私、澤梓は最初、必修選択科目に華道を選ぶつもりだった。
中等部からの友達である五人は全員、それぞれ違う科目を選ぶつもりでいたようだから心変わりも必要ないと考えて、私は私が最も興味を持つ科目を履修する気でいた――のだけども生徒会主催のオリエンテーションが終わった時、何故かみんな戦車道に興味津々になっていた。みんな、周りの影響を受けやすいところがあったので、そのことに驚きはない。なんだかんだでずっと腐れ縁とも呼べる関係を続けてきた訳だし、みんなの行動原理は大体把握している。そして皆が意気投合しちゃってるから、残された私は独りぼっちになるのが嫌で流されるようにみんなと同じ道を選択する。
大体そんな感じだったから、戦車道に賭ける想いとか、情熱とか、そういうのは持っていなかったり、まあ楽しかったらそれで良いかなって。度が過ぎた時は諌めたりするけども、そんな軽い気持ちで付き合っていかないと彼女達と一緒にいることはできない。良い意味でも、悪い意味でも、ノリと勢いで生きているような友達だ。周りからは苦労しているね、と言われることもあるけども、なんだかんだで彼女達に振り回されることは好きだったりする。
目の前にある錆びついた鉄扉、気の弱い私は手を触れることすらできない。一歩引いた位置から見ていると私の友達が錆びついた鉄扉に殺到して、そして躊躇一つせずに開け放つのだ。扉の向こうには景色があった、まだ全貌は見えないけども、それだけでも魅力的な景色がある。みんなは扉の前でにっこり笑って、私のことを見つめながら待っている。そんな期待を込められた目で見られるから、仕方ないなあって、いっつも私は流される。切っても切れない腐れ縁なんていうけども、誰も今の縁を切りたいとは思わないから腐れるまで縁が続くのだと思っている。なんだかんだでみんな、みんなのことが好きだ。
お客様、通行証はお持ちですか? 私も戦車道に丸を付けた履修届を翳して、六人一緒に向こう側へと飛び出した。
†
オリエンテーションの後、私達、生徒会役員は再び生徒会室に戻る。
そこで小山と河嶋からオリエンテーションに関する報告を聞き、生徒達には少なからず反響があったことを耳に入れる。
対して私は西住と接触した時の報告をし、その結果が芳しくないことを伝えた。
「……我が校、他に戦車経験者は皆無です」
「わかってるよ。うん、わかってる」
小山の咎めるような視線に、私は誤魔化すように笑った。
たぶん、これは再確認だ。小山が承服しかねる判断を私が下した時に見せる遠回しな抗議だった。我が校が全国大会で優勝する為には、西住の協力は必要不可欠。居ると居ないとでは大きく差が出る、少なくとも1と0の違いがあると覚悟すべきだ。希望が無くなる、勝算が潰える。残るのは絶望の闇だけで、彷徨うように歩くしかない。前も後ろもわからないまま、手探りに前を探して歩き続けるしかない。
その程度のことはわかっている。それでも今はまだ西住を戦車道に戻すべきではないと思った。
「終了だ! 我が校はもうおしまいだあ!」
「かーしまー、まだ諦めた訳じゃないよ〜?」
喚きだした河嶋を宥めるように笑いかける。その横で小山が張り詰めた緊張を緩めるように溜息を零した。
迷惑かけるね、私が視線を送れば、今に始まったことではありません、と視線だけで答える。
「それで会長、どうするつもりでしょうか?」
「新しく戦車道を始めるからね〜。人数と戦車が確認でき次第、安全面での教育指導という名目で教官を一人、派遣して貰おうと思っている」
「教官?」と河嶋が首を傾げてみせる。
「あんまり知られていないけどね。競技用に改修しているとはいえ兵器を扱うことになるからさ、新チームを設立する際には充分な安全性を確保する為に戦車道連盟から教官を派遣して貰えるらしいよ〜?」
机の引き出しに入れていた申請書を取り出し、河嶋に手渡した。
「教官には蝶野亜美を希望する、とあるのは?」
「その人、ちょっと経歴を調べてみたけどすごいんだよね〜。教官を希望できるのなら良い人を呼びたいじゃん」
「えっと……高校時代の全国大会では単騎で敵戦車十五輌を撃破? 十二時間に渡る激闘の一騎打ち?」
「すごいよね~」
パソコンの画面を前に驚愕の表情を浮かべる小山を横に、私は干し芋をパクリと頬張った。
「あとは友達に協力をお願いしている」
「会長の友達って聞くと、あんまり良いイメージが湧きませんね」
「幼馴染だよ、昔から戦車が好きな奴でさ。小等部と中等部の時は有名だったよ」
ただお人好しな奴でさ〜、と苦笑いを浮かべる。
「強豪校からのオファーもあったのに要請があったからって弱小校に行っちゃったんだよね〜」
小等部の時の友達を思い出しながら物思いに耽る。
昔は戦車道に興味を持っていなかったけども――彼女は友好的な性格をしていたから広い交友関係を持っており、彼女に巻き込まれるような形で私も戦車道に関わる人間との交友が増えていった。良くも悪くも目立つ性格をしていたから、たぶん、ブレーキ役のような形で覚えられていたんだと思っている。こんなことになるなら戦車に誘われた時、面倒臭そうだったから、自分で操縦するよりも見ている方が楽しい、なんて言わなきゃ良かったかな。まあそれで戦車道に嵌るようなことがあれば、生徒会どころか大洗の学園艦にすら居なかっただろうけど。
そんなことを思っていると「ところで戦車はどうするつもりで?」という河嶋の問い掛けに私は小山に視線を送る。
「これが二十年前から今に至るまで、売却履歴の残されていない戦車の一覧になります」
「売れ残り? そんな戦車で優勝なんてできるわけが……っ!?」
「できるできないじゃないんだよね〜」
私は干し芋をパクリと食べた。頭の痛い現状、甘味を食べて気を紛らわせておかないとやってられない。
「私達には戦う武器が残されている、だから明日も戦える」
そう言って、またパクリと干し芋を頬張った。
†
私、武部沙織はモテたい。
良い男と恋愛をする為に日夜女子力を磨く毎日、家事手伝いは勿論、料理や菓子作りには余念がない。少なくとも毎朝、早起きして自分の分と、ついでに家族の分のお弁当を作っている程度には腕が良い。得意料理は肉じゃがです! 女子力ばっちり、今日も元気に学校に登校だ! ふんふんふふふん♪ 鼻息交じりに通学路を歩く、隣には何時も朝7時55分に出迎えてくれる友達の華がいる。
今日は随分とご機嫌ですね、と華が綺麗な笑顔で聞いてくるから、そりゃもうとうぜん! とはなまる笑顔で受け答えした。
戦車道をすれば女子力アップ、そしてカッコ良い。極め付けに目立つのだ。つまりモテるということ、これからの
それはさておき、今日は初めての戦車道の授業だ。
どんな戦車があるのかな、どんな戦車に乗れるようになるのかな。きゅらきゅらきゅらきゅらっと履帯が軋む音が耳から離れない、どかんどかんという砲撃音の振動が胸に叩きつられた。早く戦車に乗りたい、そして動かしてみたい。ついでにいうと戦車を動かすにはチームを組む必要があって、そのチームメンバーとガールズトークをして、パジャマパーティーとかしてみたい!
ルンルンパッパと初授業、戦車倉庫前に集合して、生徒会役員が場を仕切る。
「これより戦車道の授業を始める」
広報の河嶋先輩が口を開いたところで気が逸り、私は手を挙げて質問する。
「あ、あの戦車はどこにあるのでしょうか?」
「あ〜、なんだったっけ、あれ?」
会長の気怠げな声が響き渡り、そして戦車倉庫の鉄扉が開け放たれた。
古びた見た目とは裏腹に、中は小綺麗に掃除されている。窓とか割れていたりするけども、瓦礫とか埃が溜まっているってことはなかった。そして倉庫内には戦車が二輌あって、その倉庫の中でモップを両手にごしごしと水洗いしている二人の生徒の姿があった。確か、秋山と天江だ。下の名前までは覚えてない。でも、共に口数が少なくて話しかけ難いと評判の二人だった。
彼女達二人は私の方に振り向いて、あわわっと秋山が自分よりも頭一つ分以上も小さな天江の後ろに隠れる。
「あー、この二人も戦車道の履修生だよ」
会長からの雑な説明、天江は自身の背に隠れる秋山とは裏腹に堂々とした態度で口を開いた。
「ようこそ戦車道へ、私は
そう告げる彼女の姿は小さいのに格好良くて、きっと彼女のような人間がモテるのだろうなって直感した。
だから彼女と同じようになれるかなって考えていると――
「先輩? それとも同級生?」
「中等部では見たことないわあ、入試組?」
「ちっこいなあ、私よりもちっこい!」
「へえ、桂利奈よりも小さい子、初めて見た」
「あ、あの……その人は先輩で……」
「ちゃんと御飯食べてるのか?」
――小さい見た目は親近感を覚えるのか、天江は一年生組に絡まれ始めた。
大人しい性格をしているのか黙って揉みくちゃされており、されるがままに――あ、違った。視線だけで秋山に助けを求めている。だけど秋山は一年生のパワーに押し負けていて、後輩達が築いた包囲網を突破できずにいる。それから会長がパンパンと手を叩くまで数分間、好き勝手された天江は身嗜みがボロボロになっていた。
恨みがましい目付きで秋山を見つめる天江の姿が、なんだかとっても可愛くて愛らしく思えた。
†
とある日の朝方五時頃の話になる。
実家での習慣が抜けきっていないのか、時折、飛び起きるように目覚めてしまうことがあった。
黒森峰だと、このまま朝練に向けて、お姉ちゃんと一緒に学校に行っていた。でも今は違う、もう一度、ゆったりと二度寝して……眠れない。なんだか二度寝しているとお母さんに怒られるか、お姉ちゃんに延々と揺すり起こされるのを幻視して眠ることができなかった。何週間かすれば慣れると思う、最近、ベッドの段差で体が床に叩きつけられることも減ったから。
適当に時間を潰そうと思って、今日はゴミ捨ての日だったことを思い出した。溜まったゴミを纏めてから寮の決められた場所に捨てようと部屋を出る。
「ん?」
するとばったり他の部屋の子と出くわした。
身長が低い、小学生だろうか。いや、でも確か、この寮には高等部の子しかいなかったはずだ。
少女は訝しげにじっと私の顔を見つめると、ああ、と思い出したように口を開いた。
「西住みほさん、だっけ?」
「はえっ!?」
「映像で見たことがある。軍神、だっけ?」
「ぐ、軍神っ!?」
「……違った?」
「た、たぶん、それ、お姉ちゃんのことじゃないかな?」
こんなところで急に戦車道の話をされるとは思わなくって、体全身が強張り石のように固まってしまった。少女は難しい顔で私のことを、じーっと見つめてくる。
「好きな料理とかある?」
不意に少女はそんなこと問いかけてきた。
考えが回らなくって、流されるままに答えると少女は満足げに頷き部屋へと戻っていった。その日の夕方から作り過ぎたからって、お惣菜を持って来てくれるようになる。少女の部屋は隣で名前は天江美理佳というようだ。どうして料理を作ってくれのか分からない。口数が少なくって、自分から語ることもしない。名前も私が訊くことで初めて教えてくれたほどだ。どうして料理を持って来てくれるのか尋ねたこともあるけども、なんとなく、としか答えが返って来なかった。美味しかったです、と料理の感想をいうと、少しだけ嬉しそうに微笑んでくれる。本当によく分からない。最近は隣人の奇行に振り回されて戸惑う毎日が続いている。
だけど手作りの料理は温かくて美味しかった。
ちょっと怖いけど。
「ああ、そういえば……前にどうして料理を作ってくれるのか訊いたよね?」
ある日、使った食器と届けてくれる料理を交換してる時、珍しく天江さんの方から話題を振ってきてくれた。
「んー……なんとなく、この縁を切ったらいけないと思ったんだ。たぶん君との縁を繋ぎ止めておくことは必要なことだから」
「必要?」
うん、と彼女は何故か嬉しそうに頷き返す。
「それにやっぱり君のお姉さんは軍神じゃない、かな? 何度か確認したけど、なんとなく?」
そう告げると天江さんは片手を振って自分の部屋へと戻っていった。
やっぱりよく分からない。
露骨すぎて不信感しかない餌付け。
今回、公式のガルパン小説を試し読みした結果なにかがゴリッと削れたまま執筆しました。
とりあえずアニメ第一話分は終わりです。
次回は間幕を一つ、挟みます。