ベル・クラネルと新しい力
夢の中で、僕はお爺ちゃんと向き合っていた。
お爺ちゃんが居なくなってから一年ぐらい経ってるからか、酷く懐かしい気持ちを覚えた。
『ベル。儂はもうちっと乳が大きい子がええと思う』
夢の中のお爺ちゃんはやっぱりお爺ちゃんだった。
『無論、乳が小さい女子がダメと言っとるわけじゃない。だがなあ、ベルは包容力のあるお姉さん系から攻めるべきだと思っとる』
この人は何を言ってるんだろう。
『分かるぞ? ハーレムを目指す男たるもの、行き着く先は選り取り見取り。それは最早雄の存在理由だ。しかし最初は慎重になれ。最初は肝心だ。それにのう……あの子は嫉妬深そうだぞ。儂の勘がヘラに手を出したときと同じ反応をしとる』
いかにハジメテに所謂お姉さん系が良いかを力説するお爺ちゃんに、曖昧な笑みしか返すことができない。
そりゃ、僕だって大人の女性に惹かれる気持ちはあるけど、僕みたいな子どもっぽい男は相手にされないだろうし。
『何を弱気になっとる。御伽噺の英雄のようになるんじゃなかったか』
ああ、お爺ちゃん。
それ、少しだけ変わったんだ。
御伽噺の英雄のようになりたかった。
誰もが讃えてくれるあの人たちのようになりたかった。
でもね。
今は、僕は泣いている誰かの涙を拭ってあげられる人になりたい。
悲しんでいる誰かに手を差し伸べられる人になりたい。
それが、神様に憧れた僕の正義なんだ。
……どう、かな。なりたい自分、見つけたよ。
『良い顔をするようになったな、ベル』
お爺ちゃんは、くしゃくしゃな皺をつくって満面の笑みを浮かべた。
『行き先に苦難はあるだろう。絶望に膝を折るときもあるだろう。だが、儂はいつまでも見守っている。いつまでもお前のことを思っている』
ゴツゴツとした大きな手が乱暴に、けれど慈しむように僕の頭に乗せられる。
『儂の言うことは変わらん。男なら女の尻を追いかけろ。男なら女子のために突っ走れ。見栄を張れ。前を向け。惚れた女子達のためなら、英雄だろうが、悲しんでいる誰かの味方だろうが、何にでもなれる。何でもできる』
お爺ちゃんはそこで言葉を切って、屈んで僕と目を合わせて。
いつも見ていた、豪快な笑顔で。
『何せ、お前は儂の自慢の孫だからな』
☆☆☆
朝の空気は透き通っているように思う。
昼よりひんやりとした空気は余計なモノが含まれていないような気がして、どこか軽い。
朝には爽やかとか、気持ちのいいとか、そういう枕詞が付いているのは多分多くの人がそう感じるからなのだろう。
ダンジョン七階層の死闘から一週間が過ぎた。
体調も良くなった僕は、神様と一緒に商人すらベッドの中にいるような早朝に人気のない空き地へと来ていた。
「ベル」
「はい」
木刀を握った神様に促されて、自分の内面へ潜っていくように目を瞑る。
深く、深く意識を沈み込ませて、"それ"を見つけようと探す。
けれど見つからない。
まるで水中で手を振り回しているように実態のないモノがこぼれ落ちて行くようだ。
「神様……」
「……分かったわ。"おまじない"を唱えてみて」
「はい」
一度深く息を吸う。
ばくばくと早鐘を打つ心臓を鎮めて、僕は"おまじない"を唱えた。
「【アーティファクト・ケラウノス・レプカ】」
そして、何も起こらなかった。
「……これは」
皺のよった眉間を片手で抑える神様は頭痛に苛まれているようだった。
僕が意識を失っている間に、神様はリリと話す時間があったらしい。
そこで、神様は僕が"おまじない"を唱えた事、唱えた後どうなったかを知ったという。
ザニスさんとの戦いの最中に突然自覚した記憶の空白、それがまさか"おまじない"によるものだと聞かされた僕は恐怖を抱いた。
意識を失ってでも戦うことのできる"おまじない"。それは、無差別に破壊を行う力の装置と何ら変わりない。兵器と言ってもいい。
流石にそんなものを詳細も分からずに放置はできないので、こうして神様と検証していたんだけど……。
「何も……起こらないですね?」
「私は直接見た訳ではないけれど……リリルカから聞いた話と、私の勘を合わせればこの空き地が吹き飛んでもおかしくはないのよ」
「そんなに危ないやつなんですか!?」
「逆よ、ベル。むしろ……あまりにも弱過ぎる。まあ、それは今関係ないから置いておくけど……発動すら出来ないとはね……」
思案顔をする神様。でも、その実もう答えは出ているようなものだった。
僕のステイタスに刻まれている【魔法】……神様曰く、おまじない。
こうやって直接試す前に、神様が立てた幾つかの仮説をあらかじめ聞いていた。
その中には、発動すらしないパターンもある。
「神様、これは"格上と戦うときしか使えない"って事ですか?」
その中でも神様が可能性が高いと見ていたのは、"格上と戦う時のみ使用可能"の条件付き魔法というものだった。
基本的に詠唱を唱えれば発動できる魔法よりも、一定条件下でのみ使用可能なものはスキルの印象がある。
けれど、魔法にもそういうのが全くないわけではないらしい。
僕の魔法は珍しい"そういうの"だったというわけだ。
「でも、なんかちょっとほっとしました。神様はもしかしたら"おまじない"を唱える必要すらないかもしれないって言ってましたけど、意識を失うものが意識外のタイミングで発動するのはかなり怖かったです」
普通に戦っている最中に、強制的にそれが発動すると思うと肝が冷える思いだ。
Lv.2のザニスさんを追い詰めた凄い【魔法】ではあるらしいけど、強力な魔法を手に入れて嬉しい、よりは不発弾を抱えた気分だったし。
でも、ダンジョン探索の性質上格上と戦うことは稀だし、もし格上と戦うことになったとしても、ザニスさんとの戦いの時も僕が"おまじない"を唱えて初めて発動したところを見るに、強制発動はそう心配しなくてもいいだろう。
それなら、使わないという対策ができる。
というか、僕、その魔法の詳細よく知らないんだよね。雷を付与する魔法とは聞いてるんだけど……どんな感じなんだろう?
「……」
肩の荷物を下ろしたような気持ちの僕とは裏腹に、神様は難しい顔をして考え込んでいた。
「どうしたんですか?」
「……いえ、何でもないの。さ、ベル。丁度いいし、鍛錬して行きましょうか。【スキル】、試してみたいでしょ?」
「え、いいんですか!?」
「ええ。だってベル、ずっとソワソワしてるもの。あ、でも素振りだけよ?」
「はいっ!」
ニコリと綺麗な笑みを浮かべる神様から木刀を受け取れば、現金な僕はすっかりスキルの検証に夢中になってしまう。
今朝神様にステイタスを更新してもらったときから、試したくて試したくて仕方がなかったんだ。
木刀をしっかりと握り締め、スタンスは肩幅に、半身になった体の横に地面と平行になるように木刀を構え、膝を落とし込む。
地面を踏み砕かんばかりの踏み込みと同時に、砲声と共に引き絞った木刀を閃かせた。
「紫電木こりスラッシュ!!」
刹那、紫電が弾ける。
空気を切り裂く木刀の斬撃痕に追従するように木刀に帯電した紫色の雷がスパーク。
遅れて、絶叫のような炸裂音が重なるように鳴り響いた。
ビリビリと空気が震え、次第にその震えは小さくなり治っていく。
元の朝の静けさが戻ってくる頃になって、僕は木刀を振り切った態勢から首だけで振り返って神様を見た。
「……見ましたか?」
「見てたわよ」
「……その」
「カッコよかったわよ、ベル」
「〜〜っ!!」
ぐぐぐっ! と、胸の奥底から強烈な歓喜が込み上がった。
なにこれ。
なにこれ!
──カッコいい!!
なんか僕、ちょっと絵本の中の英雄みたいだっかもしれない!
いや僕なんかが彼らみたいだなんて烏滸がましいかもしれないけど!
以前ほどの強い憧憬ではなくなったけれど、僕も男の子だし……英雄に憧れる気持ちはある。
何より、カッコいいものにはどうしても心が躍ってしまう。
試し振りした僕のスキルは、僕目線ではとてもカッコいいものに見えて……神様にもそう見えていたらしい。
言いようのない嬉しさがあった。
「嬉しいのは分かるけどちゃんとスキルの効果も確認しないとよ、ベル」
「はいっ!」
浮かれる僕は神様に促されて素振りを開始。
僕がもう一度紫電木こりスラッシュを放つと、やはり雷が木刀に帯電した。
事前に神様に教えてもらっていた通り効果は単純で、技名を叫ぶと威力が上がる。
威力上昇補正がどういった形で現れるのか分からなかったけど、こうして雷が目に見える形で出てきてるので、まず間違いなくそれが威力上昇補正だろう。
超限定的な雷属性を付与するスキル……になるのかな?
でも、それって【スキル】というよりは【魔法】な気がするんだけど……神様が【スキル】って言ってたし、そもそも僕は冒険者のスキルがどんなものかもよく知らないので、多分珍しいスキルとかそんなのだろう。
「あ、神様」
「どうしたの?」
「そういえばこのスキルの名前って何なんですか?」
「あー……【
「なんで疑問形なんですか……?」
「気のせいよ」
その後もぶんぶん木刀を振ってはゴロゴロ音を出してた僕だけど、やがて重くのしかかるような倦怠感を自覚して体の動きを止めた。
例えるなら、とても眠い中水に沈むような、そんな感じだ。
軽く素振りをした……というには語弊がでるぐらいには浮かれてたけど、今更素振りだけで尽きるはずのない体力が底を見せ、息は荒く乱している。
胸に片手を当てて呼吸を落ち着ける僕に、顎に手を添えた神様が分析するように言った。
「精神力を消費してるみたいね」
「精神力?」
「【魔法】や一部の【スキル】を使うのに必要なエネルギーのこと。ベルのスキルは使う度に精神力を消費するからとても疲れるのよ」
「じゃあ、あまり連発はできないですね」
体の怠さはかなりのものだ。もしかしたら、少し前にもらった毒に並ぶかもしれない。
戦闘の最中にこれは確かなハンデとなって僕を襲うだろう。
「かなりの数素振りしてやっとってところみたいだし、普通に使って大丈夫だと思うわよ。ただ、無条件ではなく精神力を消費していて、精神力が底に近付くとそういう体の状態になる事は覚えておきなさい。……バッドコンディションでの戦い方の知識が役に立つこともあるでしょう」
そう言って、神様はとても素敵な笑顔を浮かべた。
「だから、今からいつもの鍛錬をしていきましょうか。良い機会だし、精神力消費による疲労状態での体の動かし方をみっちりと仕込みましょう」
ひっ、と僕の喉が干上がったのは言うまでもなく。
その日の鍛錬は昼を過ぎても続き、僕がダンジョン探索を諦めたぐらいにはキツかった。
☆☆☆
「おい聞いたか、あの話!」
「あん? なんの話だよ」
たくさんの料理と酒が並べられているいくつものテーブルの一つで、酔っているのか対面に座る相手に話しかけるには少々大きな声を出していた。
ここはとある飲食店の一つ。
活気のあるその場所では席が埋まるほどの冒険者が飯と酒を喰らいにきており、給仕服を着た少女たちが忙しなく動き回っていた。
料理に舌鼓を打っていた男が問い返すと、男は待ってましたとばかりに意気揚々と喋りだす。
「【ソーマ・ファミリア】をぶっ潰したっていうLv.1の話だよ! 今オラリオはこの話題で持ちきりだ!」
「ああ、それか? それなら聞いたが眉唾だろう? あそこは上級冒険者もいるんだ、それに何より喧嘩売ったら喧嘩相手殺してもおかしくねえ連中だぞ。Lv.1にどうこうできるわけがねえ」
「だが実際【ソーマ・ファミリア】はもう殆ど活動してねえ。ギルドからのペナルティと団員の半分以上しょっぴかれたのが原因だが……【ソーマ・ファミリア】をそこまで追い詰めた奴がいるんだよ!」
「まあ四方八方から煙たがられてるような連中だからな。どこで怨み買ってても可笑しくはねえけど……でもなんでそれがLv.1になるんだよ。どう考えても無理だろ」
「それがよ、【ソーマ・ファミリア】の団長がぶっ倒されてるのを見たやつがちらほらいるんだよ。何でもダンジョンでぶっ倒れてたところを拾われて治療院に叩き込まれたんだと。その時、一緒に治療院に叩き込まれたのが……ほら、あれだ。あのマラソン兎」
「ああ、あのダンジョンで走りまくってた子どもか……。いや……ん? 【ソーマ・ファミリア】の団長ってLv.2だよな? 兎だけじゃなくてそいつも一緒にだと?」
「しかも実際にそれを見た連中の話だと二人の怪我はどう考えても対人の怪我だったみたいでな、まあ兎の方が裂傷で血塗れだったからなんだが……戦闘があったのは間違いない。そして、何故か二人とも気絶してるときた。状況的に相討ちになったんじゃねえかってことだ」
「普通に【ソーマ・ファミリア】を恨んでるやつが兎もついでに潰しただけじゃねえか?」
「違うんだよ。ギルドにひっ捕らえられた【ソーマ・ファミリア】の奴が、「なんで団長があのガキに負けてるんだよ」って喚いてたからな。二人の対立は確定だ」
「へぇ……まあ、ちょっと気になるな」
「だろ!?」
「でもまあ、なら兎は何をしたかったんだろうな。流石にタイマンして勝ったってのは信じられねえけど、【ソーマ・ファミリア】の団長と事を構えてまで何が欲しかったのか……神酒か?」
「さあ? 流石にそこまでは分かんねえわ。あー、でも推測は出来るな。兎に助けられたって奴が言ってたんだよ。あんなに大真面目に『正義』なんて口にするヤツ初めて見たって」
ピク、と。
男たちのテーブルの近くで料理を運んでいたウエイトレスの特徴的な細長い耳が微かに震えた。
「困ってる人に力を貸すのは当たり前の正義なんだってよ。だからまあ、【ソーマ・ファミリア】に困ってた誰かのために立ち向かったんじゃねえか?」
「はははっ! それだけの理由でLv.1がLv.2にか? 自殺じゃねえか。流石にそりゃねえよ」
「俺は遠目にしか兎を見た事ねえけど、あれは普通にそういう事やりそうなぐらい、なんていうか純真さが見てるだけで伝わってくる感じなんだよな……」
「髭面から少年が純真なんて言葉出てくるのきもいな」
「うるせえ」
ガハハハハ! と汚い笑い声を響かせる男たちの会話に耳を澄ませていたウエイトレスに、同じ給仕服を着た少女が切羽詰まった声で呼びかける。
「リュー!? 何してるのー! 助けて! 私これ以上お皿もてない!」
「あっ。すみませんシル、今行きます」
聞き耳をやめ、大量のお皿を抱えてふらついてる同僚の元へ若干早足になりながら向かう。
「そういや、その兎ってなんて名前なんだ?」
「ああ? あー、そうだな……確か……ベル・クラネルだったか?」
その間際、常人より遥かに優れた彼女の聴覚はこんな会話を捉えていた。
☆☆☆
そして、時を同じくして。
オラリオの一角にある享楽の渦巻くその場所のとある一室にて、女神は笑う。
「春姫……お前の役目は分かっているな」
「はい」
月の光を写し取ったかのような金色の髪に翠の瞳、そして髪の色と同じ毛並みの尾。
長い獣の耳を持つ美しい少女は、女神の対面で鎮痛に視線を下げたまま小さな声で頷いた。
「次期に
腹立たしい記憶を振り返る女神の顔に怒りが浮かぶが、それでもなお女神の美貌は僅かにも損なわれることはない。
約一年前、その製造法から入手が困難な玉藻の石を入手した女神がそれを秘密裏に運び加工するためにいくつもの国と都市を時には逆走すらして運んでいた。
それが破壊された。
都市外に現れた常識外れに強い怪物に襲われた運び屋は全滅。玉藻の石も砕け散った。
玉藻の石は鳥羽の石と合わさり殺生石となる事はなく、女神は二度も己の計画を頓挫させられ大いに荒れた。
もうこれ以上は待てない。
二度に渡る邪魔をされた女神は、これまでのように慎重を期すのではなく玉藻の石を入手すれば即自身のファミリアに運び込み確保しようとした。
何故なら、もうファミリアに運び込んだ『それ』が壊されることはないから。
それを壊さないと命を失うと理解しているはずの、目の前の少女にすらだ。
「私が救ったその命、私のために尽くせ」
「心得ております」
女神は笑う。絶世の美貌を歪ませ頰を吊り上げる。
ようやくだ。ようやく、悲願を果たせるのだ。
天に座すかの女神を地に叩き落とす、その悲願を。
来客があるからと女神の神室から退室した少女は、おもむろに空を見上げた。
夜天に黄金の穴を開けるような月は端の部分が少し欠けていて──もうじき、満月が訪れるだろう。
月の光に濡れる少女の全身が小さく震えた。
コクリと小さく動いた喉が飲み込んだのは唾液か、それとも別の何かか。
呑み下した何かの残滓を吐き出すように小さな吐息を溢した少女は、くるりと背を向けて歩きだす。
快楽にふける男女の声を聞きながら向かう先は少女に割り当てられた一室。
少女の自室というプライベートルームではなく、娼婦が客を取りまぐわうためのプライベートルーム。
布団を敷き、着物を着て、正座をして男を待つ少女の目の前の襖がスッと開く。
獣欲を滾らせた瞳に舐め回すような視線を貼り付け己を見つめる男に、三つ指を付いて少女は頭を下げた。
「お待ちしておりました、旦那様。今宵、夜伽をさせて頂きます、春姫と申します」
男の手が少女に伸びる。
それに抵抗もせず、嫌がる素振りすら見せず、ただ空虚な笑みを少女は浮かべた。
少女の豊満な肉体に夢中の男がそれに気付くことはない。
夜が、はじまる。
少年が抱いた『英雄』の正義。
それにはただ一つだけの絶対的な条件がある。
小人族の少女との一件を得て己の歩む道を見定めた少年に世界は、この残酷な世界は突きつける。
さあ。
救ってみろ、英雄。
原作との変更点。
→輸送中の『玉藻の石』がめちゃくちゃ強かった怪物に壊されておりイシュタル様荒れる。
→痺れを切らしたイシュタル様が最速で運び込んで保管しようとしたため、殺生石になっていない鳥羽の石がある。
一言。
→春姫編、始まります。