ザァザァと雨が降りしきる山の奥、山道から離れた切り立った崖の近くで小さな男の子がうつ伏せに倒れ込んでいた
その倒れ込んでいる男の子の姿は傷だらけで今にも死にそうなほどに衰弱しきっていた
「ゲホッ……ゴホッ…痛いよぉ……パパァ…」
少年は口から血を吐き、更に身体に出来ている無数の小さな切り傷からも血を流し、今にも死にそうな気配を漂わせ、目をゆっくりと閉じていった
虚ろになりつつあるその眼に最後写り込んだ物は自分の周りに舞い散る黒い夜空のような羽根だった
~少年の回想~
「パパ、こんなに雨降ってるのにどこに行くの?ねぇ?」
「………」
「ねぇ!パパ!ねぇってば」
「黙れ化け物!」
少年は後部座席から運転席に座っている少年の父親らしき髭面の男性に声を掛けていたが、髭面の男性は少年に一瞬怯えたような視線を見せてから少年の頬を勢い良く打った
すると、少年の身体は後部座席に吹き飛ばされるように弾かれ、ゴキッと言う鈍い音を響かせながら後部座席に打ち付けられた
「はぁ……はぁ……あの女もコイツも怪物だ……さっさと海に捨てちまわねぇと」
「ば……ば……」
運転席に座っていた男性は波止場に着くと車から急いで降りて、後部座席の扉を開き、後部座席に頭を打ち付けられ、息も絶え絶えな状態の少年の体を持ち上げると、海に向けて放り投げた
少年の身体は最早空気に抵抗する力すらなく空中を舞い、散々と雨が降りしきる海へと落下していった、それを確認した男性は大急ぎで運転席に乗り込み、車を走らせていったのが、少年が最後に見た父親の姿だった
~とあるマンションの一室~
そして、少年は気を失う前とは周囲が一変して変化したマンションの一室のソファの上で目を覚ました
「おー、起きたか坊主」
「ォ…オジサン…誰?ゲホッ…」
「おじさんって……それよりお前さんはこれでも食べろ、元気が出るぞ」
「エッ……どうすれば…良いの?」
少年が起きてすぐに周囲の状況を見回していると、キッチンがあると思われる方向からお盆にお粥が入ったお椀とスプーンを乗せて、前髪が金髪、残りは全て黒髪、更には顎髭を生やした男性が歩いてきた
そして、その男性は少年が寝ていたソファの近くにある机の上にお盆を置くと、少年にお粥を食べるよう促すが、当の少年は困惑した様子を見せてきていた
「どうすればって…父親に食べ物の食べ方とか教えて貰わなかったのか?」
「う…うん……パパは僕の事を化け物って呼んで押し入れの中にずっと入れてたから」
「………坊主、お前さんが良いんなら俺の所に来ねぇか?」
「ふぇっ?な、何で?」
「お前さんは親から化け物って呼ばれてたって事は何かしらの妙な力が有るんだろう、で、そういうやつは人間の社会じゃ生きづらいから俺が保護してんだわ、どうだ?来ねぇか?」
「………うん…分かった」
少年は自分を助けてくれと思われる男性からの提案を聞くと少しの間困惑した様子をまた見せていたが、男性の提案を承諾した
その承諾を聞いた男性は少年に笑顔を見せた後に少年に優しくスプーンの使い方を教え始め、少年は男性の動きを見様見真似でスプーンを使い、お粥を食べ始めた
「そういや、お前さんの名前をまだ聞いてなかった」
「あっ……んっ…僕、蜘蛛垣 茨郎(くもがき しろう)!」
「茨郎…か、俺はアザゼルってんだ、これから宜しくな」
「うん!宜しく!アザゼルオジ…サ……ン…すぅ……すぅ…」
「オジサン…か…まぁ、良いか」
お粥を食べ終わった少年、茨郎は男性、アザゼルに名前を聞かれ、自分の名を名乗り、アザゼルの名前を聞いてから安心しきったからか、余程疲れが溜まっていたのかスヤスヤと寝息を立ててまた寝始めた
アザゼルはその様子を見て、茨郎ノ頭を撫でながら良く寝ろよと言っていた
~時間が経過し、深夜二時~
空に月が輝き、相当数の生物が寝静まった丑三つ時、アザゼルや茨郎もぐっすりと寝に入っていた
だが、唐突にアザゼルの住んでいるマンションの一室内部に不気味とも異様とも取れる気配が漂い始め、それを感じ取ったアザゼルは目を覚まし、身体を起こして臨戦態勢を取ろうとしていた
(何だこの気配……人間のもんじゃねぇし、悪魔の気配に似てるような気もするが…少しだけ俺等''堕天使の気配''も混じってる気もするな……)
アザゼルがそんな事を考えながら周囲警戒をしていると、突然アザゼルの部屋の扉がゆっくりと開かれていき、アザゼルの部屋に首を俯けたまま宙に浮いた茨郎が入ってきた
「茨郎?何して、おっと!」
「誰だ?貴様は」
「……お前さんこそ誰だ?俺はその身体を保護したアザゼルってもんだが?」
「………アザゼル…ふむ、お前がこの身体を保護してくれたのか…」
「あぁそうだ、で?お前さんは誰だ?」
部屋に入ってきた茨郎にアザゼルが近づこうとすると、茨郎の身体から伸びてきた紅色の茨がまるで鞭のようにしなりながらアザゼルの足元へ向かって伸びてきた
アザゼルは自分に向かって伸びてきた茨を躱しつつ、茨郎の身体に質問を投げ掛けた、すると、茨郎の身体からは若い青年のような声と女性の声が重なるように聞こえてきていた
「私はそうだな……''アルラ''とでも名乗っておくか」
「……なるほどな…なら、アルラさんよ、茨郎が親に捨てられた理由はその頭についてるそれが原因か?」
「あぁ、大凡はこれが原因だろうと私も考えている」
アザゼルが茨郎の体で喋っている何かの正体を探ろうとすると、茨郎の身体を操っている何かは、アルラとだけ名乗った
アザゼルはアルラからの返答を聞くと同時に今度は茨郎の頭の上に浮かんでいる紅色の茨の冠へと目線を向けた
「こんな所で見つかるとはな…茨の冠…ソーン・クラウン……コイツはかなり厄介な代物だからな…」
「ほう?貴様はこれが何なのかは知っている様子だな?」
「あぁ、ついでにソイツを封じ込めておく道具も研究してる、どうだ?茨郎は俺が責任を持って護ってやるから、茨郎の身柄を俺に預けてくれねぇかねぇ?」
「………良かろう、但し、この子の身に災いを齎した時は…容赦無く私は貴様を……消し飛ばす…それをゆめゆめ忘れるな……」
アザゼルからの提案を聞くと、アルラは声を徐々に掠れさせていき、茨郎の体を包んでいた異様な気配と共に消え去った、そして、異様な気配が消え去ると同時に茨郎の身体は力無く床に降りて行った
~翌日~
「ふぁぁ……あれ?何時の間に僕お布団の中に…」
「よぉ、起きたか茨郎、朝飯出来てるから早くこっちに来い」
「あっ、はーい!」
茨郎は目を覚ましてすぐにソファで寝ていたはずの自分が何故かベットで寝ていた事に疑問を少し抱いていたが、アザゼルに朝ごはんと呼ばれると、急いで身体を起こしてリビングへと向かった
「冷めねぇ内に食べるぞ」
「はーい」
「っと、その前に、これからはこれ付けとけ」
「何これ?」
「お守りみたいなもんだ、これからはこれを肌見放さずしっかり持っとけ」
「???分かった~」
朝ごはんを食べようと食卓に茨郎が着くと、アザゼルが懐から小さな指輪を取り出した、それには茨を思わせる意匠が彫り込まれていた
そして、茨郎はアザゼルからそれを付けるように言われると疑う事なくアザゼルの言うとおりに指輪を填めて、アザゼルと同居の暮らしを始めていった