古明地さとりは執行官である   作:鹿尾菜

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File1現実 中

「あっさり終わったな」

 

拘束された男はそのまま護送車に乗せられていく。犯罪係数は100オーバー。もう医療的行為で犯罪係数を下げることは不可能であると判断されてしまった。

人質の方もオーバー60。緊急セラピーを要する状態だった。まあそれで済んだだけマシだったのかもしれない。こういう時…下手をすると人質すら犯罪係数が跳ね上がり執行対象になってしまうことがある。実際、サイマティックスキャンは恐怖が最も犯罪に直結すると反応するらしい。といっても純粋な恐怖というわけではなく生命に関わる深刻な恐怖…殺されるかもしれないといった強い脅迫概念が犯罪係数を上げる節がある。

なんともまあ……不完全なシステムだこと。そう思うのは私だけだろうか?

 

一連の作業が終わるころには、どんよりと垂れ込めていた雲から水が絶え間なく地上に降りしきっていた。

そういえば今日は雨だったなあ……傘持ってきてないのに。

 

「おつかれさん。中々良い仕事っぷりじゃないか」

雨から避難する為に軒下に隠れていると犯人の収容が終わったのか征陸さんがそこにはいた。

「お疲れ様です。仕事も終わったので帰りましょうか……」

視線を合わせればなぜかキョトンとしている征陸さんの姿があった。何か疑問に思うことでもあったでしょうか?確かに私が真っ先に犯人にパラライザーを撃ちましたけれど。

「なんだ。被害者の事とか気になったりはしないのか?」

その問いは至極真っ当で、確かに人間なら感じる純粋なものだった。

でも私には欠けている事で…ある意味人間と妖怪の差を思い知らされる。

「……あーそうでしたね。被害者はどうでした?一応暴行を受ける前に入ったので大事に至ってはいないという認識ですけれど」

認識が間違っているかそうじゃないかを判断するのはシュビラだ。サードアイで思考が読めていて、ただ単純に恐怖を感じているだけだったとしてもシュビラはどう判断するのか……

「お前さんの認識で大体あってるよ。全く見た目ほどには可愛げがねえなあ」

なんだ問題ないのですね。じゃあ大丈夫。後はセラピーに任せましょう

「可愛げはどこかに忘れてきたようです」

護送車に乗り込む征陸さんを見送り、その場を後にする。

ふとこの時代にはそぐわないオンボロのネオン管の灯りがちらついた。……そういえばあそこ。廃棄区画でしたね。

もしかしたらああいったところにこいしもいるのかしら……

 

 

さとりと宜野座監視官が当直交代をした直後、征陸はすぐさま彼を呼び止めた。彼もシフト明けなのだが宜野座は征陸を避けている節があり話しかけるのはこういうタイミングしかないのである。

「なあ宜野座…」

無論さとりもその場にはいたものの、直ぐに部屋を後にしたため特に気にすることはなかった。これから話すのはそのさとり本人のことなのだから気にするのは当たり前である。

「なんだ?」

きっちりきこなしたスーツの宜野座は、実の父征陸に話しかけられてうんざりした……見つけた蜂の巣がアシナガバチかと思ったらスズメバチのものだった時のような顔をしていた。

「ちょっと話したいことがある。付き合えや」

本音では関わりたくないと感じているものの、真剣な征陸の表情になにかを感じ取ったのか宜野座は渋々彼に続いてフロアを移動する。

「……」

丁度エレベーターフロアにたどり着いたところで征陸は歩みを止めた。シフトの交代が終わった直後でエレベーターフロアは誰もいない。

 

ここなら内緒話もバレないのだろう。

「それで話ってなんなんだ?」

 

「新人の監視官の事なんだがな。まあおめえさんの事だ。回りくどい言い方は好きじゃねえだろうから重要なことだけ言う。あいつには気をつけるんだな」

そういう征陸の瞳は真剣そのもので、普段は噛み付いたり忌避をする宜野座も、無下にあしらうのは躊躇してしまった。

「何かと思えば配属1日目の新人にそれか……」

だから口から出た言葉は少し震えていた。彼のいうことを完全に否定するのをどこか自分が拒否してしまっていたからだ。たった数時間一緒にいただけなのに。

「侮るなよ。こちらとて根拠なしに行ってるんじゃあないんだ」

 

「刑事の勘とかいうやつだろう」

これ以上余計なことを聞くのはやめようと踵を返して1係の部屋に戻ろうとする。

「いーや…あれは刑事の勘なんかじゃなくても生きていて真っ当な価値観持ってるやつなら誰でも感じ取るさ。あれはな、人間の闇の部分…後ろめたい気持ちとか悲しみとか怒りとか恐怖とかそういう感情の塊のような気がするんだ」

 

「なんだそれは……お前らしくもない」

確かに普段の征陸からすれば考えられないような弱気に近い発言に流石の宜野座も心配になったらしい。

「だが現実に彼女と組んで感じたことだ。気をつけたほうがいいぞ。下手すりゃ飲み込まれかねない」

馬鹿馬鹿しいと一蹴し、宜野座は部屋に戻る。だけれど彼の頭の中にはさとりに対する警戒の意思は確かに生まれていた。

それを自覚できないほど彼は愚かではないし内心を騙す術を知らない。

「……」

少なくとも実の父親に言われた警告は、それなりに筋を通して守るつもりである。

だがまずは自分で確かめなくてはならない。同じ監視官として……

 

 

 

狡噛慎也が執行官として1係配属になったのは私が配属された次の日だった。

内藤執行官が3係に移動となりその代わりに彼が配属された。まあ執行官はそれなりに人数がいるから人手不足ではないのだろう。

スーツをほどほどに着崩している彼は、まだ監視官としての感覚が抜けていないのか…若干雰囲気が周囲と交わらないでいた。

なんだか…獣を狩る猟犬という感覚に近いというか…猛獣寄りなんですよね。

私の感覚ですけれど……

それでも監視官から執行官に落ちる人は珍しくないのか…あまりとやかく言われているわけでもなかった。そんな彼の内心はしっかりサードアイに捕らえられていた。執行官に落ちた事を後悔でもしているのかなと思ったけれどそうではなかった。後悔どころかこれで良かったとさえ思っているというか…色々と吹っ切れている。挙句内心は…どうやら誰かを追っているようですね。ちょっと思考が乱れているせいで読み取りづらいですけれど……

まあいいや。彼自身あまり意識していないようですから刺激しないでおこう。

私には関係がない事ですから。

「あんたが新任の監視官か?」

珍しく宜野座監視官がいる状況だったので知り合いというか…絶対知らないなかではないだろう彼のところに行くかと思ったら真っ先にこっちに来た。

「ええ、古明地さとりと申します。よろしくお願いしますね」

 

「執行官に挨拶とは珍しいな」

そうでしょうか?まあ潜在犯と一緒にいたらサイコパスが濁ると考える監視官は多いと聞きますし…そんなものなのでしょうね。だとしたら私の常識は間違っているのだろうか……

「人同士のコミュニケーションはまず挨拶からという認識でしたが違いましたか?」

ちょっと挑発的になってしまったけれど彼を見ているとどことなく反抗してしまう。あるいは、彼をコントロールするのが難しいと無意識下に感じてしまっているのか。

しばらく私をじろじろ見つめていた彼であったけれどしばらくして視線を戻し、張り詰めさせていた気を緩めた。

「いや、気にしないでくれ」

ああ、そうか…私の身なりが純粋に気になっただけか。

特にスーツときましたか…

正直このスーツ作るのにちょっとお金かかったんですよ。なにせサイズがないからオーダーメイドしてもらったんです。

「しかし…子供?じゃないよな……」

 

「成人しています。誰がウルトラハイパードチビですって?」

無表情だけれど頑張って表情を作ってみる。……表情筋痛い。やめたやめた。

「そこまでは誰も言ってないだろ」

私の見た目が子供じみているからか自然と彼の口調が砕けてきた。

「冗談ですよ」

半分くらいは……これでもこっちじゃ位置も子供扱いされて大変なんですからね。もう常に身分証を胸に記しておきたいくらいですよ。

とかなんとかやっていると宜野座監視官が少し苛立った感じで立ち上がった。

ああそうだ……宜野座監視官はそういえばもう上がりなんでしたっけ…

……うーん…結構複雑な感情抱いていますね。さとり妖怪なのでそういう感情だけである程度お腹が膨れますよ。文字通り……

それでも幻想郷と違ってこっちでは妖力の回復は出来ない。多分妖怪らしく振舞っていかないと回復できないのだろう。

正直この回復がどのようなものなのかは分からないけれど体力低下に近い感覚だということはわかる。

まあ…いまはまだ考えなくても良いか。

 

 

全員がパソコンで作業しているにもかかわらず、かちゃかちゃとボードを叩く音は一切してこない。それもそのはずこのボード…タブレットと同じ感圧反応型の電子ボードなのだ。高いように思えるけれど何気に安いらしい。

それでも反応速度は良いし一般に普及している標準的なものだから皆扱いやすいそうだ。

一応……大企業とかはさらに発達したホロデバイスのボードもあるのだとか。

でもこちらはお値段が張るので完全に金持ちか企業…業務用の扱いらしい。

 

……ここ十数年分の記録を見ればこいしは五年前まで各地を転々としていたらしい。それでも色相判定は問題ないし誰も気にしていなかったようだ。

でも着物姿で歩くのはちょっと目立つわね。私もこの世界にやってきてすぐは服が和服しか無かったから仕方なくそれを着ていたけれど。

 

でも五年前の7月8日…この日を境にこいしの姿が街頭スキャナーや監視カメラから消える。

それ以降は一切見つかっていない。もしかしたら幻想郷に帰れたのだろうか?だとしたら私を迎えにくる気がする。でもそういう気配はない。

考えられる可能性は…別の世界にまた迷い込んだか。表世界にはちょっと顔出しできない事情があって顔を出せていないか。あるいは向こうからこちらにアクセスするのが難しい状態なのか。

まあ探せる範囲でいいから探しましょう。

でも……そう簡単に世界を渡る方法なんてあるのだろうか……

 

 

その日は無事に終わり特に大きな出来事もなく静かに過ぎていった。平穏万歳。

なのでその日は廃棄区画に行ってみることにした。場所は旧歌舞伎町。

保安システムが未整備のまま廃棄されている区画でも人間は生きている。シュビラに潜在犯と呼ばれる者、シュビラに対して反感を持つ者。又は犯罪を犯したもの。そういう人達が集まり、そこには独特の社会が形成されていた。

まるでそこだけがシュビラの中にポツンと取り残された小さな孤島のように…人はそこから出ることはできないし下手にシュビラシステムの整備されているところに出ようものならすぐに警備ドローンがすっ飛んでくる。

まあ犯罪係数が低ければ歩いても問題ないのでそういうものは外と交流したり、外から食料を取ってきては旧繁華街の建物を使って販売している。

それ以外にも合法非合法いろんな手を使い食べ物や衣服、飲み水を確保している。

それが許されるのも会えてこう言ったところが残されているからだ。

そもそもこう言ったところに住み着く存在を全員法の元にさらけ出そうとすればシステムがキャパシティオーバーでパンクする。

さらに潜在犯以外にも貧困層や浮浪者の棲家としての機能も果たしているのだ。無闇に取り壊すのは迷惑だと皆思っているのだろう。

 

そう言ったところだけれど治安はそこそこ……シュビラに守られているところよりかは格段に悪いものの、幻想郷と似たようなものかそれよりちょっと悪い程度ならさして問題にはならない。

 

そう…なんだかんだ言ってここにも社会というものはできていて、人間の倫理も辛うじて生きているのだ。多少生きるための盗みはしても人を殺したり過度な暴力があればそれこそその社会からも追放される。

なんだかんだある程度の線引きはできているのだ。

古びた繁華街はどこからとってきたのか年代物のネオン管が使われた看板がいくつも立ち並び、ホログラムとは違う……古臭いライトアップがされている。ところどころ霞んで、他の光と混ざる。

インフラ設備が壊滅しているわりに電気や下水はなんだかんだ生きているようだ。

それでも一部は道に溢れ出て異臭を放っている。ゴミも処理してくれる業者や設備もないので道の端っこで腐り腐敗臭をひっきりなしに放っている。

それでも一部は生き残っている下水道によって少しづつ陸の孤島から流れ出ている。

それでも衛生面からいえば結構最悪。まあ……住めば都とも言うわけだし。

 

 

のびのびと歩くにしてはそこは人の多いことなんの……

人の流れ身を任せ、時々周囲を観察し、小さくも広い廃棄区画を歩いていく。時々錆びついた鉄骨が、なにかのパイプが血管のように建物を這っている。

建物自体も違法建築された鉄の瓦礫の山だったり元々コンクリート性のビルに補強のトタンを貼り付けたものだったり。ただそれら金属も劣化し錆びついているからかボロボロで所々に穴が空いている。

ちょっと細い道に入れば、そこは浮浪者と嘔吐した汚物のオンパレード。

流石にここにはこいしだって入りたがらないだろう。私だって嫌だし……

取り敢えず…似顔絵でちょっと聞き込みしましょう。

 

 

この地区はまだ広くない。それでもかなりの広さがあり探すのは今日1日だけでは足りない。

何年かかる事やら……

製作した似顔絵を元に周囲を当たってみる。めぼしい情報は入ってこない。それどころかこんな可愛い子がここに入ったら行き着く先は一つだと言われちょっと残念に思う。

確かにこの無法地帯で少女が1人で生きていくにはあそこしかないけれど……

この世界にもそういうのを欲しがる存在はシュビラ監視下でもいるのだ。しかもそう言う奴らに限ってうまく監視をすり抜けるぁら手に追えない。

 

今日はもうおひらきにしましょう。踵を返して帰ろうとすれば、急に肩を誰かに掴まれた。

「いけないなあお嬢ちゃん。こんなところに入ってきちゃ…悪いおじさんに連れてかれちゃうよ」

 

「ではあなたたちが悪いおじさんなんでしょうか?」

 

私が相手を複数呼びした瞬間建物の陰からおじさん達が出てきた。人身売買を行う集団ですね。まあそういうものでしょう……

「こんな可愛げのない少女なんかよりもっと良い子いるのに…」

 

「何言ってんだ。嬢ちゃんみたいなやつが欲しいっていうマニアな連中は結構いるんだぜ?」

私の肩に手をかけている……ちょっと若めの男はそう言った趣味が理解できないようだ。だけれど仕事だからやる。すっぱり割り切っているようです。

 

「大人しく身売りするっていうなら悪いことはしねえぜ?」

一応商品になるのだろう。手荒なことして怪我をさせればそれだけで価値が下がる。特にマニアの方には怒る人もいる…ですか。

相手の数は6人。少女1人を相手にするには少し人数が多いですね、慎重派なんでしょう。確かにこれだけの人数がいれば成人でもちょっと年がいっている少女でも抵抗は無理と諦めるかもしれない。でもまあ私には無駄なんですけれど…

「それは脅しですか?」

 

「ちげえよ。スカウトだよ」

なんだスカウトか。確かにこの人達は身売りを行なっているようですけれどその売り先はそこそこちゃんとしているようだ。まあ向こうも向こうで生計を立てたりするのだから女性は立派な商品。それもいろんな人を相手させるのだからお客に余計なことされて傷つけられたら他の客にも迷惑…倫理観だけはある程度できているようですね。

でも嫌ですね。すごく嫌です。自由少ないし……

「ところで一つ聞いてもいいですか?」

 

「なんだあ?命乞いか?」

誰も命乞いなんてしませんよアホらしい。

「違いますよ。人を探しているんです」

 

「悪いが俺らは答えねえ。まあ売られてからもある程度の自由はあるんだ。そっちで聞いた方が早いと思うぜ」

あっそう。じゃあもう用済みですね。

「あー…勘違いしているようですけれど」

 

「ああ?」

肩を掴む彼の手に片手を乗せる。

「私もう成人していますから」


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