元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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一団の名は敵連合

 全身くまなく包帯で巻かれ肌を一切露出させない相澤消太の風貌は、まず間違いなく瀕死の重傷患者であり、自力で歩行する姿は見る者の同情を誘う。

 そして、平時より平和の象徴として風采を放つオールマイトの暗然とした様子は、自然と周囲の注意を引きつけ喧噪を幾ばくか抑えた。

 

 根津校長に加えてこの二人が会見の場に現れた最大の理由は、雄英への非難的な印象を少しでも和らげようといったものだった。そして一時的なものではあったが、意図した通りに会見場の刺々しい空気に一拍の閑寂が挟まれる。

 その期を逃すまいと、根津校長は深々と頭を下げ、彼の両脇の二人もそれに倣った。

 

 午後15時。遂に記者会見が始まったのである。

 

「此度の事件に関しまして、皆様に多大なる心労をかけましたこと、そしてなにより、被害者の皆様に対しまして、深く謝罪申し上げます」

 

 根津より述べられた謝罪の言。これにより、会見の方向性は定まったようなものだった。

 沈黙を破って、まるで懲罰を下すかのような勢いでフラッシュが鳴り続け。一気に会場に熱が混もった。最高のヒーローが……オールマイトが頭を下げたのだ。場が沸き立つにはその事実だけで十分だった。

 

「オ、オールマイト! 貴方がいながらどうしてこのような惨劇を許してしまったのか……!」

「直実な今の心境をお聞かせください!!」

「被害者遺族への釈明はどうなさるおつもりでしょうか!?」

「世間では犯人グループに完全敗北と囁かれておりますが、どうお考えですか!!」

「お応えください! オールマイト!!」

 

 詰問の矢の大部分は、学校の最高責任者にでも、死者を出したクラスの担任にでもなく、オールマイトへと向かっていた。犯罪者はもちろん、報道者にも、一般人にも、何処を崩せば民衆の関心を引けるのかは一目瞭然だったのだ。

 

「……私は――」

「――尊い一人の命を救えなかったことは慚愧に堪えません」

 

 オールマイトの言葉尻を奪ったのは根津校長だった。

 

「現場にいたプロヒーローは、オールマイトとイレイザーヘッド、そして――療養の為、この場には居ませんが――13号の三名でした。しかし、彼らは間違いなく最善を尽くしてくれた。甚大な犠牲を生んだ今回の強襲事件ですが、全ての非は、未然に敵の動きを察知できなかったこの私にございますこと、何卒ご理解ください」

「……生徒を見殺しにしておいて、最善と仰られましたか? 同じ事を、亡くなった生徒のご両親に豪語できますか!?」

「無論、遺族の方々へは細心の心遣いをさせていただきます。この場におきましては、厳然なる事実を世間に発信する必要性を鑑みて、ありのままの真実を述べさせていただきました」

 

 強気な反論が出てくる事が意外だったのか、質問した記者はそのまま押し黙った。

 すると別の箇所から、

 

「校長は現場に居合わせていた教師の奮闘を評価しているようですので、それを踏まえてお尋ねします。

 イレイザーヘッド……あなたは事件発生時の授業を担当していただけでなく、亡くなられた生徒の担任でもあったそうですね。その犠牲を出してしまった最大の要因は、どこにあるとお考えですか?」

 

 その問いを受けて、相澤は相手を静かに睥睨する。質問してきた記者は、相澤の口から校長の責任について言及させる腹なのだろう。

 

「……(ヴィラン)の個性が未知数であったという点が大きいかと」

「未知数、と言うと?」

(ヴィラン)の持つ個性が希少かつ強力なものであり、『抹消』の個性を使用しても完全に封じ込めることは困難でした。加えて、敵の数が我々の想定を大きく逸脱していたというのもあります。無論、私どもの力が及ばなかった事実は糾弾されて然るべきであり、此方としても猛省すべきと考えていますが、平常の防衛体制そのものが不足であったというのが、雄英教師としての見解であり総意です」

「成る程、貴方自身には何の不足もなかったと、そう仰る訳ですね」

 

 ――傍目からも分かるほど、相澤が憤懣を滲ませた。

 彼は被害を招いた要因として大きかったものを、掻い摘まんで挙げただけだ。防衛側の汚点を全て列挙していたのでは、時間も言葉も足りない。

 それに、相澤だけでなく、雄英教師の全てが自身の非力に負い目を感じているというのは、並大抵の感性があれば暗黙の内に誰でも悟れるというものだろう。それを否定するような言及には悪意以外の何も感じ取れなかった。

 

「……いえ、それは……少々歪曲された解釈かと。私が言いたいのは――」

「――何故、生徒は死ななければならなかったのか! 何故、矢面に立っていた筈の教師がまだ生きているのか!

 道理が外れているようにも思える今回の結果に見れば、貴方の怠慢は確実だったと感じますが? そのことについてどうお考えでしょうか、イレイザーヘッド!?」

 

 生徒ではなくお前が死ぬべきだった。暗にそう突きつけられたイレイザーヘッドの表情に、小さな汗が流れる。

 一見、稚拙な暴論に聞えるかもしれない。しかし、彼にとってそれは一つの正解だったのだ。

 

「…………その通りです。如何なる犠牲を払ってでも、自らを肉壁としてでも、文字通り命を賭して生徒を守るのが私の責務でした。生徒が死に、ぬけぬけと教師が生きている――私も、自分の力不足を呪うばかりです」

「おや……? では、先程までの現場の対応が最善だったとの主張は、誤りであったと認めるのでしょうか? 困りますよ、簡単に前言撤回なんて。公の言葉には責任を持って頂かないと。ヒーローや教師として以前に、社会人として必要な能力が著しく欠落しているように感じてしまいます」

 

 言い切った記者はフン、と得意げに息を漏らす。相澤は瞑目して頭を下げることしかできなかった。

  

「――先刻の発言、撤回はしません。ですが、少々、言葉足らずだったことは認めましょう」

「……ほう、言葉足らず?」

「はい。相澤先生は過度に自責の念を持ちすぎるきらいがあるようですが、それは担任としての責任感を由来とするもの。冷静に事件の全容を俯瞰すれば、生徒の中から死者が出た原因が私にあるのは明白なのです」

 

 根津校長の声の影に潜んだ圧力は、不思議と会場全域の注意を集め、彼が虚勢の類いを張っていないと語っていた。

 無視できない言葉の重みに引き寄せられた全員は、その後結ばれる言葉に耳を傾ける他なかった。

 

「雄英が襲われたその日の明け方、出勤の最中であるにも拘わらず、オールマイト先生がヒーロー活動に勤しんでいたことは皆さん調べがついていると存じます。それを糾弾するつもりはありませんが、結果として、事件当日、彼は遅刻による勤怠を犯してしまった。となると、校長として忠言を入れるのが私の責。しかし、愚かしくも私はその説法に熱を入れすぎてしまい、想定よりも長く彼の時間を拘束してしまっていたのです。

 

 ヴィランに襲撃された災害訓練は、当初の予定では『13号』『イレイザーヘッド』『オールマイト』の三人体制で執り行う手筈でした。が、私がオールマイト先生を本校舎に引き留めていたばかりに、訓練は彼抜きのまま始まった。つまり、ヴィランが校内に侵入した瞬間、オールマイト先生はその場にいなかったということになります」

 

 この時点で公表されていた情報の中には、生徒が襲われた現場にオールマイトが居合わせていた、というものが含まれていた。しかし、今の説明はその情報に異を唱えるものであり、ようやく記者たちにも根津校長の言葉に理解が及んできた。

 

「……え」

「おい、それって……」

「まさか……?」

 

 募った疑心を一身に背負い、根津校長は、“平和の象徴の敗北”を否定した。

 

「つまり、平和の象徴が現場に駆けつけた時、既に生徒は犯人の毒牙にかかった後だったのです。もしも最初から予定通りに訓練が行われていたなら、生徒の中から死者を出すこともなかったでしょう。

 ……全ては、私の冗長な判断が招いた悲劇でした」

 

 

 

 

 

(校長は――全てを背負われる気概でいらっしゃる……ッ!)

 

 オールマイトは沈黙を貫くことしかできなかった。

 根津校長個人を批難の矢の前に立たせることで、雄英の失墜の勢いを減速させる。全て事前の打ち合わせ通りの流れであったが、恩義のある人物が重苦を背負う瞬間に立ち会うことは、オールマイトには苦痛そのものだった。

 

(平和の象徴を生かすため、何より学校を救うため、この方は最も辛い役に回ろうとしている。だというのに、私は――何も出来ない……! この方の覚悟を踏みにじってはいけないのだ……!)

 

 根津校長の決意を無駄にしないためにも、オールマイトの取れる最善手は押し黙ることだけであった。

 

「校長がオールマイトを拘束していた……?」

「それがなけりゃ生徒は死んでなかったって……ッ!」

「……オールマイトが駆けつけた時、全ては手遅れだったってことか?」

「だとしたら、校長が負う責任は確かに重い……!!」

 

 無自覚の内に、オールマイトの両の手に重い力が込められ、拳が血で滲み始めた。

 

(――だが……)

 

 それは根津校長の誤算だった。

 あえてオールマイトを会見の場に招致したのは、校長自ら泥を被り、オールマイトの顔を立てる為だった。しかし、彼の愚直なまでの強い道義心は誰かの予想の枠に収まらない。

 彼は義勇の重病を患っているのだから。

 

「――――皆さんに、お伝えしておきたい!」

 

 割れ鐘のような声で会場が震えた。

 立ち上がったオールマイトが横目で根津を見やると、彼は嬉しそうに、困ったように微笑んだ。

 

「……校長はこう言われましたが、遅れながらも私は現場に駆けつけ、(ヴィラン)と対峙したのです。しかし、私たちは結局犯人グループ全員を取り逃し、一人の犠牲を突きつけられた! 傷付かれた方々を労るのは当然のこと。しかし同時に、私たちは目の前の脅威に立ち向かわなければならない!!」

 

 激昂するオールマイトに、その場の誰もが痺れていた。彼の憤怒を向けられた犯罪者は揃って戦慄していただろう。しかし、その庇護を受けるだろう人々にとって、その号は聞き入る程に耽美だったのだ。

 そして、告げられる。

 

「一団の名は――(ヴィラン)連合!」

 

 初めてオールマイトが名指しで言及した犯罪集団。その名は、人々の記憶に強く刻まれた。

 

「悪意の申し子のような彼らを、必ず見つけ出し、この負債を償わせる! 絶対に逃しはしない!

 

 改めて宣言しましょう――私が征く! と!」

 

 もちろんそこに笑顔は無い。

 しかし、民衆にとって、これ以上頼もしい修羅の相貌も無かった。

 

 

 ◇◆◇

 

 ――公開された雄英の会見映像。それを鑑賞しながら、不敵にほくそ笑む悪意の申し子たちがいた。

 

「必死だねぇ、熱くなっちゃって」

 

 死柄木はクツクツと嗤い、画面越しにオールマイトを睨め付けた。

 オールマイトは死柄木にとって忌々しい怨敵でありながらも、最大の脅威として認めるに値する男である。そんな巨大な存在の口から自分の組織の名前が出て、承認欲が満たされた彼は、不気味な含み嗤いを溢す。

 

「期せずして最高の売名成功だ。このバカは連合(こっち)に利を回してるって事に気付いてねェ……!」

「でもま、逸らし方(・・・・)としちゃ悪くはなかった。狙ってやったんだとしたら結構な演者だ」

 

 敵を晒して自分たちへのヘイトを削る意図があったのなら、オールマイトの台詞はやがて好結果を結ぶことになるだろう。

 しかし、勇はそれを嘲笑った。そもそも雄英は着眼点がズレているのだ。彼らが自分たちへの批判を逸らすために策を講じるのは、完全に徒労である。世間は本気で雄英を糾弾したりしない。もしもオールマイトが敗北したと流布されたとしても、平和の象徴として築いてきたものが全て崩れることは無いだろう。

 

「オールマイトの否定は象徴の否定。象徴の否定は平和の拒絶だ。少し考えりゃ分かる。何がどうひっくり返ろうと、メディアがどう印象操作しようと、根っこで皆が願うことは変わらない。オールマイトは自覚している以上に自分が偉大だってことに早く気付いた方がいい。全部茶番、出来レースだ。こんな些事に雄英が本気とは恐れ入ったね。彼らはヒーローの分際で、人の心の動きを知らないようだぜ」

 

 未成年の犯罪者が考え至った世論の動きを、プロのヒーローが予測出来ていないのだから、これほど滑稽な話はない。

 根津校長は無駄骨を折ったのだ。

 だが、もしかすると校長が汚れ役を背負ったことには、雄英を守る以外の目的があったのかもしれない。それを前提として勇は考える。

 

(……あの毛達磨、いつもより早口で声のトーンが高かった。上手く隠してたつもりだろうが、多分逸る想いがあったんだろうな。それがこの先(・・・)を視てのモンだったとしたら、校長の腹は……そうさな、『学校長を辞職して、連合の捜査に加勢したい』って所か。上等だ、テメェとの知恵勝負になったとしても負けねぇよ、俺は)

 

 勇の推測通りの魂胆が根津校長にあるとしたら、彼が視ているのは間違いなく草壁勇斗だ。

 母校の校長が自分に執着している気配を感じ取って、勇は口元を悪魔的に歪ませる。

 

「いやぁー、モテる男は辛いですなぁ」

「はは、全くだ」

「いや死柄木のことじゃねぇよ。調子乗んな非モテ陰キャが」

「…………あ゛?」

「おー、非モテ陰キャが怒った~。自覚あるのか。ワロスワロス」

「ぶっ殺されてェのか」

 

 リーダーの殺気を笑いながら軽く受け流す朝木勇。死柄木の沸点と、彼の自分への好感度、適切な尺度でそれらを測り、実行に移されないギリギリの殺意を煽っているのだから、死柄木の扱いにも慣れたものである。それにしても、アクセルの踏み込み方に(自分への)容赦がなさ過ぎるが。

 ……彼はいつか本当に死柄木に殺されるかもしれない。

 

「それにしても、朝木の名前が出て来ませんね。伏せられるのでしょうか?」

「いやいや、流石に俺とマスキュラーのヴィラン名くらいには触れると思うけどなぁ。ンま、続き見ようぜ」

 

 会見映像にはまだ中盤にすら差し掛かっていなかった。談笑をやめた勇たちは、再度画面に注意を向ける。

 その時、会見への世論の反応をスマホで調査していたトゥワイスが、

 

「あ、あッあああああ朝木!! ヤベェ!!」

「……トゥワイス? どうした、そんなに慌てて」

 

 只事ではないその様子に、朝木は声音の熱を何度か下げた。

 

「お前、蟻塚ちゃんの管理ちゃんとしてんのかよ!? 俺は知ってるぞ! 大事な家族(いもうと)なんだろ!?」

「…………何が言いたい?」

 

 蟻塚と言えば今朝から連絡が取れていない(・・・・・・・・・・・・・)。別段珍しいことでもなく、取り立てて勇は危惧していなかった。しかし、さて――どうしてトゥワイスの口から彼女の名前が出て来たのだろうか。この男は今、何を知って焦っている?

 

「だから! 今ネットニュースで、あ、蟻塚ちゃんが、捕まったって報道が……!」

「………………………………………………………()?」

 

 勇の中で何かが張り裂ける音がした。

 




次回より新章です。

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