元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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この物語は、主人公が愉悦☆するお話です。割と胸糞成分多めを予定しております。
容赦の無い主人公に感情移入できない方、ブラウザバック推奨です。



第一章【春は毒の味】
遠き夢


 ――誰よりも努力した自負と誇りがあった。

 

 重苦を背負いながらもハンディキャップを撥ね除け、挫折という妥協の選択を決して見やること無く、純度の高い羨望と共に邁進し続けた。

 その男の生は苦行の連続だったのだ。

 逆境を越えたその胆力、決意の強さは誰もが感嘆するだろう。

 

 故に、報われるべきだったのに。

 

 

「……相澤先生。どうして――」

 

 

 告げられたのは形容しがたい理不尽だった。合理性を突き詰めた結果の真実がそれであるのだが、夢とか希望とか、そんな美しいモノで彩られていた少年の物差しでは、納得するのに時間がかかってしまった。

 

 そう、納得してしまえたのだ。

 

 道理に合わない不条理。努力した人間が報われない結果。こんな横暴があって許されるのか。諸人は首を縦に振る。

 ――これが許される社会だ。 

 暗にそう表現する現状は、やがて少年に強い猜疑心と復讐心を植え付けるのだが、まだ誰も知らない話だ。

 

 

「草壁勇斗。本日付けでお前は除籍処分だ」

 

 そう聞かされた瞬間、少年は目の前が暗転しかけた。

 今まで積み上げてきた功労が全て、塵屑みたいに一蹴されて、否定されたのだから。

 

「そ、そんな……! 出来ますよ!! 俺だって!! だって、俺は!!」

「ああ、そうだな。成績は主席。近接格闘術はぶっちゃけプロヒーローにも追随する練度。協調性にも富み、周囲との連携も得意と来た。正直言って、お前は俺が見てきた中でも特一級の“器”だ」

「だったら、どうして、こんな……!!」

 

 

「分かるだろ、聡いお前なら。無個性はヒーローになれないよ」

 

 

 民衆が求めるのは、平和と希望を体現したヒーロー。すなわち、何の忌憚も無く憧れられる存在だ。

 その点、少年は条件と合致しない人間だった。

 実力的に不足? 能力に欠陥がある? そんな話ではない。もっと根本的な部分に、“憧れてはいけない”――その理由となる問題が根付いている。

 

「……希望とは何だと思う? 羨望とは何だと思う?」

「想いの種です! 幸福の第一段階! 救うことに於いて、決して避けられない――避けるわけにはいかない通過点! だから俺たちは希望を産んで、羨望されるために努めるんです!!」

 

 突拍子もない問いに即答できたのは、少年が生来の英雄的資質を兼ね備えており、清廉な思想を持っていたからだった。

 そして、それは誤っていない。一つの正解だと、プロヒーロー・相澤消太は認める。

 

「ウン。模範解答だな。百点満点中百二十点。他の若輩者に見習って欲しいくらい崇高な心持ちだ」

「当たり前です! だってそれは、忘れちゃいけないヒーローの主軸なんですから!!」

「……何だろうな。聞くんじゃなかったな。だってお前、誰よりもヒーローしてる。雄英の試験に思想チェックの項目があれば、まだ救いようがあったかもしれない。

 

 ――だが、ダメだ。お前はここを去るべきだ」

 

 少年の想いを誰より熟知し、同情し、賛同する担任だからこそ、相澤消太は告げる。

 

「救いも憧れも、二律背反の嫉妬だ。あるいは絶望か。ともかく、軽率にそんな可能性を出すべきじゃない。

 

 確かにお前なら、第一線で通用するかもしれない。

 全く別の、新たな象徴になれたかもしれない。

 

 でも――無個性でもヒーローが務まるって結果は、甘い毒だよ。無用な希望を生み出すんだから、ここで認められていても、世論は認めない。それに見栄えもしないしな。忌々しいことに、今はそういう風に需要が動く時代だ」

 

 

「……。」

 

 反論など、出来る筈がなかった。

 少年は狂気じみた努力の末に、ようやく今の地点にかじりつくことが出来ている。担任教師は第一線で通用すると言ったが、実際には真正面での戦闘で個性持ちヴィランとぶつかるのは危険だろう。

 生かせる長所もなく、特攻も出来ない裏方での役回り。自然とそんな立場に落ち着く未来が連想される。

 それでも諦めなかったのは、純粋に焦がれていたから。

 

 ……だが、それすら許されないのだと言う。

 

 

「――そう、ですね」

 

 

 少年は分かってしまった。

 目を背けていた真実に、眩しいあの人たちが隠していた世の深層に、ヒーローの根幹に、ようやく気付けた。

 

 ――無個性でもヒーローになれるという前例の発生。それはきっと、成就しない憧れの種子を少年少女たちに植え付けるだろう。

 少数を切り捨てることで、多数は栄える。実に合理的だし、良心的だ。

 無個性は邪魔にならない様に影で震えつつ、ヒーローに救われていればいいのだ。それで弱者は安寧を獲得できるし、強者は満たされる。

 

 少年の懐くヒーローの理想像は、承認欲を満たすためのアイドルではない。

 救済のための“踏み台”だ。ヒーローとはそう有るべきだった。

 だから、ここで少年は正真正銘の踏み台に、淘汰される雑草に回帰するのだ。きっと、そうするべきだ。それが皆の為なのだから。

 

 改めて気付かせてくれたのは、他ならぬ敬愛する担任教師。

 この状況に憤りは感じていないと言えば嘘になるが、担任だけに限って言えば、少年が彼に向ける感情は謝意と恩意の二色だけだった。

 

 

「……ありがとう、ございます。相澤先生」

「やめろ。恩に思われるようなことは何もしてない。いっそ面罵される方が清々しいくらいだ。

 

 

 ……クソ。だから俺は反対したんだ。いずれはこの真実を突きつけなきゃならない。それを知ってて、草壁に合格判定を出すなんて……!」

 

 

「それ、入試の話ですか?」

「ああ、そうだよ。あの時、多くの教員陣は難色を示していたんだがな、規則を遵守してお前の入学を認めるって結論に落ち着いたんだ。今になって、後悔している。

 

 

 

 

 

 

 ………本当に、ごめんな。草壁」

 

 

 相澤消太にしては珍しい、暗然を隠そうともしない語調。眉根を歪めて、少年に懺悔するように呟く。

 なるほど、確かにこの人はプロだ。他人の為に悔やめる善なる人だ。

 だから、この人に切り捨てられても俺は平気なんだろう。

 

「謝らないでください。ヒーローになれなくても志は同じ。なんなら刑事でも目指そうと思いますから」

「……絶滅危惧種だぞ、それ」

「だったら探偵なんてどうですかね」

「そっちに至っては殆ど絶滅してるようなもんだ」

 

 現在、治安維持の仕事の大半をヒーローが担う時代。個性を公的に扱える職種は、ヒーローか警察の一部の特殊課だけだったりするのだ。

 だから、個性持ちが絶対に選ばない将来を選択するのも一興ではないだろうか。

 

 悔恨は当然、ある。

 しかし、少しでも前向きにここを去れるように、少年――草壁勇斗は笑顔を浮かべた。絵に描いたように端麗な美少年の、曇り一つない輝く頬笑み。

 それに答えるように、相澤消太は微笑めいたものを浮かべた。

 

 

 

 

「マジで……ウン。謝って済まねえよな、これ。いっそ殴ってくれ」

「えっ、マイク先生いつもとテンション違くない!? 俺なら別に平気ですよ! 今までだって除籍になった同級生は何人かいたし、俺がその一員に仲間入りってだけですよ!」

「だってよ、お前は事情が違う。それに、入学試験の時にお前を一番強く推してたのは俺だ。無個性で上位陣に食らい付くお前に可能性を感じ取った……ってのは言い訳だな。お前は軽率なんだよ、山田ひざし。バカヤロウ」

「(……本名初めて知ったな)い、いや、俺はむしろこれで良かった!! これでようやく、プレゼントマイクのリスナーとして、アンタを純粋に応援できる!! 滾ってきたぜYEAAHHH!! マイク! これからも熱いヴォイスをよろしく頼むな!!」

「……。」

「セ、セイヘイ……。ヘーイ……?」

「…………マジでマザーテレサな聖人だぜ……っ!」

「(何言ってんだこの人)」

 

 

 ――ある男は少年の慈悲にマジ泣きし、

 

 

「さよならミッドナイト……。貴方と過ごした時間は輝いてましたぜ」

「最後まで草壁くんは草壁くんね。でも、無理してそうしてくれてるのは分かってる。私たち、誰より君が苦しんで、困難を乗り越えてきたのか、知ってるから……。でも、そうした同情が草壁くんを更に追い詰めてたのよね」

「えっ、何、このしんみりムード。人が明るく最後の挨拶してるのに、どうしてこの人たち揃いも揃って暗いの!?」

「だって……こんなの、償いきれないじゃない。私たちの失敗を君に押しつけてしまう。きっと皆、どうすれば許して貰えるか、ずっと、懊悩してる」

「あ、じゃあ一回抱かせてください」

「…………よ」

「ん?」

「良いわよ、草壁くんが相手なら。私の一生はあげられないけど、一晩くらいなら……」

「……ブファッッッ!!」

「草壁くん!? こ、この鼻血はどう考えても致死量だわ!?」

 

 

 ――ある女性と少年の間には何故か距離が生まれ、

 

 

「せんぱぁあああああああい!!」

「ミリオオオオオオオオオオ!!」

「せんぱぁあああああああい!!」

「ミリオオオオオオオオオオ!!」

「せんぱぁあああああああい!!」

「ミリ、っていつまで続けるのコレ」

「先輩が辞めるなんて、哀しすぎます! 俺、先輩から沢山のこと学びました! 格闘術も先輩との特訓の賜物です!! なのに、どうしていきなり自主退学(・・・・)なんて!!」

「(除籍処分なんて言えないよなぁ)……本当にやりたいことが見つかったんだ」

「本当に!? やりたいことォ!? それは一体!?!?」

「フ。AV男優になってズッコンパッコン大騒ぎよ」

「…………せんぱぁああああああああい!!」

「聞かなかったことにしてるぅうう!! 何だコイツ、実は初心(ウブ)かお前!! あんなにデカいくせにお前!!」

 

 

 ――何か吹っ切れたのか、ある後輩とは卑猥すぎる会話(一方的)を繰り広げ、

 

 

「勇さんが退学……? そんなの、私一度も聞いてない!」

「まあ言ってなかったからな。俺も思うところあってだな、ヒーロー志望を卒業する所存という訳だ」

「だとしても、打ち明けるの遅すぎるよ!! 何で私に真っ先に相談してくれないの!?」

「え、逆に聞くけど、相談した方が良かった? 重くない?」

「良いに決まってる! だって、私と勇さん付き合ってるんだから! 学年は違ってても、もっと、一緒に居たかった……」

「へ?」

「ん?」

「付き合って……おや? むむ? すまんが心当たりがないな。どこから勘違いが生まれた?」

「勘、違い……?」

「だってほら。俺、告白したっけ」

「……両想いの男女は付き合うもの、だから。私、勇さんに何度も口説かれてたし、てっきり、そういうことかと――」

「あー、そっか(ミリオといい波動といい、今年の一年はチェリーばっかだな。奥手じゃヒーローは務まらんと思うんだが、もしかして俺が積極的すぎなのか?)……あれ、つーか“両想い”ってことはお前、まさか」

「――へ、へへッッ!!」

「へ??」

「へんたぁぁぁああああああいッッ!!」

 

 

 ――ある後輩からは熱烈なビンタを頂戴した。

 

 

 同級生や教師陣、自分を慕ってくれる後輩との別れを全て済ませた後には、存外、草壁の心境は晴れやかなものになっていた。

 険しい道のりだったが、よくここまで頑張ってこれた。俺、頑張った。凄いぞ俺。

 振り返ってきてみて、痛烈に思う。決して徒労ではなかった。雄英高校で学んだことは全て、草壁勇斗の心の補強に役立っていた。

 

(ま、偏見で辛かった時期もあったけど、結局は楽しい一年半だったかな)

 

 願わくば、次の雄英体育祭で、旧友たちと再会し、また笑えますように。

 そんな殊勝な想いを胸にして、草壁は母校を後にした。

 

 

 

 だが、願い虚しく、数日後には彼の雄英在籍記録は完全に抹消され、『草壁勇斗』という個人すらも社会から排斥された。

 ――草壁勇斗が起こしたとされる、ヒーロー殺害事件を皮切りにして。

 

 

 

 




天喰くんとは面識はあるけど友人ではない、くらいの設定です。
勇くんはビッグ3と一歳差なので、原作突入頃には19歳ですかね。
次回、時間跳びます。

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