氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

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其の九: 「困惑列車」

「竈門・嘴平・我妻の三名は先頭車両に向かいなさい。この蠢く鬼の肉片を見るに、列車自体が鬼と化そうとしています。そうなれば乗客二百人余りを人質に取られることと同じになる」

「そんな…!」

「だけど勝機はあるよ、炭治郎。きっとこの鬼はまだ列車と一体化はできていない。私達に罠を見破られてたから焦っているんだと思う」

「先頭車両に頸があるはずです。私・真菰・弟子・禰豆子の四人で八両全てを守ります。君達三人は先頭二両の様子を窺いつつ、頸を切りなさい。さあ、行って!」

「待ってください、明道先生! 何故、先頭車両に頸があると?!」

「ングッ?! ……それは秘密です。そうですねえ。私の鬼が探知できる『目』の効果、とでも言っておきましょうか」

 

原作知識のことなんて説明できるわけねーだろ!!

 

心の中でキレ散らかしながら私は余裕ありげに微笑む。但し、刀を握る手はガタガタ震えていた。私が怯えるのも無理はないだろう。この戦いの要ともなる煉獄杏寿郎がまさかの初めから離脱という事態に見舞われているのだ。「なんでいねーんだよお前?!」と怒り狂い、炎柱が存在しない恐怖に震えるのは当然のことである。

 

よもや弁当を買いに行ったまま煉獄がフェードアウトするとは思いもしなかった。何で帰って来ないんだあいつは?! ああもう、煉獄杏寿郎に嫌味を言おうと考えるんじゃなかった。自分で自分の首を絞めている。自分のアホさ加減に思わず頭を抱えた。

 

(このままでは煉獄の代わりに私が死ぬ。炭治郎の成長のための踏台になってしまう…!!)

 

この場にいるメンバーで煉獄の代用品になる人間を選ぶなら、確実に真菰か私だ。その中でも特に私・明道ゆきが死ぬ確率の方が高いだろう。強い真菰を差し置いて自分が死ぬと思った理由は二つ。

 

一つは私が『柱』だからである。クソ雑魚弱者だろうと、真菰の方が剣の腕が遥かに優れようと、明道ゆきは『柱』だ。そう、正式に鬼殺隊当主から隊の中での最高位を授けられた『柱』なのである。どの漫画でも最高位を戴くキャラクターの『死』は物語に於いて最高のスパイスだ。現に、前世の読者達は煉獄の死によってこの鬼滅世界の戦いを緊張感を持って読むことができるようになったのではないだろうか。それほどまでに『柱の死』は重要だった。

 

二つ目は『明道ゆき』が死亡フラグを以前に立ててしまったからである。『氷柱研修』の時に『炭治郎を引き取った理由付け』のため、自分の過去を存分に話した。加えて、周りからは選択肢のせいで強キャラ扱いをされてしまっている。今まで気がついていなかったが、驚くほど私は死亡フラグを乱立させていた。

 

以上二点が『炎柱の代わりに私が死ぬ理由』である。真面目に頭を抱えて泣き叫びたい。本当に何で私はあそこまで壮絶な過去語りを炭治郎にしたんだ。いや、馬鹿か。馬鹿なのか。

 

(はーー…柱やめてえ…。鬼滅世界があまりにも生きにくい…)

 

ため息を吐きながら刀を鞘から引き抜く。隣では真菰と我が弟子が同じように刀を抜いていた。禰豆子は気合十分というようにファイティングポーズをとっている。それを見た炭治郎・善逸・伊之助は列車の屋根に登り、前方車両へ駆けていった。彼らを見送った後、自分に言い聞かせるようにポツリと呟く。

 

「早く鬼を倒さねば…」

 

私がこうも必死に無限列車を操る下弦の鬼を殺そうと躍起になっているのには理由があった。上弦の参『猗窩座』の登場を阻止するためである。かの鬼が来るのは炭治郎が下弦の頸を切り、列車が転倒した時だ。故に、列車が脱線して倒れなければ上弦の鬼と遭遇しない可能性があった。何故ならば、猗窩座はまるで『列車が止まってくれたから追いつけた』というかのような登場の仕方をしたからである。勿論、私の解釈なので合っているかは分からない。寧ろ間違っている可能性の方が高かった。だが、希望は捨てたくない。

 

(列車がきちんと走って目的地まで行き、そこで他の柱と合流できれば…私に勝機はある!)

 

だからこそ、私・明道ゆきは下弦の鬼『魘夢』による強制昏睡イベントをバッサリと切り捨てた。

 

無限列車編ではストーリー序盤に主人公達が下弦の壱の攻撃を受け、眠りについてしまう。そこで炭治郎達は自分が一番見たい光景を夢として見ることになるのだ。このイベントのお陰で各キャラの過去を読者に伝えたり、炭治郎の決意を強固にしたりすることができたと言えよう。

 

(だけど、私が生きるために昏睡イベントは切り捨てさせてもらった)

 

具体的な行動の一つは、『下弦の鬼・魘夢の血気術のトリガーを所持する車掌さんを気絶させる』である。我ながら脳筋すぎる解決法だ。しかし、これにより、下弦の壱が列車と一体化する前に戦うことができるようになった。

 

(あー…そういえば、炭治郎達が『何故、あの車掌さんが鬼に協力しているとわかったのか』と聞いてきた時は焦ったな…)

 

主人公達の言う意味は凄く分かる。知り合いの女性が急に立ち上がり、一般人へ刀を向けたのだから、さぞや驚いたことだろう。自分が炭治郎側だったら無言でそいつを殴っている自信すらある。

 

きちんと説明できれば良かったのだが、前世のことを話せば真面目に頭の病気が疑われる。まあ、前にも行ったように確かに人格者の炭治郎達ならワンチャン信じてくれるかもしれない。だが、残念ながら『明道ゆき』が『前世を認めて欲しくなかった』。だから、私は今まで前世のことを言わなかったのだろう。炭治郎と関わるようになって、ようやく最近気がついた。

 

私は凡庸である。異常な事態や人知から外れた事柄を理解できず、理解したくもない『普通の人間』だ。もしも前世や選択肢を周りから認めてもらえば、自分も真っ向からこの『異常』に向き合う必要がある。それかどうしてもできなかった。私は自分の弱さゆえに異常を認めるのが怖いのだ。一応、一先ず異常を受け入れてはいるけどな。そうでもしないとこの世界での油断や動揺はマジで死に直結するから…あまりにも世知辛い…。

 

(まあ、前世のことを炭治郎達に言えば自分のクズさが露見するのが嫌なのもあるけど)

 

自分がクソすぎて辛い。ゲンナリとしながら私は炭治郎と目を合わせる。こちらを期待した面持ちで見てくる彼に「ウッ」とうめき声を出したくなった。手汗がヤバイ。嘘はつかず、説明しなくては……難易度高いな?! 炭治郎と対面すると何でこうもデッドオアアライブの状況ばっかりなの?! おかしくない?!

 

私が嘆き苦しんでいる時、ピロリンと聞き覚えのある音が鳴る。次の瞬間、周りの時間はいつも通りに停止した。

 

 

▼どう発言する?

①「勘」とだけ言う … 下

②なんかいい感じに説明する … 上

 

 

あまりにも雑くない?!

 

ビックリした。二番の「なんかいい感じに説明する」の「いい感じ」って何?! 最近思うんだけど年を追うごとに選択肢が雑くなってないか。実は選択肢パイセンちょっと面倒臭くなってるでしょこれは。「選択肢パイセンには中の人がいる説」が濃厚になりつつあるぞ…。

 

それでも選択肢には逆らえない。しかも、炭治郎達の『何故、あの車掌さんが鬼に協力しているとわかったのか』を解決するための糸口は選択肢パイセンしかいなかった。だからこそ私はげんなりしながらも選択するのだ。

 

 

▼選択されました

②なんかいい感じに説明する … 上

 

 

選択した瞬間、私の顔がキリッとした面持ちになる。こちらを真っ直ぐに見つめる炭治郎の目を見据えながら自動的に口が開いた。

 

「真菰から任務内容について聞いた時、『人間が鬼に与している』という考えが直ぐに浮かびました。理由は簡単。列車という閉鎖空間の中で鬼殺しを生業にする人間が何の『跡』も残さずに消えたからです」

「! そうか! 鬼と戦う俺達なら次の仲間のためにこの列車に何か証拠を残しているはず!」

「勿論、跡すら残さずにこちらを殺せる鬼だった可能性もあります。しかし、有力なのは…」

「俺達が一番油断する相手――――『守るべき人間』に血鬼術を発動する『何か』を使われたから。だから、他の隊士達は跡を残す暇もなく消えてしまった…!」

「その通りです」

 

なぁーにが「その通りです」だよ。何も考えてねーよ!!

 

怖い。選択肢が怖い。「なんかいい感じに説明する」が思ったよりも細かく語ってくれたので怖い。選択肢パイセンこういうところがあるから意味が分からないんだよな。こちらの範疇外のことでも選択肢は詳しく話してくれるのだ。特に柱合会議などでは専門知識などを交えた高度な会話を勝手にしてくれるのである。あまりにも怖すぎ。

 

ここからは私の勝手な憶測なのだが、範疇外の知識を語れるのは『今まで明道ゆきが経験したことを選択肢が学習しているのではないか』と思っている。例として挙げられるのは読書だ。パラメータ上げのために沢山の本を読んだり家庭教師をつけたりしている。だが、馬鹿な私は全てを身につけることはできず、すっかり忘れてしまっているものも多数存在していた。その『忘れた』『身についていないもの』『読んだだけで終わったもの』全てを選択肢が覚えているとしたら? ――――辻褄が合うのだ。

 

(でも、『鬼の居場所が分かる』とか『初めて入る森の道の把握』とか『予知じみた作戦』とかは、それでは説明がつかないんだよな…)

 

この『選択肢が見える』という転生特典には謎が多い。どんな機能があり、どういう時に反応するのか。長い間、選択肢パイセンと付き合っているが未だに疑問が尽きない。

 

(でも、今はそれを考える場面ではないな。無限列車での死亡フラグをへし折る方が先決だ)

 

そう考えた時、自分の隣をスッと空気が裂けた。突然、風が横切ったため、私はギョッと目を見開く。直ぐに自分の刀を握るが、なんの対策も出来ずに『何か』が技を放つ様を横目で見届けることになる。瞬間、斜め横で水流の如く滑らかな剣技が繰り出された。

 

「水の呼吸・参ノ型『流流舞い』」

「真菰…!」

「ゆきさん油断しないで。考え事をするのはいいけど、集中しすぎるのは貴方の欠点です」

「すみません」

 

私へと向かっていた鬼の手達が豆腐を切るかのようにスパンスパンと両断され、軽やかに地へ落ちる。それを見てヒェッと自分の喉の奥から悲鳴が溢れた。………あっぶない。真菰がいなければ後ろから来ていた下弦の壱の腕に明道ゆきは殺されていた。そんな『もしも』を想像して思わずゾッとする。『気を抜けば即死』という鬼滅世界のシビアさを改めて実感して打ち震えた。

 

(ま、真菰がいてくれてよかった…)

 

炎柱・煉獄が不在の今、乗客全員を守れるような人間は彼女しかいないのが現状だ。真菰という人間は炎柱の代わりになれるほどに強い。原作でもあの錆兎と同等の強さを持つような描写をされていたほどだ。本来なら私ではなく真菰が柱になるべきなのだろう。現に彼女はこの列車の八両中・五両の守備を担っているのだ。これは原作の煉獄が守っていた両車の数と同じである。このことから分かるように真菰は柱と同じ実力を持っていた。

 

(真菰、私の代わりに柱になってくれないかな…)

 

だってさ、ちょっと聞いてよ。私一人で八両中何両を守っていると思う? 一両だよ一両。あまりにも雑魚すぎる。ちなみに禰豆子・弟子は二人で二両である。大体三人で一両ずつ守っている計算になるが、氷柱たる明道ゆきが一両のみなのは流石にない。雑魚オブ雑魚である。でもな、少しだけ言い訳させてくれ。

 

――真菰と煉獄が異常なんだよ!!

 

よく考えて欲しい。列車内は障害物のせいで視界が悪く、狭いので刀を振りにくいという欠点がある。加えて、二百人にも及ぶ乗客というお荷物付きだ。その状況下で戦えているなど、化け物といっても過言ではない。

 

(普通はまず五両も見通せること自体がおかしいよね)

 

そんでもって何でお前ら乗客を守りながら正確に鬼の腕を切れてんの? おかしいでしょ。しかも、一両ならまだしも五両だぞ。どうして守れてんの?? 一般隊士にそれはできねーからな。『甲』の位を戴くような上級隊士ですら一人で一〜三両くらいが限度なのだ。いや、上級隊士でも下手すれば一両も満足に守れない場合だってある。柱と真菰だけがおかしいのだ。

 

(というか真菰、どうして私の車両にいるの?)

 

まさか私の危機を察知してきてくれたというのか。え…怖…。助けてくれた真菰に酷い言い様だが、真面目に怖い。柱や彼らに匹敵する実力の持ち主達ってサラッと人外技を披露してくるからビビるんだよな。「え…おま…本当に人間…?」ってなるからね。

 

そこまで考えて真菰を見た瞬間、列車が大きく揺れた。

 

「なっ、」

「ゆきさん!!」

 

まるで列車が痛みにのたうち回るかのようにガタガタと左右上下に揺れた。突然の出来事に私は体勢を崩す。壁に激突するだけならよかったのだが――――運の悪いことに私は窓から外へ投げ出された。一瞬の出来事に何が起こったのか分からず、ぽかんと口を開ける。剣士どころか武人としてダメダメな自分はそのまま浮遊感に身を任せ、外へ落ちようとした。その時だった。

 

真菰が私の手を掴んだのだ。

 

彼女は凄まじい力と勢いでこちらの身を引っ張る。空中へ投げ出されていた自分の体はグンッと列車に引き戻された。車内の椅子に盛大に背中からぶち当たった私は「グエッ」とカエルが潰れたような声を上げる。しかし、そんな痛みが気にならないほどに自分は真菰に釘付けだった。

 

――――真菰が私の代わりに外へ投げ出されたからだ。

 

「真菰ォッ!」

 

真菰の笑みが自分の脳内に垢のようにこびりつく。彼女は笑ったままこちらの視界から消え失せた。私は慌てて窓枠から飛び出さん勢いで外を見る。だが、そこにあるのは左から右に流れ行く木々のみ。どこにもあの黒髪の少女は見えなかった。

 

(ない、ない、真菰の姿がない!! )

 

冷や汗がドバッと全身から流れ出るのが分かった。ゾッと背筋に冷たいものが通る。次の瞬間、私は鬼殺隊で培った脚力を駆使して、列車内の天井にある外へと通じる蓋に跳躍した。強烈な打撃を繰り出して蓋を弾き飛ばし、そのまま私は列車の屋根の上に飛び出る。本来の自分なら絶対できないような少年漫画的行動だ。

 

外に出た後、「真菰ぉーーッ!! 聞こえますかー!!」と叫ぶが、当然のように返事は返ってこない。風が顔に吹き付け、髪や羽織がバサバサと揺れた。血の気が引いていくのが分かる。

 

(流石の人外的な身体能力を持つ真菰でもこの速さの列車から落ちればひとたまりもないぞ…?!)

 

どうしよう、どうしよう。真菰が、真菰が! ――――死んでしまう!

 

真菰との生活は決して悪いものではなかった。彼女を継子にしてから戦いにおける不安が減ったというのもある。でも、でも、どうしてだろう。いつからか私は真菰に死んでほしくないと思っていた。真菰は死ぬべき人間だ。確かに原作での『狭霧山の真菰』に彼女はもうなれないので、生きてても大丈夫なのではないかと思うだろう。だが、真菰という人物は剣士としてあまりにも強すぎた。いつか必ず真菰の存在は原作にヒビを入れるだろう。だから、必ずどこかで殺さねばならないと思っていた。

 

なのに、なのに、私は真菰にどうしようもなく生きてほしくなっていたのだ。

そのことに今、『明道ゆき』は『気がついた』。

 

手が震える。思考が正常にできない。他の隊士達が死んだ時でさえここまで動揺しなかった。自分の手どころか身体まで震え始める。ガチガチと歯が鳴り、手足が冷たくなった。

 

――――そんな時、『アレ』はきた。

 

 

《ピロリン》

▼どう行動する?

①全裸になる … 下

②半裸で先頭車両まで刀を振り回しながら走る … 上

 

 

いやおかしいだろ!

 

今、完全にシリアスな場面だったよな。何でぶち壊してきたんだ。しかも、選択肢がいつにも増して酷すぎる。全裸と半裸の二択っておかしいだろ。仮にもうら若き二十歳の娘にそんな所業をさせる? 嘘だろ。嘘だと言ってくれ。痴女もいいところじゃねーか。いや…本当に待って…少し泣きそうなんだが…。二番の「半裸で先頭車両まで刀を振り回しながら走る」が大分頭おかしい奴なんだが…。

 

(この露出狂プレイ、今から私がしなくちゃいけないのか。マジか)

 

死ぬほどやりたくねえ。だが、当たり前だが選択肢には逆らえない。真菰への気持ちやらなんやらを押し潰して私は泣く泣く選択した。

 

 

▼選択されました

②半裸で先頭車両まで刀を振り回しながら走る … 上

 

 

「シャアッオラァッ!!」

 

羽織と隊服、シャツをひん剥き、勢いよく捨てる。列車の屋根にいるせいで服は直ぐに後方へ飛び去った。胸のサラシはそのままにして奇声を発しつつ私は刀を構える。この間、三秒。全自動で身体が動き、私の尊厳を弾き飛ばしてくれた。辛い。前方から吹き付ける風に押されながらもタンッタンッタンッと軽やかに地面を蹴る。

 

(辛い。死ぬほど辛い)

 

どうみても今の私・明道ゆきは痴女である。しかも刀の所持というオプションつき。完全に精神病を疑われるレベルの奇行を晒していた。辛い。あまりにも辛すぎる。特にこの大正時代は女性の身だしなみに煩い時代だ。下手をすれば真面目に職質を食らう。仮にも柱が帯刀違反による職質ではなく、露出による職質など恥さらしもいいところだ。これを知られたら不死川に殺されかねない。

 

そんな風に自分の境遇に内心でむせび泣いていた時、不意に私は気がついた。いつもの自分なら分かりそうもないことに気がついてしまったのだ。

 

(あれ、前方の線路の上に誰か――いる?)

 

米粒程度の大きさの『何か』が線路の上に鎮座していたのだ。しかし、あまりにも遠くにその『何か』があるため、一体どんなものかまでは分からなかった。「岩でも落ちているのか」と目を凝らす。列車が近づくにつれて米粒はどんどんと大きくなっていった。そして、ようやく私は理解する。いや、『理解してしまった』。

 

 

――――あれは上弦の参・猗窩座だ。

 

 

「本当に待ってくれ!!」

 

心からの叫びが喉から思わず飛び出た。ギョッと目を見開き、慌てて引き返そうとする。だが、選択肢パイセンに縛られた自分の身体は半裸姿で猗窩座の方へ一直線に進んでいた。このままでは上弦の参に斬りかかる羽目になるだろう。それに気がつき、サッと血の気が引くのが分かった。

 

(さっき私が半裸にならされたのは…まさか…)

 

筋肉を盛大に晒す猗窩座に合わせるためだったりするのか?! 嘘だろう?! そんな気遣い必要ねーよ!! そもそも猗窩座がどうして線路上にいるんだ。原作での登場の仕方は『列車の転倒後、空から飛び降りるように登場』だったはず。なのに、何故。

 

(もしや列車が転倒しなかったからか…?)

 

そんなことってある?! ああ、もう意味が分からない。理解できない。命の危機に現実から目を背けたい。恐らく、先程の大きな揺れは『炭治郎達が下弦の壱・魘夢を倒したことによる揺れ』なのだろう。だが、原作のように転倒には至らなかった。理由は簡単だ。漫画とは違い、炭治郎達が眠らなかったからである。下弦の鬼は列車との一体化が未完だったため、奴を倒しても転倒とはならなかったのだろう。

 

(よ、予定と違う!! このまま上弦の参・猗窩座と出会わずに下車できるはずだったのに…!)

 

に、逃げたい! 今すぐ離脱したい! そうは思っても自分は列車の屋根を走り、先頭車両に向かう羽目になっている。猗窩座の方を見ると彼は既に構えをとっており、この列車を止めようとしているではないか。やっ、やめて。マジでやめて。死の恐怖に私は打ち震えた。だが、選択肢に身体を縛られている現在、逃げることは叶わない。唯一動く口を使い、腹から力を入れて叫んだ。

 

「竈門ォーーッ!! 我妻ァーー!! 嘴平ァーーッ!! 後方車両へ移り、列車に技を放てェーーッ!」

 

線路上にいる猗窩座が技を放つと同時に私も列車から飛び立った。今、選択肢からの呪縛が解けたが、もう後戻りはできない。私は覚悟を決めて息を吸う。自分の口からビュオォオォと吹雪くような音が発せられた。師にこれでもかと叩き込まれた動作の通りに明道ゆきの身体が動く。次の瞬間、『技』を放った。

 

――氷の呼吸・参の型『墜ち氷柱(つらら)』!

 

つららの如く鋭い斬撃が上から下へ落ちるように私の刃から繰り出された。

 


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