考えさせてくれ、そんな言葉を一世一代の告白をかましてきやがった馬鹿弟子に私は返した。
それは決して私が最後の最後で日和って尻込みしてしまったという訳では断じてない。ないったらない。ちゃんとした、相応の理由がある。
あのとき、正直なところあれ以上詰められていたら私は「はい」と答えていた可能性がある。それだけ本気で焦っていたし、あいつの空気に呑み込まれていた。勢いに押されてそういう返答をしかねないと私は思った。だから時間をくれるように頼んだ。
もし奴がただ単に私とそういう事がしたいだけなのであれば、その方が奴にとって都合がいい事だったのかもしれない。が、私の知っている馬鹿弟子は決してそういう下卑た人間ではない。
あいつが私に望んだことは、そんな口から思わず出たような言葉なんぞでは決してない。
言葉通りだ。今どき純情で恋愛にメルヘンを夢見てる奴は、私に真実の愛なんて笑っちまうようなものを求めてる。本心から愛して欲しいなんて馬鹿げたことを求めてる。
正直に告白しよう。私はあの愚かな弟子を、エル・プルプレウスを愛してはいる。だがそれは恋愛感情ではない。親愛とかそういう類の、家族を愛するのと同列の愛だ。
しかし、それは奴の求めているものじゃない。男として見て欲しいと、奴は言っていた。
私は男だ。その意識は女の身体を得ようが長い時のなかで生きようが、擦り切れることなく私という存在の中で根を張っている。
そんな私にとって、小さかったときからずっと面倒を見てきたあいつを異性として見るには少々きつい物がある。
私としてはあの繊細で傷つきやすい弟子がそれを望むなら、叶えてやりたい気持ちは山々だ。それは奴が私にとって掛け替えようもない大切な存在であるからだ。
だからこそ私は奴に対してだけは誠実にいなければならないと思っている。
同情や憐憫の気持ちで形だけ装うのは簡単だ。だがそれは奴の望んでいるものとは別なものだ。侮辱ですらある。
奴には私の本心を、真実を伝えなければならない。例えそれで私が傷つくことになったとしても、だ。それが今ある関係を壊すことになっても前進することを選び、覚悟を示したエルに対する私の誠意だ。
「よう、こんなところにいやがったか」
人の不幸とか悩みとかを啜って生きながらえるハートレスモンスター二匹からようやっと解放された私は再び馬鹿弟子の前に姿を表していた。
こいつに抱かれて小っ恥ずかしい告白のセリフを聞かされたときは思わず動揺してたから返答するや否や股間を蹴っ飛ばして拘束が緩んだ隙に裸足で逃げ出してしまったが、今はある程度覚悟と心の準備を済ませておいたおかげでこいつの前に来ても顔ちょっと熱いくらいで済んでいる。
「あ、師匠。よく俺がここにいるって分かりましたね」
「はっ、私が何年お前の師匠やってると思ってんだ。お前の考えてることくらいなんでもお見通しなんだよ」
「その割には今朝は今まで見たことないくらいの慌てようでしたがね」
「それは忘れろ」
こいつ.........毎度毎度口だけは達者な奴だな。一回師匠として、こいつに弟子としての振る舞いというやつを叩き込んだ方がいいんだろうか。
まあいいか、今更って感じだ。
「にしても、ズボラな師匠にしては来るのが早いですね。もうちょっと時間かかると思ってたんですが」
「私とてもうちょい熟考を重ねたかったんだがキーターの奴が煩くてな。お前が凹んでんじゃないかだと。だからわざわざお前のしみったれた面を拝みに来てやったんだ、感謝しろ」
「えっ、ステファノスに話したんですか? ああ、大方自分で墓穴掘ってバレたってとこですか」
「お前の私に対する理解力どうなってんの?」
当たりすぎてて怖いんだが。一緒に暮らしてるからって普通そこまで分かるもんなの? 我が弟子ながら末恐ろしいぜ.........。
「それで、俺のところに顔出したってことはちゃんと返答を聞かせてくれるんですよね」
「............まあ、な」
若干言葉を濁した私の回答に奴は眉そ顰めた。断られると思ったのか、握り拳に力が入ったのが見える。まあ、ビビるのは分かるが、それはこっちも同じことなんだよなあ。
「その前に大切な話がある。今までお前には聞かせていなかったことだ。それを聞けば、お前も考えが変わるかもしれない」
「.........なんです? それは」
私の前振りを聞いて奴が見せたのは怯えではない。僅かな、怒気。心外だとでも言わんばかりに、私を見るその視線が細められた。
ありえない。とでも思ってんだろうな。それくらい私を想ってくれている気持ちが強いってことなんだろうが、喜ぶべきなのか呆れるべきなのか。悪い気はせんが。
まあいい。さっさと語っちまおう。その方が気が楽だ。
そうして口を開こうとして、
「 ァ」
喉に何かが突っかかったように、声が出ない。思わず手で喉を押さえる。私の動揺に馬鹿弟子の視線に訝しむような色が混じる。
触診した限り異常はない。異物感も感じない。とどのつまり、声が出ないのは。
___ここにきて今更足が竦んじまったのか私は。
なんとも情けない話である。私にはどうやら覚悟というものが足りていないらしい。今ある関係を壊すのが、馬鹿弟子の、こいつの信用を失うのが怖くて怖くて堪らないらしい。
そもそもな話、私は最初から満足していたのだ。恋人同士でもない、親子という間柄でもない。かといって他人でもない。家族以上の信頼関係で結ばれているという、こいつとの現状に。
不満はなかった。これがこのまま続いていくもんだと思っていたし、そうするつもりだった。曖昧な関係でいいと思っていた。
だがこいつは、止まりかけていた歯車を動かすことを選んだ。前進のために、己の欲求のために、私達の関係に白黒つけるために。
迷惑な話だ、そんなこと私は望んじゃいない。なぜこのままじゃ駄目なのか。不満なのか。
怖かった。私の返答如何でそれが砂上の楼閣のように崩れるんじゃないかと、戦々恐々としていた。一度本当に壊したことがあったからこそ、その恐怖は本物だ。
だからそれを先延ばしにした。こいつの為だなんだと言ってはいたが、結局、それは私のためだった。
だけれどいつまで言葉を濁したところで動きだした歯車は止まることはない。そんな態度が不和を産むかもしれない。そう思ったから私は答えを急いだ。
何もかも自分のため。
私はかねてからこの馬鹿弟子を臆病だなんだと謗ってきたが、本当の臆病者は私の方だ。
だけどそんなことは最初から分かってる。
手前のことは手前が一番分かってる。そんなこと承知でここに来た。馬鹿弟子のためなんぞではなく自分のために、間違えてしまわないように、答えを出す為に、私という人間の全てをさらけ出して清算する。
ここで逃げればこの先一生、同じような選択を迫られることがあってもずっと逃げ続ける。
これは良い機会なのだ、自分を成長させるために。例えどんな結果になろうと、後悔することになろうが、今日という日は私の糧となる。
多分、私の真実とやらは決して弟子にとって要らんものだ。知らなくてよかったことだ。誠意なんぞと宣ったが結局のところこれは私のエゴだ。
だがそれがどうした。第一、そもそもなんで私がこの馬鹿弟子に配慮して自分を殺さなきゃならんのだ。そんなのクソだね。
そもそも最初にぶっ込んできたのはこいつなのだから私が我慢してやる必要などハナからない。おあいこさま。
だから、ビビる必要なんぞない。
「私な、実は男なんだよ」
ああ、でも。やっぱり怖いもんは怖いわ。