隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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ちょっと書き続ける気力が足りてないので、小分けします。
あとで話毎の文章量を調整したりするかもです。


戦車、乗ります!⑥

「これはまた随分と古い戦車だな……何人居れば、操縦できそうだ?」

「簡単に調べてみたところによりますと、左右操縦手に一人ずつ、副砲の必要はなさそうなので左右砲手に一人ずつ。そして車長と通信手を兼任して五名も居れば動かせると思います」

「五名か、丁度良いな」

 

 翌日の赤煉瓦倉庫前、Mk.Ⅳ戦車を前に優花里と河島がなにやら話し合っている。

 いきいきとした顔をしながらも真剣な声色の親友をしっかりと堪能した後、その隣にずらりと並ぶ国際色豊かな戦車群を眺めた。38(t)戦車B/C型(さんじゅうはちてぃー)八九式中戦車甲型(はちきゅーしき)Ⅲ号突撃砲F型(さんとつ)M3中戦車リー(えむさん)。此処にはないが整備済みのⅣ号戦車D型(よんごう)が倉庫内に収まっている。戦間期の車輌が多いとはいえ、高校戦車道全体として見れば、案外、悪くない陣容だったりする。アンツィオ高校は豆戦車が主力の八割を占めているし、ボンプル高校に至っては中戦車すら一輌もない有様である。実際、四強の内の三校が所有する戦車の格が違うだけで、軽戦車を主体にしている高校は多い。四強に対抗できるだけの戦車を保有している高校なんてBC自由学園くらいなものだ。

 とはいえ優勝を目指すとなれば厳しい。先述した通り、四強とは戦車の質が比べものにならないし、なによりも頭数が足りていない。全部で六輌。決勝戦で使用できる車輌が二十輌であることも鑑みれば、優勝を目指すなんて夢のまた夢の話。それはもう奇跡に等しい偉業だった。

 それを目指さねば、大洗女子学園の廃艦が決まるというのだから――正に藁にも縋る思いだったに違いない。

 

 ホースから放たれた水流がキラキラと弧を画く。

 生徒達が皆、その衣服を水に濡らして懸命に自身で見つけた戦車の清掃に勤しんでいた。勿論、濡れても良い格好に着替えてからだ。そのほとんどが体操服に着替える中で小山だけがビキニの水着姿になっている。前々から思っていたけども、私って男よりも女の方が興味あるなー、とか思いながら水に濡れる少女達の姿を観察する。まあ、だからといって深い意味がある訳でもない。戦車のレストア経験のある私は皆に助言する役割に回っている。河島と優花里は戦車の運用や備品の発注についてずっと話しているし、会長もまた監修の為にずっと見回りを続けていた。

 さて、チームの振り分けになるが、Ⅳ号戦車D型には私達が搭乗することになった。優花里と私、それから武部に五十鈴で、それをAチームと呼称する。八九式中戦車甲型はBチーム、バレーボール部の面子が乗ることになる。Ⅲ号突撃砲F型はCチーム、歴史好きが揃ったチームだ。M3中戦車リーには一年生、Dチームと呼称する。Mk.Ⅳ戦車はEチーム。BERどん底の面子が乗ることになるはずだが、まだ此処には来ておらず、少し前に河島が連絡を入れていた。そして、最後に38(t)戦車B/C型。Fチームと呼称し、生徒会が搭乗することになっている。そして、その戦車を洗う生徒会副会長の小山を五十鈴と武部が手伝っている。

 濡れた体操着に白ビキニ、嫌でも意識してしまう彼女達の胸元に、私は自らの胸にそっと手を置いた。うん、ぺったんこだ。そのことにちょっとした切なさを感じていると、ポンと背ろから肩を叩かれた。振り返ると角谷が思わせぶりに頷き、そして干し芋をひとつ恵まれる。そのまま、ひらひらと手を振りながら何も言わずに立ち去る彼女の背中を眺める。

 受け取った干し芋を頬張る。甘い。うん、甘い。意味は分かるけど、なんかこう虚しかった。

 

 途中で合流したどん底メンバーも洗車に加わり、なんとか夕暮れ時までに洗車を間に合わせることができた。

 生徒会広報の河島が解散の号令を掛ければ、疲弊しきった皆が力なく返事を返す。早く戦車に乗りたいですね、と途中から洗車に参加していた優花里が煤汚れ、水に濡らした体で笑顔を浮かべる。そんな彼女に私は力強く頷き、次いで、一緒に帰りましょう。という提案を心苦しく思いつつも断った。ちょっと一人になりたいんだ。と言えば、優花里は寂しそうに眉を下げる。そんな彼女を帰りに誘ってくれたのは武部で、彼女の提案に五十鈴も微笑みながらも頷いた――その時、微かに鋭くなった視線は私を捉える。はて、何処かで不信感を持たれるようなことをしただろうか? 考えてみるも思い当たる節はない。あっても生徒会と共謀して隠し事をしているくらいなものだ。

 さておき、優花里に友達が増えるのは良いことに違いない。二人に優花里を任せて、私一人で学園を出る。

 

 

 時折、海を見たくなることがある。

 茜色に染まる空、水平線に落ちる太陽の光は大海原に橙色の架け橋を生み出す。すんと鼻を鳴らせば潮の香りがする。陸地のちょっとじめっとした空気とは違うような、ちょっと刺すような冷たい風が肌を撫でる。穏やかな毎日を過ごしている。戦車道を続けていた時のように時間に縛られることもなければ、周りからの期待や嫉妬に満ちた視線を感じるようなこともない。好きなことをして、好きなように時間を潰す。こうして、のんびりと何もしない時間を過ごすことが、こんなにも贅沢だということを私は大洗に来るまで知らなかった。そして、そういった時間の使い方が私の性に合っているような気もあった。

 持て余す暇を楽しんでいると「みほ」と声を掛けられる。

 振り返ると手のひらサイズの箱が視界に飛び込んで来て、それを片手でキャッチした。ちょっと冷んやりしている。投げたのは寮のお隣さんで、名前は天江(あまえ)美理佳(みりか)。小学生と見間違うほどに小さな体躯が特徴的な子で、制服は特注サイズを発注して貰ったとのことだ。毛先の跳ねたボサっとした黒髪を紐で後ろ手に纏めており、あんまり自分の身嗜みには関心を持っていない感じがする。その割には料理ができたり、週に二度の朝には欠かさずゴミ出しに出ていたりもするので、人並み以上に家事は熟せたりする。「奢りだよ」と少女は微笑み歩み寄る。受け取った箱を見ると、どうやらパックジュースのようだった。パッケージには、どろり濃厚ピーチ味、と書かれている。ストローを刺して、口に含んでみる――含めない、あれ、おかしいな? 詰まってる? 思いっきり吸い込もうとしても吸えず、力いっぱいに吸い込むことで、やっとちょろっとだけゲル状の固形物が舌の上に転がった。甘い。不味くはないけど、なんというか凄く濃厚な味がした。「こうやって飲むんだよ」と彼女は言いながら親指でパックの腹を押し込みながら吸い上げる。ズボッ、ズゾ、ズゾゾゾ……なんか飲み物じゃない音がしている気がする。彼女と同じようにジュースを飲んでみる。最初の一口は不味くはないけど、なんというか後に引く濃厚な甘さで、あまり何口も飲もうという気にはならない。あと、これは飲み物ではない。仮に飲み物だとしても、飲む固形物だ。ドクドクと喉を鳴らして飲む天江がちょっと信じられない。味覚は大丈夫なのだろうか? 何時も貰っているお裾分けは普通に美味しいから味覚障害という訳ではないと思うのだけど。

 彼女はパックジュースを何度かに分けて飲み干した後、けぷっと噯気を零す。

 

「戦車は見つかったよ。それで明日、教習を受けることになる」

 

 思わず、天江の顔を見返した。それを見て彼女は不適に笑うと折り畳まれた紙を手渡してきた。

 

「興味があるなら見に来てくれないかな? 練習に使えそうな場所は線で囲ってある、それと×印は観戦向きの場所だよ」

 

 それだけを伝えておきたかった。と彼女は呆然とする私の側から離れて、ふと足を止めて振り返る。

 

「今日のご飯、何が良い?」

「あ、なんでも……」と言おうとして、手に持ったパックジュースを見て「あっさりめだと嬉しいかも」と言い直した。

「了承」と彼女は一秒未満の素早さで返答し、にんまりとした笑顔を浮かべて背を向ける。

 

 どうして彼女は此処まで私に構ってくれるのだろうか。

 夕暮れ時から夜へ移り変わる中、影法師がうんと伸びた先にある小さな背中を見送った後に渡された地図を開いてみる。

 そして、蛍光ペンで書かれた枠を見て、あれ? と、首を傾げた。

 

「この立地だと練習というよりも演習向きだよね?」

 

 まさか初めて戦車を乗る子に試合でもさせるつもりなのだろうか。

 そういえば、さっき、天江は観戦って言ってなかったっけ? でも、そんな無茶なしそうな人なんて――心当たりが、一人だけ居る。

 少しざわめく想いを胸に抱きながら、私は太陽が沈みきった夜道を歩いた。

 

 今晩は豚の冷しゃぶでした。

 胡麻ダレで美味しく頂きました。

 

 




最近のお気に入り
「彗星の狼王」と「西住流の三女はアメリカ戦車がお好きらしい」
共に追いかけてます。

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