「あ──」
突然、目の前が真っ暗になった。あまりの絶望から、もう身体がこの惨状を見るのを拒んでしまったのだろうか?
だが視覚以外にも、全ての感覚がなくなっていることに気がついた。どうやらこれは、意識が無くなってしまったのか──もしくはもう、死んだのか。
しかし不思議に思っていた。なぜ死んだはずなのに、自分はまだこうして何かを考えていられるのだろう、と。そもそもなぜ自分は意識を失っているだとか死んでいるのだとかが分かるのだろうと。
「答えは簡単よ」
頭の中に声が響く。はっとして意識がそっちへ向く。聞き覚えのある声。当たり前だ。だってこれは――
“自分の声”なのだから。
「情けないね。あなたと私が同じ存在だとは思えないわ」
──何が情けない、よ。こんな状況じゃあ、誰もが絶望するに決まってるわ。
「そんなわけ。この程度、絶望するに値しないわ」
──嘘よ。あんなことになって、もうどうしようも無いっていうこの状況で、まだ望みがあるって言うの?
「もちろん。だってまだ、
──。
「それに“私たち”、もっと凄い地獄をくぐり抜けてきたでしょう?」
──そんな、知らないわ。
「……ふぅん。じゃ、見せてあげよっか」
その言葉に、45は言葉を詰まらせた。一体、何をする気なの?
動揺しているのを“あいつ”が笑っているのを感じたつかの間、頭の中に無機質なアナウンス音声が流れているのを聞いた。
ダミーリンクシステム、起動。
メインフレームを感知しました。
メインフレームと接続中……完了。UMP45-2、正常に動作中です。
メインフレームよりフルコントロールの要求。フルコントロール権を移譲します。……完了。
「じゃあちょっと戦ってくるわね。あなたは私に体を委ねて、ただそこから眺めてさえいればいいわ」
──待って!
「……何?」
──あなたは一体、何者なの?
「──ここまで接触しておいて、まだ確信が持てないなんて、鈍すぎるわよ」
彼女は溜息をつく。
「私はあなた。あなたは私。どう?これでわかったでしょ?」
目を開けた45は、周りの空間を把握した刹那、都合よく手元に転がっていた銃を拾った。
身体の上の
爆音や、稀に聞こえる発砲音。間違いなく、倒すべき鉄血はそこにいる。
45は走りながらボルトを前後させ、一発の弾を薬室から弾き出し、セーフティを確認した。
そして大きな炎を回り込むと、そこに居た真っ白な少女に全弾を放った。
「ああああっ!?」
寸分の狂いもなく、弾頭は背中の全く同じ場所へ着弾した。最後の二、三発がやっとの思いで厚い装甲を貫き、身体の内部でキノコ状に潰れて止まる。
流石に堪えたか、デストロイヤーはフラフラとバランスを崩し、すぐにこちらへ振り向いた。
「UMP──フォーティーファイブゥッッ!!!」
彼女の二つの砲門から、続けざまに5発づつ榴弾が放たれる。あれを45はよく知っている。山なりを描き、まるで絨毯爆撃のようにこちらを爆破させる手法だ。
45は砲門が上を向いた瞬間から素早く移動し、距離を縮めていく。さすがに自分を爆破させるほどデストロイヤーは馬鹿ではない、彼女はすぐに撃ちやめると、まっすぐとこちらに砲を向けた。
「相変わらず遅いわね」
「ひっ……?」
悠長にそんなことをしている間に、彼女はデストロイヤーの懐に入り込む。銃口はもう、彼女の首元だった。
「相変わらず、バカねあんたは。なんにも考えないで、ただ力任せに戦う。そんなんだからいつも私たちに負けるのよ。──まあそもそも負けるつもりもないけれど」
「なにを……!もういい、本当は捕まえるつもりだったけど、本気でぶっ殺してやる!」
「その意気よ、おバカさん」
デストロイヤーが右足で蹴り上げ、見切った45は飛び下がりそのまま瓦礫の裏へと滑り込む。
間髪入れずにデストロイヤーが砲弾を瓦礫に撃ち込むが、既に彼女はそこにいなかった。
「あら、あなた達が例の」
「──!45っ!どうしよう、ベクターがやられて、それでじーさんが動けなくなっちゃって……!」
45が新たに移動した物陰の裏には、顔面蒼白で隠れている3名の姿があった。その中でも老人は特に酷い。特に怪我はないが、狼狽した様子で頭を抱え、とても正気とは思えなかった。
スコーピオンは震える手で銃のマガジンを替えながら、今にも45に泣きつきそうな目でこちらを見ていた。
ヴィーフリは恐ろしく動揺する老人を必死に落ち着けようとしているが、半ばパニック状態。
彼女らは戦力外。どうやら自分だけで戦うしかないらしい。
「何か使えそうなもの持ってない?」
「ダメだよ……、ヴィーフリはもう弾切れだし、火炎瓶も使い切った。じーさんはショックで動けないし、──一体、どうしたら……」
「ああもう、分かった。何とかしてみせるから、あなた達は……」
「あっ!」
そう言うとスコーピオンは老人のポケットに手を突っ込む。
「これ、使ってよ」
そう言って彼女が差し出したのは、拳銃の弾倉だった。
「ベクターのと共通なんだ。──お願い、その銃で、絶対あいつを倒して」
45は頷いてそれを受け取り、
「出てこい、45!絶ッッ対後悔させてやるから!」
デストロイヤーの叫び声。大きさ的にそこまで距離は無さそうだ。
45はここを爆破されないようすぐさま飛び出ると、照準を合わせて引き金を引いた。
強烈な上方向への反動を力ずくで押さえ込みながら、デストロイヤーへと弾をばら撒く。一方の彼女はそれを涼しい顔でやりすごしながら、二つの榴弾を放った。
一発目は進行ルートの少し先。怖いが、当たらないだろう。そのまま走る。
二発目は45のすぐ後ろ。一発目で止まっていたら被弾していた。なるほど、あいつにしては考えたなと少々感心する。
45はそのまま燃える家の裏へと転がり込んだ。
「45ゥ……!そんな所に隠れたって無駄よ!」
続けざまに何回か発射音が聞こえた。ここを狙っての攻撃に違いない。
45はすぐさま走り出し、発煙手榴弾を投げて射線を切ろうとする。
いつも通り、腰から取って使おうと、彼女は手を伸ばす。
──ない。あるべきものが、ない。
もう物陰は飛び出した。もう逃げようがない。その事に一瞬戦慄したが、もう一度別の場所へと滑りこもうとして、
気がつけば隣に、笑顔でデストロイヤーが立っていた。
「しまっ──」
彼女の手が45の首を間違いなく掴む。ぎりぎりと締めあげられるその感覚は、明らかな殺意を感じる。
45は急いで左足に手を伸ばす。ブーツナイフだ。だがそれも無い。何故かはわからなかった。
だんだん意識が薄れていく。このままではまずい。まだ右足の方にはナイフはあるはずと手を伸ばそうとしたが、その企みに気がついたデストロイヤーに腕を掴まれた。
──この機体はもう終わりか。
些細なミスによって窮地に陥った45。惜しいが接続を切るほかない。そう確信し、意識を手放す──。
◆ ◆ ◆
「助けなくてもいいの?」
「えっ──」
スコープであの惨状を覗いていた私は、突然掛けられた声に驚きながら振り向いた。
振り向いた先には、桃色の髪をした、背丈ほどはあるやたら大きなカバンを背負った子供が立っていた。
「なんで子供なんかがここに──」
「そんなことはどうでもいいけど、助けなくてもいいの?あれ」
そう言って子供は私の隣に座って、燃え盛る森を指さす。あの方向はあの悪魔がいる方向。そして、鉄血のハイエンドと交戦している場所だった。
「何で助ける必要があるのかさっぱり分からないわね。あいつは私の仇よ。放っておけば、勝手に死んでくれるはず」
「ふーん。仇なのに、自分でトドメを刺さなくていいんだ」
「……。それは……」
確かにそうだ。自分でやらなければ、仇討ちの意味が無い。すっかり失念していた。
「それに、あの中にはまだ人間もいる。早く助けに行かないと、WAみたいな人がまた増えちゃうわよ?」
「っ!?どうして私の名前を!」
子供は悪戯に笑った。それで誤魔化したつもりだろうか。
「私の名前はネゲヴ。さあ、早く助けに行ってあげた方がきっといいわ。これはスペシャリストからの助言よ」
ネゲヴはそう言うと、私の背中を叩いた。
むっとしたが、確かに彼女の言う通りにした方がいい気がする。──こんな子供に指図されるなんて、少し悔しいが。
私は荷物を持つと、そのまま悪魔の元へと走り出した。
◆ ◆ ◆
意識を手放す直前に、首を掴んでいた腕に強烈な振動がかかった。
「いっだぁぁぁぁっ!?」
「ッ!」
遅れて轟音。おかげで覚醒した45は、デストロイヤーの手から受け身を取りつつ落ちた。
轟音のした方向を見ると、そこには信じられないと言った顔で立ち尽くす人影があった。手にはライフルを持っている。
「──何やってるの!」
「……は?」
「もう一発撃って!早く!」
45はその人形に怒号を浴びせると、我を取り戻した彼女はすぐさま得物を構え直す。
ただし照準は45に向いている。
「ちょっ──」
回避行動を取るが、間に合わない。そのまま放たれた大口径の弾は、寸分の狂いもなく45へ、
「ぎゃああああぁっ!?」
行くどころか、デストロイヤーの腹部を穿った。そこは、45が背中側から撃って破損させた部位と全く同じ場所だった。
「あ……あぁっ、ウソよ、何でなの?」
「やるわね!もっとやりなさい!」
何故か動揺するライフル人形に、45は発破をかける。それを聞いて、彼女は怒り狂ったように何回も引き金を引いた。
「ああああああッ!!」
一発目。デストロイヤーの右肩。フレーム露出。
「クソッ、何でっ!」
二発目。暴れる脚部に着弾。跪かせる。
「何で、あいつに弾が……!クソッ!」
そして三発目。胸部中央に直撃。
「かはっ……あ、あぁ……」
目を見開いたデストロイヤーは、両膝を地面につきながら、恨めしそうに睨む。
次の瞬間、辺りを真っ白な白煙がつつんだ。
小さな足音が聞こえる。それはすぐに離れていき、煙が晴れた頃には、デストロイヤーの姿は跡形もなくなっていた。
間違いない──撃退したのだ。
ライフル人形は弾倉を替えながら、ゆっくりとこちらへと近付いてくる。
「あんた──」
「助かったわ、本当に!」
「っ!?」
45は見知らぬ人形の手を取り、心から感謝を述べた。
「おかげで貴重な観察対象──っと、なんでもないけど、とにかく本当にありがとう」
「ちょっ、は、離しなさい!」
ライフル人形はその手を強引に振りほどくと、そのまま銃に手を掛けようとする。
「おーい!45!」
「──さて、色々守れたことだし、バトンタッチね」
スコーピオンが走って来るのを遠目に見た45は、そのまま目を閉じる。
『メインフレーム、ログアウト処理中』
──さて、私がしてあげられるのはここまで。頼むから、次はあんなようなやつは相手にしないで。暇つぶしが無くなったらちょっと困るから──。
『ログアウト完了。自律行動を開始します』
そんなような声が頭の中に響き、45は再び意識を取り戻した。
──まだ、状況が掴めていなかった。
突然誰かの声が聞こえたかと思えば、身体が勝手に動きだし、信じられないような機敏な動きをする。
まるで自分ではないかのような──。45はそう感じていた。
「45?どうしたの、そんな呆然として」
「え?あ、いや、なんでもないわ」
「それにしても──」
そう言うと、スコーピオンは45と見知らぬ人形の手を掴んだ。
「凄いよ!あのデストロイヤーを、まさか本当に倒しちゃうなんて……!あたし、死んじゃうかと……」
「あの、えっと」
隣の人形はしきりに瞬きをしていた。彼女が誰かは知らないし、多分スコーピオンとも面識は無いのだろう。
「けれど……ベクターは、私をかばって」
「……うん」
向こうを見ると、ベクターの亡骸の隣には、既に老人が寄り添っていた。
「いこう、45」
「──クソッ、ベクター……何であんな奴にやられっちまうんだよ……」
「っ──」
ベクターの隣で、老人はただうずくまっていた。
彼の普段の様子とは打って変わってとても弱々しく、一気に歳をとったかのようだ。声は震え、今にも──死んでしまいそう。
「馬鹿野郎……」
彼はベクターの手を、ただ力強く握りしめる。その手には、数滴の涙。
「おじいさん……」
「45……。お前……」
老人は45に気が付くとゆっくりと手を伸ばす。ああ、きっと叱られるのだ。責められるのだ。そう思い、彼女はぎゅっと目蓋を閉じた。
次に感じたのは、全身を包む温もりだった。
「よかった……お前さんは、生きていてくれて……」
「……!」
目を開けば、彼の大きな体が、45を優しく抱擁していた。
「あいつは自分の命を賭してまで、お前さんを助けたかったんだ……。お前さんは、あいつの形見だよ」
「おじいさん……」
「ありがとうな。お前さんが来てくれて、あいつはきっと幸せだったよ」
その瞬間、45の瞳には涙が溢れていた。
ベクターは死んでしまったのだと。あの無愛想な彼女は、もう一生見られないのだと。そう思い、理解すると、突然悲愴感に苛まれた。
「おじいさん……おじい、さん」
「ああ……」
気がつけば、四人の家族が互いに抱擁しあう光景が、そこには広がっていた。
「クソっ、辛気臭い……」
見知らぬ人形はそう言うと、銃からマガジンを抜きながら、どこかへと去っていってしまった。
◆ ◆ ◆
「あいつはな、俺の娘が贈ってくれたんだ」
「娘が?」
老人は頷く。
辺りを夕日が照らす頃。
十字架状に組まれた丸太が、地面に突き刺されている。その前には、小さな焚き火が、天まで高く煙を登らせていた。
十字架には大きく、『Vector』と刻まれている。
「俺は元々軍人でな。それに憧れっちまった娘が、馬鹿なことにどっかのPMCに入社しちまったんだ。確か……グリフィン?とか言ってたな」
彼は言う。
「それであいつのいつかの誕生日に、俺に『孫が産まれたよーなんてね』とかいって贈り物をしてきたんだ。それがベクター。ふざけてるよな」
「そんなことないわ」
「そうか?……それでな、そのベクターがまた娘の思春期の頃に似てるのなんの!あっという間に可愛く見えちまって、気がついたら本当に孫みたいに可愛がっててな。……ああ、あの頃が懐かしいな」
「おじいさん、泣いてるわよ」
「おおっ、すまんすまん」
彼は腕で涙を拭うと、再度話し始めた。
「ただ問題があってな。ベクターのやつ、自分のことを機械だの商品だの卑下して止まない訳だ。いやっ、なかなか頑固だったな」
「だから、おじいさんは私たちを家族だと?」
「ははっ、お前さん、ベクターと同じこと言ってやがるな?」
「え?──うわっ」
そういうと老人は優しく45の背を叩いた。
「理由なんかない。人間だろうがそうじゃなかろうが、一緒に過ごしてりゃあ皆家族だ!」
彼はそういって、豪快に笑い始めた。つられて45も微笑む。
「それからは、二人でここに移り住んで、スコーピオンとヴィーフリを拾いながら楽しく暮らしてたってわけだ。老後は自然豊かな場所で生活してみたくてな。まあ危険な場所だが、楽しさの方が数倍上だな」
「そうね。おじいさん、毎日楽しそうだったわ」
しばらく話していると、老人は突然数本の弾倉と、弾薬が詰まった箱を45に手渡した。
「──これって」
「ああ。銃と合わせて、貰ってくれ」
「でもこれ、形見なんじゃ」
「いいんだ。どうせお前さん、また妹を探しに旅に出るんだろ?死なれてもらっちゃあ困るからな。それに」
老人ははにかむと、45の肩を持つ。
「言ったろ?お前さんはベクターの形見なんだ。お前さんがあいつの思いを継いでくれ」
自分を押し倒してまで、爆風から守ってくれたベクターの顔が脳裏に浮かぶ。あの時の彼女はいつになく必死な顔だった。それだけ自分を助けたかったのだろう。
45はただ黙って頷くと、老人は嬉しそうに笑った。
「あ、おじいさん。それに45」
そこへヴィーフリとスコーピオンが歩いてくる。二人は何も言わず老人や45と同じように座った。
「ねえ、45?」
ヴィーフリが口を開く。
「必ず、妹を見つけてね」
「そうだよ。ベクターと一緒にね」
二人とも、45に笑顔を向けた。
こんな、一週間程度の仲なのに。あまりにも優しすぎる。
彼女らの温かさに、45は薄ら涙を流しながら答えた。
「……ええ!」
お前も家族だ(ファミパン)