バッテリー残量――62%。
45は動かない左腕をぶら下げながら、物資を求めてさまよっていた。
彼女の動きは差ほど一般人と変わりないもので、戦術人形のように洗練された動きとは程遠いものだ。これも、記憶障害による影響だろうか。
彼女はゆっくり、慎重に歩を進める。右手には先ほど手に入れた貴重な武器、“MP5”を携え、もしなにかの戦闘に巻き込まれたとしてもすぐ抵抗できるようにはしている。
彼女が手に入れたいものは、バッテリーと弾薬である。できれば、自分の精神を汚染しない方法で入手したい。先の出来事で、45はいくらかショックを受けていた。元々のメンタルは強かったらしく、何とかすぐに立ち直ることは出来たが。
何となく、自分はいつもより臆病になっているのではないかと彼女は推測していた。記憶は定かでないため、以前の自分のことは名前と、人形であったことしか覚えてないのだが、それでも以前の自分はもっと勇敢であった気がしている。
だからといって、今の彼女が勇猛に動ける訳では無い。詳しい戦術はまるっきり覚えていないし、このような状況の打開策なんか分かるはずもない。
しかし生きるためにはどちらにせよ動かなければならない。怯えて街の隅で震えているようでは、すぐにバッテリーを切らしてしまう。運の悪いことにバッテリーも劣化しているようで、このペースで行けば二日もすれば電力は足りなくなってしまうだろう。
月の光に照らされる街をゆっくり歩きつつ、45は使えるものがないか探し続ける。
よく探せば、稀に人形の無残な残骸が見つかることがあった。発見される人形はどれも紫を基調としたフォルムで、まるで統一された軍隊のようであった。
見つける度に45は解体して使えるパーツを探していく。しかし目当てのほとんどのバッテリーは破損していたり、焼ききれたりしているものばかりだった。
弾薬は一切見つからない。銃を持っているにも関わらずだ。
仕方が無いので、使えるものだけを引き抜いて持っていくことにする。
――そのときだった。
「っ!?」
45が背を預けていたコンクリート製の壁が、突然砕け散る。それも、彼女の頭の真横で。
続いて遠くから重低音の効いた発砲音が聞こえてきた。
「狙撃されてる……!?」
45は急いで近くの建物の中に走り込む。それを追うようにもう一発の銃弾が飛んできて、彼女の服の一部を破り去った。
「着弾から音が聞こえてくるまで三秒ほど……。単純に考えて、相手からこちらまでは一キロメートルほどね」
通常、弾は音よりも速く飛んでいく。弾が飛んでいる間にも発砲音は進むが、それを考慮せず考えた時、当然誤差はあるが、着弾してから何秒後に発砲音が聞こえたかによって大体の距離は掴めるのだ。音の速度は毎秒三百メートル強ほどなので、今回45は一キロメートルと判断した。
さて、45は何者かに狙われているわけだが、当然ここで彼女は死ぬわけには行かない。どうにかこの窮地を脱さなければならないのだ。
「今、私に何ができる……?」
彼女は必死に思考をめぐらせる。狙撃してきた方向に向かって、牽制射撃をしようか?――いや、弾薬の無駄であるし、何より敵に弾が当たる訳が無いので、落ち着いた敵に撃たれるだけだ。
では、敵が外すのを祈って、全力で逃走しようか?――リスクが高すぎる。さっきは運良く外してはくれたが、今度も外す保証はない。背中に数発ぶち込まれて終わりだろう。
なら、彼女には何ができようか。今持っている所持品から、打開策を考える。
「もう、これに賭けるしかなさそうね」
そして、彼女は着ていた上着を脱ぎながら、ひとつだけこの状況を切り抜けられるかもしれない方法を思いついた。
◆ ◆ ◆
「絶対に、殺してやる……!」
どこかの丘の上に少女が一人、銃を保持した状態で伏せていた。
銃の先に付いた二脚を展開し、木製のストックを肩に当てて安定させる。
そして、彼女が覗くスコープの中には、あの忌々しい人形が隠れている建物が映っていた。
少し前、彼女は必死に探していた大切な友人を奪われた。辺りに響く悲痛な叫び声を聞きながらも、彼女は助けてやることが出来なかった。
大切な友人の命を奪った犯人。それが、左腕の欠けた悪魔、45だったのだ。
今目の前にその憎しみの対象がいるのだ。ならば絶対に仇をとる。そう心に決めて、彼女はライフルを構え直した。
膠着状態になって数分。そろそろ相手が何か仕掛けてきてもおかしくない頃だ。
――頭を出した日には、撃ち抜いてやる。そのために、彼女は瞬きすらも惜しんでいた。
既に二発も外しているが、今度は外さない。深呼吸をして、息を整える。
そして、事態は動き出した。
突然、建物から45が背を出したのだ。
「逃がさない!」
それを見た彼女は、即座にその背中へと二発お見舞いする。
銃弾は真っ直ぐと飛んでいき、そしてその服を貫通して穴を開け、
「まさかっ……、やられたっ!」
そしてその“服だけ”がバサりと地面に落ちた。
奥では上着を脱いだ45が脇目も降らず全力で走っている。
「悔しいけど悪知恵は回るみたいね。でも、今度こそ終わりよ!」
先程は咄嗟の出来ごとに騙されたが、今度は外さない。彼女は逃げゆく背中に再度立て続けに二発放つ。
だが無情にも命中する直前に、45は丁字路を曲がり姿を消してしまう。もちろん放たれた銃弾はその背中をかすめることも無く壁へと叩きつけられた。
「クソッ!どうしてよ!どうしてなの!?」
奴を狩れる絶好のチャンスを逃し、彼女は地面を拳で殴りつける。今後こんな機会は二度と訪れないかもしれないのに、こうも易々と逃げられてしまったのだ。
「ごめん……MP5、あんたは私を救ってくれたのに、私はあんたを救ってあげられなかった……」
そういって彼女はゆっくり立ち上がる。
「でも、諦めない。いくら自分が弾すらも当てられない不良品でも、元を辿れば私は、“殺しのために生まれてきた”のよ」
彼女は空になった弾倉を交換し、展開していた二脚をしまうと、拳に強く力を込めながらこう言った。
「絶対に仇をとる。次であった時には、じっくりいたぶって、あいつがどれだけ苦しい思いをしたかその身で味わせてからトドメを刺してやるわ……」
「――覚悟してなさい、サイコパス野郎」
◆ ◆ ◆
「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」
彼女は壁際にうずくまり、冷や汗をかいて息を切らしていた。
目覚めた時から羽織っていた上着を失ったが、代わりに命は取り留められた。これさえあれば、また再起できる。
だが、まずはここから離れなければ。またいつ撃たれるか分からないのだ。
弾薬は手に入らなかったが、バッテリーは何とかなった。交戦さえしなければ、しばらくは問題ないだろう。
ワイシャツの白がこの黒い街では目立つだろうし、それこそ速急に街を離れなければならない。
願わくば、またあの時のように、自分のために他人を手にかけるということがもう起こらぬことを。あんな体験は、もうしたくはないのだ。
45は再度歩き出す。命の灯火が絶えるとき、それが彼女の終着点だ。今はただ生きることに必死だが、いずれは自分の記憶をもっと辿りたい。
その目的のため。灯火を絶えぬうちにと、彼女は素早く逃げ出すように道を走り始めた。
45姉、なんかやべーやつに狙われちゃってます。
どうやら恨みを買っちゃったようですねーこれは地の果てまで追いかけてくるんじゃないでしょうかね
がんばれ45姉!いつか妹に会える日まで!