あの日村に来た怪物がめちゃくちゃ強かった   作:とやる

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ベル・クラネルと正義の女神

 質素な木製の家のこじんまりとした物置。

 小窓から射し込む夜空に瞬く星々の光で薄っすらと淡く滲むような優しい光に包まれながら、僕は膝を抱えていた。

 

「おじいちゃん……ぅ、うぅ」

 

 額を膝に押しつけるように俯き震える身体。

 戦慄く喉からは嗚咽が漏れ続け、そう広くない空間に木霊していた。

 

 おじいちゃんが死んだ。

 

 今日、突然村に現れた怪物に殺されて。

 怪物を一目見て気絶していた僕は全部が終わったあとにそう聞かされた。

 親と呼べる存在がいない僕にとって、おじいちゃんはたったひとりの家族だった。

 

 遺体も見つからず、ただおじいちゃんが居なくなったという現実だけが僕を埋めていく。

 悲しくて、心細くて、寒くて。もう、豪快な笑顔も、優しい瞳も、乱暴に大きな手で頭を撫でてくれる人もいない。涙は止めどなく溢れて、僕はずっと此処に閉じこもるようにして泣いていた。

 

 そんな時だった。

 

「家族を失ったという子どもは貴方ね」

 

「だ、だれっ!?」

 

 豪快な音と軋みをあげて開かれる木製のドア。

 悲しみに閉ざされた僕の心を表すように鍵のかけられたそこに咄嗟に顔を向ければ、蹴りを放ったような体勢の女性がひとり。

 

 美しい女性だった。

 妙齢の年頃に見えるその容姿は恐ろしいほどに整っていて、星明かりに照らされ神々しささえ纏っている。薄っすらと星の光の滲む胡桃色の髪は頭の後ろで束ねられ、肩から胸元へと垂れていた。瞳の色は星海を彷彿とさせる深い藍色だ。

 しかし、どこか気品さえ感じられるその容姿とは裏腹に身に纏っている服は何処にでもいる村娘のように質素なものだった。

 

「──なるほど。これは放って置けないわね」

 

 ぽつり、と口に含むような呟き。

 村の人ではない、見た事も無い女性が突然現れた事に恐怖と驚きで軽いパニックになっていた僕に近づいたその人は、目を合わせるようにしゃがみ込み、そっと頭に手を重ねた。

 

「家族が居なくなって悲しいでしょう。怪物に襲われた村の被害は甚大で他の大人たちも貴方に気をかける余裕もなく、またそんな大人たちを慮ってこうしてひとりで泣くのは辛かったでしょう。──よく、頑張りました」

 

 優しく頭を引き寄せて抱き寄せられる。

 閉じ込められた腕の中が暖かくて。慈しむように撫でられる手の感触が、全く違うはずなのに、どこかおじいちゃんのそれと似てるような気がして。

 

「──ぅ、うぅぁ、おじいちゃん……! おじいちゃん……っ!」

 

 込み上がってくる情動と湧き上がる想いのまま、僕は声をあげて泣いた。

 見ず知らずの赤の他人のその人に縋り付くように、いつまでも泣き続けた。

 女性はずっと、そんな僕を優しく包み込むように抱擁してくれていた。

 

 それが僕──ベル・クラネルとアストレア様の出会いだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 結論から言ってしまえば、僕はアストレア様と共に旅をする事になった。

 村を襲った怪物の被害は甚大で、身寄りのない子どもである僕を抱える余裕は何処にもなかったからだ。

 

 長い距離を歩いた。馬車に乗り、山を越え、河を渡った。

 途中、アストレア様は比較的余裕のある村に僕のことを預けようとしたけど、僕はそれを全力で拒否した。

 恥ずかしい話ではあるけど、その時の僕はアストレア様の事をどこか母親のように思っていたからだ。

 家族ともう一度離れ離れになるのは、どうしても嫌だったから。耐えられないと、そう思ったから。

 アストレア様は困ったような顔をしたけど、仕方ないわね、と破顔するように微笑んで僕がついて行くことを許してくれて。

 胸に今にも走り出したいような、想いの限り叫びたいような、とても言葉では言い表せない温かな感情が湧き上がったことを覚えている。

 

「アストレア様はどうして旅をしてるんですか?」

 

 ある時、こんな事を聞いた事がある。

 蒼白く輝く月明かりの下、焚き火の前に座っていたアストレア様は虚をつかれたようにびくんと震えた。

 

「……色々と、あったのよ。本当に、色んなことが」

 

 夜空を見上げ懐かしむように、そして、どこか痛みと悔恨を滲ませた声音で。

 その姿があまりにも悲しそうで、痛ましくて、僕はそれ以上聞くことが出来なくて黙り込む。

 

 そんな僕に、アストレア様はひとつの問いを投げかけた。

 

「ベル。貴方は正義ってなんだと思う?」

 

 気安く、何気ない日常の会話のように。

 でも、声音とは裏腹に真剣そのものな瞳が、これが真面目な問いだという事を表している。

 

 正義。

 定義は曖昧で、きっと明確な正解なんてない。

 でも、僕は正義を知っている。

 だから僕は、気負う事なく、朝になったら東から日が昇るのと同じくらい当たり前のことをを話すように言った。

 

「苦しいって藻搔いていて、でもどうしようもなくて、助けて欲しくて。そうやって、泣いている人に大丈夫って手を差し伸べられるような。そんなとても温かな優しさ──それが正義だと思います」

 

「────」

 

 あの日、アストレア様が僕にそうしてくれたように。

 旅の途中、行く先々でアストレア様がそうしたように。

 困っている人がいれば声を掛けて、一緒に悩み、考え、一生懸命になって。

 泣いている人がいればそっと側に寄り添い、悲しみを理解し、分かち合う。

 その姿を僕は正しいと思った。

 きっと、アストレア様こそが正義の体現者なのだと、そう思ったのだ。

 

「──ありがとう、ベル」

 

 一度眦を拭って、悲痛さの滲んだ微かに震えた声で。アストレア様は僕を見つめた。

 そして、何か失礼な事を言ったのかとおろおろする僕に向かって間をおかず。

 

「でもね、ベル。私の正義にベルが倣う必要はないわ。よく考えて、よく経験をして……そして、ベルの正義を見つけなさい」

 

 橙の炎に彩られる美しい相貌には、様々な感情が秘められているような気がした。

 その言葉の意味はよく分からなかったけど。

 なんだか認められたような、より心の距離が縮まったような気がして、嬉しくなった僕は破顔して元気よく返事をした事を覚えている。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 正義についての問いをしたあの日から、アストレア様は自身の過去を断片ながら話してくれるようになった。

 

 昔、オラリオにいた事。

 ファミリアを作っていた事。

 かつての家族の事。

 

 僕は特に、アストレア様の口から語られる冒険者のお話が好きだった。

 勇敢で、誠実で、強い。

 おじいちゃんに読み聞かされ、寝るのも惜しんで読みふけった冒険譚。その英雄たちのようで。

 

 憧れの火が再び心に灯ったのが分かった。

 

 旅を始めてから一年ほど経った時、僕はアストレア様にオラリオには行かないのか、と聞いた。

 この一年で様々な村や町を見てまわったけど、世界の中心と言われるオラリオには近づくことさえなかったから。

 

「そう、ね……あれから、もう五年も経つのね……」

 

 長い逡巡。

 躊躇うような臆病さと罪悪感、その両方が感じられる迷い。

 たっぷりと悩んだあと、アストレア様は意を決したように宣言した。

 

「ベル、オラリオに行こうと思うわ」

 

 決めてしまえばあとは早いもの。

 長旅にも慣れ、なにより一年前のあの日から【神の恩恵】を刻んでいるこの身体はちょっとやそっとではビクともしない。

 初めて会った日にアストレア様が直ぐに【神の恩恵】を刻もうとした理由は分からないけれど、僕にとってはメリットしかないし家族の証のように思えてとても嬉しいのに変わりはない。

 

 自分のステイタスは見た事ないけど。

 武術の心得があるというアストレア様に旅の合間にちょくちょく稽古をつけてもらっていたので、少しずつ成長しているわとはアストレア様の談。

 どうにも、最初から僕が冒険者に憧れていた事はお見通しいだったらしい。

 

 稽古の最中、こんな会話もした。

 

「ベル、貴方必殺技とかは作らないのかしら」

 

「必殺技ですか?」

 

「そう、必殺技よ。冒険者はみんな必殺技を持っているの。あの子もよく『炎華ッ!』ってやってたもの」

 

「かっ、カッコいい……!」

 

「でも、ベルにはスキルと魔法がないから……そうね、今から作りましょう」

 

 そうして試行錯誤の末できた必殺技が力一杯の横薙ぎ。

 アストレア様から頂いた木刀を思いっきり振り絞って、斧を木の幹に打ち込むように振るう必殺技。

 なんでこれが必殺技になったかっていうと、村での暮らしで斧を使って木を切り倒す事には慣れていて、それが一番様になっていたから。

 

「それが今のベルの一番強力な攻撃だわ。名前は……そうね、『紫電木こりスラッシュ』なんてどうかしら」

 

 アストレア様の感性は少し独特だった。

 

 そうして旅を続け、僕たちはオラリオの門を潜る。

 僕の冒険者としての未来が幕を上げた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「では、神様! 行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい、ベル。気をつけるのよ」

 

 朝の陽射し眩しいオラリオ。

 ぎゅうぎゅうと詰め込むように並ぶ質素な宿のひとつから出てきた少年が、女神に見送られて走っていく。

 処女雪のように真っ白な髪を風になびかせ、ルベライトの瞳は期待に大きく開かれている。

 腰には女神の贈った木刀が一振り。戦い方もある程度は仕込んだ。下層の素材で作られたソレは少年の身を守る心強い相棒となってくれるだろう。

 

「……ごめんね。帰って来たわ、リュー」

 

 少年の後ろ姿が見えなくなり、空を仰いだ女神はぽつりと言葉を漏らす。

 ただひとり残った自身の眷属である少女へ。かつて、額を床に擦り付けオラリオの外へ逃げて欲しいと懇願した彼女を想い。

 風の噂で彼女が何をしたか知っている。きっと、彼女は自身と会いたがらないだろう事を女神は分かっていた。

 同時に、彼女に会う事を恐れる自分の心も。

 

 悲しいという言葉では表せないほどの悲痛で、痛哭で、残酷な過去があった。

 あの時、彼女を止められなかった自分に──手を差し伸べられなかった自分が、どうして彼女と会えようか。

 

 でも。

 

 こんな自分にも正義があるのだと言ってくれた少年がいた。

 少年は知りようもない事で、全くの偶然だっただろう。

 それでも、在りし日の過去。微雨に濡れる彼女に手を差し伸べた自分を、正義だったと少年は言ってくれたのだ。

 

 なら、過去に出来なかった事を、いま。

 彼女が悔やみ、嘆き、泣いているかもしれないのなら……その手を取ろう。大丈夫、と手を伸ばそう。

 そうして、いっぱい……いっぱい、話をしよう。

 

 そう、決めたのだから。

 

「……ベルの【魔法】はいつ話そうかしらね」

 

 それはそうと、女神の頭を悩ませる事がひとつ。

 いつかは話さねばならない。だが、いつ話すか。

 恐らくはあのクソ迷惑な大神の干渉によるものだろうが、見ただけで分かるLv.1の冒険者には過ぎた力。

 何よりも厄介なのは、恐らく【神の恩恵】を得た今でも【魔法】に身体が耐えられない可能性がある事だ。ともすれば生身でも使えたかもしれないこの魔法を知らずにベルが使ってしまった場合どうなるかなど女神は考えたくもなかった。

 

「……上層なら大丈夫よね」

 

 うん、と自分を納得させて女神は宿に戻っていく。

 

 女神は忘れていた。

 

 かつての自身のファミリアは才溢れる精鋭が集まったファミリアだったからこそ、上層で苦戦という苦戦をしなかったという事を。

 

 女神は知らなかった。

 

 ベル・クラネルという少年は、大きなうねりとも言うべき運命に巻き込まれる星のもとに生まれた──言ってしまえば、トラブルメーカーだという事を。

 

 ずれた歯車の歪みは最初は小さく、やがて大きな乖離となる。

 これは、正義の剣と翼を背負った少年の歩む道の、ほんの小さな物語。

 

 

 ベル・クラネル

 

 魔法

 

【アーティファクト・ケラウノス・レプカ】

 

 ・雷属性付与魔法

 ・爆散鍵『雷華』




現時点での原作との変更点。
→タイトル。
→ベルくんに魔法追加。
→ベルくんがアストレア様と契約。
→『正義』
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