鉄血もグリフィンも争わない平和な世界を死に損ないが満喫するだけ 作:葉桜さん
結局、あの後もあまり眠ることは出来なかった。
あいつが安心させてくれたから幾分かはマシになった。
だが、それ以上に傷跡は俺の奥底まで刻まれていた。
目を瞑る度にその光景が脳裏に過ぎる。
瞼の裏に焼き付いているのだ。
『あたいを、忘れないでね』
眠れずに、ずっと魘されている。
まるで牢獄の様だ。
後悔という鎖に繋がれて、恐怖という枷を付けられて。
日が昇った時、漸く外に出れると開放された気分だった。
鏡に移る自分を見た。
酷い隈だ。ほとんど眠れていないせいだろうか。
窶れた顔。光の灯らない目。
……自分は、ここに来てからこんな表情をしただろうか。
「……情けねえ顔だ」
スケアクロウが襲撃された時でさえ、こんな顔をしなかった。俺はどこか大丈夫だと信じていたのだろうか。
彼女が撃たれた所を見た事が無かったからか。
今は1度死んだ者の亡霊を見ているからなのか。
思案すればするほど、深くへと沈んでいく感覚がした。
……部屋の外へ出よう。
もしかしたら、やらなければいけないことがあるかも知れない。
そうして、無理無理本調子でない体を動かす。
だが……
「あれ〜?リオン、もう体は大丈夫なの〜?」
指揮官にする時のような、猫撫で声で話しかけられた。
すぐそこにいるそれがだ。
分かっている。
きっと最初から居たのだろう。
だが、まだ心配は掛けさせたくない。
大丈夫だと軽く嘘をついてみた。
「……酷い顔ね」
「知ってるよ」
やっぱり、彼女は見抜いていた。
声の正体……UMP45の言葉に思わず肯定してしまう。
本当ならここは笑ってそんな事言わないでくれなんて言うかもしれないが、今の俺には冗談を言える気力も無いらしい。
それ以前に、嘘をついた事を肯定しているようなものだ。
やはり、彼女の目は誤魔化せない様だ。
「もう少し休んだら?そんな体じゃいつ倒れてもおかしくないわよ?」
「大丈夫だ。少ししたらまた調子だって直る」
少し苛立った声色が出てしまっただろうか。
ぶっきらぼうに、わかっていると言わんばかりに。
大丈夫だと平然と嘘を付く。
この舌は、一体何枚有るのだろうか。
1枚くらい切り落とされても文句は言えない。
「いいから。まだ仕事だって余裕あるでしょ?」
「俺にしか出来ないこともあるだろうが。気にするな……」
どうなろうが、これ以上足を引っ張るのは出来ない。
そう思った時だ……
いきなり、襟元を掴まれた。
人形の強い力で思い切り引っ張られる。
完全に今から喧嘩するのかと言わんばかりの雰囲気だ。
今から殴られるのだろうか。
それとも、撃たれるのだろうか。
「ぶっ倒れられたら困るの。いいから大人しく休んで」
呆けることしか出来なかった。
彼女から出た言葉は、休めという一言だけ。
分かった?と最後に念押し。
何も俺は答えられなかった。
確かに、今の状態が不安定な事は俺が1番分かっている。
だが、だからと言って俺が動かなければ……
そう思った故の行動だ。
だが、それは今の彼女からしたら足手まといらしい。
……無力さ。
それがとても強い。
酷く脆い自分に嘲笑することしかできない。
端末をポケットから取り出して、メッセージを送る。
『今日は休めと釘を刺された。済まないがもう少し大人しくしとかないと他のやつに殺されかねないみたいだ』
ーー送信完了。
今日はロクな仕事が出来なさそうだ。
普段から携帯していた錠剤を2粒、自らの口に放り込む。
ここに来てからはこれを使わないでいいと思ったのだが。
どうも今日はこうしないといけないらしい。
無理無理飲み込んで、効果が出る前に戻る。
その場で倒れてしまっては大騒ぎだ。
自室のベッドに倒れ込み、強く訪れる睡魔に身を委ねた。
こんなもので治るのならとうに悪夢は終わっているのだが。
悪夢さえも見れない、深い眠りの中に……
「……下手に手を出す必要は無さそうね。良かった」
医務室内。
あたい達UMP姉妹は、急な連絡を受けた。
医務室に来て欲しい。
ただそれだけの連絡。
作戦行動のことではないということを教えてもらった上で、そういう言葉を指揮官は発した。
一体何のことか、想像が付かないあたいじゃない。
昨夜、確かにそれを見たのだから。
今も尚、悪夢を見ているであろうあいつのこと。
それ以外に考えられるものはなかなか無かった。
普通の事なら、小隊全員が呼ばれるはず。
本来なら9は来る予定ではなかったけど、どうしても来たいと言うから指揮官に許可を貰っている。
「しきか〜ん、言われた通り3人揃って来たよ〜」
扉を開ければ、そこには指揮官が佇んでいた。
その隣には、鉄血工造の顔役とも呼べる代理人が。
鉄血にも関係があることかもしれないということで呼ばれたのかもしれない。
どちらにせよ、以外にも話は広まっている。
「うん、済まないね。色々ある中呼び出しちゃって……」
「あたいも呼び出されたってことは……アレの話?」
ご明察、と指揮官は苦笑いをしながら答えた。
そうじゃないわけが無い。
404小隊の中で、あたいたちの知らない接点が1番多くあったのがあたいと45だ。その2人がメインで呼ばれるのだから、察さなければ鈍いだろう。
「……WA、入ってきて」
副官のWA2000が、あいつを寝かせたベッドを運んでくる。当の本人はとても強い薬効で深い眠りに付いているようだ。
暫くは起きないだろうし、何をしても気づかない……
とは行くのだろうか?
「彼は眠ったままだよね?」
「勿論。かなり効力の強い睡眠薬を服用したみたい」
「少なくとも、暫く起きることは無いでしょう」
45が小声で私が手を下す必要もなかったね、と呟く。
どうも、薬を盛る予定だったらしい。
「これから、本格的に彼の調査をする」
なぜあそこまで錯乱したのか。
なぜそこまで戦術人形の生死に固執するのか。
なぜUMP姉妹の名前を出したのか。
様々な謎を明らかにする為に、その調査に乗り出した。
しかし、そんなことが出来るのだろうか?
頑なに口を閉ざし続けるあいつが、今更その真実をその口から語ってくれるのだろうか?
あたいからしたら、何を言っているんだとしか思いようがない。
「それについては私から説明しよう」
現れたのは、I.O.P.の戦術人形の生みの親とも言える人物……
16Labのペルシカだった。
彼から時々聞いていた。”向こう”の世界でも面識はあるらしい。
語る事件の前も、その後も。
だが、こんな人物がわざわざ出向いてくるなんて。
相当なことをするのだろうか。
それとも、ただ単なる興味なのか。
「なぜ貴女までここに?」
「最近の人権団体の驚異が大きくなってきてるから、それに関係する技術の試運転って所かな」
ペルシカはそう答えた。
続けて、今から行うことの内容も。
「今から、彼の記憶の投影を行う。それによって、何が起きたのかをより具体的に私達は知れるはずよ」
聞けば、人間の脳をそのまま人形のメンタルとして取り入れる技術を開発し切ったことがある様だが、人道的にその技術を封印した……しかし、その応用として大掛かりな器具を用いて人間の脳をスキャン、その中にある記憶を映像データとして出力し、それを証拠として手に入れるための技術を試験中だそう。
この技術が完成したら、現在手を焼いている犯罪組織や人権団体などの情報を尋問せずに取り出せるという画期的な計画だ。
その被験者という名目で検査をするという事らしい。
「いい考えね。確かに理に適ってると思う。でも、わざわざI.O.P.がグリフィンの為にそんな技術を開発するかな?」
純粋な疑問。
I.O.P.は現在戦術人形を開発する大手企業。
そんな企業が、たかがPMC如きにそこまでの手助けをするのだろうか?普通は疑問になるはずだ。
「本当はあまりしないんだけどね。私自身、あの技術の流用はしたくないし……でも、それを実行した方がいいという判断が下されるレベルに、この一帯は緊急事態に見舞われてるってこと」
前例のない対戦術人形用兵器の所持や、明らかに意図的に起こされているような暴動。
規模の大きすぎる敵勢力。
それに呼応するような彼の錯乱。
あまりにも異常すぎるのはすぐにわかった。
「今までの人権団体と名乗る連中のレベルを越しているからね。戦術人形に肩入れしている人を迫害したり暴行したりはあったけど、殺人に戦術人形自体の破壊、威力業務妨害などフルコース……」
「正直、同じ人間とは思いたくないわね。更には下劣な真似までして戦術人形のメンタルモデルにトラウマを焼きつけかねない奴まで出ているらしいし」
実際、人権団体とは言うが人間にまで危害を加えている。
そういう所を見ると、本当にお笑いだ。
名前の意味などとうに無くして、今はただの暴漢の集まり。最悪と言わざるを得ない。
だから都合よくこんなものがあったわけね。
いや、都合がいいのは向こうも同じかもしれない。
実際にこれが実用できるかどうか、それを確かめるにはうってつけの被験者がここにいるんだから。
「……これで脳内に爆弾でも抱えてたらどうしよう?」
「何も物理的な爆弾が仕込まれているなんて思っていないよ」
冗談混じりでそんなことを言ってみる。
それに対する返答も軽かったが……
精神的な爆弾なら、確実に見つかるだろうけどね。
そうペルシカはつけ加えた。
勿論、分かっている。
それを見つけ出して、少しでも起爆しない様にする。
現実には出来ないかもしれないけれど。
「もう準備は出来てる。早めに行わないと、彼の深層心理が見えなくなる」
人の深層心理に秘められた光景は、無意識の中にも現れる。それを投影する故に眠らせる必要があった。
本来なら45があいつを眠らせる予定だったのは納得だが、本人がそういう薬を服用していることが驚きだ。
しかし、それのお陰で今は良い方向へ傾いている。
あいつが作ってくれたこのタイミング。
記憶を覗くのなら、今が絶好のチャンス。
「……隠してた事、全部見させてもらうわ」
「大丈夫。何が出てきても受け止める準備は出来てる」
45はその奥底の扉に手を掛ける覚悟が出来たらしい。
何が出てきても、恐怖を繰り返させないために。
あたいも、逃げたりしない。
何が見えたって、あたいはその事実を認める。
あたい達なんかのために尽くしてくれる、優しくしてくれる……そんな人の為に、絶対に。
仲間として、友人として。
あたい達にはそれを知る権利があるはずだ。
「私も……45姉と40姉への思いの理由が知りたい。だから……大丈夫。私も、ちゃんと見てあげるから」
9も、有り得たかもしれない姉妹の行先を知りたいと覚悟を決めている。これはもうあいつだけの問題じゃない。
あたい達UMP姉妹も関係があるのだから。
同じくして、代理人は何も言わない。
本人の記憶を覗くことに申し訳なさそうな表情をしているが、それでも目を逸らそうとはしない。
それがきっとあいつのためだと知っているだろうから。
「皆、覚悟は決まったようだね。恐らく、ここから先に見る光景はとても辛い結末だ。けれど決して……目を背けては行けない。彼に同じ結果を繰り返させないためにもね」
最後に指揮官の一言。
指揮官だってわかっている筈。
最初に出会った時の酷い有様。
そこに至るまでの経緯。
そして、今のボロボロな状態。
明らかに普通ではない過去がある事は誰でも分かる。
だから、あたい達は寄り添わなくては。
あたい達の寄る辺が指揮官やあいつであるように……
あたい達があいつの寄る辺にならなきゃいけない。
普段支えられてる分、今度はあたい達が。
その恩を返す時。
ーー見せて。あんたの奥底の記憶を。