バッテリー残量――37%。
街の外に出ると、やはりと言うべきか人形の残骸はほとんど見当たらなかった。
見つかったとしても、それらは雨ざらしにでもなったのだろう、部品のほとんどが故障していて、使い物にならないものばかりだ。人形は完全防水であることは常識の範疇だが、さすがに体の至る所にまで破損箇所があるような人形が防水するという保証はない。
さらに45が予備のバッテリーも使い切ってしまった場合、彼女が追加で充電するのは厳しいだろう。
予備のバッテリーも二本程度。しかもそれらが100%の電力を溜め込んでいるはずがないし、時間が経てばバッテリーは放電してしまうため、彼女がフル充電できる確率は低いだろう。
よって、彼女は早急に自分の充電ができる何か、もしくは拠点を見つけなければならない。
だが彼女は記憶が曖昧だ。狙撃され急いで逃げたこともあって、ここ一帯の知識は何一つ持っていないし調べてもいない。近くに他の街があったとしても、45がそこにたどり着くためには相当の運が必要になること間違いなしである。
「どうせなら長期的に隠れられる場所を見つけたいけど、まあ無理ね」
背の低い、一階建てか二階建てほどの建物が連立する、整備の行き届いていない道を歩きながら彼女は呟く。
以前は街の郊外か何かだったのだろう。所々に舗装されていない、雑草が生い茂る地面が露出している。街灯も先程の街ほどではないが配置されている。しかし光はついていないため、この辺りにも電気が通っていないだろうということが分かった。
理想は、誰にも見つからないかつ充電ができる場所。前者はともかく、電気がないこの街では後者は不可能に近い。
そのため近くの家などに篭ったとしても、いずれはバッテリー切れになって物言わぬ骸になってしまうだろう。物資も既に一、二軒ほど漁ってはいるが、だいぶ古そうな弾薬以外はめぼしいものは見つからなかった。
とは言っても、古い弾薬も放棄してきた。あまりにも古い弾薬は雷管が劣化していることがあり、火薬に上手く着火しないことがあるのだ。これらは俗に言う不発弾というものである。
曖昧な記憶の中でも、こんな豆知識じみたことは思い出せた。自分はもっと、大切なことを思い出したいというのに。
「――そろそろ夜明けね」
大きな街から逃げて歩き続けた45。気付かぬうちに、空が橙色に染まり始めた。
今まで自分を隠してくれた闇夜は、太陽によってうち払われてしまうだろう。被発見率は格段に上がる。もちろん、自分を狙う者に対してもだ。
あの暗闇から自分を見つけてきたほどの実力だ。狙われているにせよ狙われていないにせよ、今まで以上に慎重にならなければならない。恐れるべきなのだ。
45は迷う。また夜になるのを待つか。日が昇っているうちに行動するのは、自分を危険に晒すことになる。
「――いいや、それじゃあ……」
ダメだ。そう言おうとして、彼女ははっと息を潜めた。
遠くからエンジン音がする。しかもそれは、だんだんとこちらへ近付いてきていた。
様々なリスクを考え、45は慌てて近くの家の裏へ。もっといい隠れ場所があったかもしれないが、今の彼女には探す時間はなかった。
そしてしばらくしないうちに、そのエンジン音は彼女の近くに止まった。
ドアを開け閉めする音が何度か続くと、
「おい、本当にいたんだろうな?」
「間違いねぇよ。茶髪でワイシャツで腕が片方壊れてる、こんな特徴が言えるってことは見たってことだ」
複数人の男の声が聞こえた。
「っ……!」
間違いない。この男たちは自分を狙っている。そう考えた45は、家の裏でしゃがんで銃のグリップをしっかりと握った。
一体いつの間に見つかったのか。45は極力隠れながら移動してきたつもりだが、彼らにはそれを見つけるほどの能力があるということ。となると、街で狙撃をしてきたのは彼らなのではないか。45は思考をめぐらせる。
ならば見つかれば無事では済まないだろう。
「おい、いねぇぞ!やっぱお前の見間違いじゃねーのか?」
「いや、絶対いる!神に誓っていいぜ!」
「ほーん、言ったな?じゃあいなかったら一杯奢れよ」
彼女の周囲で色々な音がする。男たちの足音や、扉が開け放たれる音。道にあったゴミ箱を開ける音、発砲音まで。それらが聞こえるたび、音は段々と近づいて来ているのが分かった。
音が近づいてきているということは、彼らは45の居場所に近づいているのと同じだ。もしかすると、このまま彼女は見つかってしまうかもしれない。
ならば、見つかる前に突破するべきかもしれない。持っている銃を使って不意打ちすれば、簡単に一人や二人倒せるはずだ。
目覚めてから初めての発砲になるが、なんとか扱えるだろう。彼女には少しの自信があった。
「全然見つからねぇ。お前の言う通りならあとこの家だけだぞ」
「確かに見たんだよなぁ。逃げちまったのかも」
「はぁ!?じゃあ俺ら無駄足だってのかよ?燃料の無駄だぜ全くよぉ!」
そうこうしているうちに、男たちはこの家に目をつけてしまったようだ。
決断の時である。大人しくここで息をひそめているか、それとも強引に突破するか。
「……やるしかない」
彼女は音を立てないよう慎重に立ち上がった。右手で銃をしっかりと握り直し、ストックを肩に押し付ける。戦うという決意をしたのだ。
45は深呼吸をして、いざ振り返ろうとしたとき、
「見っつけたぁ!」
「――っ!?」
男が後ろから突然45の左肩を掴んだ。
驚いた45は飛び下がった勢いで手を振り払い、そのまま銃口を男に向ける。
「うわっクソッ!」
男は反射的に45に突進する。
彼の身体は45を容易に吹き飛ばし、その勢いで彼女は訳も分からず引き金を引いた。
数秒にわたり発砲音が響く。放たれた弾丸は全て空を切り、薬莢が地面に散乱する。
「てめぇ!」
「ひあっ!?やめろっ、離して!」
「離すわけねぇだろ!こっちが危ねぇんだよ!」
そのまま男は空になった銃を払い落として45に馬乗りになり、彼女の両腕を抑えつけた。
「おい大丈夫か?」
「俺は大丈夫だ、それよりもこいつをさっさと縛り上げろ!」
彼らのうち一人が荷物からロープを取り出すと、馬乗りになっている男が45をうつ伏せにさせる。
やけに手慣れた手つきで45を後ろ手に拘束し、ついでに両足も繋ぐと、ようやく男たちは彼女から手を離す。
「ぐっ……このっ」
「一時はどうなることかと思ったぜ」
「銃声が聞こえた時は戦慄したよ俺も」
あっという間に身動きを取れなくされてしまった45。なんとか足掻くも、弱っている彼女の力では、どうやってもこの縄を外すことは出来そうにない。
「な?いただろ」
「マジでいるなんてな……。よく見つけたな」
「とりあえず持って帰るぞ」
そう言うと男は45をひょいと持ち上げ、肩で担ぐ。腕にがっちりとホールドされ、さらに動けなくなってしまう。
男たちは歩き始める。恐らく、このままどこかに連れていくつもりなのだろう。
誰か助けて。そう願っても、正義の味方が現れるはずもなく、無情にも担がれ連れていかれるのみだった。
そして、歩き始めてから数分。彼らのうちの一人が口を開く。
「それにしても……、こいつをそのままバラして売るのは――もったいねぇな」
その言葉に、45は目を丸くした。
「バラす……?売る!?どういうこと!?」
「うっせぇなあ、黙ってろ!」
「かはっ!?」
男は45を地面に叩きつけると、ロープで彼女の口に猿ぐつわを施した。
「〜~ッ!〜~!」
「いくらか静かになったな。で、どうするんだっけか」
「まあ、こいつを“なんにもせずに”売るのはもったいねぇだろ?だから、やるんだよ。――ヤるんだよ」
男たちの間で囃し立てるような歓声があがった。
「ここらへんを歩いてるような人形なんて、まともなやつはいねぇ。それに比べて、こいつはまあまあいける口じゃねぇか?」
「分かるわ。ちっと顔に傷がついてるのは気に食わねぇけど、まあ当たりの部類だな」
「どうせ“分解”すんのには変わりねぇし、いっそヤっちまうか!」
「そうだな!こいつに危ねぇ思いさせられたばっかだし、鬱憤ばらしはこいつでさせてもらうとするか、なぁ?」
彼らが下品な笑いをうかべる。それらを、45は地面に這いつくばって聞いていることしか出来なかった。
彼らは野盗だ。話を聞く限り、45をそうしたように人形を拉致し、そして分解して売り払う闇商売をしているのだろう。
そして、今の45にとっては、彼らは強姦魔でもあった。男たちは今もいやらしい目で45を見下ろし、いつ襲いかかってきてもおかしくない。
この抵抗のできない現実に、彼女は身をふるわせる。
絶望で彼女は満たされていた。もう死は確定したようなもので、そのうえ汚されようともしているのだ。
昨日見たあの希望の光も、今では全て消えてしまっている。当たり前だ、この状況なら誰であっても希望など持てるはずがない。
そこまで考えると、45は頬に涙を一筋流し脱力した。抵抗するのをやめてしまったのだ。
「おいおい、泣いてるぜ?」
「可哀想になぁ。ま、そうなるのも仕方ない」
その姿を見た男たちは一斉に笑った。
そして男が45を担ぎ上げ、また歩こうとし始めた時、
――近くから、耳を塞ぎたくなるような爆音が連続した。
「ぐわっ!?」
「なんだっ!?」
轟音のした方から熱風が吹き込む。彼らは突然のことに全員立ち止まると、急に一人が叫ぶ。
「おっ、おい!あれを見ろよ!」
「……嘘だろ?」
「なんでだよ!」
彼らが見る方向を45が頭を上げて覗くと、そこには大破した装甲車だったものがあった。
ある程度の弾なら弾き返す強固な装甲をもった車両が、目の前で無残にバラバラになっていた。破片を周囲に撒き散らしているにもかかわらず、装甲車であるということが分かる程度に形が残っていただけでも奇跡である。
「だ、誰だこんなことしたやつは……!」
「おい、どうやって帰るんだよ!」
「知らねぇよ!」
先程までの威勢はどこへいったのか、彼らは全員焦り落ち着きを失い、今にも仲間割れを起こしそうな雰囲気である。
「がっ!?」
「おいどうした――ぎゃあっ!」
すると、男たちは次々に銃声と血と共に倒れていく。生き残った全員が発砲音の方向を向くと、一人が絶叫する。
「な、なんで……!なんで“鉄血”がいるんだよッ!」
「この時間帯はいないはずなんじゃないのかよ!?」
「クソッ、騙された!」
そう言うと、男たちは我先にと散り散りに逃げ出す。45は忘れたかのように放棄していく。
遠くから、ポンッポンッと気の抜けた音が連続する。すると次の瞬間、
――走り去っていく男たちを中心に、まるで絨毯爆撃のように爆炎が上がったのだ。
「助けてくれ、助けてく――」
「嫌だぁ!死にたくねぇ!嫌だぁぁぁ――」
彼らは口々に叫び声をあげ、まるで塵のように吹き飛んでいく。燃え盛る大地に、生命への冒涜のような光景がそこには広がっていた。
そんな地獄を目の辺りにした45は、自分も今からこうやって死ぬのではないかと想像し、全身の身の毛がよだつような感覚を味わっていた。
「大したことないじゃん。こんなところに堂々と車停めてるから、もしかしてエリートでもいるのかと思っちゃった」
突如、45の後ろ側から幼い少女の声が聞こえてくる。
何かと思って振り向くと、そこには戦場の風景には似合わない、可憐な少女が立っていた。
だが、全身黒と白の色調は異様そのものであり、腰から生え出た二門のグレネードランチャーは、彼女にこの場に立つ資格を与えていた。
まるで食物連鎖のような光景だった。45のように弱きものは強きものに負け、その彼らも更なる強者に蹂躙される。
45にとっての野盗があの男たちだったとするならば、その男たちにとっての野盗はこの少女だろう。――彼女が奪ったのは、多くの生命であるが。
自分も今からああやって惨めに砕け散るのだろう。そう覚悟を決めた45は、もがくこともせずにゆっくりとまぶたを閉じた。
「……えっ?」
だが少女の素っ頓狂な声が聞こえ、気になった45はつい目を開けてしまう。
そして少女の次の言葉に、心底驚愕することになる。
「まさか……UMP45!?」
「うえっ……?」
彼女は目をぱちくりとさせる。
自分の名前など、目覚めてから誰にも話していない。ましてや、この少女とはあった記憶もない。つまりは――。
「ひふぃふぁい?」
知り合い?45は猿ぐつわされた口で呟く。
この少女は、彼女のことを知る貴重な人物かもしれないのだ。
45は期待に充ちた目で少女を見上げた。
毎回すんでの所で命を拾ってますね。豪運ですねー(棒読み)。
なんか自分の名前を看破したグレネードランチャー少女と出会った、ほぼ記憶喪失45ですが、果たして彼女はどうなってしまうのでしょうか!