ぐだの性別は不問
ある日突然世界が滅んだ。
ぽんと爆発して全部燃えてしまった。
そこからはもう駆けるだけだった。
「君にしか世界は救えないんだ」なんて言葉に乗せられて、ひたすら懸命にがむしゃらに何度も命を担保に飛び込んで。運良く繋ぎ止めては一間の休息を得てまた駆けて。
後も先も考えられない状況の中で、とにかく駆けて駆けて
駆け抜けて
ぽんと、その勢いのままはじかれた。
一瞬の無重力からの暗転に思考する間もなかった。
後輩の悲鳴にも似た呼び声と伸ばされた手にも、はじめて召喚に応じてくれて今の今まで律儀に付き合ってくれたサーヴァントの足も届かず、あっという間に飲み込まれた。
もがこうにも動かす手足は虚空に回るばかり。そしてやがて、抵抗むなしく意識も全て虚無に呑まれてしまった。
「…………………………………………ん、」
次に目を覚ました時は、澄んだ青が目の前に広がっていた。
「…………えぇと、」
朗らかな日差しに包まれながら思考をゆるやかに回すことを試みる。
身体に特に痛みはない。心地のいい気温に身を任せて延々寝転がっていたい気持ちは強い。が、動けないわけではない。意識を失う直前のことを覚えていないわけでもない。動き出さなくては。
「あ?起きた?お昼寝日和のいい天気よね。分かる分かる」
「!?」
ふいに降ってきた優しく楽しげな声に驚き即座に身を起こす。
「おはようございます。また変なところで会っちゃったわね」
「…………おはよう。武蔵ちゃん」
なじみのある声になじみのある笑顔。気高き孤高なる天元の花、宮本武蔵。
何の因果か宿命か。世界に根を持たず彷徨い歩きいくつかの場所で出会い道連れにしあった女性がそこにいた。
「いやあ、いい天気だなあって歩いてたら見知った行き倒れがいてびっくりしちゃった」
目覚めたばかりの隣人の驚き顔も気にせずに彼女はいつも通りの朗らかな笑顔で語り始める。
「息はしてるし目立った外傷は特にないし、声かけても叩いてもつねっても揺すっても起きないし。でも前に皆が貴方はこういうことよくあるって言ってたし、それなら休憩の日向ぼっこも兼ねて目が覚めるまで待っててもいいかなあって思ったの。
あ、日が暮れても目が覚めなかったらちゃんと運ぼうって思ってたのよ?本当よ?君はまだ生身の人間で風邪でも死んじゃうって分かってますから、ええ!」
そう言われれば頬が少し痛むような……。後発的にじわじわと痛んできた頬に両手を添えて軽く揉む。
目の前でもにもにと歪む顔が面白かったらしい。思わず吹き出す彼女にじとりとひとつ咳払うと彼女もまた気まずげに咳払う。
「それで?また皆とはぐれちゃったの?連絡は取れそう?」
「うぅん、そうだねえ、」
一応礼装や通信機の確認をする。直感でだけど、分かってた。それらに異常はない。
けど、
「もう繋がらないよ。多分これからはずっとずっと」
思ったとおりに言葉にしたら「どういうこと?」と眉が寄せられた。
そのまなざしに向けて出来る限り穏やかに笑みを作り、告げる。
「君と同じになったから」
「!」
「きっとね」
その一言で理解するには十分だったらしい。
大きく目を開いた後は沈痛に瞳を伏せて「そう」とだけ。言葉にも相槌にもなりきれない音をこぼすに終わった。
きっと世界にとって「藤丸立香」の価値は「人類最後のマスター」だけであったのだろう。そしてその役目ははじき出される瞬間には終わっていたのだろう。だから世界は止めなかった。繋ぎ止めようとする力も働かせなかった。
世界はもう、「藤丸立香」なしでも成立するのだから。
なんて理不尽。
なんて自分勝手。
けれど少し、安心している。
「よし。それならこれからはふたりで旅をしましょう」
「え?」
複雑な気持ちもいくつかあるけれど、今は穏やかに受け入れている中で努めて明るい声と笑みが届けられる。
「前にも言ったでしょ。どこまでも付き合ってあげるって。あれ今でも有効よ。っていうか今がその時でしょ」
「……………」
当然彼女は事情なんて何も分かっていない。けれども彼女は当然のように迷子に寄り添うことを決めた。
そのためらいのなさにぽっかり浮かべてしまっている間抜け面は彼女にはどのように映っているのだろう。どこまでも高く澄み渡っている笑顔からは想像もつかない。
「あ、でも私と貴方の体質が実は全然違うもので途中で別れ別れになっちゃったらごめんなさいね」
「ううん、いいよ。今日だけだったとしてもありがたい」
今はまだ実感が薄くぼんやりとしたままだけどいずれ大きな揺り返しは来るだろう。
二度と戻れぬ場所会えぬ人たちを思っては悲しみや寂しさに泣き濡れて、世界の都合の良さや理不尽さに恨む日もあるだろう。
彼女の言うとおり明日にはまたひとりでぽんとはじかれ独りになっているかもしれない。
けれど今は。今だけは。
「よろしく。武蔵ちゃん」
たったひとつだけ残された縁だけは消えませんように。
祈るように微笑み返し、差し伸べられた手に赤き絆の証を失った手を重ねた。