元雄英生がヴィランになった   作:どろどろ

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眠 り 歌

 薄暗い部屋の中心で、鉄製の椅子に縛られている少女。

 ショートの黒髪で童顔、身の丈は女子中高生の平均をやや下回る程だろうか。幼さが目立つ容姿をしていた。

 意識が断たれているらしく、無気力に顔を伏せる彼女に活力は見られない。うっすらと半開きになっている双眸からは深紅の光が漏れていた。

 

「彼女が……蟻塚か」

 

 特殊合金の檻越しに、塚内はまじまじと少女の姿を観察する。

 14歳と聞いていたが、本当に年相応の姿形をしていた。非力で華奢に見える。しかし、決して侮ってかかれる相手でないことは重々承知していた。捕縛の際に、なんと動員されたプロヒーロー一名と警官二名が殺害されたのだ。

 

「眠らせたはいいが、彼女が目覚めた時、まともに取り調べが出来るのか……?」

「するしかありませんよ。現状、(ヴィラン)連合への足掛かりとなりそうなのは彼女だけです」

 

 部下の三茶に言われて、塚内は再度覚悟を固める――と言っても、実際に取り調べを行うのは彼ではないのだが。

 

「しかし、警部」

「ん? どうした」

「先程、蟻塚少女の資料に目を通したのですが、彼女の本名って――――」

 

 と、その先を言おうとした瞬間、金属同士が擦れ合う音が激しく響いた。

 塚内と三茶は思わず音の中心へと視線を流す。

 そこには、拘束椅子に座らされたまま、深紅の瞳を業火の如く燃えたぎらせる蟻塚がいた。彼女は全身を捻りながら拘束具を外そうとしている。無論、ヴィランを捕らえる前提で設計されている拘束具が簡単に外される訳もないのだが。

 

「うぅう゛ーーーッッ!! ウあ゛ァ゛ッッーー!!」

 

 少女は獣のように唸る。

 そして、一拍の沈黙を挟んだかと思うと、

 

「離せ、離せよ!! ここから出せ!! 殺すぞ! 本気だ、殺すぞ!? 死にたくなかったら私を出せ!! 出せよ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せやァァァッ!! 勇くんに迷惑かかるだろうがぁああああ!!」

 

 そこに正気はなかった。およそ理性と呼べるものを全てかなぐり捨てたかのような野生が、溢れ出るほどの敵意で頭の中を充溢させているようだった。

 少なくとも、会話の成り立ちそうな相手ではない。

 

「私の毒液はニトロなんかよりずっと凶悪だ!! だからお前ら全員かみ殺してやる。グチャミソのバキバキだ!! 家族だって殺す!! 爺から孫まで全部殺す!! 勇くんが殺してくれるんだからな、お前らみたいなクソ共!!」

「……この後、君は尋問を受ける。勇くんとやらに会いたければ、素直にこちらの質問に答えることだ」

「うるせぇえええええええええええええ!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!」

 

 小さな身体に抑えきれないほどの殺意。

 壊れ切った彼女の怒りに触れて、塚内たちは同情こそしたが、決してそれを疎ましく思ったりはしなかった。

 

(……一体、どう育ったら、彼女みたいになるんだろうか)

 

 仕事である以上、蟻塚を裁くことはあっても救うことはない。既に三人の人間を殺し、更に余罪もある彼女は、今後誰からも許されることは無いだろう。

 しかしせめて、その哀れな生涯に今後少しでも幸があるようにと、塚内は思った。

 

 

  ◇◆◇

 

 

 トゥワイスの個性によって作られた勇は、まず情報漏洩の原因を探った。しかし、電子的に情報を抜かれた痕跡は一切見えない。となれば、もっと原始的な手段で蟻塚の身元を特定した者がいるのだろう。

 直接接触した者の中に、裏切り者がいる。付け加えるなら連合の中だ。

 疑わしいのは、雄英襲撃の際に募った即席のメンバーである。彼らは正規メンバーではないし、最初に疑う対象として妥当な立ち位置にいる。

 

 勇は即席メンバー全員の名簿と、彼らの身元確認を行った。すると、一人の女性の戸籍が実際のものと一致しないことが判明した。

 

 (ヴィラン)ネーム・リクラス――本名、久米光子(くめみつこ)。本物の久米光子は三週間前から不慮の事故により入院中だ。住所も名前も確かに存在し、久米は今でも存命だが、リクラスは彼女を騙った偽物である。

 連合か、あるいは朝木勇個人に対してかは定かではないが、彼女は連合側(こちら)の情報を抜き取ることを目的として接触してきたのだろう。偽造戸籍では無かったため、不審な点に気付けなかった。憤りながらもどこか冷静さを保ち、勇は血眼になってリクラスの行方を追った。

 

 蟻塚の住む街の監視カメラをハックし、15以上の画面を倍速で再生しながら、記憶を頼りにリクラスの姿を探す。その作業を15時間持続させ、ようやく勇は彼女の居所を発見した。

 

 

「コイツが蟻塚ちゃんを売ったクソ野郎で間違いない」

 

 不眠不休で捜索し続けて、もう明け方。

 眠っていた連合メンバーを叩き起こすと、集めた情報を壁一面にも及ぶモニターに列挙させた。

 

霧雨(きりさめ)(あおい)。25歳。最近まで凱善(がいぜん)製薬で勤務していたが、一身上の都合により自主退社。以後、職にも就かず両親からの仕送りだけで生活しているらしい」

「一日でよくここまで調べたもんだ。あんなガキ一人の為に随分必死じゃないか」

 

 皮肉を利かせながらも賛辞を述べる死柄木だが、実際、勇の執念は目を見張る。正体不明の敵を一夜で特定したのだから。

 

「気が遠くなる程地味な作業だったけどな。それに運も良かった」

「にしてもすげぇなオイ! 住所までバッチリ抑えてるじゃねぇか! 勘違いすんなよ、この位なら俺でも出来たぜ!!」

「何にせよ、この女を放置は出来ない。蟻塚ちゃんを助け出す準備を進めるのと平行して、コイツにも手を加えとかないとな」

 

 勇は眠気覚ましのコーヒーを一気に呷ると、そのままカップを握りつぶす。冷静を心がけつつも、霧雨碧を地獄に叩き落とす気概は十分のようだ。

 

「……凱善製薬」

 

 沈黙を破り、黒霧は呟く。

 

「確か、国内有数の大手薬品メーカーでしたね。それから一変、(ヴィラン)側に堕ちた訳ですか。絵に描いたような転落人生だ」

「ああ。可哀想にな。同情するぜ、あんなクソ会社に就職するなんて。こいつの人生設計は職業選択に致命的な問題がある」

 

 勇は爪を噛み、映し出された女の顔写真を睨み、不吉に口角を上げた。

 

「蟻塚ちゃんを貶めたことは絶対に許さないが、この女には感謝しないといけない。……おかげで、俺を付け狙ってる“黒幕”の全容が分かったぜ」

 

 そう言った勇に、全員の視線が集まった。

 

「お前が狙われていた? 俺たちじゃないのか」

「多分な」

 

 死柄木は舌を打ち、あからさまに不満げな態度を示した。朝木勇一人が原因で損害を被ろうとしている現状が、どうしても気に入らないのだろう。それでも手を上げないのは、勇の有用性に理解が及んでいるからなのだろうか。

 

「俺の父さんは凱善製薬に勤めていた。だが、重大な不義をやらかしたとかで会社の重鎮からえらく嫌われていたらしい。そんな父さんが会社の中で不審死を遂げたのは、今から3年前のことだった。結局、死因は原因不明の心臓発作と診断されたが、きな臭い事この上ない。他殺だと考える検事もいたし、俺もそう考えていた」

「それが巡り巡って、今度は息子のお前まで殺されようとしてると。バカらしい。お前が狙われる理由があるのかよ」

「実を言うと、便利屋時代からそれらしい人間に目を付けられてた。よほど熱烈な父さんのフォロワーだったんだろうぜ。その息子すら亡き者にしようってんだからな」

 

 ともすれば、敵対者の正体は存外に大きいのかもしれない。飄々と頬笑みながらも、勇は憤怒の間に緊張を介在させた面持ちで霧雨碧の顔写真を睨む。

 

「ともかく、霧雨碧は早めに拉致しておきたい。多分、蟻塚ちゃんと警察を繋げた首謀者は女の後ろにいるだろうからな。だが、今使えそうな余剰の人員は……マスキュラーくらいか」

 

 連合の正規メンバーの内、勇が恣意的に動かせるのはマスキュラーとトゥワイスの二人だけだが、トゥワイスではどうしても戦闘力に難があると言わざるを得ない。彼の能力は裏方向きだ。

 勇はチラリと横目で死柄木の様子を伺うが、

 

「……悪いな。俺はお前の妹のために骨を折るのは御免だ」

「頼んでねぇよ。……それに妹でもねぇよ」

 

 どうしても、彼は勇のために動いてやるつもりが起きないらしい。 

 

 

   666

 

 

 神野区にある築15年の木造マンション。その一室に住んでいるのが霧雨碧だ。

 フードコートで素顔を隠しながら、マスキュラーは彼女の部屋を訪れる。生きたまま女を攫ってこいとの朝木からの命令だった。しかし、死なぬ程度に“遊ぶ”ことは許可された。

 

 生きの良い、若い女を、自由に遊べる。

 

 オールマイトに敗北して以来不調だった彼は、久方ぶりの獲物に想いを馳せていた。

 どう嬲ってやろうか。どう痛めつけてやろうか。今日の標的はどんな刺激を与えてくれるのだろうか。女が半狂乱になって、刃物で抵抗してきたら最高なのだが。

 

「……ハッ、滾るねぇ」

 

 ドアノブを引こうとしたら鍵が掛かっていたので、部屋の扉を強引に蹴破る。

 部屋はカーテンを閉め切って陽光を遮っていて、全ての電気が消えているため仄暗い。一瞬無人かと思ったが、マスキュラーは小さな悲鳴を聞き取り、標的の在宅を確信する。

 

「リクラスゥゥ!! ……それとも霧雨碧(きりさめあおい)って言ったか? まぁどっちでもいい。――刃物は持ったか!? 俺が遊びに来てやったぜ!!」

「ひっ……、だ、誰……!? 何で、ここに……っ!?」

 

 部屋の隅で蹲る女性が、マスキュラーを姿を見て肩を揺らす。

 乱れた髪に、若干痩せた頬。元が端麗な顔立ちなのだろうか。それでも見栄えは悪くなかったが、生活習慣の悪さが顕著に表れた姿をしていた。

 

「やっぱいたな、女ァ……!」

 

 まず挨拶代わりに一発ぶちかまそう。頼むからどうか、これで気絶してくれるなよ。打ち込む場所はそうだ、頬にしよう。顎関節を砕いてやろう。今は顎を砕く気分なのだ。

 

 

「躾のなっていない狂犬だ」

 

 

 足音も、匂いも、空気の微弱な揺れすら伴わず、一切の気配を断絶してその男はマスキュラーの背後に立っていた。

 思わず振り返りつつ、マスキュラーは男と距離を取る。

 

 透明感のある流麗な声と病的に色白な肌は、死人と女性を連想させる。頭から鮮血を被ったかのように髪は紅く、暗闇の中でも輝いているのではないかと思わせる光沢を帯びているようだった。

 

「犬なら犬らしく、吼えたまえよ」

 

 それは女のような男であり、死神のような人間であり。

 甘美な音色を言霊に乗せる、廃人のような聖人だった。

 

「……よく分かんねぇが、取り敢えず女以外に用はない。男は今すぐ――死んどけェッッ!!」

 

 男を一瞬で屠ろうと繰り出した渾身の一振り。

 大砲のように繰り出されるマスキュラーの薙ぎを、男は紙一重で避けた。

 

(――ッ、避けた? 何の個性だ!?)

 

 一切の慢心も油断もなく、紛れもない全力で振るったはずの攻撃は男に掠りもしていない。相手の個性を疑うマスキュラーだが、頭を使うよりも一秒でも早く男を抹殺する方が良いと判断する。

 

「良いねぇお前ェ!! 俺と遊ぶかぁ!?」

「まるで闘牛だ」

 

 飄々とした男に追撃を仕掛ける。

 細身の男はそもそもの筋肉量でマスキュラーに大きく劣っている。一発でも当たれば一瞬で相手を屠れるだろう。その確信を持って、我武者羅に拳を振るい続けた。

 それを男が避ける度、マスキュラーは高揚する。この男は強い。稀に見る良質な玩具だ。腐らせておくのは惜しい。だからこそ、一気にここで遊び尽くす。

 

「オラァァッッ!!」

 

 次こそ男の顔面を砕いた――――と思いきや、振り切った拳には風を切る感触しかなく、

 

「さて、君は――タイミング的に、誰かさんの差し金なんだろうか?」

(後ろ!!)

 

 ――豪腕の裏拳。腕が纏った風が唸り、部屋の中の家具が揺れた。

 尋常ならざる瞬発力で放たれたそれは、寸分違わず男の芯を捉える。

 しかし――

 

(――この、野郎。受け止めやがった!!)

 

 両腕でマスキュラーの拳を包み込むようにして、男は肉の原型を保っていた。

 しかし、既にその表情から余裕の色は消えており、裏拳の勢いを完全には消化出来なかったのか、不安定な体勢で立っていた。

 

 ――効いている。

 

 一瞬、まるでオールマイトと対峙したかのような力の壁を感じ肝を冷やしたが、相手は精々、少し身体の動かし方が得意なだけの敵だ。単純な膂力勝負では圧倒的にマスキュラーが優勢である。

 いつも通り、力技で押し切れば勝てる相手――と、マスキュラーがそう判断したと同時に、男は彼の腕を這うように浮かび上がり、旋回しつつ顔面に踵蹴りを叩き込んできた。

 

 洗練された動きだ。小動物のように素早く、避けられなかった。だが――――軽い。もう四、五発はなんとか耐えられそうだ。

 

「へへ、やるじゃねぇかよ、クソガキ。強ぇなぁ……でも惜しい!! お前の攻撃さァ! 全ッ然響かねェんだわ!!」

「確かに吼えろと言ったが、よく吼える。まったく度し難い男だ」

 

 男は言うと、右手の中指と親指を押さえつけ合い、マスキュラーの視線の丁度正面に向けた。

 

 

「ならば、夢現(ゆめうつつ)に、死んでいけ」

 

 

 スナップさせて指を鳴らす。パチン、という音が部屋に木霊した。

 すると、マスキュラーは失神したかのように身震いし、そのまま倒れ伏して沈黙した。

 

「…………殺したんですか?」

「さてね。死んだどうかは彼に聞きなよ。返事をしなきゃ、もう死んでるんじゃないか」

 

 指を鳴らす――そんな単純な動作だけで、あの巨躯の襲撃者を退治したというのか、この男は。

 自分の命を脅かす者が倒れたのだと理解するのには数秒かかった。しかし、幾ばくかの後、碧は深い安堵の溜息を吐いた。

 

「た、助けて頂いて、ありがとうございます……凱善(がいぜん)さん」

「礼を言われる程のことじゃない。私の判断ミスだ。彼の少年は、私の予想よりずっと早く君の存在を嗅ぎ分けた」

 

 凱善と呼ばれた男は、肩についた埃を払う。息一つ切れていない。まるで幼子と談笑した後のように、泰然たる態度だった。

 

「この部屋は埃っぽい。それに、良くない輩に狙われているらしい。新しい戸籍を用意するから、直ぐにでも引っ越した方が良いだろうね」

「……………………凱善、さ……、」

 

 碧の声は震えていた。

 そして、少し遅れて凱善も視認する。涎と涙をまき散らしながら、立ち上がろうとするマスキュラーの姿に。

 

「あぐゥ、うぅッッッ、あぎィァああアアア嗚呼亜亜亜亜亜亜ッッ!!」

「ほう、起きるか。強いな君は」

 

 言うと、マスキュラーがもう戦えない(・・・・)という確信を得ている凱善は、軽い足取りで彼と対面する位置へと向かい、首を締め上げた。

 

「目覚めの気分は悪いだろう。その活力たるや素晴らしいものだが、もう戦う余力も無いはずだ。そして、それは永久に戻らない」

 

 体液をまき散らすマスキュラーは廃人同然である。奇妙な唸り声を上げているが、流暢な言葉は一切紡がれない。

 巨漢の瞳を覗き込んだ凱善は、

 

「――私の名前は凱善(がいぜん)踏破(とうは)。黄泉への土産として、この名を覚えていきたまえ。向こうでも素敵な友達が出来るだろうよ」

 

 弛緩しきったマスキュラーの筋肉を、凱善の手腕が抉る。

 心臓に到達した五指は、水風船を割るように容易く、巨漢の心臓を握り潰した。

 




凱善踏破(がいぜんとうは)

個性『悪夢』
対象者の深層心理に根付くトラウマを引き出し、恐怖の念を増幅させた後、強制的にそれを追体験させる。誇張された恐怖の記憶は対象者の精神を抉り、“逃避の意志”すら削る。マスキュラーは強固な胆力で“逃避の意志”を保ち、夢からの生還を果たしたが、目覚めた時、生への活力を取り戻せなかった。
また、トラウマを持たない相手への対策として、踏破自身の恐怖経験を相手に押しつけることも出来る。踏破の恐怖体験を視て目覚めた人間は、過去に一人もいないとのこと。

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