鉄血もグリフィンも争わない平和な世界を死に損ないが満喫するだけ 作:葉桜さん
安らかに目を瞑る一人の男。
口には乾いた血が着いている。
もう黒く、パリパリになってしまっていることから時間が経っているのだろうと推測できる。
白い布の上に、転がされる形で寝ている。
この部屋は特にこれと言った飾り気がない。あるのはパイプ組みの白いベッドや、人の心拍数を図るような機械、様々なコード。床や壁にデザインが施されているということは特にはない。さらに言えば、音だって余り入らない。
今ある音といえば、何人か分の微かな吐息の音と、検査機械が放つ電子音だけ。
そんな静かで殺風景な部屋の中に、二人分の影。
「……容態は安定しているようですね。応急処置が遅ければ、今頃は死んでいたかもしれません」
「私たちの管轄地域で早めに見つけられたのが幸いでしたわ」
2人のモノクロの人形が、その男を見て話す。
片や、メイド服のようなものを着た……と言うよりは、メイド服その物を来た給仕人のような人物。鉄血の趣味かどうかは彼も彼女らも分からない。もう片や、顔の下半分をガスマスクで覆っているのが特徴の指揮者のような佇まいをした人物だった。2人は、彼を見ながら続けて話をしている。
「それにしても、なぜグリフィン所属の人物が私達の管轄地域で瀕死になっていたのでしょう……?」
指揮者の方が先に口を開いた。
どうやら、彼女たちは彼がグリフィン所属の人物であるということを突き止めたらしい。見れば、傍に畳まれている装備には『GRIFON & KRYUGER』と書かれているエンブレムがついていた。それを見たら確かにグリフィン所属だということはすぐに分かる。
だが、本来ならばそれでもおかしくないはずなのた。
鉄血とグリフィン。敵対する2つの勢力。
それなのに、なぜ彼は保護されているのか……
「現場には銃を撃った痕跡は皆無、他の人物が該当する時間に居たかどうかさえ怪しい状況です。整理してみたとしても、摩訶不思議というものですね」
本来ならば、別勢力の管轄内の場所で負傷したとなったら大問題のはずだ。だが今回に関しては問題になるならないの前に、本人の傷跡以外に誰かが彼を撃ったという証拠が何も無いことが問題になっている。
傷を見る限りでは、確かに鉄血の人形たちが装備している武器によって負傷しているはずだが、その場所にいた人形がいないはおろか、信号が途絶えた人形さえいないらしい。
指揮者と給仕人の2人がうーんと頭を抱えているところに、ようやく本題の人物が。
「……っ……何で……俺……目が覚めて……?」
閉じていた目がゆっくりと開いた。
まだ微睡みの中にいるのか、それともまだ意識が朦朧とするほどの状態で目覚めてしまったのか。
焦点の合わない目のまま、その身体を起こそうとする。
もちろん、上手く動くはずはない。ボロボロになった身体では、自由に動くことすらままならなかった。
「お目覚めになりましたか」
目の前には2人。
先程の給仕人のような格好をした人形が、彼に声をかけた。もう1人。指揮者のような人形はまだ口を出さずにいるつもりだったらしいが……
「……っ!?」
急に彼は動転し始める。
その挙動と発言から、かなりの敵愾心とまでは行かないが、警戒心があることはすぐに見て取れる。
いや、違うだろうか。
警戒しながらも、なんとか自分を落ち着けようとしている様子も少し。彼は、必死に自分の焦りを抑えようとしている。そんな様子の男を給仕人が何とか宥める。
「落ち着いてください。我々は貴方を傷つける意思はありません」
男はキョトンとした表情をして、なんとか落ち着くことに成功した……そう思ったが、今度は泣き始めそうになっている。今度は何かと普通の人なら思うだろうが、給仕人も指揮者も動揺する素振りはなかった。
そんな中男は、震える声で言葉を放った。
「なぁ……お前、
代理人と呼ばれた人物はその発言にはさすがに動揺した。
なぜ、彼女の名前を知っているのか。
彼女は、彼に”会ったことなどない”筈なのに。
余計に疑念が生まれる代理人。
男は続けてこういう。
「俺だ、覚えていないのか……?それとも、やっぱりあれで……」
男は覚えていないのかと問うが、覚えているはずがない。会ったこともない人物のことをどう覚えようというのか。
名前が知られている時点で怪しいと言うのに、さらに怪しさが増す。”あれ”に関しても覚えがない。
意味のわからない事の連発で、処理に困っている代理人。
さらに男は、もう片方にも目を向けた。
しかし、その目は先程以上に涙を流しそうで、怯えていながらも、その姿を目に入れずにはいられなかった。
「……
今にも縋りそうな声。
容貌にそぐわない、弱々しい声。
自分の意識が途切れた直前と同じような、情けない声。
はい、私がスケアクロウですと丁寧に返す。
もちろん、彼女も彼を知らない。
そのよそよそしい態度を見て、ようやく彼はどこかに気づいた。
「……やっぱり覚えてない、のか?」
「はい。正確に言えば、会ったこともない。ですが」
その答えに、彼は酷く落胆した。
一筋の希望が見えたかと思った。
しかし、その代償は今までの時間の全てが消されたということだった。自分が、そこにいた時の記憶も、すべて……
虚しかった。
わかっていたが、その喪失感は重くのしかかった。
あの事件。それできっと彼女らはその記憶を失ったのだろう。そうでしか、有り得ない。
1度、落ち着く必要がある。
彼は深呼吸を挟んだ。
吸って、吐いて。
傷口が痛み、顔を顰める。
それでも、その痛みがなんとか冷静に引き戻してくれた。
戻った意識で、もう一度0から考え直す。
何かを聞かなくては、今の状況がわからない。
まず、なぜ彼女らに敵意が無いかよりも……
彼はわざわざ危険な橋を渡るようにスケアクロウに問いかけた。
既に起きたはずの事実の確認になってしまうが。
「……お前は、俺を殺した筈じゃなかったのか?」
あの廃墟郡の中で繰り広げた逃亡劇。
彼が必死になって逃げ、それでも執拗に追いかけていたあのワンシーン。その鉄血の人形たちを率いて自分を追いつめ、最期の幕を引いたのは彼女本人の司令によるものだったはずだ。
そうしたと言わなければ、色々おかしいが……
そう思っての問いだった。
「……?なぜです?貴方はグリフィンの人物、共同で動いている組織に所属している人物に対して攻撃を仕掛ける理由がありませんわ」
……は?
彼は素っ頓狂な声を出した。
耳を疑う単語。
ありえない言葉。
一言も出るとは思っていなかった回答。
一瞬、彼の思考回路はフリーズした。
「……悪い、もう一度」
「ですから、貴方はグリフィンの人物、仲間関係にある人物を攻撃する理由が無いと申し上げたのですけれど……」
おかしい。
明らかに自分の知っている話と違う。
いや、それどころか自分が辿ってきた道とさえ矛盾すると混乱した。彼は、確かに彼女らと殺し合いを続けてきたはずだ。彼だけではなく、スケアクロウと代理人から出てきた『グリフィン』……ここに所属する人形……戦術人形たちだって、彼女らと戦ってきていた筈なのに。
頭を抱える男。
一息置いて、彼はもう一度口を開いた。
「……状況がわからない。俺の知っている記憶と違う。ここはどこなんだ?何時なんだ?一体何があったんだ?」
落ち着いたような素振りだったが、その発言は全くと言って落ち着いていない。完全に混乱している。
頭に整理がついていない。
落ち着いて、と代理人が彼を押さえるように言った。
……彼は、時間を置いてやっと冷静になった。
悪い、と短く謝罪の意を述べて上半身だけ起こした状態で話を聞く体制になる。
ようやく本題に入れますねと言われ、彼はさらに申し訳ない気持ちが強くなった。
仕切り直しだ。
「あなたがどうしてここにいるか、それを聞きたかったのでしたね」
「ああ……なんで死なずにここにいるのか、だな」
「それは私がお話しましょう」
代理人に変わって、スケアクロウが。
彼がここに運ばれてきた経緯を話す。
曰く、スケアクロウが厄介事の帰路に通っていた都市跡に酷い撃たれようだった彼を見つけたとのこと。その時はまだ血も乾いておらず、すぐに処置すれば助かると思ったらしい。
もちろん、グリフィンの方にも連絡を入れたと。
回収して直ぐに傷の処置に移り、それが終わり次第この部屋に運び込まれた。
正直なところ、確証はなかったらしい。
しかし助かるのならば……そう思っていたと。
「……そうだったのか……」
「結果、助かったようで何よりです」
そのマスク越しで少しはわからないけれど、彼には分かった。彼がかつて見た、人らしい表情。安心したかのように彼女が微笑んでいた。
ああ、前のような表情が見られるなんて……
やはり、夢でも見ているのかと彼は思ってしまった。
「何か質問はありますか」
彼は少し考える素振りを見せ、自分にとって聞くべきこと……または、この状況を整理するために必要な情報を聞いておく必要があると考えていた。
ありえないグリフィンと鉄血の協力関係。
その裏付けになることを聞いてみれば、真実が分かるかもしれない。そう思い、聞こうと思った矢先だった。
鳴り響く電子音。
失礼、と代理人が手のひらを見せて端末を取り出す。
なにか操作したかと思えば、そのままそれを耳に当てて話し始める。相手は……話し方からするにグリフィンだろうか?または……いや、あの時の黒幕が話し相手なんて言うわけはないかとまた1人で走って考え込む。
少しすると、代理人が耳から端末を離してこちらに渡してきた。
「失礼ですが、お相手の方が変わって欲しいそうです。出てあげてください」
俺がか?
そう言わんばかりに彼は自分を指さす。
そんな反応に代理人は動じずただ頷いた。
その端末を受け取り、自分の耳に当てた。
「はい、ただいま変わりました……」
「突然出て頂き感謝する。グリフィン&クルーガー社のヘリアンだ」
聞き覚えのある女性の声だ。
彼の死ぬ前の上司……そして彼がグリフィンでよく話した
この流れだと、きっとまた知らないのだろう。
行き遅れの未婚者といじってやれば思い出すかとも思ったが、今のあまりにもおかしすぎる状況では通る気がしない。
だから彼はそのまま沈黙を貫くことにした。
君が例のグリフィンの救出された人物か?
そう問われた。もちろん、はいと言う他ないだろう。
死にかけのところを助けられたのは、体から伝わる激しい痛みからしても確かだろう。
嘘はつけない。
彼は静かに、はいと返事を返した。
その他にも、どこに所属していたか、どのようなことに従事していたか、どの人形と関わっていたかなど、様々なことを聞かれた。
きっと自分の記録が残っているはず。
そう思っていた。
だが……
「残念ながら、君に伝えることがある」
「残念……?俺に伝えること、ですか?」
彼は首を傾げてそのままの状態だった。
次の言葉が、紡がれる。
「『リオン・アッシュフィールド』、君の名前はグリフィン所属者のリストに載っていない」
彼は、手に持っていた端末を手放しかけた。
今回もまだプロローグとなります。まだプロローグは少し続きますので、シリアスはもうちょっとあるんじゃ。