騎士王の花婿   作:抹茶菓子

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書き溜めをつくっていたはずなのにいつの間にかP5Rに時間を吸われている毎日に恐怖を覚えたので、生存報告もかねて投稿です。
おっかしいな……ゲームをやると執筆の時間が無くなる現象、どう考えても不合理すぎます。絶対に何かが狂っています。誰か助けてください。


花の檻、牢の影

 

 

 

 繰り返す。ただ、繰り返す。

 何度、同じ選択を迫られようとも――幾度、生まれ変わったとしても。

 その先が地獄だと知り得ていても、常に同じ道を選んでしまう。

 ヒトとはそういう生き物だと、()()は物心ついた時から悟っていた。

 

 その愚かしさを、人はある意味で強さと呼ぶのだろう。

 たとえば、果てに待つ己の破滅を知ろうとも(正義の味方の卵のように)自らのすべてを泡沫のように失おうとも(月を征した王者のように)この世界に二度と戻れぬと理解しようと(竜へと至った幼子のように)。約束のため、守るべき大勢のため、あるいは愛したたったひとりや、譲れない己の誇りのために――そうした困難に挑む者の心は果てしなく強い。そして彼らの決意は固く、悪く言ってしまえば馬鹿だから、何度選びなおせる機会があっても、必ず同じ決断をする。

 それはやはり愚かしく、どこかが狂ってしまっているが――だからこそ、彼らは他者には成し遂げられないことを成し遂げる。

 概して狂人が、史上では英雄と謳われてきたように。

 

 だが。

 ああ、だが――そうした彼らの強さに、狂気に。一片のまともさが加わったならどうだろう。

 まともさ、常識。そしてこの場合は……弱さと呼んでもいいものだろうが。

 そんなものがもし、一滴だけヒトの心に垂れ落ちたなら。彼らの強さはどうなるだろうか。

 

 答えは明瞭――だって()()は、そうした者たちも数多見てきた。

 

 繰り返す。ただ、繰り返す。

 何度、やり直す機会を与えられても――幾度、世界を巻き戻そうと。

 その先が地獄だと知っているから、常に同じ道を選んでしまう。

 ヒトの多くはそうした生き物だと、()()は気が付いた時には理解していた。

 

 決意は未練に。理想は我執に。未来に向けた歩みは、過去を向いた停滞へ。

 たった一滴の弱さが混じれば、すべての輝きには濁りが生じる。

 

 こんなはずじゃなかったと嘆いて、もっとうまくやれたはずだと泣いて。自分はこの程度で終わるはずじゃないなんて喚いては、()()()()()()()()で諦めて、忘れたふりをして生きていく。

 つらい現実に向き合いたくないから。自分の弱さを認めたくなくて。それともあるいは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たとえどれにせよ、そんなものだ。彼らの心は特筆して弱いわけではないが、まともであるがゆえ、その賢しさがために殻を破れない。何度過ちを正す機会があっても、必ず同じ失敗をする。

 それは、責められるほどに悪質な惰弱ではないが、嘆かわしいほどに普遍的な怠惰。()()()()()()()()()()()と、証明してしまう実数値。

 彼らは()()であるがゆえに、決して史に名を残せない。

 

 

 ――――正気(まとも)なままで偉業を成せてたまるものかよ。

 

 

 嘯く()()が好むのは、当然というべきか前者だった。

 偉人……戦士、賢者、そして王。英雄と呼ばれるに能う者たち。世に在る生命の中でも特に人間のうちから生まれるそれは、()()を強く魅了した。

 なぜなら、そう。見ていて退屈しないから。

 彼らの人生は劇的だ。理不尽への激情。離別への哀惜。困難を打破した瞬間の歓喜。そしてそれら当たり前の情動とは全く別に、栄光へと歩むことをやめられない彼らの狂いきった魂を()()はたまらなく愛している。英雄の生涯はなべて――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 世界が描く紋様に退屈していた彼女にとって、英雄たちの物語は甘露にひとしい馳走だった。

 

 どだい、世界はしょせん在るがまま。神も人も、幻想も現実も、星も(そら)も……この世を取り巻く運命はすべて、最後にはわかりきった結末にたどり着く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、己や他者……世界のもたらす『結果』に価値を見出すことができず、故にこそ稀に見る英雄個人、その人生の『道程』が美しくあることを良しとした。

 

 英雄は好きだ。だって、彼らは見ていて飽きないから。

 凡夫は嫌いだ。彼らは、どれだけ見ていても退屈だから。

 それこそが、魔性と言われたこの身を形成した原初の理。()()の絶対の行動基準。

 

 

 ――――ああ、そう。だから。故にこそ。

 

 

 ()()は本当に、心の底からひとりの青年に感謝していた。

 夜の髪に、海の瞳。綺麗に整った、それでいて無垢の透明と濁りきった不明を共存させる不思議な男。()()をして初めて目にする、決して英雄ではなく、けれどそれ以上に興味深いあの魔術師。己と縁が繋がった以上、まともでないことなど出逢う以前からわかっていたが――それでも、よもやあそこまでとは。

 

 よくぞ、よくぞ。あの極上の主は、この身を盤上に招いてくれた。

 歓喜に震える心がやまない。全霊をもって讃えたくなる。

 だって彼のおかげで、()()は女王と再会できた。己が手掛けた最高傑作。世に在る誰にも敗れることなき絶対の光。

 かの王のもとに、再び傅くことができる。あの()()の続きを味わえる。それも此度は、好ましき我が主すら巻き込んで。

 それは彼女にとって、何にも代えがたい愉悦だった。

 

 だから――笑えるほどに、疑われているけれど。腹がよじれてしまいそうなほど、どいつもこいつも見当違いな警戒をこの身に向けてきているけれど。()()は別に、まったくもって主を裏切るつもりなどなかった。彼の信頼ならぬ信用に、十全に応えようと誓っていた。

 

 

 まったく、本当に嗤えてくる。彼らときたら、千五百年もかけて成長がない。

 この身に向けられる恨みや怒り、そんな感情がどう弄ばれるかなど――もう散々に味わい尽くしているだろうに。

 泰然と在る我らが王を、そしてこの身を『そういうモノ』だと受け入れた我が至上の主の度量を、少しは見習ってほしいものだ。

 

 

 ――――ねえ、キミもそう思うだろう?

 

 

 問いかけ、しかし返される言葉がないことを理解して、()()は愉しそうに喉を鳴らす。

 

 

 ――――ああ、やっぱりキミも凡夫(ダメ)かなぁ。

 

 

 彼のたってのお願いだったから、少しは期待していたのだが。

 その女に、いまだ目覚めの気配はない。現実から目を背け、どうあっても夢の中。

 その事実に想定通りの失望を覚えながら、けれどまあいいと()()は嗤った。

 

 

 ――――それでも、キミは彼の知人だ。このボクが面倒を見てあげるさ。

 

 

 さあ。この現実から、辛さ苦しさから、逃げたいのなら縋るがいい。

 花の香りはいつだって、弱き者たちを導くだろう。

 妄執へと堕ちた理想――それらが叶う、楽園(ユメ)のような夢幻(セカイ)へと。

 

 

 

 

 

  ■   □   ■   □   ■

 

 

 

 

 

「ところで……殿下」

 

 暗い回廊に響く声は、どこか鉄のような硬さを含んでいた。

 

「うん? どうしたんだい」

 

 呼びかけに答え振り向いた綾人の視線の先、彼の背後について歩くのはひとりの大柄な男だ。

 きっちりと整えられた黒い髪、血色の悪さが目立つ白い肌。固く引き結ばれた口元に、茶褐色の鋭い瞳。目元の隈からは連日の激務の疲労が、眉間に刻まれたしわからは彼の神経質な性格が見て取れた。丁寧な艶消しの施された重装鎧に身を包む彼は厳然とした態度を崩さず、感情の伺えない瞳を向けてきている。綾人がそれにわざとらしく首を傾げれば、男は何かを逡巡するかのように一度言葉を止めた後、どこか諦めた様子で言葉を発した。

 

「いえ……。あの者に、また新たな仕事を任されたとか」

「あの者? ……ああ、キャスターかい? たしかにひとつ頼みごとをしたけれど、それがどうかしたかな」

「は。殿下にもお考えあってのこととは存じております。ケイ卿が認めているとなれば、その決定に異を挟むのは私の仕事ではありません。ですがその任、我々第十一騎士団に御用命いただけなんだは何ゆえかと」

「ああ。君は……どうにも仕事熱心だね、アグラヴェイン卿」

 

 くすくすと綾人が軽く笑えば、男――円卓第十一席アグラヴェインは恥じるように目を瞑った。

 

「出過ぎた真似とは百も承知。ですが囚人の取り扱いとなれば、このキャメロットにおいては我々の領分です。その仕事があの者に劣るとは考えておりません」

「うん、そうだね。君たちの矜持を傷つけたなら悪かった。謝罪するよ、アグラヴェイン卿」

「そのようなことは構いません。第十一騎士団に誇りは不要。ただ厳格たることのみが我らの使命でございます。しかし殿下……私の以前の忠言を、覚えておいでか?」

「『キャスターを重用するな』、だったかな」

「然り。あれにしか成し得ぬことならば、あれに任せるが妥当でありましょう。しかし他でもよい任であるなら、我らか、あるいは第二、第三騎士団に御用命くださいとお願い申し上げました。それを……」

「今回キャスターに回したのはどういうわけか、ということかい」

 

 どこかからかうような綾人の声音に、アグラヴェイン卿は沈黙することで肯定を示した。

 『マーリンを信じるな。重用するな。決して、あれに心許すことなかれ』――それはアグラヴェイン卿のみならず、騎士王を除く円卓の騎士すべてが綾人に繰り返し告げていたことだ。ケイ卿、ギャラハッド卿、ガウェイン卿に留まらず、常日頃己の意志を示すことのないベディヴィエール卿や、決して綾人に好感を持っていないガレス卿やパロミデス卿でさえ、マーリンに対する警戒だけは促してきた。どれだけ嫌われているのかと綾人は苦笑したものだったが、彼らの言葉はみな真剣そのもの。幾度も聞かされたその言葉を、彼は忘れているわけではない。

 

「まあ、そうだね。君たちの忠告は覚えているよ。それが僕を慮ってのものであることも理解している。それでも僕からすれば、キャスターは十分信用に値する存在ではあるんだけれど……それはそれとして」

 

 柔らかな声音で、綾人は続ける。

 

「今回キャスターに芥さんのことを任せたのは、彼女が一番適任だったからさ。他意はないよ」

「……と、仰いますと?」

「いや、ちょっと芥さんに限界まで恨まれようと思ったから。そういう感情を弄ぶの、君たち騎士は苦手だろう?」

「な――御身はッ」

「うん、ごめんね。でも今回の場合、そういう心配も余計なものだったからさ」

 

 御身はその命の重さを理解しておいでか――叱責を含むアグラヴェイン卿の強い言葉を遮りながら、綾人は肩をすくめて苦笑した。

 

 沙条綾人の両肩にかかる責任の重さ。当然、綾人はそれを理解している。

 異聞帯と空想樹、そしてクリプターは切り離せない関係にある。このブリテン異聞帯を現在の地球に固定している楔が空想樹であるならば、さながらクリプターとは楔を安定させる調律機構だ。空想樹なくして異聞帯の存続はなく、クリプターなくして異聞帯の発展はない。たとえその裏に異星の神とやらの思惑があるにせよ、それでもブリテンは綾人を失うわけにはいかないのだ。綾人の存命はカルデアへの勝利よりも優先されるべき事柄であり、ある意味でその命はこの国の王たる黄金の騎士よりなお重い。円卓にとり沙条綾人とは、あらゆる危険から遠ざけ、何に代えても守護するべき存在だった――あるいは、王の傍らを片時も離れさせたくないほどに。

 

 だが沙条綾人という男は、それを十分に理解したうえで奔放に行動を重ねている。カルデアへの直接の接触然り、オフェリア・ファムルソローネへの交渉然り。キリシュタリア・ヴォーダイムに枷すらつけず解き放ったことこそ最たる例だ。王とケイ卿の認可あってこそ咎めてはいないものの、本当にこの方は何を考えておいでなのか――頭痛を堪えるように眉をしかめたアグラヴェイン卿に、綾人はひとつずつ指を立てながら静かな言葉を重ねていった。

 

「僕がキャスターに芥さんのことを任せたのには大きくみっつの理由がある。ひとつ、キャスターがそれを行うのが一番手軽で、そして早かったから。彼女でなければこの調整を恐怖劇(グランギニョル)に間に合わせられない。ふたつ、ベディヴィエール卿とケイ卿、そしてアグラヴェイン卿――君たちが担っている任こそ、君たち以外では代替が効かなかったから。いま君たちに余計な仕事を回すのは合理的じゃない。そしてみっつ……そもそも芥さんは、客人でも敵でも、囚人でもなかったから」

「…………」

「客人へのもてなしならばベディヴィエール卿に頼んだだろう。敵への備えならばケイ卿と行う。罪人の管理ならば、それこそ君たち第十一騎士団の役割だ。けれど彼女は、あくまで僕の知人だから。僕の事情は、僕の権限の範囲で片付けるべきだ。違うかい?」

「……いえ」

 

 涼やかに告げる綾人の表情に、アグラヴェイン卿は平静を装いながらもわずかな怖気を覚えた。

 確かに芥ヒナコは、ブリテンにとっては客人でも罪人でもないだろう。彼女は招かれてこの地を訪れたわけではなく、またブリテンの法を犯したわけでもない。だが綾人にとっては――より正確に言えば芥ヒナコにとっては、沙条綾人は紛れもなく『敵』であるはずだ。ランスロット卿から伝え聞いた中国異聞帯の様子を鑑みれば、彼は彼女から既に相当な恨みを買っているだろう。そうでありながらも王の花婿はあくまでも芥ヒナコを敵ではないと言い切り、しかし一方でさらなる怒りを受けようとしている。それは何かが致命的なまでにズレた態度で、どこか忌まわしき花の魔女を連想させる振る舞いだった。

 

 やはりこの男は、縁によって『あの』マーリンを召喚した存在なのだ――今さらに嫌悪が湧くことはなく、しかし黒鉄の騎士は認識を一段改める。

 ブリテンの未来に欠くことのできぬこの青年は、どうしようもなく危険であると。

 

「今キャスターには、芥さんに夢を見せてもらっている。繰り返し繰り返し、何度もね」

「夢、ですか。ならば確かに、あれの領分と言えましょうが……いったいどのような」

「彼女が自分の異聞帯で過ごした最後の一日の追体験さ。なんでもない幸せな一日を、突然襲ってきた騎士に無惨に破壊される――最愛のヒトとの二度目の離別を、何度も味わってもらっているんだ。少しずつ、内容をすり替えてね」

「それは……」

「中国異聞帯はアーサーの命によって、ランスロット卿の手で破壊された。それを少しずつ、少しずつ入れ替えるんだ。始めは王の命ではなく、僕の意向だったことにして。次には現れたのがランスロット卿ではなく、僕本人だったことにして。そしてそこからは、僕の破壊行為が徐々に残虐になるように……彼女の仇として、より悪辣に映るように。ヒトの記憶は思いのほか曖昧なものだ。繰り返せば繰り返すほど夢と現は混濁し、やがて認識さえ変わってしまう。そうなれば、彼女は僕を――」

「殿下」

 

 耐え切れず、アグラヴェイン卿は強い口調で遮った。

 理解できなかったからだ。沙条綾人の思惑、その行動原理のすべてが。

 なるほど確かに、手段はわかる。他者の記憶と認識を操作することにかけて、マーリンの右に出る者はいない。そうした計略を用いるならば、アグラヴェイン卿よりも花の魔女が適任だろう。マーリンの手繰る『夢』の性質を考えれば、芥ヒナコに対するその『処置』が失敗する可能性もまずないと言える。だがそうまでして、彼はどうして――。

 

「なぜ、芥ヒナコからそこまで恨みを買おうとするのです。殿下は何をお考えか」

「何って……()()()()()()()()()()

「それは……いえ、道理が通らぬ行いでしょう。オフェリア・ファムルソローネとの約束とやらを気にしておいでならば、芥ヒナコはこの戦いの終わりまで眠らせ続けていればいい」

「ああ……うん。まあ、それはそうなんだけど」

 

 『不要な犠牲を可能な限り減らす』――沙条綾人とオフェリア・ファムルソローネがそのような約定を交わしたことも、目の前の男がそれを律義に守ろうとしていることもすでに耳にしてはいる。今後の戦略に大きな変更が出るとケイ卿から伝えられたのは昨夜のことだ。ゆえに、その影響力の大きさから『死んでもかまわない駒』として分類されていた芥ヒナコを救おうとすることは理解できる。だがそれならば、いたずらに彼女を刺激する必要はそもそもない。『死んでもかまわない駒』とは、すなわち『殺すべき』でも『生かすべき』でもない、『盤上に不要な駒』だということ。駒を盤から除けばいいだけの話を、ここまで広げる必要はない。

 だが綾人は、困ったように頭を搔くと嘆息して言葉を紡いだ。

 

「そういえばケイ卿とアーサー以外には、全体を説明していなかったか……。とはいえ、誰にも彼にも説明するわけにはいかないんだけれど」

「殿下」

「ああ、うん。そうだな……結論から言えば、芥さんは最後に生きていようが死んでいようがどうでもよくはあるんだけれど、盤には存在してくれた方がいいんだよ」

 

 そもそも僕は、この戦いに本当に不要な駒ならきちんと始末しておくし――静かにごちて、綾人は続ける。

 

「芥さんにはやってもらいたいことが幾つかある。それは別に芥さんじゃなくてもできることだから、彼女が失敗しても構わないんだけれど……彼女がやってくれた方がいい。その分、彼女よりも大事な駒に自由な時間ができるからね。だから最善を求めるなら、芥さんは起こさなきゃならない。だけどまかり間違って起きた彼女がランスロット卿への復讐なんて企てちゃったら、彼女が死んでしまうだろう? ほら、彼女って――とても弱いから」

 

 だから僕に、恨みを集中させておくのさ――そう、朗らかに綾人は言った。

 

「キリシュタリアならともかく、彼女じゃあ円卓の誰にも勝てない。万が一にも勝機はない。君たちがどれだけ手加減したって、たぶん彼女はあっさりと死ぬ。だから芥さんは、君たちとは戦わせられない。その点僕なら、君たちほど狂った強さじゃないからね。殺さず彼女を相手にできる。だから彼女には、僕だけを狙って、執着してほしいんだ……理想を言えば暗殺しに来てくれるのが最高かな。そのときは、アグラヴェイン卿。彼女の行動は見逃してやっておくれよ。君たちが出てきては元も子もないからね」

「それは……しかし」

「もちろん、保険はかけてあるよ。芥さんにはコヤンスカヤさんをつける予定だ。彼女は『契約』で縛っておいたから、もう裏切る心配はない。それにそもそも、さっきの言葉とは違った意味で、芥さんは僕の敵じゃない。君たちの王が花婿に据えた魔術師は、彼女に負けるほど柔ではないさ。だから安心していい。ちゃんと――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何でもないように、沙条綾人はそう告げる。

 友人と、確かに約束は交わしている。不要な犠牲を出すことはしないと。だがそれは、あくまで()()()()()だ。殺さなければならなくなったとき、殺すべき存在を殺すことを綾人が躊躇うことはない。寛大でありながら冷淡、どこまでも心広く無情な彼は――約定通り可能な限りの命を救うが、不可能ならばあっさりと殺す。救える可能性、わずかな『もしも』を探す労力までは払わない。

 それはオフェリア・ファムルソローネにも宣言し、彼女から了承を得ていることだった。

 

「…………」

「しかし君たちは、本当によくわからないなぁ……」

「……それは、どのような意味でしょうか」

 

 沈黙するアグラヴェイン卿に、綾人は思わずといった体でぼやく。

 黒鉄の騎士がそれに反応して問いかければ、綾人は彼を振り返りながら薄く笑った。

 

「いや、だってさ。『芥さんは戦いが終わるまで眠らせておけばいい』だなんて――――」

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「君たちはあれだけキャスターを嫌っているのに、本当、不思議な話だよね」

 

 その、ぞっとするほどに整った笑みに。

 アグラヴェイン卿は今度こそ本当に僅かな恐怖を覚え――ついぞ、何も返すことができなかった。

 

 

 

 

 

  ■   □   ■   □   ■

 

 

 

 

 

 ぎしり、と音を立てて開いた鉄製の大扉――その向こうから現れた人物を見て、スカンジナビア・ペペロンチーノは安堵のこもった息を吐いた。

 

「遅かったじゃない……綾人」

「すまない。待たせたね、ペペ」

 

 柔らかに微笑んでペペロンチーノの声に応えたのは、彼の同僚たる青年だった。

 沙条綾人。夜の黒髪に、海の瞳をした優男。整った――整いすぎた顔立ちの、クリプターの中でも最も異質で不透明な魔術師。その眼に透徹とした光の宿っていないこと――すなわち、今の綾人が『魔術師』ではないこと――を悟り、一段と心を安らげながらペペロンチーノは道化めかして肩をすくめる。

 

「まったくよ。昨日までは自由に観光でもしてていいなんて言っておいて、いきなりこんなところに呼び出すなんて。アタシすっごく驚いたんだから。……なんだか彼らも愛想ないし、ちょっと緊張してたとこよ」

 

 言って、ペペロンチーノはちらと自らの周囲に目を遣る。彼を囲むように佇むのは数人の黒鎧を纏った騎士――円卓第十一騎士団、アグラヴェイン卿の部下たちだった。

 数日前に綾人とひとつの契約を交わし、しかるべき時が来るまでの自由を保障されていたペペロンチーノ。その約定通りに王都を堪能していた彼は、今朝になって急遽この場所――キャメロット王城地下『大独房』へと呼び出されている。その際に迎えにやってきたこの騎士たちは必要以外の言葉を頑として口にせず、彼がここに連れ込まれる様子は『連行』と称しても構わないようなものだった。彼らの態度には協調能力の高いペペロンチーノといえど困惑し、これから何が起こるのかとわずかに不安を煽られたほどだ。

 最も己の雇用主があの『沙条綾人』である以上、無為に理不尽を強制されることはないだろうことはわかっていたが……。

 

「悪かった。少しこっちも立て込んでいてね」

「別に、それは構わないけれど。いったい何の用なのかしら。こんなところにレディを連れ込んで、まさかお茶会ってわけでもないでしょう?」

「うん。ちょっと――仕事のことで話を、ね」

「……ふぅん。いいわ、言ってみて」

 

 仕事。綾人が発したその言葉に釣られるようにして、ペペロンチーノの目がわずかに細まる。

 それは紛れもなく、深い警戒の証だった。

 スカンジナビア・ペペロンチーノは、決して沙条綾人を嫌ってはいない。どこか世から浮いたような彼は掴みどころがなく、かつてカルデアでも敬遠されがちな存在だったが、ペペロンチーノはその頃から綾人と交流を重ねていた。オフェリアのように友人と言えるほど近しい距離の人物ではないが、綾人が悪人でないこと程度は把握している。だが一方で自らが契約を交わした『魔術師』としての沙条綾人は、ペペロンチーノをしてあまり関わりたくはないと思わせるほどに不気味極まる存在だった。

 

 彼は、どこまでもわからないのだ。

 能力は高い。魔術師としての研究能力も、あるいは戦場での立ち居振る舞いも。通常の魔術関係者が敬遠するであろう先端科学や社会情勢にも明るく、その才は一般社会でも通用するものだろう。そうした書面に起こせるような情報は、ペペロンチーノも把握している。だがそこまでなら、彼らクリプターの頭目たるキリシュタリアとて同じこと。沙条綾人という男はその先――自らの来歴や人格、性根といった部分を決して他者に開示しない。それは別に、彼がそれらを隠しているということではないが……どうにも、踏み込むことを躊躇させる何かがあるのだ。

 

 趣味は? 好きなものは? あの人のこと、どう思う?

 そんな、キリシュタリアやデイビットには気軽に問える一言を……沙条綾人を前にすると、どうしてもペペロンチーノは訊けなくなる。そしてそれが、自らをここまで生き永らえさせてきた危機察知能力――生存本能の訴えによるものだと半ば理解しているからこそ、ペペロンチーノは綾人に一定より近づけない。

 たとえ本人に悪意がなくとも、関わっただけで周囲の人間をろくでもないことに巻き込む。綾人がそうした性質の人間であることを、ペペロンチーノは理解していた。

 

 まあ、己とて他人のことは言えないが――心の奥底で自嘲しながら、ペペロンチーノは綾人に話の続きを促す。

 彼の警戒を呼び起こした当の本人は、何でもなさそうに笑みを保ちながら口を開いた。

 

「昨日、少しオフェリアと話をしてね」

「あら。あの娘、目が覚めたの?」

「ああ。それで彼女と話し合った結果、今後の方針を変えることが決まったんだ。その影響で、君に頼みたい仕事が少し変わった。だからそれについて、今日のうちに説明しておきたかったんだ」

「方針……ねぇ。まあそれは、別にいいけれど。アタシとあなたの契約は、お互い魔術師としてのものでしょう? あなたには借りがあるけれど、あんまり内容が変わるようなら条件は詰めなおさなきゃいけないわよ」

「その心配はないと思うな。どちらかと言えば、君の仕事は簡単なものに変わるから」

 

 綾人は、変わらずゆるく微笑んで言う。

 だがその言葉や表情とは裏腹に、ペペロンチーノの内心には嫌な予感が渦巻いていた。

 

「本当に……そうなのかしらねぇ」

「そうだよ。僕は以前、君に()()()()()()()()()()()()()()()()()()と依頼していたけれど……君に、そこまでしてもらう必要はなくなった。ペペ、君には――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()役目をお願いしたい。あの名探偵には、君はもう手を出さなくていい」

「それは……楽な仕事になったのかしら。やりようによっては、そちらの方が難しい気もするわ」

「そんなことはないさ。手段も、こちらで貸し出すことにしたからね」

「?」

 

 綾人の言葉に、小さく首をかしげるペペロンチーノ。その彼にそっと笑いかけてから、綾人は自らの背後に佇むひとりの騎士に声をかける。

 

「お願いできるかな、アグラヴェイン卿」

「…………は」

 

 どこか神妙な、硬い表情をした黒鉄の騎士。彼は綾人の声に従って前に進み出ると、この場が大独房と称される由縁――石造りの広間の最奥に設けられた、ひと際大きく不気味な扉に近づいていった。

 

「ペペ。オフェリアに礼を言っておくといいよ」

「……あら、どうして?」

「これを直接言うのは、本当はあまり良くないことなんだろうけれど――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、それはそれで構わないだろうとも」

「――――」

「だけど、オフェリアはあまり人死にを出したくないようでね。お願いされてしまったから、不要な犠牲は減らす方針に切り替えたんだ。僕個人としても、君が死なないならばその方が喜ばしいことは確かだし」

 

 その、あまりに唐突な告白に絶句するペペロンチーノ。だがそんな彼の様子が目に入っていないかのように、綾人は言葉を紡ぎ続ける。

 

「これから君に見せるのは、君の仕事に役立ててもらいたい戦力だ。あれを連れていれば、少なくとも君がカルデアに殺されることはない。そのぶん僕の方がちょっと危うくなるけれど、まあ何とかなるだろう」

「ちょ、ちょっと待って綾人。色々と聞きたいことができたんだけれど――」

「ああ、扉が開くよ。ペペ、意識を強く保つようにね」

 

 ペペロンチーノの言葉を断つように、そっと警戒を促す綾人。

 それよりも、とペペロンチーノが更に言葉を連ねようとした――その瞬間、だった。

 

 

「円卓第十一席、我が『黒鉄』の名において赦す。――大独房よ、扉を開け」

 

 

 アグラヴェイン卿が大扉に手をかざし、言の葉を紡いだのと同時――その場にいたすべての者に、恐ろしいまでの魔力の重圧が降り注ぐ。

 

「なっ――」

 

 それはまるで、冷え切った鉛を全身の血管に流し込まれたかのような恐怖感。意識のすべてを独房の奥に占領される、強大極まる暴力の波動。

 体中の肌が粟立ち、心の奥底が悲鳴を上げる。直前の思考は完全に吹き飛び、脳神経は今すぐに逃げろと喚くように悲鳴を上げていた。

 

 

「――■■■■■■■■■■!!!!」

 

 

 次いで轟く咆哮は、さながら極大な雷鳴のそれだ。

 原始の叫びが空を裂き、大気を捩じ切るようにして幾つもの衝撃波を生み出す。その刃のような突風は呆然とするペペロンチーノの頬に裂傷を刻み、彼と綾人をその脅威から庇った騎士数人を壁まで吹き飛ばしていた。

 

「……綾人」

「うん?」

「……あれは。…………あれは、何なの?」

 

 震える声で問うペペロンチーノの脳裏には、自らが担当していた異聞帯の王の姿が蘇っていた。

 この世すべての神性を呑み喰らい、星に唯一絶対の存在となった黒き神。ペペロンチーノを幾度となく死の淵に追いやったあの存在。

 あれほどの存在は後にも先にも彼だけだろうと確信させた、超常者。

 だが、これは。いまだ姿すら見えない闇の奥に潜む、これが発する魔力の波動は。

 あれと同等か、もしかすればそれよりも――。

 

「言っただろう。戦力さ。君には『彼』を――『バーサーカー』を使って、任せた仕事をこなしてほしい」

「そんな、だってこれ……」

「心配ないよ。強さは折り紙付きだから。『彼』がいるならば、カルデアを窮地に追い込むことは簡単だろう。もっともそこで欲張ってしまうと、彼らは逆転の手段を見つけてしまうんだろうけれど……戦力を分断するくらいなら、そこまでリスクはないはずだ」

 

 くすりと、やはり綺麗に笑んで綾人は告げる。

 

「ああ、そういえば……『彼』を手懐けることも、君の仕事になるのかな」

 

 まあ、問題ない――そう、小さく囁いて。

 

「そこは、僕も協力するからね。気楽に構えていこうじゃないか」

「…………冗談でしょ」

 

 ペペロンチーノの頬に、ひやりと冷たい汗が走る。

 それは彼の血と混ざり合い赤く染まりながら、独房の間の床へと落ちていった。

 

 

 

 

 




続きは何話か先まで出来ていますが、本来は書き溜めして一気に放出する予定だったのですぐに投稿するかは未定です。今話も校正不足を感じているので、そのうちこっそり書き直すかもしれません。すべては作者がアトラスの呪縛から逃れられるかにかかっています。ほんと時間吸ってくなあのゲーム……。

ちなみに作者はぐっちゃんもペペも嫌いじゃありません、大好きです。ここで苛めてるのは後々の活躍への布石なので許してください。後半になればちゃんとオリ主くんが痛い目に遭います。たぶん。

次話投稿日は不明ですが、それではまた次回。

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