいた。

 小学生の頃の友達であり、柚本瞳、遊佐千紘と同じく戦車道とは関係なく心から友達と思える存在だ。

 今は三人共に連絡を取れておらず、友達と呼んでも良いのかわからないけども――少なくとも小学生の時点では紛れもない友達だった。たぶん私自身、戦車が最も好きだった頃だ。私とエミ、瞳に千紘、私達四人を繋いだのは一輌の戦車、あの時、私にとって戦車とは絆だった。幼馴染の三人とは戦車とは関係のないところでも友達だったけども、三人と私を繋いだのは間違いなく戦車だったことを覚えている。

 どうして今、思い出したのかわからない。でも懐かしいな、と思う。

 保健室の布団に潜りながら昔を懐かしんだ。

 

 

 なんとなしに屋上に上がってみれば、天江と秋山が日陰で互いに正面から抱き締め合って眠っていた。

 オリエンテーションをサボって何をしてんだ、と思いながらスマートホンのシャッターを切る。アルバムに入った写真を見つめながら、現像したら三千円程度で売れそうかな。とか勝手なことを考えた。まあ同性愛とかは女子校や男子校ではよくある話、ましてや陸から切り離された学園艦では、その傾向は更に強くなる。私は染まっておらず、河嶋はそもそも同性愛が流行っていることを知らない。確か、小山は見る専だったか。後で労いの意味も込めて、先ほどの写真を送ってあげようと思う。

 西住が頼りにならない以上、こうなったらもう面子とか気にしている場合ではないか……とスマートホンを開き、電話帳から目的の人物を探し当てる。深呼吸を一度、発信した。

 数度のコール音が鳴った後で、目的の人物の声がする。

 

『珍しい相手から電話がかかってきたな、どうしたんだ?』

「相談があるんだよね〜。今、大丈夫?」

『ちょっと待ってろ、落ち着いたら折り返し電話する』

「りょ〜かい」

 

 プツッと通話が途切れる。そして、ふぅっと息を吐き捨てた。

 

「誰と話してたの?」

 

 いつの間に目を醒ましたのか、天江が目を擦りながら私の方を見つめる。秋山に抱きしめられたままだ。

 

「ひみつ〜」

 

 嫌味っぽく笑って答えてやると、ふうん、と天江は興味なさそうに目を閉じると犬が自分のものだと主張するように頰を秋山の胸元に擦り付ける。可愛いけど可愛げがない。

 

「天江こそ、何をしているのかな〜? もうオリエンテーション、始まってるよ?」

「見てわからない?」

 

 天江は真正面から秋山と抱きしめ合っているように見える。

 

「捕まってる、逃げられない。不可抗力」

 

 心底迷惑そうに言っているが、とても捕まっているようには見えない。むしろ嬉々として抱きしめられているようにすら感じられる。あまり深入りしない方が良さそうだと思って、適当に相槌だけしておくことにした。

 

 

 ごふっ、とオリエンテーションの準備を進める中、不意に送られてきた会長からの写メに情欲が吹き出した。

「柚子、どうしたんだ?」と心配する桃ちゃんに「大丈夫」と私は血塗れになった口元を手で隠しながら答える。顎下からポタポタと垂れる血の雫に「大丈夫じゃないじゃないか!」と桃ちゃんは顔を青褪めさせながら怒鳴った。ほんと大丈夫、大丈夫だから。ちょっと漏れただけだから。どうどうと嗜めるも桃ちゃんは狼狽えるばかりで、話にならない。

 仕方ない、と思った私は「桃ちゃん」と話しかける。「桃ちゃんって言うなーっ!」といつもの言葉を聞き流して大事なことを真剣に告げる。

 

「猫鍋って可愛いよね」

「ん? ああ、確かに可愛いとは思うが……そんなことよりもっ!」

「尊いよね?」

「と、尊い? よく分からないぞ?」

「尊かったら、出るよね?」

「何がだ!?」

 

 あれ、おかしいな。完璧に言い包め(1d100<=45→82)られたと思ったのに。

 首を傾げる私、怒鳴り散らす桃ちゃん。まあいいや、と思って私は鼻の穴にティッシュを詰め込んでオリエンテーションの準備を進める。猫の親子の画像を見せた方が説得力があっただろうか、そんなことを考えながら桃ちゃんの抗議を無視する。兎にも角にも会長、ありがとうございます。家宝として、パソコンにバックアップ。ネット上にもデータを写しておくことにします。

 これで今日も一日、気力を振り絞ることができると気合いを入れ直した。

 

 

 




ゆ……百合……(世紀末感)

近頃はガルパンSSの「冷泉麻子は指相撲がやたらと強い。」を読んでいます。
こういう二次創作らしい二次創作、もっと増えて欲しい。

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