久しぶりすぎて自分でもびっくりしています。お待ちいただいた読者の皆様におかれましては申し訳ございません。言い訳は色々ありますが、まあここで述べることでもないので本編をどうぞ。ただどうも、作者の力量不足により今後の更新ペースもこんなものかもしれないということだけはお伝えしておきます。
ダン、ダン――ダン、ダン――と。
内心の苛立ちを叩きつけるかのように荒い靴音を立てながら、彼は螺旋状の石階段を登っていた。
ひらひらと外套の端を靡かせながら階段を登りゆく彼は、妙な風体の男だった。
くすんだ金髪を後ろへと撫でつけた青年だ。わずかに日に焼けた肌に、瞳の色は薄い青。その体躯は大柄で、筋骨隆々でこそないものの引き締まった細い筋肉を身につけていることが目に取れる。一見すれば細身の戦士――だが彼は鎧を身につけてはおらず、騎士階級を示す群青色のサーコートのみを纏っていた。傷跡ひとつない顔や指先の様子を見れば文官や政務官と言われても不思議ではなく、しかし雰囲気そのものは粗野と言っていいほどに荒々しい。その秀麗な顔は沸騰する怒りを堪えるかのように歪められ、眉間には深いしわが刻まれていた。
「……糞が」
唸るように呟き、大きくひとつ舌を打つ。
実際、彼の心中は多大なる怒りと呆れで埋め尽くされていた。
ブリテン異聞帯――ああ、不遜にもどこぞの何者かにより『不要』と断じられたこの世界――を取り巻く現状は決して好ましいものではない。種々の問題は山積し、状況は非常に不安定だ。数日前にこの地に来訪したという星見の一行は知りえぬことであり、また
『あれ』がもたらした強大な、そして粘つくように重たい悪意。思い返すだに嫌悪を誘うその瘴気は、彼が女王と共に歩んだ千五百年の歴史にあっても類を見ないほどに歪んだものだ。その襲来において円卓の席が欠けなかったのはある意味での奇跡だろう。円卓第一席、騎士王アーサー・ペンドラゴンの存在がなければ――そしてこの異聞帯を担当するクリプターが沙条綾人であったという偶然が重なっていなければ、この国はすでに滅んでいてもおかしくはなかった。
現状は予断を許さず、慢心などもっての外。円卓の十三人と舞い戻った花の魔女、そしてそのマスターたる魔術師が揃い踏み、
自らの苛立ちの原因となっている騎士の顔が脳裏にちらつき、彼の怒りはいや増した。ガツン――気を紛らわすように軍靴を石段に叩きつければ、仄暗い通路にむなしく音が反響する。
「……くそ、ああ、ダメだ。落ち着け、俺」
その音の響きに僅かに冷静さを取り戻した男は、気を落ち着けるように顎の無精髭を撫でながら大きく口から息を吐いた。
そう、これはよくない。己が冷静でないなど許されない醜態だ。怒るのはいいが、それを簡単に表に出すことはいただけなかった。これから赴く場所には末端の騎士たちが多くいるのだ。己のような
「よし、よし、よし……悪いのはアイツ、他に責はねえ。八つ当たるな、決して声を荒げるな」
しばらくもせずに見えてくるのは両開きの木製扉。質素で何の装飾もなく、しかし上質で厚い木材からなるそこを押し開けば、陽光と共に一陣の風が彼を撫ぜた。
「おーおー、今日もまあ快晴だこって……これもガウェインの加護かねぇ」
益体もないことを呟きながら男が見渡すそこは、城郭都市キャメロットを囲む堅固な城壁に設けられた見張り台だった。内を向けば栄えある白亜の街並みが、外を向けば草原と丘陵地帯、そのさらに奥に森が見える。柔らかな風が吹く空には燦々と日輪が照り輝き、高い声で鳴く飛竜が常のように天を駆けていた。晴天の下に映えるひとつの絶景――だが男はそれに何を思うこともなく、近くで見張り番を務めていた灰銀色の甲冑の騎士に声をかける。
「さて、と……なあお前さん、ちょっといいか」
「ん? なんだ、すまないが今は任務中で――と、こ、これは第三閣下!」
億劫そうに振り向き、しかし男の姿を目に入れた瞬間に背筋を伸ばして敬礼する灰銀の騎士。まあそうなるだろうな――思いながらも、男はひらひらと手を振って姿勢を緩めるように告げる。
「ああ、いいからいいからそういうの。畏まるな。聞くこと聞いたらすぐ消えるから仕事の方に集中しろ」
「は、はあ。しかし……閣下がこのような外延部まで、いったい何用でありましょうか」
「ちぃっと
「は。第八騎士団長はこの奥にて任に就いておりますが」
「オーケー、ナイスだ。つまり野郎は仕事をさぼってねえってわけだな――まあそれが当たり前なんだがよ」
うんうん、とひとり頷いて男は小さな感動に浸った。指示された者が指示された場所で指示された仕事をこなしている……あの男と比較してしまうと、こんな当たり前のことにすら喜びを覚えてしまう。それは明らかにおかしい感情であると男は自覚していたが、再燃しかける怒りを抑え込むためにひとまずは気が付かなかったことにした。
「うし、助かった。なら団長殿はちっと借りるぞ。俺はヤツと少し話があるが、お前さんは通常業務に戻ってくれ」
「畏まりました。では私は任務に戻ります」
「おう、頼んだぜ」
灰銀の騎士の肩を軽く叩き、再び敬礼する彼を置いて男は奥へと足を進める。幾人かの騎士とすれ違いながら城壁の上を歩いていけば、やがて目的の人物が見えてきた。
騎士らしからぬ華奢な軽装と、遠目にも目立つ赤い髪――その姿を確認して、男は声を張り上げる。
「――トリスタン!」
男の声が響いて少し――やがて少し遠くで振り向いたのは、女性と見紛うばかりに美しい嫋やかな雰囲気の青年だった。
色白の肌に細身の手足。白染めの布装束の上から身につけられた、要所のみを覆う灰銀の軽鎧。鷹羽根の装飾をあしらった簪でまとめられた紅の長髪。両の瞳を閉じたまま、しかし何の問題もなさそうにこちらへと歩くひとりの騎士――円卓第八席、『鷹の目の騎士』トリスタン。
彼は男の前にまで歩み寄ると、穏やかな印象そのままの微笑で男に向かって語り掛けた。
「これはサー・ケイ。あなたが執務室から出てこられるとは珍しい。この陽気にはさしものあなたも散歩がしたくなりましたか? それにしてはどうにも、額にしわが寄っていますね」
「テメェのそのとぼけた台詞がなきゃあ一本くらいは眉間のしわも減ったんだがな。大きなお世話だクソッタレ」
「これは失礼。しかしそうなると、今度こそ本当に何用で? ベディヴィエール卿が動けぬ今、あなたは政務の八割を請け負っていると聞きましたが。このような場所においでになる余裕があるのですか?」
「ねぇよ。ねぇけど来てんだよ。来ざるを得なくなってんだよ。俺が受け持ってない二割のうちのほんの少し、雀の涙みてぇな量の仕事を投げだしたクソ馬鹿野郎のせいでな。なあおいトリスタン、とぼけた台詞はやめろって言ってんだろうが。テメエの『眼』がありゃ俺がここに来た理由なんざわかってるはずだ。――あの駄犬は今どこにいる」
「……はぁ」
金髪の男――ケイ卿の低い問いかけには少なからぬ威圧が伴っていた。少なくとも先ほどの騎士に対して向ければ声も出せなくなるような強い感情。だがそれを涼風のように受け流しながら、トリスタン卿は呆れたように肩をすくめる。
「サー・ケイ。会話には順序というものがあります。それはたとえ互いが互いの事情を察していようとも従うべき『様式』ともいえるものです。あなたが効率を重視する方であることは知っていますが、この程度のやり取りも我慢ならぬというなら些か気が立ちすぎている。肩の力を抜かれてはどうです?」
「忠告は受け取る。だが従えねえな。テメェだってわかってんだろ」
「
「――『
ケイ卿の薄青い瞳がすっと細まり、冷たい眼光でトリスタン卿を貫いた。
今の己には余裕がない。肩の力を抜くべきだ。ああ、ああ、至極ごもっとも。友からのありがたい忠言だろう――それが平時であったなら。
状況はすでに変わったのだ。水面下でキャメロットは危機にある。この日この時は、ブリテンにとって千二百年ぶりの戦時であり千五百年ぶりとなる窮地。国難の危機に肩の力を抜くことなど、円卓第三席『無剣』のケイには許されない。円卓を囲む他の十二人が肩の力を抜けるよう、常に思考を回し意識を張り詰めさせることが己の責務であればこそ。
「状況は切迫してる。それは何も『あれ』のことだけを言ってんじゃねえ。どうして俺とギャラハッドが『探索』に回されてるのか――
責めるように問いかけられたトリスタン卿は、それでもしばし沈黙したが――やがてその顔を天に向けると、閉じた瞼の下で小さく瞳を動かした。
円卓第十席、サー・パロミデス。女王に絶対の服従を誓い、しかしてそれ以外の如何なる者からも指図を許さぬ円卓きっての問題児。度々城から姿を消しては目の前の男を怒らせる彼を捜索するのは、トリスタン卿の『瞳』にかかればそう難しいことではない。ほどなくして瞼の裏に雪白髪の男を捉えると、赤髪の騎士は静かな口調でそれを告げた。
「……『西』、ですね。ここから約三里地点、何かを待つようにして立っています。そこからさらに四里、サー・パロミデスに近づいているこの姿は……殿下によればランサー、でしたか。半刻もあれば接敵することになるでしょう」
「ファック! よりにもよって『狩り』の方か! あんの駄犬……『北』よりマシだろうとはいえ……クソッ、どうするか。あのランサーはまだ生きててもらわなくちゃ困るんだぞ」
「それについては心配無用かと思いますが……例の四騎については陛下より直言があったはず。サー・パロミデスは王命には背きません」
「ああそうだな、殺しゃしねえだろうよ。だが生きてるからって手足がなくなってりゃ死んだも同じだ。『興が乗った』でやり過ぎられちゃあ後がまずい」
「それは……確かに。死んでいないなら構うまい、とでも言い張りそうな男ですが」
「ガレス……いやこじれるだけか、それに間に合うかどうか。……仕方ねえ、モードレッドを向かわせる。駄犬もあれの言うことなら聞くだろう」
あれは今ランスロット卿の『鍛錬』を受けていたはずだが、任務という扱いにしてしまえば構うまい。半刻以内――いや、これからモードレッド卿にその旨を伝達するまでにかかる時間を鑑みれば猶予時間は四半刻か。パロミデス卿とランサーが戦闘を開始する前に彼に接触し、何としてもあの男を王城へと帰還させる。なかなかに高難度な任務だが、であればこそランスロット卿もモードレッド卿を解放する可能性が高い。ケイ卿は素早くそこまで考えを纏めると、身を翻して足早に歩を進め始めた。
「もう行かれますか」
「用件はそんだけだからな。助かったぜトリスタン、テメェはテメェの任務に戻ってくれや」
じゃあな――と軽く手を振って、くすんだ金髪の男は早足で場を離れていく。それを見送るトリスタン卿の瞳は変わらず閉じられ、顔には微笑を浮かべたままだったが、不思議とどこか呆れた雰囲気を感じさせた。
「まったく……相変わらず、せわしいお方だ」
去っていく金髪の男を見送りながら、トリスタン卿は小さくひとつ息を吐いた。その美しい顔には、先ほどまでの微笑は欠片も残されてはいない。彼の嫋やかな雰囲気は雲散霧消し、その表情にはどこか憂鬱そうな暗い影すら浮かんでいる。
彼の頭の中を占領するのは、ケイ卿が幾度も繰り返した言葉だった。
「
――わかっていますよ、そんなことは。
言葉にはならないそんな呟きを、口の中で呑み下す。
ケイ卿に言われるまでもなく、トリスタン卿は己の振る舞いについて自覚していた。今このとき、この国は戦時――その認識をしかと持ちながら、己の言動は穏やかすぎる。あるいは道化と称していいほどに呑気なものにも映るだろう。しかもそれは、ガウェイン卿のような余裕やランスロット卿のような泰然さから来るものではない。気の緩みから発生している安穏さだ。騎士として、それ以前に一兵士としてあるまじき心胆ではあるのだろう。
だがそればかりは、仕方がないことだとトリスタン卿は思うのだ。
「サー・ケイ。誰もがあなたのように理性的では……陛下のように超然としては在れないのですよ」
そう。円卓の騎士であれば、現状に穏やかでいられるはずもない。先日ガウェイン卿に叱責を受けたというガレス卿や、王都を離れて野を駆けたがるパロミデス卿の心境がトリスタン卿にはよくわかる。あえて気を緩め、道化のようにでも演じなければ。あるいは他のことに従事して頭をいっぱいにしなければ――ああ、
先の戦いにおいてキャメロットに甚大な被害を与えたあの存在。その捜索に、万象万里を見通すトリスタン卿の瞳を回す余裕がない理由。あるいはその後の侵攻作戦においてモードレッド卿が手傷を負う事態を生み出した、彼女の精神の揺らぎの遠因。我ら円卓すべてが厭う、あのあまりにも疎ましきモノ。
「婿殿下は、我らに希望と共に厄介な敵をも運んできた。ああ、マーリン……
じっと、じっと。閉じた瞼の裏からその姿を覗き見る。
白髪に紫苑の瞳。どこか幼げで、されど淫蕩さすら感じさせる夢幻の魔女。己が知る中で誰よりも聡明で優れた魔術師にして――
忌まわしき千五百年前のあの日、円卓の絆と……なによりも、女王の信頼を打ち砕いたあの売女。英霊という格にまで貶められ、令呪という鎖で拘束を受けてすら何をしでかすかわからないその女を、トリスタン卿は彼女が召喚されたその瞬間から監視している。
だがああ、やはり気に食わなかった。あれだけの裏切りをはたらいておきながら何事もなかったかのように騎士らに接するその厚かましさも、王の花婿に親しげに話しかけるその浅ましさも――トリスタン卿の
「……いえ、囚われてはなりません。怨讐と怒り、負の感情こそあの魔女の手繰る最たるもの。あれの術中に嵌まるわけには、もういかない」
だからやはり、今は道化を演じていよう。気の緩んだ優男として、日々の業務をほどほどにこなそう。
遠くない未来、今度こそ必ず――王の代わりにあの者を射殺すそのときまでは。
「フランツ、少しいいですか」
だからトリスタン卿は、気を取り直して傍に立つ側近の部下へと語りかけた。
己の仕事を――そう、ほどほどにこなすために。
「は。どうされましたか、団長」
「弓と矢を少し貸してもらいたい。私のものは、まだ陛下から使用許可が下りていないものでしてね」
「畏まりました――どうぞ、こちらを」
「ええ、感謝します」
灰銀の甲冑を着込んだ部下から手渡される黒塗りの長弓と矢筒を受け取り、一本の矢をつがえ構える。
方角は南西。距離は――この程度ならば、何の技も必要あるまい。射れば必中。確信し、ゆえにこそ少しだけ狙いを下げて。
「この『挨拶』の意味を、理解していただけるといいのですが……」
一矢、空を穿つ――赤髪の騎士が放った一撃は、轟音を立てて彼方へと飛び去った。
「ありがとうございました、フランツ。もう結構です。弓と矢はあなたにお返しします」
「お役に立てましたなら光栄です。しかし団長、いったい何を墜とされたので?」
「ああ……いえ、別に。何にも
クスリ、とトリスタン卿は微笑んだ。
まるで道化のように――戦時とは思えぬ、気の抜けた穏やかさをたたえながら。
「少しばかり、彼に『お願い』したのです。
■ □ ■ □ ■
「ふむ、これは……『見えているぞ』、という警告か。はたまた『進めば射る』、という宣戦か」
同刻。王都キャメロットより十二里ほどの南西にある、深く繁った森の中。
轟音と共に足元に突き立った一本の矢を見つめながら、その男は呟いた。
巌のような巨躯を誇る偉丈夫である。丸太のように太く、鋼のように鍛えられた筋骨隆々の腕と脚。贅肉の一切を削ぎ落した彫刻のような肉体美。浅黒く焼けた肌に施されるのは深紅色の戦化粧。身に纏う獅子の皮から造られた鎧は、彼の武功を讃えるように黄金の輝きを放っている。その顔はフードで隠され全貌を覗くこと能わなかったが、しかしその隙のない佇まい、発される神性の気配からは彼が尋常ならざる英雄であることが察せられた。
男は黒塗りの矢――自らの右足の爪先を掠めるように、あまりにも正確に射られたそれ――を拾い、それが飛来してきた方向を見つめながら思考する。
「わからんな……我が身が弓兵なれば、また違っていたであろうが」
この矢が放たれたと思しき方角――まだ足を運んではいないものの、そちらにはこの国の王都が存在すると聞き及んでいる。ならばこの一矢はそちらより己の姿を認識した何者かが撃ったものなのだろうが……その王都の様子はこちらからはまだ見えない。よく見えない、という段階の話ではなく、視界に入ってすらいないのだ。王都はここより十二里――約四十七キロメートルの遠方に存在する。いかに巨躯たる男といえど、地に足をつけた状態では地平線は五キロ先が精々のもの。己がクラスによってはスキルによってその先を視ることも容易かろうが、此度の現界においてはその類のものは所持していない。射手の姿は杳として知れず、その意図もはっきりとはわからない。とはいえ十二里……それだけの距離を正確に射抜くその者がわざわざ的を外した以上、これは警告に類する行為であろうが。
「貴様はどう思う、神父よ」
つらつらと考えを巡らせながら、巌の男は自らの背後に佇む同伴者に声をかけた。
「さて、ね。この身は神に仕えるものであり、そもそも純粋な戦士ではない。英雄同士のやり取りの意図など、とてもとても測れはしないよ」
「戯言を……見ずとも不快な笑みが脳裏に浮かぶぞ、ラスプーチン」
視線を合わせぬままに男がせせら笑えば、背後からはくつくつと喉を鳴らす音が聞こえた。
グリゴリー・ラスプーチン――自らをそう名乗り、数日前に接触してきた
これと関わったのは失敗だったかもしれんな――心中で小さく、男は諦念の言葉を噛み締めた。
「まあよい。何にしろ少し様子を見よう。ケリュネイアの時分と同じ……待つことには慣れている」
「ほう……だが一年も待たされては、こちらとしても困るのだがね」
「そこまで阿呆ではないさ。貴様に曰く、次に王都が襲撃されるのはおおよそ三日後なのだろう。ならばその混乱に乗じるのが定石だ。そこまでは……ああ、狩りでもして待つとしよう」
「なるほど。まあ構わん。戦闘能力において、今の私は君には遠く及ばない。計画が成功するのであれば君の指示に服すとしよう」
「ほざいていろ。私と貴様の協定は互いが王都に侵入するまでのものだ。その後になってわざわざ貴様を護ると思うな」
「くく――承知しているさ、大英雄」
男はラスプーチンを一瞥すると、不快気に鼻を鳴らして森の奥へと歩き出した。
「しかし――」
まとめるに、今回の己は運がいい。
己が最強の座たる弓兵として現界することこそ叶わなかったが、この身に無様な狂化はなく、また怨讐の呪いを負ってもいない。己が記録を視る限りかつてないほど、生前に近い能力を発揮できる状態だ。問題があるとすれば敵対者もまたかつてなく強大なことであろうが、何、この身は巨人すら滅ぼせし者。超えるべき試練が眼前に在ればこそ我が真価は発揮される。十二里を超えてこの身を穿たんとする弓兵、それに並ぶ十一の騎士と、彼らを束ねる光輝の女王。しめて十三。かつて乗り越えた難題よりもひとつ多いが、相手にとって不足はない。
だが――難題であることもまた事実。彼の国の守護を打ち崩すには、己ひとりの力では足りぬ場面も出てくるだろう。ゆえにこそ、それを補える戦友を――かのアルゴノーツにすら劣らぬ仲間を、今の己は探している。
「見極めねばならん。素早く、そして慎重に」
生き残ったという計六人のクリプター。
世界を救ったという星見の勇者。
そして或いは、ひとつの推測が当たったならば――この異聞帯を星に呼び込んだ、『沙条綾人』張本人。
護るべきもののため、果たすべき使命のため――己が
「カルデア、或いはクリプター。どちらとて構わんが――失望はさせてくれるなよ、魔術師ども」
すべては三日後。
来たるべきその夜に思いを馳せながら、英雄は獰猛に小さく笑った。
更新日時は未定ですが、ではまた次回。