すっかりと物がなくなってしまった生徒会室、戦車道というのは何をするにしても金がかかる。
コップ一杯分の燃料を捻出する為に余分なものは片っ端から売り払って、装甲一枚を張り替える為にありとあらゆる金策を尽くした。螺子の一本たりとも無駄にすることはできない。しかし失敗ひとつから学べることは数多く、それを制限することもまたできなかった。きちんと活動できているのか怪しい部活動には探りを入れる。予算を少しでも削減する為に幾つもの部活動を廃部へと追い込んだ。私は間違いなく恨まれている。近頃の生徒会はおかしい、という声も聞こえている。学園艦を守ろうと動けば動く程に疎まれ、憎まれ、恐れられ、新しく手を打つ度に学園艦から居場所が消える。しかし、そんなことは最初からわかっていた事だ、わかっていながら私は徹底抗戦すると決めたのだ。
目的を見定めたから邁進する、その為の最適解だけを求め続けた。
本当なら全てを明らかにした方が良かったのかも知れない、そうした方が協力を求め易かったかも知れない。だけど、それだけは認められなかった。小山と河島、学園艦を守る為に戦おうと決意した時から決めていた事がある。
悪役は生徒会に、全ての悪意は生徒会が請け負う。それが戦いを始めた者の義務だと思った。
その上で、やれる事は全てやる。それで私達の居場所が失われようとも、夏の全国大会が終わるまで持てば良い。その結果を見てから学園艦の廃艦の話を明かすと心に決めていた。
これが格好良いとは思わない、この在り方に酔うことがあってはならない。私達がやっている事は邪道と外道を掛け合わせたものだ。自己犠牲に酔いしれるな、ヒロイックな感情に流されるな。この学園艦で私達は誰よりも罪深い事をしている、と理解した上で人事を尽くす。その為なら古い伝手の一つや二つも使ってやる。嘗ての独裁者達のことを思えば、心から信じられる理解者が二人も居るだけ救われていた。
外を眺める、もう空は真っ暗で甲板の街には灯りが灯っていた。
背負うには大き過ぎる責任に溜息ひとつ。スマホを取り出して、連絡を入れる。
『こんな遅くにどうしたんだ?』
「ん〜、ちょっとね。そっちはどうなの?」
『ああ、ちゃんと明日には着くぞ』
何の事情も知らない旧友の声を聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。
生徒会の二人にも重責を背負わせている今、ほんのちょっとの弱音を吐くことすらできない。本当に気兼ねなく話せる相手は少ない。だから、そういう配慮をせずに話せる相手というのもまた貴重だった。
話をしたかっただけなんて言えるはずもなく、暫し当たり障りのない雑談を楽しんだ。
「相変わらず、チョビは苦労ばかり背負っているねえ」
『どうせあだ名で呼ぶなら、アンチョビと呼べ。それが今の私の名だ』
「別に昔のままで良いじゃん。チョビも変わったんだろうけど、私の立場も結構変わっちゃってね」
ちょっと昔が恋しくなることもある。と呟けば、電話の向こう側から息が零れる音がした。
『よし、明日、そっちに行ったら料理を奢ってやる』
「急にどうしたの?」
『いや、なんだ。そのだ、今の私が昔のチョビとは違う事を教えてやろうと思ってな』
そう云って旧友の豪快な笑い声が耳に入ってきた。彼女は昔から変わらない。察しが良くて、面倒見が良い。だから彼女は何時も何処かしらから苦労を見つけてくる。勝手に背負って、ひいこら言って、その全てを笑い飛ばした。それができる奴だった。だから彼女の周りには、いつも人が絶えなかった。
「どうせ美味しい料理を作るならウチの子達にも食べさせてやってくれないかな?」
『ああ、良いとも! あ、でも食材がないな……調理器具も……』
「こっちで用意できるものなら用意するよ」
『スーパーで買えるものでどうにかするよ。あと皆に振る舞う分の食費はそっち持ちだからな?』
「わかってるって」
そんなことを話した後、幾分か楽になった気持ちで通話を切る。
自動車部に預けた戦車は明日までに使えるようになっているだろうか。もう一度、様子を見に行ってみる? いや、行ったところで出来る事はない。それに小山から早く眠るように言われている。最後にちょっとだけ予算の再チェックをしてから高価な椅子に体重を傾ける。
翌朝。小山に酷く怒られた後で、学校備え付けのシャワー室に突っ込まれた。