隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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リハビリ代わりに二話の冒頭的な話。大洗はざっと一年ぶり。
話数の順番を整理しました。しおりを活用している方、混乱させてしまったならごめんなさい。


戦車、乗ります!①

 私、天江(あまえ)美理佳(みりか)は夢を見る。

 これは物心が付いた時から見ているもので、雑音混じりの映像ばかりが映っては消えていった。

 時系列は滅茶苦茶で、その物語に一貫性はない。登場人物は同じようだけど、顔の部分が擦り硝子のように擦れていて、誰が誰なのか判別することは難しかった。夢はそういうもの、と云われれば、それまでの話なのかも知れない。ただ映像と映像の狭間で、数多の怨嗟の声が聞こえてくる。真っ暗闇な絶望と深淵よりも深き悲嘆、だから目の前で流れる映像の数々は悲劇に連なる物語で、その過程、志半ばで倒れていった数々の私が私に訴えかけてくる。

 ネコと和解せよ。

 あれ、なんか違う気がする。強い雑音に阻まれた言葉は、私では判別する事は難しかった。ぐつぐつに煮込んだ地獄の釜茹で、その奥底にはなれ果ての私達が、まだ底に堕ちぬ私に向けて、干からびた腕を、血塗れの腕を、骨が露出した腕を、何かを訴えるように手を伸ばし続ける。誰も彼もが口から血を吐き出して、ネコと和解せよ、という空耳混じりの言葉を懸命に私へと伝えようとしていた。その怨念染みた執着心に思わず、伸ばされた手を取ってしまいそうになる。しかし、そんな私達のなれ果てに私は背を向けて、そっと無感動に蓋を閉じる。蓋越しに漏れる怨嗟の声を聞き流して、大洗女子学園での毎日に想いを馳せる。

 まるで抗議をするように怨嗟の声が大きくなった気もするが、そんなものは知ったこっちゃない。

 ああ、でも、時折聞こえるピロシキって、どういう意味なんだろう?

 ふと疑問に思った言葉を口にすると、蓋の向こう側の私達は一様に黙り込んだ。

 

 私が目覚めるのは朝の日差しではなくて、何時も目覚まし時計の電子音だった。

 ピピピとけたたましい音が鳴り続ける戦車型の目覚まし時計のボタンと叩き、うんと凝り固まった体を伸ばす。朝御飯はどうしようか。優花里が美味しいと言ってくれるから、ちょっと奮発して買った炊飯器を開ける。むわりとした白い湯気が上がり、その釜の奥には光沢を纏ったお米が整然と垂直に立っていた。水に濡らした杓文字でご飯を掻き混ぜる。それから昨日作っておいた味噌汁を温め直して、油を敷いたフライパンで柳葉魚を焼いた。別に魚焼き器を使っても良いのだけど、あれは洗うのが面倒なので一人の時は横着している。それに味付け海苔を一袋分用意し、水に濡らした杓文字でご飯を茶碗に装うと完成だ。頂きます、と両手を合わせてからズズッと味噌汁を啜る。

 私はあまり夢を見ない。いや、覚えていないという方が正しいか。なんとなしに夢を見たなって感覚はあっても、夢の内容は欠片ほども覚えちゃない。だから夢を見ていないも同然だった。

 練習ついでの朝食を平らげた私は両手を合わせて、御馳走様と頭を下げる。それから御弁当代わりに残った白御飯で、ぎゅっぎゅっとおにぎりを握り、アルミホイルでわしゃわしゃっと包んだ。今日から本格的に戦車道の授業が始まるらしいから小腹が空いた時にでも摘めれば良い。そんな軽い気持ちで鞄の中に詰め込んだ。

 部屋を出る時、ちょっと慌てた様子で扉に戻り、ドアノブをガチャガチャする西住と顔を合わせた。「あ、いや、これは、違……」とあたふた取り繕うとする西住を見つめて、「朝御飯、ちゃんと食べた?」と問いかける。誤魔化すように目を泳がせる彼女の姿を見て、鞄の中に入れておいたおにぎりをひとつ、取り出して放り投げた。パシッと片手で受け止める西住を見て、「ちゃんと食べないと健康に悪いしね」と微笑みかける。

 西住は頰を朱に染めて、あはは、と力なくはにかんでみせた。

 

 学園艦、慣れた道のり、少し新鮮な通学路。

 登校時の気怠い気持ちを押し殺した重い足取り、軽く空気を吸い込んだ。潮の香りが混じる風にも慣れて久しい。此処での生活も随分と板に付いてきたように思える。ちょっと眠たい。太陽の日差しに晒されながら、ぼんやりとした頭で道路脇を歩いた。今日の影は右寄りか、学園艦という性質上、建造物に西日とか日当たりといった概念はない。何故なら、ちょっと波に流されるだけで日差しの向きも変わっちゃうからだ。この付近だから影が多いとか、そういったこともあんまりない。余談だけど学園艦の土地は地上と比べると格安だ。代わりに、土地を買うにも、家を建てるにも、色々と制限が付いちゃったりするのが難点だった。

 さておき、今日はたぶん戦車探しの日、特にこれといった根拠はないが、そうなるだろうと半ば確信している。

 理由は後付けできる。戦車が一輌だけだと公式戦に参加できないとか、そもそも戦車がなければ練習することもできないとか、でも、それはきっと後付けだった。なんとなしに、そうなる気がする。それは勘のようなものだと思うのだけど、ちょっと違う気もする。最初から知っていたような、幼い頃に忘れてしまったものを、ふとした時にぼんやりと思い出すような、そんな感じだ。

 ぽやっとした頭のまま、学園付近まで来たところで「天江殿〜!」と聞き慣れた声で呼ばれる。

 

 後ろに振り返ると癖っ毛たっぷりの親友が手を振りながら駆け寄ってきた。

 私は頰が緩むのを自覚し、今日のこれからについて想いを馳せる。とりあえず教室まで一緒に行って、授業は一緒に受けて、えっと、お昼ごはんは何処で食べようか。屋上? それとも戦車倉庫まで足を運んでみる? 久しぶりに食堂を借りるのも良いかも知れない。ああ、その前に今日は戦車道の授業があるんだっけな。まだ思う存分に戦車を乗り回すことはできないだろうけど。……今から揃ったメンバーで愛車のⅣ号戦車D型を動かす時の優花里の顔を思い浮かべるだけで幸せになれそうだ。

 おめめぱっちり、すっきりとした頭で「おはよう」と親友に笑い返す。

 

 今日は良い天気だ。優花里が側に居れば、どんな空模様でも良い天気のように思えるから不思議だ。

 

 

 




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あと近頃、「幼女戦車」でテンション上がってます。
それと「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」が最高に格好良かったです。

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