7月19日の引退前に、ある車両が書き留めた手記

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ある車両の独白

紫陽花の花は好きだ。

雨が降る中でも、もちろん晴れている日も元気いっぱいに咲き誇っている。

そんな紫陽花達の中を走り抜けられる事は、私にとって幸せな事だった。

 

箱根の四季が好きだ。

軌道も鉄橋もギラギラと照らされる夏が、山々が綺麗に色付く秋が、雪化粧をした山々に駅伝選手の息遣いが響き渡る冬が、そして新入生達が桜の木々に見送られながらやってくる春が…

そうして何十年も、箱根を走り続けて来た。

 

同じ軌道を走る仲間が好きだ。

最初は私の姉妹が多かった。でも次第に姿を消したり、足回りを改装したりしてオリジナルなのは私だけになっちゃった…

 

でも、その代わりに私にも沢山の後輩ができた。

みんな私より馬力も強くて、中も快適で…中にはスイスの友人のような服を着る子もいた。最初に見た時は笑ってしまって、不貞腐れさせてしまったっけ。

最近は更に若い子もやってきた。私よりずっと大きくて、快適さも安全性もずっとずっと上だと思う。でもそれは当然、私達は安全快適に走るためにいる。

だから優秀な後輩が沢山できて、私は嬉しかった。

 

私を支えてくれたみんなが好きだ。

型が古いから難しい、と言いながらも安全に運行してくれた運転士の人。

常にお客様や私達の事を考えて対応にあたってくれた車掌の人。

ダイヤが乱れた時や不足の時にも、なるべく正確な運行ができるようにしてくれた駅員の人。自然の中だからこそ起きる倒木や架線付着物に対処してくれた保線作業員の人。

古い足回りなのに完璧に動かしてくれた整備士の人。

それから私や仲間達に乗りにきてくれた日本中の人。中で楽しそうに談笑してたり、私も好きな紫陽花の花を綺麗って言ってくれたり…そういえばしゃを撮ろうと来てくれた人も沢山居たっけ。

こんな人達に囲まれて、私は何十年も走り続ける事ができた。これはきっと、幸せな事なんだと思う。

 

もう私が紫陽花達の中を走る事は無い、今年が最後だ。7月19日、その日が来るまでは今まで通り安全に快適にお客様をお乗せする、それが私の役割であり生きがい。

ガタゴトと軌道を踏みしめて、キイキイと台車を軋ませて、箱根湯本から強羅まで走り抜けていたい。本当は昔みたいに小田原までも走りたいけど、それはもう難しいのかな。

 

その後の事は分からないけど…でもお客様やみんなの記憶の中に少しでも残れれば、それは幸せな事だと思う。

 

だからあと少しだけ、私は頑張る。

 

箱根の山々や町並みに、吊り掛け式の駆動音を響かせて

 

 

箱根登山鉄道 103-107編成

2019年7月19日 引退

 


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