騎士王の花婿   作:抹茶菓子

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なんというか、難産でした。
まだ四話目で難産とか大丈夫かお前……って感じですが、まあノリで書いているので詰まることもあるのでしょう。これからも更新ペースはこんなものかも。

そんなわけで謁見後編です、どうぞ。



謁見 / 後

 

 

 

「どうした、何をしている?」

 

 壮麗豪華な謁見の間に響く、騎士王の凛とした涼やかな美声。その言の葉に激情や侮蔑の色はなく、ただかすかな疑問だけが滲んでいる。何かを、おそらくは己に問いかけているのだろう。だがこの強大な王が、己ごときにいったい何を――そこまで思考が及んだところで、立香は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 え、と小さく息が漏れる。同時に恐怖が背筋を這った。

 いつ。いつだ。なぜどうして、何を思って己はここに膝をついた。自らの記憶を想起するも、確かなことはわからない。立香はそれを『いつの間にか』と称することしかできなかった。

 ベディヴィエール卿によって押し開かれた、謁見の間の大扉――そこから一歩も進むことなく、敷居を跨ぐことすらなく。少年は膝をつき頭を垂れ、忠実な臣下ですらあるかのように頽れて礼を取っている。一面に鮮やかな赤絨毯を映す立香の視界に光輝の王の姿はない。それは彼が――曲がりなりにも七つの特異点を駆け抜け、世界を救った少年が――目の前の女王と視線すら合わせられていないことの証左だった。

 

「藤丸――いや、立香殿と呼ばせてもらおうか。卿らは私が自ら招いた客人だ。我が民でも、まして臣でもなし。そのような礼は不要だとも。どうか顔を上げてほしい。そして、いま少しこちらに寄りたまえよ」

 

 玉座に腰掛けたまま、悠然とそう述べる光の女王。その声にやはり、試すような何かはない。『これ』を前に貴様は立てるか――などと、威圧しているわけではないのだ。この王の、彼女の常態こそがこの姿。その事実に、立香は戦慄を覚えずにはいられない。これほどまでの怪物が、これまでの自分の旅路にはいただろうか……少なくともあの回帰の獣を前にしてすら、何もできず膝を屈することだけはなかったというのに。

 

「……立香くん」

「ごめん、ホームズ。でも、これ……ッ」

「いいや、気持ちはわかるとも。仮にも英霊である私すら、この場では呼吸が難しい……これは少々、予想外だね」

 

 様子を見かねたのか、少年に近寄って言葉をかける名探偵。その声音には純粋な心配が覗いていた。常に冷静な彼の口調にそこまでの感情を滲ませる己の情けなさに、立香は知らず歯を食いしばった。

 礼など不要、と告げるアーサー王。だがそんなこと、少年はとうに知っている。ベディヴィエール卿はそのことを立香らに正しく伝えていたし、そうでなくとも眼前の王はクリプターと組む『敵』なのだ。あえて粗暴に振る舞うつもりこそなかったが、へりくだるつもりもまたなかった。ただ堂々と、泰然と、どれほどに絶望的な戦力差があろうともカルデアが諦めることはないと……そう宣言してやるつもりで。だから今でも、立香の心は立ち上がろうと叫んでいて。なのに少年の肉体は、彼の言うことを聞いてくれない。

 『これほどの傑物を前にして、なぜ恥知らずにも立とうとできる?』――そう、まるで立香の心の方こそがおかしいのだと糾弾するような身体の叫び。単純で原始的な、生物の本能的恐怖への屈伏。震えながらその『敗北宣言』を伝えてくる全身の細胞に、立香は喉を掻き毟りたくなるような苛立ちを覚えた。

 

 

 ――――男の声が響いたのは、その時だ。

 

 

「アーサー、あまり無理を言うものじゃない。言ったろう、君の前で畏まらずにいられるのはキャスターくらいのものなんだよ……」

 

 王に似て涼やかで、悠然とした声だった。

 若い男の、柔らかで、どこか余裕のある口調の言葉。いまだ絨毯を見つめるばかりの立香には正確な位置は見えないが、それは玉座の傍らから聞こえてきていた。

 

「まったく、これじゃあ自己紹介もままならない。静かにしていようと思ったんだけど……仕方ないな」

 

 呆れるような息をひとつ。困ったものだね、などと呟きながら、声の主は静かに歩いて近づいてくる。謁見の間の柔らかな絨毯は彼の靴音を響かせることはなかったが、その接近を立香は肌で感じていた。

 自然、体が硬くなる。この異聞帯を統治する、目の前の王への気さくな言葉。発したキャスターという単語。ならばこの声の主とは、おそらくはクリプター――謎多き魔術師、沙条綾人。先ほどは騎士王の存在感に紛れ見落としていたが、最初から彼女に並び立っていたのだろうか。

 いつでも潰せるだろうカルデアをわざわざ客人として招いた以上、彼には何か思惑があるのだろうとは思う。敵意の有無は置いておくにしても、何か立香にやらせたいこと、聞かせたい言葉があったからこそこの場を設けているはずだ。そのことを、理性では理解できている。だが彼個人の人格がどのようなものであれ、カルデアとクリプターは敵同士。その相手が動けない状態の自分に近づいてくる状況で、何も感じるなというのは少々無理な相談だった。

 

「ああ、そう睨まないでくれないか、名探偵。別に取って食おうなんて思っていないよ。危害を加えたりもしない。君なら私の言葉の真偽くらい、この場でも読み取れるだろう。少し……そう、彼の緊張をほぐしてあげようと思っただけさ」

 

 膝をつく己の頭上で行われる静かなやり取り。おそらくは立香を護ろうとしたホームズが何か行動を起こそうとし、それを察した綾人が言葉で宥めているのだろう。数舜の沈黙――その中で彼らの間に何が交わされたのかはわからなかったが、ホームズは迷いを残しつつも立香から離れ……男の気配はとうとう彼の手前にまでやってきた。

 

「さて……失礼するよ」

 

 軽く言って、立香の正面に同じようにして膝をつく綾人。

 彼は立香の肩にそっと手を置くと、ゆっくりと傾いた上体を起こして顔を合わせる。

 そこで初めて、立香と綾人の視線が絡み――綺麗な人だな、と立香は場違いにも思ってしまった。

 

 柔和な、そして整った顔立ちをした青年だ。白く日焼けのない滑らかな肌。月のない夜のような黒髪。そして自分とどこか似た――けれど、後輩に青空のようだと称された己のものとは確かに違う、深い海を思わせるような――蒼い瞳。浮かぶ微笑は絵画のように芸術的だ。あるいは人形のよう、と言い換えてもいいかもしれない。

 そう、人形。多くの目を惹く魅力があり、それでもどこか人工的――作為的で、整いすぎていて。言ってしまえば無機質な。だから、格好いい、美しい、ではなく……綺麗。

 マシュの言っていた言葉の意味が、立香には少しだけわかった気がした。()()、と直感する。この男は、沙条綾人は――藤丸立香がこれまでに対峙してきた誰とも違う、不可思議な性質を保有していると。

 

「いいかい、私の目を見て。呼吸はゆっくり、自然に……いつもの自分を思い出して……そう……三、二、一……」

 

 ぱちん、と。あまりにも軽く感じる、指を弾いた音が聞こえて。

 そしてそれだけで、立香を包んでいたあの重圧はどこかに消えてしまっていた。

 

「これで、少しは良くなったはずだけど……どうかな」

「……楽に、なりました。ありがとうございます。でも……いったい何を?」

「気付けのおまじない、みたいなものさ。立てるかい?」

 

 気楽そうに言って、手を差し伸べる黒髪の青年。立香は微妙な心境でその手を取ると、ようやく己の足で立ち上がった。

 綾人はそのまま握手でもするかのように立香の手を握って、笑みを崩さぬままに続ける。

 

「王に倣って名乗ろうか。私は沙条綾人。こう言っていいのかはわからないが……()()()()()()

「藤丸立香で……って、ぇ……久し、ぶり?」

「ああ、やはり覚えていないかな。まあ無理もないけれど」

 

 くすくす、と綾人は笑んだ。まるで、何かを懐かしむように。

 

「自分の情けなさを実感するから、あまり思い出したくはないんだが……ほら、ブリーフィングがあっただろう。すべてが始まる前、レフ教授がカルデアを爆破する直前の。藤丸くんが爆睡してオルガマリー前所長に叩き出されたやつ。あのとき私は、君の隣に座っていたんだ――面白い子が来たものだと思ったのを、今でもよく覚えているよ」

 

 ()()()、と。世間話でもするかのような綾人の態度に、立香は得体の知れない感情が湧き上がってくるのを自覚した。

 別段、話題としておかしなことは言っていない。カルデアマスター候補生Aチームのエリートがあの時点での藤丸立香を記憶していたことは意外だったが、座っていたのが隣だったならそういうこともあるだろう。立香だって、大事な会議で眠りこけているような変人がいれば印象に残るかもしれない。だから、いい。まだそれはいい。

 だがあまりにも、沙条綾人の言葉は()()()()。レフ・ライノールの裏切り。カルデアの爆破……それは藤丸立香にとっては世界を巡る旅路の始まりだったが、目の前の男にとっては自らの死因にも等しいのだ。なのに黒髪の魔術師は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ほがらかに、微笑みすら浮かべながら。

 

 寛大でありながら、冷淡。沙条綾人を評したマシュの言葉は間違っていない。

 この男は裏切りによって自分が殺されたことにも、その裏切り自体にも、それによって自分たちが得るはずだった功績を立香に掠め取られた事実にも、たいした意味など感じていない――そう思った瞬間に、立香は沙条綾人の手を振り払っていた。

 あ、まずい――生理的嫌悪を抑えきれなかった自分を恨めしく思うも、手を振り払われた側の綾人の態度は変わらない。少し意外そうにしてから、ああ、と変わらず笑うだけだ。ごめんね、男が長々と手を握るのは気持ち悪かったかな――その平静な表情がより一層、立香の心を煽りたてる。

 

「まあ、私のことはいいんだ。ここは今、君と王との語らいの場……藤丸くん、もう気分は平気かい?」

「…………はい。俺なら、もう大丈夫です」

「そうかい、よかった。なら私は控えていよう」

 

 そう言って沙条綾人は、玉座の傍らへと戻っていく。

 その不気味な後姿に続き、低頭したままのベディヴィエール卿を扉の前に残してようやく広間へと入室した立香。彼の視線は先を行く男を追いかけて――自然、再び黄金の瞳と目が合った。

 眼前で行われた一連のやり取りを無言のままに眺めながら、玉座に腰掛ける王の姿。純白の鎧を纏うその全身から発される威圧感は依然かなりのものだったが、それでも再び立香に膝を屈させるようなものではなくなっている。

 

 呼吸を深く、ふたつ重ねる。たったいま感じた違和と不快さは一度頭から追いだした。この場は彼女と立香のためのものだと、沙条綾人はそう言った。主賓は己で、ホストは王だと。それはホームズの発言力を削ぐ牽制でもあったのかもしれないが、同時に沙条綾人もこの場ではこれ以上表立たないという宣言でもある。ならば切り替えなければならない。今、藤丸立香が向き合うべきはアーサー王だ。不気味な魔術師への警戒を怠ってはならないだろうが、そちらはホームズに任せると即断する。ちらと傍らの名探偵に視線を投げれば、彼は了解を示すように頷いて視線を黒髪の青年へと固定した。

 そうして、努めて精神状態を平静な位置まで戻した立香は今度こそ異聞帯の王に向かい合う。

 その様子を見て取って、騎士王は静かに口を開いた。

 

「ふむ……礼を失したのは私だったか。あい済まぬな、立香殿。私はどうにも、昔から無意識に他者を威圧するらしい。これでも抑えるよう努めているつもりなのだが……」

「……いえ。今はもう、問題ありませんから」

「そうか。ならば、よい――しかし」

 

 とん、と騎士王が玉座の肘掛けを指で叩く。小さく、けれど繰り返して。どこから話したものか、とでも迷うかのように。

 

「まず話さねばならぬのは……やはり、『なぜ』という部分なのだろう。なぜ、私はカルデアをこの地に招いたのか。なぜ、卿らを攻撃しようとも、捕縛しようともしないのか。私という人間が、あるいはアーサー・ペンドラゴンが率いる勢力そのものが、いったい何を考えているというのか……卿らの心には今、多くの疑念が渦巻いているはずだ」

 

 淡々と、その鋼の面差しを揺るがせぬままに女王は言った。

 

「だが――実のところを言えば、この場で多くを語るつもりは私にはない」

「……それは……妙な、話ですね。アーサー王、あなたが――もしくは、沙条さんが俺たちと何かを話したいから、カルデアはこの場に招かれた。俺はそう、認識していたんですが」

「然り。卿の考えは正しいよ。我々はある取引を持ち掛けるため、カルデアを我が居城へと招いた。その意味において、私には卿と語らねばならぬことが多くある。だがそれをこの段階で行うのは……そうさな、パーシヴァル卿に倣って言えば、『公正』ではないと思うのだよ」

「公正では、ない?」

「私がこの場でカルデアに何かを求め、その対価として何かを差し出すと約束したとする。だがそれを私が卿らに支払うという信用も、支払うべき対価がこの異聞帯に存在するという確証も、そもそも私が虚言を弄さぬという信頼も、卿らはまだ得ていない。加え我らには戦力差がある。この状態で持ち掛ける交渉は『脅迫』と呼ばれるべきものであると、私はそう考えている」

「……脅迫、ですか」

 

 言い得て妙、とでもいうべき表現だった。

 カルデアとブリテン異聞帯には、絶対的なまでの戦力差がある。それは単純な戦闘能力であり、物資的な話でもあり、掴んでいる情報量という意味も含んでいた。圧倒的な武力をちらつかせ無知な相手に取引を迫る――それは確かに、非道と言える行いだろう。それをとうの敵側から告白されるのは、どうにも妙な心地だったが。

 

「今、この場に限って卿をこの部屋へ招いた理由をあえて告げるなら……我々の誠意を見せておこう、という程度の話なのだ」

「誠意……?」

「そうだ。大前提として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。他の異聞帯がどうであったかは、今となってはわからぬが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ゆえに、その機会を失いたくなかった。敵対が決定的になる前に顔を合わせておきたかった。今さら何を、という気持ちもわかる。性急な招待が拉致まがいの強引さであったことは認めよう。そのことについては謝罪もする。賠償を欲するなら支払うとも。だがそれだけ――我らも本気なのだよ」

 

 女王は言う。

 我々はこの時点で、カルデアに何も求めない。

 我々はこの時点で、カルデアに僅かも攻撃しない。

 我々はカルデアに、態勢を整える時間を与える。

 この異聞帯を見よ。民から話を聞け。存分に情報を求め、望むなら野良の英霊も掻き集めよ。

 情報差を埋めよ。戦力差を埋めよ。その間、卿らが不当にこの国の民を傷つけぬ限り、天文台には手を出さぬ。

 そして王が差し出すその『誠意』を対価として――ただ一度、この異聞帯と対等な交渉の席に着けと。

 

「無論、期限は区切らせてもらう。だが数日などと無理をいうほど差し迫っているわけでもない。焦らずとも構わんよ。卿らにはベディヴィエール卿を付けるゆえ、何かあれば彼を通して伝えるがよい。私からも何かあれば彼を通す。国賓として招いた以上、宴席や客室も用意しているが……我らが信用ならぬというなら、それらに付き合わずとも構わぬ。ベディヴィエール卿を伴うのであれば王都を出ることも許可しよう。思うまま過ごされよ、立香殿。繰り返すが――私は卿と、手を取り合いたいと思っている」

「…………あな、たは」

 

 理解不能――立香は限界を迎えそうな思考の中で、だが精一杯そう絞り出した。

 泰然として君臨する、光り輝く騎士の王。燃え滾る熱と鋼の冷たさを両立させる、人中至高の大英雄。その精神は超然として、立香には何も読み取れない。あるいは隣に並ぶホームズであれば違うのかもしれなかったが、彼はいまだ黙して語らない。少年は目の前のこの王に何を見出すこともできなかった。

 けれどだからこそ、問わねばならないことがある。己こそは藤丸立香、平凡なる人理の砦。始まりは望んだものでなくとも、ここに立つと決めたのは他ならぬ自分なのだから。

 対峙する間、ついぞ僅かにすら揺れることのなかったその黄金の瞳に向けて――たったひとつの問いかけを。

 

「あなたは最終的に、俺たちに、何を望むんです。異聞帯を六つも潰しておきながら。それだけの力がありながら。どうして、全ての勢力の中で一番弱いだろう俺たちと手を組みたいなんて言うんです。仮にカルデアがその交渉に応じたとしたら――俺たちは、何をやらされるんだ」

「ああ――簡単な話だよ」

 

 それに女王は、やはり表情を変えぬまま返答した。

 

 

「――――『敵』がいるのだ。何を置いても討つべき『敵』が。我々が刈り取った七つめの……否、()()()()()()が残した負の遺産がな」

 

 

 

 そのために、どうか卿らの力を借りたい。

 よい返答を期待しているよ――――世界を救った、勇者殿。

 

 

 

 

 

  ■   □   ■   □   ■

 

 

 

 

 

「――――さて」

 

 ベディヴィエール卿によってしめやかに閉じられた謁見の間の大扉――その向こうに立香らの姿が消えた瞬間、どこか楽しげに声を発したのは綾人だった。

 

()()()()()()()()。どう見る、アーサー。僕の言っていたことがわかったかい?」

 

 私人としての己に立ち戻りながら、しかし魔術師としての微笑は崩さぬままの曖昧な問い。何かを試すような色を含んだその声音にしばし沈黙を返してから、アーサーは瞑目して己が伴侶の言葉に応えた。

 

「……そうだな。彼は良い目をしていた。かつて幾度も目にした輝きだ。婿殿の言う通り……叶うならば、本当に敵対したくはない」

「なぁんだ、だめだめ。まったくわかってないじゃないか。困るよ我が王、そんなことでは。何のために手間隙かけて、君と彼をこの段階で引き合わせたと思っているんだい? 僕は藤丸立香とできれば敵対したくないなんて言ってない――()()()()()()()()()()()()()()()()()と言ったんだ。この違いは重要だよ。そこだけは、共有してくれないと」

 

 どこか遠くを見るようにして、綾人は緩く目を細める。

 半ばまで瞼に隠されたその瞳の奥には、追憶とも憎悪とも取れる歪な澱が揺蕩っていた。

 

「『いる』んだよねぇ、ああいうのって。同伴がシャーロック・ホームズだったのがいい証拠だよ。レオナルド・ダ・ヴィンチかキリエライトさん、それともいっそ全員で来てくれればこの場で王手だったのに……ああ、どこまで見抜かれたかな。幸いにも君は嘘を言ってないから、それでうまくミスリードされてくれればいいんだけど。あの名探偵、本当に早めに退場願いたいよ……藤丸くんがそばにいるなら無理だろうけど」

「いやに警戒するな、婿殿。立香殿はそこまでか」

「そこまでさ。ひょっとして最初に膝をついたから評価を下げたかい? よくないな、それはとてもよくないことだよアーサー。あんなことはもう二度とない。次に会えば彼は立てる。その次には君に軽薄な冗句さえ飛ばすだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「卿は、私が敗北すると?」

「いいや、“勝つ”のは君だ。個としてアーサー・ペンドラゴンに勝る生命体などこの世にはいない。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『意味のある勝利』を得るには、ここからの立ち回りが重要なのさ」

「……やはり、私には『それ』は視えんな」

「だろうね。これは、きっと僕だけのものだから」

 

 それに、視えて嬉しいものでもない――自嘲するように息を吐いて、綾人はくつくつと喉を鳴らした。

 さらり、と傍らの女王の御髪に指を通す。おそらくはこの国でただひとり、己だけが赦しなく触れられる伴侶の黄金。絹糸よりもなお柔らかなそれに沿うように手を這わせていけば、やがて指先は形のいい耳にたどり着いた。それを軽くくすぐりながら微笑んで、黒髪蒼目の魔術師は言う。

 

「まあ、心配はしなくていいよ。アーサー、我が伴侶。勝ち筋はある。君は常のように正道を歩め。王として、この国を護るために必要なすべてを行うんだ。嘘と非道はすべてこの身とキャスターが請け負おう。そして必要になれば僕すら斬って、この地に安寧をもたらすがいい」

「……ああ、そうだな。そうするとしよう。だが婿殿――叶うならば、私に卿を斬らせてくれるなよ。我が千五百年を哀れんだ卿を、故にこそ私は信じているのだから」

 

 その言葉には応えずに、綾人は王の金髪から手を離した。

 そしてそのまま、ひらひらと手を振って扉に向かっていく――その背を黄金の瞳で静かに見つめる女王の面差しに、やはり目に見える感情は浮かばない。揺らがぬ声音をそのままに、騎士王は花婿へと問いかける。

 

「どこへ?」

「『保険』を仕掛けに」

「クリプターか。六名全員、生きてはいると報告は受けているが……どうするつもりだ?」

「さて。でもまあ、順当にいけばペペ、かな。そこはケイ卿と話してから決めることにする――まあ、それはともかく」

 

 そこでくるりと振り返って、綾人は艶然と微笑んだ。

 

 

 

「開幕の時間だよ、我が王――――ここからは、英雄譚を始めよう」

 

 

 

 

 

 




【悲報】藤丸立香、初手から超警戒される【頑張れ】

なお今後解説予定のない裏話をしておくと、オリ主くんが動けない藤丸くんにかけてあげたのは『気付けのおまじない』でもなんでもなく『警戒心を鈍化させる呪い』です。藤丸くんは完全体我が王を怖いと思う生物的本能を麻痺させられたことで普通に立てるようになりました。でも善意でかけてあげたのは本当なのでホームズセキュリティは突破してます。わあ悪辣。まあ彼の専攻は黒魔術なので許してあげてください。

次話更新日時は未定ですが、それではまた次回。
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