隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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戦車、乗ります!③

 学園艦の何処かにあるかも知れない戦車を探す為、初っ端から途方に暮れた私達が訪れたのは図書室だった。

 私、澤梓は中央に置かれた大きな机に抱え込んだ何冊もの書籍をドサリと置いた。何処ぞ彼処かを探すにしても、この広大な学園艦だ。せめて手掛かりが欲しくて私が縋ったのは、嘗て、大洗女子学園にあったという戦車道の軌跡だった。戦車道に関するそれっぽい資料を片っ端から抜き出して、ことのついでに戦車道のハウツー本や戦術指南の教本などを搔き集める。戦車道の軌跡を辿るのは私の役目で、当たりを付けた箇所から仲間達に仕事を振る。調べものが苦手そうな面子には戦車の動かし方なんかを押し付けた。

 そんなこんなで皆でノートに走り書きながら調べている内に分かったのは、嘗て大洗女子学園は戦車道強豪校として知られていたということだ。

 

「大洗すげぇっ!」と桂利奈が私語厳禁の図書館で声を上げた。

 目をキラキラと輝かせながら私がまとめたノートを机の上に広げ、それをみんなが一処に集まって興味津々に眺めていた。落ち着きがない様子で徐々に騒がしくなり、周りからの視線視線が痛くなり始めた頃に「お願い静かにして」と周りへのポーズも込めて告げれば、みんな心持ち静かにするようになってくれた。

 それでも、ひそひそ話を続ける友達に周囲の目から逃れるように苦笑を浮かべる。

 

 今から三十年前まで、大洗女子学園は戦車道強豪校として知られていた。

 全国大会では、何度か優勝した実績を持っており、常に準決勝の舞台まで歩を進めている。その常識が覆されたのが二十五年前の全国大会であり、この時から大洗女子学園は初戦突破することができなくなった。それは高校戦車道界隈における環境の変化、黒森峰女学園が初めてティーガーⅠを大会に持ち込んだ時期であり、同時にプラウダ高校が高火力重装甲の戦車を揃えるようになった。そしてサンダース大学付属高校の戦車道参入が決定打となった。

 潤沢な資金を持つ私立高校が増える中、県立の大洗女子学園は戦車道に予算を割くことができなかった。それでもⅣ号戦車やポルシェティーガーといった戦車を揃えることは出来たが、二十五年前から黒森峰女学園、プラウダ高校を相手には一度も勝てず、サンダース大学付属高校には二十年前に一度、勝っただけだ。

 そして二十年前の全国大会を最後に大洗女子学園戦車道の歴史は途絶えてしまった。

 

「ねえねえ、これって、どういう意味?」

 

 桂利奈が古い新聞記事の見出しを掲げる。

 ジャイアントキリング。それは大洗女子学園戦車道が最後の年にサンダース大学付属高校を相手に勝った時のものだった。解像度の低い白黒の写真には、砲身の二つ付いた戦車が写っている。

「大物食いって意味だよ」と端的に答えたのは眼鏡を掛けた大野あや。妙に艶やかな雰囲気を持つ宇津木優季が「ジャイアントキリング〜」と山郷あゆみのダイナマイトな胸を見つめながら告げて、そのことを知ってか知らずか、「ベルリンの奇跡?」とあゆみは首を傾げてみせた。そんな中で丸山紗希は粛々と、黙々と、何を考えているのかわからない顔で戦車の参考書らしきものを読み耽る。

 まとまりがあるのかないのか、そんな彼女達の様子に呆れつつ言葉の意味を教えてあげる。

 

「弱者と思われていた存在が格上に勝つこと、言ってしまえば番狂わせのこと」

「なにそれ、格好いいっ!」

 

 爛と眼鏡越しに目を輝かせるあやに続いて「かっけえ!」と桂利奈が叫んだことで周りから視線がより一層鋭くなった。しぃーっと複数人から口元に人差し指を当てられて、焦った私は皆に静かにするようにと必死にジェスチャーで伝える。

 とりあえず戦車道のことは分かった、あとは戦車の行く末の手掛かりを探すだけだ。あと少し、あとちょっとのことが途方もなく困難であることを私達はまだ気付けていなかった。

 

 

 大洗女子学園、その学園艦にはヨハネスブルクと呼ばれる無法地帯が存在する。

 途中、人影のない空白地帯を潜り抜け、急激に荒れ始める壁や床を踏破して辿り着いたは地獄の三丁目。その入り口には有刺鉄線が張られており、外界との接触を拒絶する強い意志が見受けられた。ここは任せてください。と五十鈴殿が歩み出し、スカートのポケットから取り出した生け花用の鋏で一閃、ものの見事に切断してしまった。

 行きましょう。と告げる五十鈴殿よりも先に天江殿が切断された有刺鉄線の隙間を潜り抜けて、その背中を私も追いかける。

 其処は一歩踏み入れただけで、まるで世界が変わったかのようにおっかない場所だった。風紀委員の影響下になければ、治安の悪さから清掃員の手も届かず、誰も掃除も点検もしないものだから見た目も伴って荒れに荒れている。チカチカと点滅する蛍光灯の下を歩く、あからさまに不良だとわかる学生がケタケタと笑い声を上げる。そんなおどろおどろしい地下空間を親友の天江(あまえ)美理佳(みりか)、天江殿は臆することなく先頭に立って、どんどんと奥へ奥へと突き進んでいった。

 小さな体に大きな安心感。彼女と一緒に居るだけで私、秋山優花里も臆せず胸を張って歩くことができた。

 

 

 情報収集の基本は足と聞き込み、あとは根性だ。

 私、磯部典子は刑事物のドラマから以上のことを知っていた為、とりあえずバレー部の後輩達と共に片っ端から聞き込んでみた。それで一眼レフのカメラを大事そうに抱えるバードウォッチング同好会から得た情報を元に現場に辿り着けば、確かに崖の中腹にはチラリと戦車の砲身っぽいものを見つけることができた。私達、バレー部一同はお互いの顔を見合わせて、笑顔で頷き合った。必要なものは命綱用のロープ、調べるべきは崖下りの方法、そしてチームワーク。あとは根性だ。「えーっ?」と近藤妙子が若干、引き気味の中で「えいえいおー!」と私達は各々が役割を果たす為に散開する。

 準備を終えた私達は崖上に辿り着き、私は腰にロープを巻いて崖の端に立った。崖下から吹き上がる風に足が竦んだ。眼下には樹海が広がっており、下手なビルの高さを優に超えている。落ちれば確実に死ぬ、心臓がきゅうっと縮むのが分かった。しかし、後ろを見れば恐怖なんて簡単に吹き飛んだ。私達の友情と努力、あとは根性があれば、どんな困難だって乗り越えられる。腰に巻いたロープは私達の絆だ。そう考えれば絶対に切れるはずがないし、仮に足を滑らせたとしても後輩達が支えてくれるはずだ。なんせ私はこの中で最も体が小さくて軽いからだ、あとは根性があればどうにかなる。

 そーれ、そーれ。と崖を跳びながらゆっくりと下降すれば、崖の中腹に辿り着いた辺りで浅い洞窟を発見する。そこに足を滑らせないように慎重に飛び降りれば、戦車が崖上から落ちないように置かれていた。明らかに不自然、誰かが此処に置いたとしか思えない。

 なんとなしに近づいて、土埃を払えば、その装甲には手書きの文字が彫られていた。

 

「忍耐……うん!」

 

 どうやって此処に運び入れたのか分からない、どうしてこんなところに置いたのか分からない。

 でも、きっと、なにかしらの理由があったのは間違いなくて、こんなところに戦車を置くことは生半可な根性ではできないことだ。だから、うん、その戦車には、初めて見た時から、なんとなしに気に入っていた。 

 

 我らバレー部には、勝利の三原則がある。たゆまぬ努力による練度と連携、様々な計算に裏打ちされた理論。あとは根性、そして忍耐だ。この日から大洗バレー部における勝利の三原則は五つになった。

 

 

 カッカッカッと薄暗い廊下を歩き続ける。

 先頭を歩くのは天江(あまえ)美理佳(みりか)、その後ろを秋山優花里が続いて、私、五十鈴華。最後尾を歩く沙織は私の背中にしがみついていた。此処は溜まり場、無法地帯。ゴミの臭いが充満しており、その異臭に思わず顔を顰める。そして目を合わせるだけで飛びかかって来そうな不良達を前に、静かに目を伏せる。なるほど、大洗のヨハネスブルクの名に不足はないようだ。覚悟を決めて、ゆっくりと目を開いた。沙織を庇うように胸を張り、真っ直ぐに前を見据える。本当に、こんなところに戦車があるのだろうか。仮にあったとして、どうして彼女、天江はその事を知っているのだろうか。疑惑に疑念が積み重なり、先頭を歩く少女の背中を見下ろす。

 私は天江(あまえ)美理佳(みりか)という少女のことを信用できなかった。

 何を考えているのか、いまいち掴めない。彼女が救いようのない悪人ではないとは思っているが、隠し事の多い人物ではあるとは認識している。要するに胡散臭い。なにも考えていないようなぽやっとした顔をしている癖に、彼女が取る行動には全て何かしらの目的が伴っている。彼女が計算高い性格をしているのは明白で、しかし強い目的意識を持っている割には自我が希薄だった。素直で分かりやすい反応を見せる秋山とは正反対だ。

 彼女の目的が何なのか、少なくとも彼女の行動原理を把握できるまでは信用できない。

 

「私のことは信用しなくても良い、胡散臭いことは自覚あるからね」

 

 ふと天江さんは前を向いたまま呟いた。

 

「どうしても私を信じることができない時は、その時は優花里を信じて欲しい」

 

 なんで急に、そんなことを言い始めたのか分からない。

 ポカンとした顔を浮かべる秋山さん、きっと私も似たような顔をしていたはずだ。

 そんな私達には一瞥もせず、天江さんは角を曲がる。

 

「ちょっと待ちな」

「断りもなく通るつもり?」

 

 すると如何にもステレオタイプな不良二人に絡まれた。

 ひぃっ、と悲鳴を上げる沙織を私は背中に隠しながら二人を見据える――と天江が私達の前に一歩、躍り出た。それは沙織と同じく怯えていた秋山を庇う為か、小学生のように小さな体を持つ彼女は不良二人を前に挑発的な笑みを浮かべる。「戦車を探している」と天江が二人に問うた。しかし二人は嘲るように笑っては「知らねぇよ、子供は帰って母さんの乳でも飲んでな」と返した。

 そのあからさまな挑発に「そうか」と天江はただ一言だけ発して、二人の脇を通ろうとする。

 

「おい、待てよ。誰の許可を得て通るつもりなんだ?」

「……強いてあげれば生徒会かな?」

「せーとかいだあ? あっはっはっはっ、あんなお高く止まった連中のことなんざ知らねえよ」

 

 けらけらと笑い声を上げる不良二人、天江は困ったように肩を竦めてみせる。

 

「そもそも学園艦を歩き回ることに許可なんて必要ないだろう?」

「ああ、そうだねえ。許可は必要ないかなあ? ただなにをされても文句は言えないだろうがね」

 

 不良の一人がペロリと唇を舐める。その仕草を前にしても天江は怯えた様子の一つも見せなかった。

 

「土竜はね。昔、太陽の光を浴びると死んでしまうと思われていた時期があるんだ」

「ああ、それがどうした?」

「大洗の土竜は地上に出るとどうなるのかな? 引き籠りに朝日の光は辛いと聞くけど……」

 

 ふむ、と顎を撫でる天江に「へえ……」と不良の一人が片眉を上げて笑みを深める。

 

「火遊びはいけないよ、お嬢ちゃん」

「ちょっと痛い目を見ないとねえ?」

 

 言いながら不良二人が天江の両隣を取り、そして脇に腕を突っ込んだ。

 

「ふん!」

 

 腕の力だけで振り解いた。

 唖然とする不良二人、きっと私も似たような顔を浮かべていたに違いない。

 天江は軽く肩を回すと「ああ、そうだ」と不良達を一瞥する。

 

「この辺りに詳しそうな人、もしくは情報が集まりやすそうな場所って知ってる?」

 

 不良二人は互いの顔を見合わせて、「あ、ああ」と力なく答えた。

 

 

 




参考元になった気がする二次小説。
「二十年前の大洗女子」と「女王陛下のT34」。
調べた訳じゃなくて覚えていた、印象に残る二作品。

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