今回は久しぶりに玉井くんの登場です。
覚えている人いるかな?
今、俺は一人の少年の面倒を見ている。
その少年の名前は玉井淳史。
同い年のクラスメイトだ。
「天之河先生!ランニングが終わりました!」
「分かった。そろそろ今日の手合わせをするとしよう」
「はい!」
このような師弟関係になったのは、三日程前のことだ。
戦勝パーティーが終わり、与えられた自室でゆっくりと月を見ながら、軽い占いでもしようと思っていたときに、扉を叩く音が聞こえた。
「今、開けます」
そう言って、扉を開けると玉井淳史がいた。
正直、面食らっていた。
玉井淳史とはクラスメイトだ。
それ以上の関係では無い。
友人というわけでは無い。
玉井も、俺のことを友人などとは思ってもいないだろう。
そんな玉井が、こんな時間に訪問したことに驚いていたのだ。
「天之河。お前に頼みたいことがあるんだ」
玉井は覚悟を決めた表情をして、声を震わせながらしゃべり出した。
ただ事ではない事は直ぐに分かった。
「とりあえず、中に入ろうか。茶も出すし、多分込み入った話にも話にもなるんだろ?魔法で音を遮断しといてやる。...これで良いかい?」
「ありがとう。すごく助かる」
そう言って玉井を部屋に迎え入れて、近くの椅子に座るように促す。
テーブルに置いてあるポッドから紅茶を注いで、茶菓子をだす。
「すまないが、紅茶しか無い。あと、茶菓子だ。食べたら歯磨きをするのを忘れるなよ」
「凄いな。俺、お茶とか作らないな。毎日作っているのか?」
「趣味の範囲だからな。それと、玉井くんは世間話をしに来たんじゃ無いんだろ?まあ、緊張を解したいんなら、もう少し世間話に付き合うけど」
「いや、そうだな」
そう言い終わると、玉井は紅茶を勢いよく飲み干す。
「天之河。単刀直入に言う。俺をオルクスの大迷宮に連れて行って欲しい」
ため息を吐く。
予想はしていた。
居残り組で、一番現地民とぶつかっていたのは玉井だ。
心はあの事件で折れたのかもしれない。
だが、死にきっていないのだ。
自分自身に悔しい思いを感じられているのだ。
だからこそ...
「だから、愛子先生の護衛に行かなかったのか。正直、こうなるかもしれないとは思っていたよ。ただ、玉井くんが直接俺の所に来るとは思っていなかった。前線組が揃っている場面で頼み込んで、俺が断れないようにすると思っていたよ」
「それも、考えなかったわけじゃない。でも、俺は弱い。当然だ。あの日から日常的に行っている訓練しかしないでいる俺と、前線で戦っている彼奴らとでは俺の方が弱いのは当然だ。足手まといも良い所だ!でも、でも、俺は強くなりたい!天之河は知らないと思うけど、俺はここの人たちと衝突したんだ。一回とかじゃ無くて、何度もだ。天之河。俺、俺さ。剣なんて握ったのはこっち来て初めてなんだよ」
「うん。たしか玉井くんは部活動は、やってなかったって聞いてたけど」
「ああ。中学の時に陸上を怪我で辞めちまったからな。まあ、それでさ。喧嘩とかとも縁の無い生活だったんだ」
「まあ、大半の生徒がそうだろうね」
「そんな俺ですら、少しの訓練で、半生を剣に捧げた、俺たちで言う八重樫みたいな女の子を圧倒してしまうんだ。純粋な身体能力だけでだ」
玉井はアレでいて、この世界で珍しい戦闘系の天職。
そして、転移者としてのステータスと含めてしまえば、軽々と上を言っても可笑しくないだろう。
あれだけの演説をしていてなんだが、護らないといけないクラスメイトがいなければ、前線組で国を落とせても可笑しくはないのだ。
俺ならば単独で国を落とせるだろう。
それだけ、ステータスという物は、この世界には重要な物だ。
「だからこそ、思ったんだ。強くならないといけない。今のまま、ダラダラとしてるわけには行かないって!だって、この国を攻められたら、一番の戦力は城にいる俺たちなんだ。今のままじゃ、俺は自分しか守れない!」
「それでいいじゃないか」
「えっ」
俺の声に、玉井が驚く。
当然だろう。
正義感の塊である、あの天之河光輝が、人を見捨てることに賛同しているのだ。
玉井の中にある天之河像が崩れているだろう。
「普段の僕を知っている玉井くんには信じられないと思うけど、正直に言うよ。自分のことは自分でやらないと。全力でやって出来ないと分かってから、他人から自分の足りない物を借りるんだ。正直、僕にはこの世界の人間が本当に全力で魔族に抵抗しているとは思えない。騎士団の皆は戦場に出てるから、変わっていく戦況に恐怖を抱いていると思うよ。その上で全力を尽くして現状維持は出来ている。では、ここに住む民はどうだ。自分自身で戦場の状況を知ろうとせず、自分たち自身でその思考を止めている。調べれば、騎士団がここ数年で何人死んでいるのか。戦場はどれほど悲惨になっているのか。図書館は開放してある。文字も読める。なのに知ろうとしていない。正直に言う。守る価値なんてないよ。俺が助けるために戦っているのは、俺自身のエゴと胸に働きかける義務感のためだ。それに、元々玉井くんは部外者じゃ無いか。自分自身の防衛だけでなにがいけないんだろうか。召喚されただけで別に働かなくて問題ないでしょ。そもそも、神エヒトが召喚に失敗していたら、俺たちはこの場にいないんだ。責められる道理はないよ。当事者たるこの世界の魔人族と人間族の問題だよ。...まあ、そう言って割り切れって言えないけどね。でも、無駄に気負う必要も無い」
「あっ...」
呆然としている。
無理も無い。
これ以上は無意味だろうと判断する。
「じゃあ、話は終わりで良いかな?酷い言い方をするけど、オルクス大迷宮に弱い君を連れて行けない。じゃあ、俺は外で風を浴びてくるから───
「待ってくれ!」
しかし、玉井は待ったをかけた。
「何度も言うけど、君を連れて行くわけには行かない。これ以上死人を出したくも無い。悪いけど、諦めて欲しい」
「惚れたんだ!」
「はあ?」
素の声が出た。
「そうだよ。天之河の言うとおり何だろうよ。でも、あああ!惚れたんだよ。アイツに!色々理屈を固めて強くなろうとしたけど、一番は、守りたいんだ!惚れた相手を!」
「本気で言っているのか?それが何を意味しているのか?この世界に永住なんて多分出来ないよ」
「言わんとしていることは理解している!これが最終的に失恋で終わることも。でも、守りたいって思っちまったんだよ!だからアイツに自信を持って守るって伝えるためにも、強くなりたいんだ!俺のこの自分にとりついた錘を外して、後ろ向きな考えを振り切って、しっかり謝って、始めたいんだ!彼女との恋を!」
「あっはははははは!」
「わ、笑うことはないだろ!」
彼の告白に笑ってしまう。
笑みを隠せない。
これは止められない。
男が女を守るために立ち上がるんだ。
どうやったって止められない。
だって、極論を言えば、俺と同じ答えを出しているのだから。
「すまない。可笑しくて笑ったんじゃない。少し嬉しくてね。そうか。女か。女のためなら止まれないなぁ」
「誰にも言いふらすなよ。こんなこと。...最低でも俺が告白するまでは」
「ああ。だが、条件がある」
「なんだよ」
「先ずは、流石に今回は連れて行けない。お前がいくらやる気を出していても、流石に自殺行為を進めるわけには行かない」
「まあ、そうだろうな」
「次に、そうだな、一週間ぐらいなら良いかな?うん。俺がお前を鍛えてやる」
「えっ」
「弱音を吐いたら、直ぐに切り捨てるぞ。時間が無いからな」
「おっおう」
「最後に、オルクス大迷宮から俺が帰ってきた後に、テストを行う。それに合格したら、連れて行ってやる。オルクス大迷宮...お前達が足踏みしている六十五階層にな。行くのは当然、俺とお前だけだ。そこまで出来れば、前線組に劣らない力も当然だし、彼女を守れるだけの力も保障しよう」
「ああ。よろしく頼む。師匠!」
「同い年にそのノリはキツい。せめて先生にしてくれ。あと、修行時以外は今まで通りでいいよ。というかお願い」
「分かった。天之河!」
翌日、食堂で朝食を取る前に、前線組に報告をする。
「全員、席に居るかな。いるな。よし、じゃあ、報告することがある。今回のオルクス大迷宮の攻略、俺は遅れていく」
「どういう事だよ、光輝!大分遅れているんだぜ?攻略」
「そうよ。光輝。戦争が原因とは言え、まだ七十階層までしかいけてないのよ」
「光輝君。私も出来れば先を急ぎたい」
龍太郎、雫、香織を筆頭に文句が出始める。
「まあ、お前達も待て。光輝なんか理由があるのか?」
メルド団長が周りを鎮めて声をかける。
「はい。少々野暮用が。一週間程で終わるので、それから直ぐに合流出来ます。皆の実力から考えれば、直ぐに追いつきますので」
ここで煽る。
俺はお前達より強いから一週間なんてハンデにもならないと、言外に言う。
「言ったな~光輝。お前が迷子になっても、知らねぇぞ。よし、光輝が居なくても、俺たちは出来るって所、しっかり見せつけようぜ!皆!」
「ちょっと、龍太郎。煽られないの!光輝も無自覚にそういうことを言わないの」
「だが、龍太郎の言っていることにも一理ある。俺たちは、当然と言えばそうだが、光輝に頼りすぎている。ここで、しっかりと俺たち自身の実力を知るべきだろう。来たる戦場で、俺たちは別行動ってなっても不思議では無い。特に俺のパーティーは」
熱くなる龍太郎に、雫が釘を刺すが、永山が待ったをかける。
「正直、迷宮攻略に不安要素を抱いていたくは無いんだが、戦争のことを考えれば、今の内から経験させるべきか。分かった。一週間、光輝。お前を抜きに迷宮攻略に移る。だが、お前は大丈夫なのか?」
メルド団長が不安げに俺を見つめ返す。
「はい。正直、ベヒモス以降からは、限界突破を使った戦闘も経験していないですし、皆に合わせて大火力の技も使っていませんので、俺自身の限界を知るのにも持って来いでしょう」
俺も全力を晒していないことを告げる。
「そうか。分かった。とりあえず、俺たちの移動した印とか付けておく。絶対に追いついてくれよ」
「分かりました」
メルド団長は承諾してくれた。
メルド団長自身、俺が周りより余裕を持っていることを察していたのだろう。
「話は終わりだ。正直、皆に迷惑をかける俺が言うのもなんだが、健闘を祈っている」
光輝の玉井くんへの好感度が跳ね上がった!
実際、光輝は玉井くんにクラスメイトの中で、最も戦士らしい心を見せつけられて、テンションがとても上がっています。
人間は立ち上がるからこそ、強い!
支えたいからこそ、立ち上がれる!
誰もが持っている可能性で、光輝的には最も開花させるのが難しい物と認識していますので、失意から起き上がろうと這いつくばっている姿は、輝いて見えています。
ここから玉井くんは原作から、かけ離れた存在になります。
玉井くんの頑張り次第で、これからの展開も変わってきますね。
感想お待ちしています