隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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今回、ちょっと短めです。


戦車、乗ります!④

 私の名は野上武子、仲間達からはおりょうと呼ばれている。

 格安で貸しに出されていた古風の屋敷にて、戦史を好む四人と寝食を共にする生活を送る。そんな私達が戦車道を始めたのは、必然だった。という他にない。大洗女子学園で取れる必修選択科目で私達の気を惹いたのが戦車道、それだけであった為だ。

 戦車がない。という話は流石に驚いたが、幸いにも学園艦の古い資料もあった。

 第二次世界大戦におけるドイツ軍に造詣が深い松本里子、もといエルヴィンが興味本位で手に入れたとある大洗戦車道履修生の日記に戦車の隠し場所は書かれていた。彼女が語る戦車道の在り方、「撃てば装薬、擱座はドカン。走る姿はゆっくりと」という言葉はその日記からの抜き出しから来ている。この言葉だけでも日記の書き手が如何なる人物であったのか、想像に難くない。まあ、そういう愉快な人物であるが故に、その戦車の隠し場所が湖の中であったとしても驚くことはなかった。

 無事にⅢ号突撃砲F型を発見した我々は早々に自由時間を得て、私は他チームが戻ってくるまでの時間を読書に費やす。

 

 色褪せた日記帳。指先でペリペリとページを捲り、ボールペンで書かれた文字を指でなぞる。

 やはり、この日記を書いた人物は愉快な性格をしているようだ。中身は戦車道に関することが大半で、砲塔を回せない突撃砲の特性上型通りの戦い方は期待できない。待ち伏せ専門とも言い換えても良い。戦車道の履修を決めた時、夢の電撃戦。とエルヴィンがはしゃいでいたが、この戦車ではそれも難しい。しかし製造元がドイツであることには違いない為、エルヴィンは御満悦のようだった。思えば、Ⅳ号戦車だったか。あの倉庫に置かれていた戦車を見た時も、心なしか彼女の表情は何時もよりも喜んでいたような気がする。

 さておき、日記帳に書かれていたのはⅢ号突撃砲F型に対する愚痴が二割、突撃砲特有の戦い方に対する考察、その結果を記したものが三割。そして仲間達とのささやかな日常について綴られたものが残った半分を埋める。

 文法的には拙い部分も多かったが、それでも戦車道が好きだという想いは伝わってくる。心の底から戦車道を楽しんで、好きで好きで堪らないという想いを隠しきれない。あまりにもど直球な文章は、それだけで詩としても成立する。読んでる方がこそばゆくなる程の熱量、だからこそ最後の全国大会での敗戦での悔しさが、最後の頁で綴られる戦車道廃止の無念さが、滲む文字からダイレクトに伝わってくる。ああ、きっと、この日記帳の著者は本当に戦車道を愛していたのだろう。

 ページを捲っていくと、最後に今までとは趣向の変わった文章が刻まれていた。

 

 ——最後に、この日記は、今より先のあるかどうかもわからない未来。私達に戦車道の後輩が出来た時の為に残しておきます。貴女達に託すべき想いは何もありません、これは私達だけの宝物なので。だから貴女達には貴女達の戦車道を楽しんで欲しい。それが私達、先輩一同の想いです。その一助になれば、と思って、この日記帳は学園艦に残します。

 

 最後にⅢ号戦車の隠し場所が添えられる。

 思わず、口元が緩んだ。きっと、この日記帳の著者は、とんでもない阿呆かロマンチストのどちらかに違いない。その先のページは全て白紙で、日記帳から顔を上げる。そして軽く深呼吸をした。

 火は灯る、熱量は伝播する。

 今から戦車を操るのが楽しみで仕方なかった。

 明けない夜はなく、止まない雨もない。

 

 今日、この日が大洗戦車道の夜明けぜよ。

 

 

 大洗女子学園の学園艦、艦底最下層にあるBARどん底。

 複雑に入り組んだ通路を抜けた先、正に最深部とも呼べる場所にそれはあった。赤い硝子張りの扉を開けると、アッシュ系の銀色に近い髪質を持つ美人さんが美声を披露する。曲名は確か、大洗の海賊のうた、だったか。地上でも何度か聞いたことがある。カウンターには赤毛のチリチリパーマが座っており、その向かい側でバーのマスターらしき金髪の少女がシェーカーを両手にカチャカチャと小気味良い音を立てた。またテーブル席のソファーには先客なのか、ガタイの良い女性が腕を組んで座っている。

 ポカンと仲間達が口を開ける。私は、うん、嫌いじゃないかな。この雰囲気、センスが良い。

 

「店に入ったらまず注文しな」

 

 金髪おかっぱのバーテンダーの言葉に、とりあえず私はコーヒーを一つ注文する。「私はカフェオレで」と続いたのは優花里で「では私はミルクティーで」と華が手をあげる。最後に「ミルクココア」と答えたのは沙織だ。そんな私達にバーテンダーは眉を潜めて、先客の二人が小馬鹿にするような笑い声を零す。

 

「なにそれ、おこちゃま?」とチリチリパーマ。

「お嬢ちゃまなら地上でママのおっぱいでも飲んでなさいよ」とガタイの良い女性。

 

 赤毛のチリパが持っている瓶のラベルを盗み見て「じゃあジンジャエールをお願いするよ」と改めて注文をし直した。

 

「私達は戦車を探しに来たんだよ。何処にあるか心当たりはないかな?」

 

 カウンター席に腰を下ろし、足をパタパタ、頬杖を突きながら金髪おかっぱを見やる。

 

「……ただで教えると思ってんの?」

 

 答えたのはバーテンダーではなくて、隣に座る赤毛のチリパだった。レモングレネードと銘打たれた瓶に口を付けて、んぐっんぐっぷはぁ! と良い飲みっぷりをして見せた。頰を赤く染める彼女の顔を眺める後ろで、彼女とは反対側のお隣に美声の女性がマイク片手に腰を落とす。

 

「なんで戦車を探しに来て、あたいらの縄張りまで入って来ることになるんだよ」

「この辺りに詳しい人間を案内して貰ったんだ」

「はあ? そもそも人にものを尋ねる時は自分達から名乗るのが礼儀でしょ?」

「そうだね。私は天江(あまえ)美理佳(みりか)、こんな形だけど高校二年生だよ」

 

「嘘ぉっ!?」とチリパの少女が私を見て楽しげに驚いた。

 

「まあ、それで戦車を探しに来たんだ」

「……戦車って(おか)の船だっけ? どん亀みたいな」

「そのどん亀を求めて、地上から遥々船底まで旅して来たんだよ」

 

 むうっ、と私の後ろで優花里が顔を引き攣らせるのを感じ取ったが今は無視する。

 

「どうか教えてくれないかな?」

 

 バーテンダーからジンジャエールの入ったグラスを受け取りながら願い出ると「ただじゃ教えられな〜い」と赤毛チリパが口の端を挑発的に歪めた。

 

挑発的な笑みを浮かべてみせる。

 

「勝負に勝ったら教えてあげても良いけど」

「……戦車の場所は知っているんだろうね?」

「さあね〜、力尽くで聞き出してみれば〜?」

 

 赤毛チリパがケラケラと笑い声を上げる。背後から皆が動揺するのを感じ取ったが、此処で引く気はない。

 

「良いだろう」と私が頷けば「おっけー、勝負成立〜」と楽しそうに笑った。

 

「じゃあ先ずはあたいからだよ」

 

 反対側、アッシュ系の銀髪少女が私達に見えやすように片腕を上げる。

 

「これを解いてみな」

 

 その彼女の手首には、複雑に結ばれたロープが巻かれていた。確か、いかり結びだったか? 見たことはあるが解き方は分からない。けど、とジンジャエールの入ったグラスを傾ける。シュワシュワっとした口触りを堪能しながら「優花里、お願い」と相棒に勝負を委ねる。

 

「はい、分かりました!」

 

 優花里は意気揚々と難題へと挑み、複雑に結ばれたロープをするするっと解いてのけた。その呆気なさに驚く不良一同、なかなかやるものだろう? と私は相棒の活躍に笑みを深める。

 

「……次はあたいだよ」

 

 赤毛チリパは壇上の方へと歩くと「解読してみて?」と赤と白の手旗を取り出す。

 どうやら勝負は一度だけではないようだ。この店に居る人数を見やり、最低でも三勝する必要があることを察する。

 とはいえ、私と優花里の二人であれば、難しくないはずだ。

 

 根拠はないが、優花里と一緒なら、どんな難局も乗り越えられると信じている。

 

 

 皆に戦車を探させている間、私達、生徒会は戦車倉庫前で小休止を取っていた。

 というのも学園艦の廃艦が決まって以降、まともな休眠を取れた試しがない。気力だけでも最低限、頭脳を働かせることはできるが、肉体の方はそうもいかなかった。直射日光を浴びているだけでも、ふらり、くらり、と軽い目眩にも似た症状に陥る。この後に戦車の整備をすることも考えれば、今は不本意ながらも体を休めることに専念せざるを得なかった。

 干し芋を食べる、体重が増える。干し芋を食べる。仮に廃艦が撤回されたとして、果たして私の体重は無事なのか。

 そんなことを考えながら朗報を待ち続ける。

 余談だが、小山は体重が減った。と乾いた笑みで喜んでいた。

 

「ああ、そうか。わかった、回収班を向かわせる。怪我には気をつけて戻ってくるんだ」

 

 こんな状況でも河島はみんなからの通信を受け取って迅速に対応する。

 無尽蔵な体力を持つ河島に、頰を緩める。

 修羅場において彼女ほど頼もしく思える存在は、そう居ない。

 

 

 勝負は二勝二敗で拮抗している。

 秋山がロープを解いて一勝した後、手旗信号の解読で「亀の甲より年の功」と答えるも不正解。「イカの甲より年の功だよ」と赤毛のチリチリパーマの解答に「そんなの引っ掛けじゃないですか〜!」と秋山が叫んだ。続く勝負はバーテンダーとの指相撲、受けて立ったのは天江で、指先を抑えられた状態から力で強引に振り解き、そのまま根元を抑え込んだ。二勝一敗の状態から体格の良い生徒から腕相撲を挑まれる。これを受けたのも天江で、僅かに拮抗させた後で徐々に押し込まれてしまった。決着が付いた後で、流石に敵わなかったよ、と天江は肩を竦めて苦笑する。

 二勝二敗の状態から立ち上がったのは、カウンターの隅でジュースらしきものを嗜んでいた女性だ。

 

「あんた達、キャプテンキッド並にやるじゃない」

 

 キャプテンキッドには会ったことないけどね。と黒いロングコートを靡かせながら天江と秋山を見下ろした。

 

「どん底名物ノンアルコールラム酒、ハバネロクラブ」

 

 カウンター席に座り直し、血のように真っ赤な液体をショットグラスに注ぎ入れる。それをカウンターを滑らせて、秋山の前に贈った。

 

「あ、美味しそうですね」

 

 秋山がショットグラスを受け取ると「やめといた方が良いわよ〜」という赤毛チリパの言葉を無視して飲み込んだ。

 

「辛ッ!?」

「言わんこっちゃない」

 

 み、水を……と秋山がたった一口で降参する代物。黒いロングコートの女性は天江を見据えて告げる。

 

「ドレイク船長も逃げ出す地獄のラム酒、飲み比べよ」

「……受けて立つよ」

 

 挑まれた勝負に不適な笑みを浮かべる天江を見て、私は二人の間に割って入った。

「待ってください」と黒ロングコートの女性を見やり、次いで天江を見据える。このまま勝負を二人に委ねたままにするのは、なんとなしに嫌だった。それに私はまだ天江のことを信じている訳ではない。

 任せてください、とは。とてもじゃないが言う気になれない。だから代わりの言葉を口にする。

 

「私も参加します」

 

 この言葉に黒ロングコートの女性は笑みを深めて、天江は少し驚いたように目を見開いた。

 

「構わないよ」と黒ロングコートの女性が告げる。

「受けて立つよ」と天江が私を見据える。

 

 そしてカウンターの上を滑る三つのショットグラス。その内の一つが私、五十鈴華の前に届けられる。

 ここで負けてはいけない。なんとなしにそう思った。

 

 

 




個人的にカバさんチームは鬼門。知識不足から「それだ!」ネタが使うことができない。

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