あの日村に来た怪物がめちゃくちゃ強かった   作:とやる

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リリ編
ベル・クラネルと迷宮都市


 

 心は弾み足取りは軽やかに。

 今まで巡ってきた街とは比較にならないほど発展した都市を、ともすればスキップしてしまいそうなほど上機嫌に駆けていく。

 

『──男ならハーレム目指さなきゃな!』

 

 幼い僕へ頻りにそう言い聞かせていた祖父の清々しい笑みを、今でも鮮明に覚えている。

 物心ついた時から祖父が読み聞かせてくれた英雄譚。その最高にカッコいい英雄のようになりたい。彼等のように、情熱的な異性との出会い……『男の浪漫』、ダンジョンに出会いを──そんな想いは今も変わらずこの胸にある。

 でも、原初に抱いた想いは時が経ち、ひとつの契機によって少し変わった。

 

 あの日、深い深い海の底に沈むような喪失感に溺れていた僕を救ってくれたのは、物語に出てくる英雄ではなくひとりの女神様だった。

 

 英雄になりたい。でも、それと同じくらい神様が僕にしてくれたように優しくありたい。──正義を心に持つ人でありたい。

 神様の言う僕の正義はまだ分からないけど、神様の行いが尊いものだって事は僕にも分かる。

 だから、僕は神様のような人物になりたいのだ。

 

「ここがバベル、かあ」

 

 背中をそらすほどに空を見上げても先端が見えない白い塔。

 遠目にも見えていたけど、近くでみるとその迫力と存在感に改めて見入ってしまう。

 

 オラリオで冒険者となりダンジョンに潜り生計を立てるためには、バベルの中にあるギルドと呼ばれる施設で冒険者登録を行う必要がある──らしい。

 以前オラリオでファミリアを作っていたという神様が一連の手続きの流れを事前に教えてくれていた。

 

 ……正直、気になることも多い。

 例えば、そのファミリアの人たちは今どこにいるのか、とか。

 でも、かつてのファミリアの事を僕に話す神様の顔はどこか痛ましくて、踏み込んだ質問をする事は躊躇われた。

 

 オラリオに向かう事が決まった時、神様は数ヶ月、もしかしたら数年の長い滞在になるかもしれないと言った。

 どうしても会いたい人がいるから、と。

 その人を探す事を僕も手伝おうとしたけど、神様にその間の生活費を稼いできてねとお願いをされてしまった。

 

 でも、おかしな話だ。

 冒険者というのは確かに莫大な富を得ることができるけど、それは一部の冒険者の話。

 新米冒険者は今日の飯を稼ぐのでいっぱいいっぱいだ、なんて話は珍しくない。

 なのに神様は冒険者となる事を笑って許してくれた。

 冒険者に憧れていた僕を気遣ってくれたのだろう。流石に、それが分からないほど僕は鈍くはない。

 

 なら、僕にできる事はいっぱい怪物を倒しお金を稼ぐ事だ。

 もともと神様と僕は必要最低限の路銀を持って旅を続け、行く先ざきでバイトなどをしてヴァリスを頂いてきた、といった現状なのでどのみちオラリオでお金を稼ぐ事は必須なのだから。

 

「ベル・クラネルさん、此方へどうぞ」

「あ、はい!」

 

 名前を呼ばれ、顔を上げる。

 新米冒険者にはギルドからのアドバイザーを希望する事が出来る。

 神様曰く、アドバイザーの方の話をよく聞いた方が良いという事だったので希望する事にした。

 どうやら、長命のエルフは博識な方が多いし、と内心盛大に言い訳しつつ記入した事前の要望通り僕のアドバイザーをしてくれる方はエルフの女性らしい。

 

 案内された個別面談室という場所でどのようなサポートを希望するか話していく。

 取り敢えず受けられるサポート全般をお願いしたけど、対面に座った薄い紫の長髪が印象的な美しいエルフの女性──ソフィさんは淡白で事務的な反応を返すだけだった。

 

「では、最後に所属ファミリアの確認を」

「えっ、受付で登録申請書に……」

「はい。ですが……所属を偽る方もたまにいますので。念のためです」

「えっと、神様……【アストレア・ファミリア】所属で──」

「──ですから、その証明になるものを」

 

 じっと僕を見つめるソフィさんの瞳はつまらなそうに、いっそ無感動に固定されていた。

 

 どうしよう。

 僕は困り果ててしまった。

 

 証明? ファミリアの所属の証明ってどうすればいいの!? 

 これが証明です! なんて一目でわかる印籠なんて持ってないし、神様はこんな事があるなんて言ってなかった。

 そもそも、僕は神様からひとつ言い含められている事がある。

 

『ベル、いい? これからオラリオで暮らすにあたってひとつ気をつけなきゃいけない事があるわ。私の名前を無闇に出してはいけない。……だから、私のこともアストレアと呼ばないこと』

 

 理由は教えてくれなかったけど、とにかく人目につきたくないという神様の方針なのか。

 僕はアストレア様の事を神様と呼ぶようになったし、当然そんな指針で動いているので所属を明確にする物──つまりは一目で神様の関係者だなんて分かるものを持っているわけがない。

 

「──やっぱりそんなわけない、か」

 

 あたふたとする僕を冷めた目で見ていたソフィさんは、口に含むようにそう言って、用は済んだとばかりに立ち上がった。

 

「あっ、ちょっと、待ってくださいっ」

「いえ、もう結構です。何処でその名前を聞いたかは知りませんが、所属ファミリアを偽る事はオラリオでは罪になります。──初犯で、年端もいかぬ少年という事で特別に今回に限り見逃してあげますが、次は無いですから」

 

 そう言って、ソフィさんは本当に出て行ってしまう。

 このままでは冒険者になれないかもしれないっ! 

 焦った僕は必死に頭を回す。

 証明、証明……そうだ、そう言えば僕の背中に『神の恩恵』を刻むときに、神様はエンブレムの事を話していた。

 正義の剣と翼が私のファミリアのエンブレムなのだと。

 これなら証明になるかもしれない。そこに思考が追いついたとき、僕は咄嗟に叫んでいた。

 

「待ってください、ソフィさん! 脱ぎ……ます、服を脱ぎますから……! だから、行かないでくださいっ!」

「貴方何を言ってるんですか!?」

 

 顔が熱い。頭から湯気が出そうだ。

 恥ずかしくて喉がつっかえて、思いのほか大きな声が出た。

 個人面談室のドアを開けてほぼ身体が出ていたソフィさんがぎょっとして叫び返す。

 その後ろから、赤い長髪を揺らす狼人の美女が引き気味な顔でぽん、とソフィさんの肩に手を置いた。

 

「誰にも靡かないと思ってたらソフィ、あんたそんな趣味だったのね。やめときな、犯罪だよ?」

「貴女も何を言っているのローズ!?」

 

 俄かに騒然となる周辺。

 ざわざわと大きくなる声に耐えかねたのか、ぷるぷると震えたソフィさんは「ああっ、もう!! 変な勘違いはしないでくださいっ!!」と勢いよくバタンッ! とドアを閉めた。

 

 ソファーに腰を沈めたソフィさんは一度大きく深呼吸して落ち着きを取り戻す。

 後には、自分が何を言ったか、そして今から大人の女性、それもエルフの美人さんの目の前で服を脱がなければならない事に気がついて羞恥で全身真っ赤になり肩を小さくして俯く僕と。

 

「では、クラネル氏。──早く脱いでください」

 

 やっぱりちょっと怒ってるのか凄みのある微笑みを携えたソフィさんだけが残った。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 あれから、無事に僕が【アストレア・ファミリア】の構成員である事は証明された。

 服を脱ぎ曝け出された僕の背中に何かの液体を垂らしてエンブレムの確認したソフィさんは「まさか本当に……」と驚いていたようだったけど、あれは何だったんだろう。

 

 何はともあれ、この日から冒険者登録を済ませた僕の冒険者としての生活が始まった。

 

 ダンジョンに潜り、怪物を倒し、魔石を換金して、拠点にしている宿屋へ。

 当初は神様もバイトをしてお金を稼ぐつもりだったらしいけど、ダンジョンで思いの外動けた僕の稼ぎは必要最低限の暮らしをするなら何とかなるほどにあった。

 神様から貰った木刀が予想外に凄い獲物だった事が大きいだろう。

 なので、バイトをしようとする神様を説得してどうしても会いたいという人を探す事に専念してもらった。その方が僕も嬉しいからと。

 

 神様は遅くても夕方には帰ってくるから、僕もそのぐらいに切り上げて二人で今日はこんなことがあったって会話しながら、質素な夕食を食べる。

 旅をしていた時の延長線上にある行為には変わりないけど、なんでかな、帰る場所が出来たからか、母と息子ってこんな感じなのかなってぼんやりと思った。

 

 そうやって、三日が過ぎた。

 

 順風満帆だったと思う。

 神様の人探しの方は手がかりも掴めていないみたいだったけど、僕の迷宮探索の方は順調すぎるくらいに上手くいっていた。

 一番成長している【ステイタス】が既にFになっているのも大きいだろうけど、神様との訓練も僕の血肉となって戦う力となっている。

 今日もたくさんの怪物相手に大立ち回りだ。

 

 何となく、良い風が吹いているように思った。

 全てが上手くいくような。僕たちの所へ最高のハッピーエンドを運んできてくれるような。

 心を焦がれた英雄になれるような、憧れた正義の女神のようになれるみたいな、根拠もなしに何となくそんな気がしていた。

 

 その日も、夕陽が沈む黄昏時に僕は探索を切り上げ帰路についていた。

 赤焼けた夕陽を背負い、長く伸びる壁を追いかけるように歩く。

 

 僕は上機嫌だった。

 今日、ダンジョンで怪物に囲まれていた冒険者の加勢をして、怪物を全部倒した後に『ありがとうな、助かった』とお礼を言われたのだ。

 あの時は必死で助けなきゃ、以外の事を考えられなかったけど、純粋な好意の言葉というのはいつだって嬉しい。

 そして、分不相応で少し不謹慎かもしれないけど、自分が物語の英雄に一歩近づけたような気がして。神様のように正義に恥じない行動ができたような気がして、嬉しかったのだ。

 

 胸がぽかぽかとするような温かな気持ちで、そんな事を考えていた──その時。

 

「くそっ、待て!! この盗人がッ!!!」

 

 鼓膜を劈く男の怒声。

 バッと勢いよく振り返れば、怒りの形相を浮かべた男と、ボロ切れのようなフードで顔を隠した小さな子どもが僕の方に走ってきていた。

 子どもの手には、自身で扱うには大き過ぎる剣……ちょうどあの男が使えば丁度いいようなソレが抱えられていた。

 

 悩むような難しい状況ではない。

 恐らくは、あの男の人が子どもに剣を盗られたのだろう。

 

 盗みはダメだな、と思った。

 人の物を盗ることは悪い事だなんて、そんなの子どもだって知っている。

 それを見過ごすのは、正義じゃないなと、思った。

 

「──どけ!! ──っ!?」

 

 ──だから僕は、突き飛ばすように突進してきた子どもを抱きとめた。

 

 盗った剣をきちんと相手に返して、ちゃんと謝って。

 それが正しい行いだと思ったから。

 だから、これは僕にとって至極自然な行動だった。

 

 どん、と軽い衝撃。

 同時に、微かな粘つくような水音。

 聞き覚えのあるそれにえ? と一瞬思考が止まった。

 その瞬間、息を切らした──よく見れば大怪我をしているのか血塗れの──男が追いつき。

 

「よくやった坊主!! ──こンの、クソガキがっ!!!」

「──え?」

 

 襟首を掴むようにして僕から子どもを奪い取った男は、そのまま子どもを思いっきりぶん殴る。

 

 ゴツン、と耳障りな音が、耳にへばりつくように……やけに重く響いた。





原作との変更点。
→オラリオへの到着が少し遅れ、上からの仕事でエイナが手一杯になった&居なくなったはずのアストレアの眷属を名乗る少年が来たので怪しいとベテランのソフィが担当。
→この時点でウォーシャドウも倒せるベルくんが迷宮で活発に動く。

次話。
→ベル・クラネルと盗人の小人族。
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