ハリーポッターとハルキ・ムラカミ   作:磯野 光輝

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マジック・リアリズム。あるいはスリップストリームのようなもの。

 オリヴァンダーの店を訪れたとき、最初に鼻についたのは埃の臭いだった。それも生半可なものではなかった。仮に歴史の重みという物が臭いで表されるのであれば、オリヴァンダーの店はまさに文化財ともいうべき代物だった。

「杖は所有者を選びます」とオリヴァンダーは言った。「つまり、我々がどのような杖を選びたいか、そのような選択肢はそもそも存在しないのです」

「杖に選ばれる」と僕は繰り返した。「そのためにはどうすれば良いのだろう」

「会話をすれば良いのです。それはちょうど、バーで女の子に声をかけるのと同じような事です」

「なるほど」

 僕がそう言うと、彼は満足気に頷いて見せた。

 彼はそれから僕の身長や腕の長さを測り(それは宙を浮く自動巻き尺によって行われた)、「ふむふむ」と何やら呟いてから、店の奥へと姿を消した。やがて彼が戻ってくると、その手には杖の箱が三つばかり抱えられていた。

「ではポッターさん」とオリヴァンダーは言った。「最初にこの杖と話してみてください」

 僕は頷いた。そして杖を受け取ると、僕は杖に声をかけてみた。

「やあ」

 すると杖はそれに返事をした。

「はあい」

 綺麗な声だ。と、僕は思った。その声は、木漏れ日の下で、近づいて来た小鳥に対して「はあい」と声をかけているような、不可侵の神聖さを持ち合わせていた。しかし、僕の相手としては気品が良すぎるようなきらいもある。彼女のような育ちの良い女の子は、僕のようにジョッキ一杯のバタービールを就寝前に啜らなければ寝られないような男と、そもそも吊り合う訳がない。

 それでも彼女は、そんなことまるで気にも止めていないような口ぶりで話を続けた。

「ねえ、質問しても良い?」

「ああ、良いよ」

「ねえ、私の事好き?」

「もちろん」

「杖の主人になりたい?」

「今、すぐに?」

「あなたが望めばね。でも、いつかもっと先でも構わないわ」

「だとしたら、主人になりたい」

「でも、あなたそんな事一度だって口にしてないわ」

「言い忘れていたんだ」

「魔法はどのくらい使えるようになりたいの?」

「沢山。それもできるだけ」

「失神の呪文は? 武装解除の呪文は?」

「使えたら良いね」

 彼女は一瞬の沈黙の後に、突如として大きな声を出した。

 

「嘘つき!」

 

 しかし彼女は間違っている。僕は一つしか嘘をつかなかった。けれども彼女はそれきり僕と会話をしてくれなかった。

「やれやれ」僕は首を横に振りながら、その杖をオリヴァンダーに手渡した。「ダメみたいです」

「それも仕方がない」と彼は薄い笑みを浮かべて言った。「運命というのは、目に見えないからこそ、存在価値があるというものなのです。つまり、そこで知り合った男女がどのような結末を迎えるのかも、それを知らないうちは、何にも代えがたい価値があるのです。例えそれが、この店のように埃がまみれた場所で行われているにしても」

「なるほど」

「では、次を試してみましょうか」

 と言って、彼は今度は違う杖を手渡してきた。僕はそれを受け取った瞬間、一目で彼女の事を気に入った。彼女は美人と言えないまでも、好感を持てる顔立ちをしていた。特に彼女の柄の部分は、未だかつて感じたことがない情欲をかきたてた。僕が彼女の柄をそっと撫でると、笑い声の混じった声で彼女は話し出した。

「ねえ、くすぐったいって」

「ごめん」と僕はすぐに謝った。「綺麗な柄だなって思ったんだ」

 すると彼女は首を傾げた。

「ねえ、あなたってどの子にもそう言ってるんじゃないの?」

「まさか」

 僕がそう言うと、彼女は「ふーん」とどこか不服そうな声を出す。

「ねえ、どのくらい私の事が好き?」

「世界中のジャングルの虎が皆溶けてバターになってしまうくらい好きだ」と僕は言った。

「凄く素敵」と彼女は言った。「ねえ、あなたってとても良い魔法使いになれると思うわ」

 

 その日、僕は彼女と一夜を共に過ごした。

 

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