鉄血もグリフィンも争わない平和な世界を死に損ないが満喫するだけ 作:葉桜さん
R.I.P.
とある戦場の一角。
ボロボロになった男が荒れた都市跡に一人。
大小幾つものコンクリートの欠片、むき出しになった鉄骨。
かつて栄えていたであろう痕跡の残る場所。
特有の鼻を劈く硝煙の匂い。
幾つも散らばる薬莢。
空は陰り、立てる音さえかき消す激しい雨が一帯を覆って。
たった一人の人間は走り、走り、走り。
時に止まってどこかに背を預けて休憩しては、また走り。
ただただどこへ向かうでもなく走り続けた。
見つかりそうになる度に撃って、撃って、撃って。
撃ち壊す度に、潰されそうなほどの苦しみに襲われて。
終わりが見えないままに撃ち続けた。
酷く息が上がっている。
身体も悲鳴を上げているが、それを無理やり自分自身で抑え込む。身体だけでない。彼の精神も悲鳴をあげていた。
破壊の音が、自信が引き金を引く感覚が、上がっていく煙が。自分が行う全てが、自分を苦しめていく。
彼がポケットから取り出したのは、過去の名残。
自分の顔写真、ID。
そこに書かれている文字は
『鉄血工造』
そのたった4文字が示す意味が、彼を苦しめる原因だ。
それでも、そうするしかなかった。
そうでなければいけなかった。
血が滲みそうな程、唇を噛んだ。
爪が肉を裂きそうな程、拳を握りしめた。
今濡れている顔でさえ、涙か雨粒か分からない。
震える手のまま、握っている物から弾倉を取り出す。
「ーーえるか!応答をーーろと言っーーる!」
ノイズ混じりで聴こえる女性の怒号。
荒れた中、激しい雨で余計に音は聞こえない。
しばし聞こえずにそのまま物陰で座り込んでいたが、怒号が止む気配はない。だんだん特徴も、声の音も大きくなる。
それどころか、他の人物の声さえ聞こえてくる。
丁寧ながらも焦りの籠った声があれば、幼さそうに焦る声もある。最初ほどの威圧感はないが、しっかりとした声色で呼びかけられてもいたようで。
ようやく気づいたのか、それともやっと出る気になったのか。大きくため息をつく。
右手に握っていたそれを置いて無線機に手をかけた。
「聞こえーーか、聞こえーー応答をおーーします……!」
「……掛けてくるなって……ハァ……言っただろうが……ハァ……お前らの位置……バレちまうぞ」
呆れ気味に男は答えた。
絶え絶えの息のまま、ぶっきらぼうに返答を返して。
その内心は面倒臭いと呆れているのか、それとも、本当に心配しているのか。その真意は彼にしかわからない。
大勢の駆動音が近づいてくる。
まだ息も落ち着いてさえいないが……
「今どーーいるの!すぐーー出に行くかーーえて!」
「やめろ……何のために……黙って来たと……思ってんだ……」
お前らを巻き込まないためだと続ける。
自分の代わりなどいくらでもいる。
だから、自らわざとこうして動いているのだと。
指揮官など、いくらでも有能な者がいる。
自分は、真実を知らなくてはならないと。
だから……
「
「おい!待て、話は……」
無線機は音を発さなくなる。
ふぅ……とやっと一息ついて空を仰ぐ。
らしくないことを言ったと少し頬を緩めた。
だが、今そう言っておかなければ、終わった後に地獄を見ることになりそうだったしなと小さくぼやく。
これから迎えるであろう結末を思い浮かべ、怖くなる。体が震えて、怯えて、動かなくなりそうになる。
だが、このまま終われるわけがない。
今はこうしなければいけない。
怯えることなど、許されはしないのだと。
男は自分に言い聞かせるように心で唱えた。
未だ落ち着かないまま深呼吸をして、取り出していたそれを投げ捨てる。そのまままた、彼は走り出すのだ。
雨粒が、足音と物音をかき消して。
鉄の雨が降り注ぐ。
今日は雨どころか、銃弾時々爆発という天気と。
ただでさえ荒れ果てた廃墟たちがさらに音を立てて崩れていく。破壊の音は未だに止まず。
それでもしぶとく逃げ回っている。
ネズミと形容するにはすこし大きいだろう。
それでも、大きなネズミは諦めずに走り続けた。
陰った空に、光が指すその時まで……
「……あぁ、随分なお出迎えだ」
大きな広場に出た時、その逃避行が終わりを告げた。
辺りには彼の”敵”でもあり、そして”仲間”でもある者たちの大群が、その正面を囲んでいた。
後ろを確認してみても大量の追っ手たち。
つまりをいえば、もはや
人形たちの大群から、やがて浮遊した一人の人形が現れた。
「生き残っていたのですね……○○○」
目の前にいるのは、彼がよく関わった、1番初めに話した人形。顔の下半分はガスマスクによって隠れてはいるが、その可憐な容姿はよく分かる。
黒い髪をツインテールにした少女のような容貌。
その周りには、浮遊したビットたち。
今や、昔のような雰囲気ではなくなった。
「……ああ。しぶとく、生きながらえさせてもらったよ」
顔は確かに笑っている。
だが彼の目は、光など灯っていなかった。
知っていた。分かっていた。
彼女は、もはや自分のことさえもわからないと。
右手に持っていた銃を構える。
「この状況で銃を向けたところで、君に勝ち目はないです」
「そりゃそうだ。……でも、こうするしかないんだよ」
震える声でそう言う。
構えた時点で殺されてもおかしくないはずなのに。
焦らされている。弄ばれている。
目の前の案山子は、微動だにせずそのまま彼を見つめる。
引き金に手をかけた。
あの時なら、これが適当なエアガンで、彼女は首を傾げて何をしているのか聞いていただろう。彼だって、冗談だよと笑っていただろう。進んだ時は、もう戻らないと知っている。
そのまま、狙いを定めて。
その引き金にかけた指に力を込めた。
銃声。
確かに響いた火薬の音。
しかし、それが彼女に当たることはなかった。
彼は、チャンスをつかみ損ねた。
自分のした事の精算を、し損ねた。
「あぁ……なんでこんな時に、締まらねえんだろうなぁ……」
「……今更、怖気付きましたか?」
そんな問いに、彼は答えた。
元々怖気付いている、と。
勇気のある人物でもなければ、特筆したスキルを持っていたわけでもなかったと語る。そんな人間が、怖気付かずに向かっていけるわけがなく。
それでも、かつての友人を止めたかったから。
だからここにやってきたと、情けない声で語った。
「……やっぱり、俺には撃てねぇよ……」
「撃てなければ、死ぬだけですが?」
その言葉を聞いてさえも、彼に銃を握る力はもうなかった。
静かに涙を流す彼は、かき消されそうな声で話した。
泥にまみれ、雨に打たれ、涙に濡れ。
格好も何もあったものじゃないけれど。
「……もしも、”あの事件”がなければ……俺らは……今まで通りだったのかね……?」
それは私の計算では分かりませんと彼女は答える。
当たり前だ。一番の被害者たちが、分かるわけがない。
彼女は無情に、彼の問いには答えなかった。
周りを一瞥し、周りの人形たちに合図を出そうとしている。
もう、この結末は変わらない。
そう、変わるはずなどなかった。
……殺すなら、構わずやってくれ……そう言って。
「……お望みのままに、楽にしてあげますわ」
彼女の記憶領域にエラーが発生する。
その一言が引き金かどうかは分からない。
しかし、どこか懐かしい気がするその記憶に免じて、その願いを叶えると宣言した。
他の人形達ならもっと苦しめたり、さらに弄んだりするだろう。けれど、今回だけは特別に。その指揮者は、全ての人形に彼を撃つように命令を下した。
「叶うんだったら……みんなが……平和にできた未来が……見たかったもんだ……」
弱々しく笑い、見ることのない幻想を抱いて目を瞑る。
もう目を覚ますことは無いだろう。
やれることはきっとやれた。
それでも届かなかった。
自分の無力さを嘆いた。
自分の愚かさを呪った。
向こうの無線に、無数の銃声と貫く鈍い音が響いた。
その表情は苦しむ暇もなかったのだろう。
目を瞑って、眠るようだった。
今回は導入部分で、シリアスだったと思います。
次回以降は非常に平和な内容になると思いますので、気長にお待ちいただければと思います。