魔女集会でよろしく   作:はなぼくろ

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魔女集会でよろしくなんかするか

 人生とは幾多の選択と決断の上で成り立っている。機会は幾らでもあるが、一度につきほぼ無限に存在する選択肢の中から一つしか選ぶことしか出来ない。

 それが間違っているかそうでないのかは誰にも分からない。そして正しい選択を取り続けることが出来る人間はそういない。少なくとも私には出来なかった。

 間違った選択を選んでしまった負債はいつかどこかで必ず取り立てられる。それは今日かもしれないし、明日かもしれないし、ずっとずっと先のことになるかもしれない。

 

 兎に角一つ言えることは、私はどこかで重大な判断を誤ってしまったということだ。

 

「あー、すまん。聞き間違えたかもしれん。もう一度言ってくれ」

「何度だって言います。俺と結婚してください師匠」

 

 ワンチャンに賭けて聞き直してみたけど聞き間違いじゃなかったわ。はは。

 

 

 どうしてこうなった!

 何をどこで間違った!

 何をどうしたら私が野郎に、それも我が子同然の愛弟子に求婚される羽目に合うんだ!

 

 いや、なんか最近私を見る目が変だなーとは思ったよ?

 でもさ、私はこいつがガキの頃から面倒見てるんだぜ? 親同然なわけじゃん。普通そんな恋愛感情とか湧くわけないじゃん。

 偶に私達の関係を茶化してくるヤツがいたけどさ、「まっさかーそんなことあるわけないじゃん。頭沸いてんのか」って毎回流してたからね。

 

 第一さ、私はこいつに対してかなり厳しく接してきた訳だよ。

 自立を促すために冷たい態度とったり。

 成長のために我が子には冒険させろと酷い目に遭わせてみたり。

 甘えた態度を矯正するためにわざと辛辣なことを言ってみたり。

 そんな訳だから嫌ったり、疎ましく思ってたりしてたってんならまだ分かる。だけどさ、まかり間違っても好意なんぞ抱く余地なんてあるわけが無いのだ。はずなのだ。

 

 そうだよ。ある訳が無いんだ。

 こりゃ性の悪い冗談だ。あまりのインパクトに混乱していたが、よくよく考えればわかる事だった。

 はは、なにマジに受け取ってんだろ私は。割とマジで焦ったわ。人生で一番焦ったわ。くそっ。不肖の弟子の分際で師匠を手玉にとろうとは小賢しい奴だ。

 まあ、一応確認は取っとくか。ありえないけど。万が一、いや億が一の可能性もないことはないかもしれないからね?

 

「なあ? それって冗談___」

 

 言いかけて、やめた。

 

 うわぁ、マジだ。

 目が本気だ。

 

 この眼は、いつぞやこいつが戦争なんぞに行くと言うから殺す気で止めようとしたときにも見た、覚悟を決めた人間の眼だ。不退転の決意をした人間の眼だ。

 冗談でも「それって冗談だよな」なんて言えない。そんなただならぬ空気を感じる。

 一瞬でもこの私をたじろがせるとは、逞しく育ってくれてカーチャン嬉しいよ。ホント。

 

 はぁ。

 

 

 考えろ!

 この状況を打開することが出来る冴え切った一手を!

 こいつを納得させつつ今の関係を変えずに済むような、そんな都合よく全て丸く収めることができるような理屈を!

 

「あのな.........馬鹿だろお前」

 

 取り敢えず特に理由はないけど罵倒を浴びせておく。

 先ずは乱されたこちらのペースを整え、逆にこいつのペースを崩し引き込む。そのためにちょいと強めの言葉でこの場のイニシアチブを強引にかすめ奪る。

 未だに具体的な言葉は思いつかないが方向性は大方決まった。後は口に出るのに任せて考えながらしゃべくる。

 

「婚約だって? そんなことが一体何になるというんだ。わざわざそんなことせずとも私は一生お前を手放すつもりはない」

 

 なんたって私手ずから鍛えた魔法に理解のある貴重な労働力だからな。元よりこいつが他所の女と所帯を持とうが一生扱き使う算段だった。というかそれがこいつを弟子と認める上で課した対価だ。

 

「つまりお前と婚約しようがしまいが、それが私に齎す変化なんぞこれっぽっちもない。メリットがないんだ。なら、んなクソ面倒なコトに拘う時間なんて無駄でしかない訳だ。分かったな? この話はこれでお終いだ。二度とその話を振ってくるなよ。あと、ちょっと用事を思い出したのでここで失礼する」

 

 適当なことを捲し立ててそれっぽい屁理屈を捏ね終えると、返事も待たず一方的に話を打ち切ってそのまま離脱する。最後はちょっと早口になったが一先ずこの場を去ることが出来れば後は如何様にも有耶無耶に出来る。

 

 勝った! 第一部完!

 

「逃がしませんよ師匠」

 

 だけどやはりというか、そうは問屋が卸さなかった。

 私が立ち去るより早く、馬鹿弟子の大きな手がむんずと私の肩を掴んだ。振り払おうにもかなりの力が入っていて抜け出せない。この野郎ちゃっかり身体強化の魔法を使ってやがる。

 

「あんたが適当なこと言って逃げようとしてるなんてこと、こちとらハナから分かってるんですよ。何年一緒にいたと思ってるんですか」

「........流石だな、我が弟子。師匠のことをよく理解しているようでなによりだ。ところでこの手離してくんないかな、めっちゃ痛いんだけど」

「なぁに虚弱っ子アピールしてんですか。あの事件以来暗殺がトラウマになっていつも硬化の術使ってんの俺にはちゃんと見えてるんですからね」

「ちくしょうばれてらぁ」

 

 こ、この野郎。私に対する人読みの精度が高すぎる! なんかもう何言っても全部見透かされる気がしてきたぞ!

 

「い、いやしかしだよ。突然婚約とか言われてもすぐ答えなんて出せるわけないじゃん。それは分かるね?」

「ええ、そりゃまあ」

「それにだ、実際そんなことしたって今更何が変わるわけでもないしわざわざ婚約なんてだね___」

「変わるものはあります」

 

 肩を思いっきり引かれる。いきなり来たもんだから踏ん張りも効かず、身体が引かれるのもそのまま、馬鹿弟子の懐に飛び込んでしまう形となった。

 

 痛ててと顔を上げてみれば、すぐそこにはボンクラな割には端正な顔つきの見飽きた面が。ちょっと背伸びすればキスできてしまいそうなほど近くにその顔はあった。

 

 うおおおおお! 近けええええええええ!

 

 咄嗟に離れようとするもいつの間にか腰に回されていた腕でがっちりホールドされていた。う、動けん。

 

「師匠」

「ヒゥっ」

 

 ただでさえ近かったのに更に迫ってきた弟子のあほ面になんか喉から変な声が出た。

 

 お前、私がスウェーしなかったらくっついてたからな!

 そんな風に現実逃避気味に目の前に迫る阿呆を罵倒する私のことなどお構い無しに、馬鹿弟子はさらに続ける。

 

「俺はあなたのことが好きです。親愛の情なんかじゃなくて、一人の女の子として」

 

 ひ、ひえええええ。

 こいつ正気か? んなカッコつけたセリフ真顔で言い切るなんて並の神経じゃない。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。おかげで顔が矢鱈と熱く感じる。

 

「だから、あなたにも俺を好いて欲しい。弟子とか息子とかとしてではなく、一人の男として見て欲しい。」

 

 そこで気付いた。この野郎、震えてやがる。

 多分、こいつも私達の関係がこれで壊れてしまうんじゃないかって内心ビビってるんだろう。口じゃ達者なこと言ってんのも、ふとした瞬間に身が竦んでしまわないよう自分を鼓舞するため。

 図体はでかくなっても、本質の部分はこいつはあの小っせえガキの頃となんら変わっちゃいない。臆病で弱っちいくせに、変なところで度胸がある。そんな馬鹿でどうしようもない私の最愛の弟子のままだ。

 こいつは覚悟してる。今の関係が崩れてしまうリスクを犯してでも自分の気持ちを伝える決断をしてみせた。断腸の思いだったろう、怖かったろう。手に取るように分かる。

 だからこそだ。師匠として、親代わりとして、こいつをここまで導いた人間として、こいつの一世一代の告白に対して、私は逃げちゃならない。

 yesにしろnoにしろ、私にはこいつの想いに、覚悟に、報いてやる義務がある。

 

 いいさ。答えてやる。お前の師匠に相応しき者として毅然と答えてやる!

 

 

 

 

 

 

あの、その。か、考えさせてください

 

 

 


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