戦車倉庫、といっても物置代わりに使われていたものを流用しただけだったりする。
とはいえ戦車道に興味を持ってくれるような子達だ。赤煉瓦造りにも少しは浪漫を感じてくれるかも知れない、そんな期待もあって選んだ倉庫だったりするが、見た目が古いこともあってか誰も気に止めてくれる子はいなかった。残念。あのあからさまな歴女とか良い反応をしてくれると思ったんだけどね。ジャンルが違ったか。
さておき、本題はそこではない。
戦車道を履修してくれた生徒は十八人、二年生が中心で一年生が六人。私達、生徒会を含めても二十一人。公式戦に必要な戦車が五輌ということを考えれば、最低限の人数は集まってくれたと云ったところか。全国大会優勝どころか一回戦の突破も難しい素人集団、そう思うことはあっても、集まってくれた事そのものには心の内側で深く感謝している。学園廃校から逃れる為の救世主、そんな重荷を知らずの内に背負わせてしまう事に罪悪感がない訳ではない。むしろ申し訳ないという気持ちで胸がいっぱいで、ストレスの為か干し芋を齧る手が止まらなかった。
「一輌はともかく、もう一輌はこんなボロボロでなんとかなるの?」
当然といえば当然の不満、これからの事に不安を持つ者は他にも少なからず居る。
むしろ平然としている方がおかしいだろう。
それでも私は外っ面だけでも太々しく笑みを浮かべ続ける。
「直せば使えるよ」
そう答えたのは
「ええ、そうです。私達も隣の
「えーでも? 男と戦車は新しい方が良いと思うよ?」
そんな武部の言葉に「それを言うなら女房と畳では?」と五十鈴が返した。
戦車道の履修者は諳んじることができる程度には顔と名前を一致させているので誰が誰なのかは見ただけでわかる。
同じようなもんよ。と呆れ混じりに武部が云うと、それにさ。と何か気付いたように口にした。
「二輌しかないじゃん?」
えっとこの人数なら、と彼女の疑問に小山が真面目に答えようとする横で「全部で五輌必要です」と河島がばっさりと告げる。うん、公式戦に出るためにも最低限、必要な数だ。多少の無理があっても、そうして貰わないといけない。まあ尤も人数だけは足りているのでメンバーに困ることはなさそうだ。
「んじゃあ……皆で、戦車を探そっか?」
ちょっとした棒読み具合、最初からそのつもりだったせいか。声がわざとらしくなってしまった。ええ、と騒めく生徒達を少しでも安心させるべく、私自身が不安を見せないように胸を張ってみせる。この学園艦にはまだ戦車が残っていることは分かっている。しかし何処にあるかまではまだ分かっていなかった。
「我が校においては何年も前に戦車道は廃止になっている。だが、当時使用していた戦車は何処かにあるはずだ」
いや、必ずある。と河島は強い口調で告げる。
「明後日、戦車道の教官がお見えになるので、それまでに残り三輌見つけ出すこと」
これらはもう決定事項として進めていく、多少の強引さは容認する。たったこれだけのやり取りでも、幾つも積み重ねられる嘘と罪に苦い思いを噛み締める。
「して一体どこに?」
赤いマフラーを首に巻いた彼女は鈴木貴子だったか。彼女の当然の疑問に、いやあ、と惚けるように答える。
「それがわかんないから探すの」
「なんにも手掛かりはないんですか?」
続いて不安そうな顔で重ねて問うのは一年生の澤梓。
まだ入学して間もなく、学園の思い出も少ない子にも重荷を背負わせないといけないのか。そう考えると本当に自分は救いようのない悪党だな、と思った。きっと私は死後は地獄に落ちるに違いない、そして来世は虫で決定してそうだ。
それでも進むと決めた道だ、この程度のことは分かって選んでいる。
だから私は「ない」と太々しく断じてのけた。
「それでは捜索開始!」と力押しで話を進める河島は頼り甲斐があって、こういう事が苦手な小山には少し申し訳なく思う。二人が頑張ってくれているのに私だけが先に折れる訳にいかず、「聞いていた話と違う……」と愚図る武部にもうちょっとだけ悪役を演じてみようと考える。
「戦車道やってるとモテるんじゃ……」
「明後日、格好いい教官が来るから」
「本当ですか!?」
「ほんとほんと」
紹介するから、と口約束をすると武部は目に見えて元気になって「行ってきまーす!」と元気よく倉庫を飛び出していった。小さく溜息を零しながら彼女を追いかける五十鈴を見送り、コンコンと後ろから装甲を叩く音に振り返る。
「戦車道は少女の嗜みっていう話じゃなかったかな?」
そんな共犯者の言葉に私は悪戯っぽく笑って、嘘は言ってないよ。と答えた。
だって格好いいのは本当だし、女だけど。
彼女の横で秋山は、気の毒そうに武部と五十鈴が出ていった後を見つめる。
「ま、優花里。将来の仲間達を追いかけよっか」
そういって身軽に戦車から飛び降りる
「他のグループはもう三人以上で固まっているしね。三人で動かせる戦車はあっても二人で動かせる戦車は少ないだろう?」
「うーん……豆戦車が残っていれば、でしょうか?」
「それに、この戦車に乗せるのは彼女達が良いと思うんだ」
なんとなくだけどね、と秋山に笑いかける彼女の仕草は小さな体躯も合わさって愛くるしかった。
少なくとも私の後ろで小山が鼻を摘みながら空を仰ぐ程度には破壊力はあったようだ。
そんな相方の姿に河島は若干、頬を引き攣らせる。
†
私、武部沙織は駐車場へといの一番に駆け込んだ。
しかしまあ当然と云うべきか、駐車場に戦車は置いてなかった。分かっていたけど、淡い希望を抱きたかったんだ。格好いい教官の目を惹く為にも、少しでも格好良い戦車を見つけたかったんだ。とはいえ戦車を探そうにも戦車のせの字も知らない私には当てなく、果てなく、何処に置いてあるかなんて見当も付かなかった。
だから思いの丈を声に乗せて「戦車なんて何処にあるって言うのよーっ!」と叫んで発散した。
「駐車場に戦車は停まってないかと……」
そんな華のご尤もな意見も今の私には逆効果で「だって一応は車じゃない」と言い訳するように口にした。
じゃあ、と次の目的地を定めて歩き出す。なんとかを隠すには林の中っていうし、きっと林の中に隠してあるに違いない。これは女の勘というものだ。心の底から呆れた声で「それを言うなら森です」と華に訂正されちゃったけど、そんなことで止まる訳にはいかない。
婚活というのは、遠く険しい山なのだ!
「惜しいね、その先の林は既に私達が探した後だよ」
そんな私の出鼻を挫いたのは、先ほど赤煉瓦の倉庫で戦車に乗っていた少女だった。
「えっと、貴女達は確か……」
「私は
「秋山優花里と言います」
そう名乗られたから自然なノリで「えっと、私は武部沙織」と答えた。
どうして二人は私達に話しかけてきたのだろうか? そう不思議に思うこともあったけど――
「戦車がありそうな場所を知っているのだけど、一緒に行かない?」
その天江の言葉で疑念なんて吹き飛んだ。
「え、ほんと! 行く行く!」
手を上げて、くるくるっと天江と秋山の手を掴み取った。笑顔で答える天江に苦笑する秋山、後ろから少し呆れた様子の華が歩み寄ってきて、じっと二人のことを見つめる。そんな華の視線にビクリと怯えた様子で自分よりも小さな相方の背中に秋山は隠れようとし、しかし天江は穏やかに微笑み続けるだけだった。
「もう怖がらせちゃ駄目じゃない、華」
「怖がらせたつもりは……いえ、すみませんでした」
華は一度、目を伏せて、魅力ある大人の女性ように緩やかな笑みを浮かべて手を差し出した。
「五十鈴華です、よろしくお願いします」
つい先程までの剣呑とした雰囲気もなんのその、天江は恐れることなく華の手を掴み取り、続く秋山も恐る恐ると手を取った。うん、やっぱり友愛の精神が大切だと思うんだ。ほら、ラブアンドピースっていうし、愛は世界を救うんだよ。たぶん。
「それでは四人一緒に行きましょう! パンツァー・フォーッ!」
「パンツのアホー!?」
秋山が急に変なことを言うものだから、驚きに声を上げると秋山ががっくりと肩を落とした。
「パンツァー・フォー。戦車前進って意味だね」
天江の苦笑混じりの補足に「沙織さん……」と華が少し可哀想なものを見るような目で私を見つめていた。
いや、違うんだよ? だって、本当にそう聞こえただけだもん。
「それで何処に戦車が置いてあるの?」
話題転換の意味合いも込めた言葉に天江は地面を指で差しながら端的に答えた。
「ヨハネスブルク」
聞き慣れぬ言葉に「よはねすぶるく?」と思わず繰り返してしまったのは言うまでもない。
華はピンと来たみたいだけど、不公平だ。
†
「……えっと、天江殿。少しよろしいでしょうか?」
戦車を探しに行く最中、船底へと降りる途中で親友が話しかけて来た。
さりげなく後ろの二人とは少しだけ距離を取って、通りすがりの船舶科の子達と挨拶を交わす。
コツコツと高い足音を鳴らして、なにかな? と優花里に訊き返す。
「えっとですね、実は同学年の転校生に西住みほが居るのを知っていますか?」
その問いに、私は頷く。だって、お隣さんだし、今朝もおにぎりを渡している。
とはいえ彼女もそういうことが言いたい訳ではないことは長い付き合いから分かっていた。
「それで西住流の娘がどうしたの?」
あ、やっぱり知っていたんですね。と優花里は少し興奮気味に話の続きを口にする。
「初めて見た時は嘘なんじゃないかって思ったのですが、何度映像と見比べてみても御本人としか思えません。どうして黒森峰の中核を担う程の御方が、こんな戦車道もないような学園艦に来たのか分かりませんが……いえ、そもそもです。どうして西住殿は戦車道を履修されないのでしょうか?」
ちょっとした早口の言葉に、私はあまり深入りしない程度に答える。
「たぶん今はまだ、その時じゃないんだよ」
「その時ではない、ですか?」
私の言葉を繰り返す親友に、うん、と笑顔で頷き返す。
「彼女にはもう少しだけ時間が必要なんだよ」
不服そうな、不満そうな、そんな顔を見せる優花里に「でも大丈夫」と告げる。
「みほは戦車が嫌いになった訳じゃない。時が来れば、また戻ってきてくれるよ」
そうでしょうか。と不安そうに問う親友に、そうだよ。と私は断言する。すると彼女は、そうですよね。とはにかんでみせた。
「天江殿が、そう言ってくれるのなら信じます」
胸を張って気持ち良い笑顔を浮かべた後で「ん?」と優花里は何かに気づいたように首を傾げる。
「今さっき西住殿のことを随分と親しい呼び方をしていませんでしたか?」
「まあ、お隣さんだしね」
「えっ? それ、私は初耳なのですが?」
言うほどのことでもないと思ったし、そんな私の言葉に妬みと恨みが入り混じったような親友から目を向けられる。
おおっと、この類の視線はなんだか嫌な予感がするな? 思わず自らの爪を剥ぎたくなる衝動を抑え込んで「一緒に行こう」と優花里に手を差し出した。親友は照れるように頬を赤くし、恥じらうように私の手を取る。私の一番は優花里で、私が寄り添いたいと思うのも優花里だ。
強めに優花里の手を握る。それから彼女が私の背後ではなく、横に並び立つように引っ張った。
「……あれ、できてるよね?」
「そういう話も多いとは聞きますが……」
「んーん、絶対にできてるよ」
そんな不穏な言葉が背後から聞こえたけど、聞こえなかったふりをする。
困ったように、ちょっと申し訳なさそうに優花里が笑うので、私達の間にそういうのはないと断言できる。友達だから一緒に居たい、友達だから力になりたい。これはそんな当たり前の動機に過ぎない。
そして、当たり前だからこそ大切にすべき関係でもあった。