元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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11月1日。加筆しました。


開口する

 マスキュラーに霧雨碧拉致の命を出してから四日が経過しようとしていた。勇は携帯の通知画面に目を落とすが、やはりマスキュラーからの連絡は無かった。

 

 連合の中でも随一の武闘派である彼の消失は、勇に一抹の焦りを植え付けた。命令を出したきり、四日も音信不通なのだ。警察に捕らえられたとの話は聞こえてこないし、殺されたと捉えるのが適切である。

 ならば、誰に? ……決まっている。

 

「霧雨碧の部屋で、何かと遭遇したのか……?」

 

 きっとその“何か”は、霧雨碧本人か、彼女の後ろ身のどちらかだ。マスキュラーは脳筋だが、愚直と呼べるほど短絡的ではない。自分の力が及ばない相手に対しては、撤退の選択が行える男の筈だ。オールマイトに敗北して彼は逃げることを覚えていた。

 マスキュラーが殺害されたという確信は今でも持てていないが、間違いなく、勇が相対している敵はマスキュラーを越える戦力を保持しているのだろう。

 

(……出来れば先に女とその背後を潰しておきたがったが、もう無理だな。蟻塚ちゃん奪取の計画に横槍を入れてこなけりゃいいんだが)

 

 思考を切り替える。霧雨碧――そして“凱善製薬”という不安要素は、一旦忘れよう。今は蟻塚奪取という計画に考えをシフトさせろ。

 

「オラァ! 喰らえ必殺、ハリケーンアタック!!」

「……お強いですね」

「おい、この家には甘ったるいジュースしかねぇのか?」

 

 黒霧を強引に誘ってテレビゲームにお熱のトゥワイスや、他人の家の冷蔵庫を我が物顔で占拠する死柄木。まるで緊張感のない仲間たちは、勇の心労などどこ吹く風とばかりに生活を謳歌していた。

 一喝してやりたい衝動をぐっと抑える。蟻塚の件は、完全に勇の私情だ。彼らに押しつける理由はない。……それとは別に、無遠慮に他人の家を漁る死柄木には若干私怨を持ったが。

 

(――計画に必要なモノを纏めておこう)

 

 雑念を払って思考に集中する。

 

(“本体の俺”の方は個性のチューニングを終えようとしている。もう三日もあれば、戦力に数えて良い状況と報告があった。だったら、今必要なのは……)

 

 そこまで考えて、携帯に着信が入った。当然のように相手は非通知だったが、即座にそれが誰であるのかは理解出来た。

 

「もしもし? ……ああ。そうか、よくやった。すぐ回収に向かう」

 

 望んでいた一報がようやく舞い降りてきた。勇が歪に笑うと、トゥワイスが、

 

「のわっ!? 気持ち悪い奴だな朝木お前!? 一人で何笑っていやがる!! そんなお前の笑顔も素敵だ!!」

「お前がホモであると判明したのはともかくとして、計画に必要なアイテムが大方集まった。回収のため、黒霧にワープを頼みたいんだが、構わないな?」

 

 問いの相手は死柄木である。彼は不吉に沈黙を挟むと、占領していたソファから腰を上げる。

 

「許すが、計画とやらは俺にも教えろ。お前が内密に動いているのは不快だ。把握させろ」

 

 リーダーとしての自負からか、死柄木は状況の説明を望んだ。計画は、連合に損得がもたらされることがないよう調整してあるが、自分の知らない場所で部下が動いているような状況は、彼にとって快いものではないようだ。

 連合の仲間にまで隠し通す理由は見つからなかった。頷いて了承すると、勇は全員を連れて、黒霧の個性でとある地下シェルターの中にワープした。

 

 

「お待ちしていました、便利屋様」

 

 ワープゲートから姿を現した勇たちにすかさず声を掛けたのは、黒装束の男だった。

 

「朝木、彼は?」

「裏社会の運び屋組織――『レイヴン』を取り纏める男だ。顔合わせはこれが初めてだが、昔からよく世話になってる」

 

 便利屋を名乗っていた頃の勇は部下を持たなかった。直接的な人脈は己の秘匿性を損なうと考えていたからだ。そのため、彼はレイヴンのような集団と事務的な関わりを持っている。犯罪の下準備や、武器の調達などに際して、運び屋との接触は不可避だった。

 

「僭越ながら、レイヴンの纏め役の任を預かっております。三島とお呼びください」

「……あっそ。聞いてないけどね。だから俺たちは名乗らねぇ」

「俺はトゥワイス! 末永くよろしくな!」

 

 連合リーダーの意向を無視し、トゥワイスは声高く名乗りを上げた。

 

「三島。頼んでいたものは?」

「あちらに」

 

 三島が奥のシャッターを指し示す。すると、閉ざされていたシャッターが静かに開き、勇が仕入れた“商品”の姿が明らかになる。

 

「……人?」

 

 そう。

 それは全国各地からかき集めてきた一般市民たち。10歳以下の子供30名に、60歳以上の老人10名。合計40人の人質が、それぞれ頑丈に縄で縛られ、更には口まで封じられた状態で並んでいた。

 床には血を拭った痕跡があり、人質の中には血塗れで伏すものもいた。彼らは例外なく顔面蒼白で、泣き崩れる子供の姿も見られる。

 

「……まさか、ずっと、こんな大量のガキと老人を集めていたのか?」

「ああ。そのために、レイヴンへの依頼費用で一億近くかかった」

「一億!? 金持ちかよ!?」

 

 簡単に告げられた桁外れの金額に驚愕したのはトゥワイスだけだった。40名の誘拐に一億なら、一人当たり二百五十万だ。しかも、レイヴンがこの依頼を受けたのは蟻塚逮捕が発覚したその日……つまり、四日前の出来事である。そんな短期間でこの作業量では、裏社会の相場だと格安なくらいである。

 

「便利屋様、踏み入った質問になりますが、この四十名を使って一体何を? まさか、蟻塚お嬢さんとの交換条件として活用なさるので?」

「むしろ、それ以外の使い方があるなら教えてもらいたい」

 

 やはりと言うか、勇は他人の人権を踏みにじることに躊躇がなかった。

 

「まず老人を殺す。そして、此方が本気で人質を殺すのだと認知させた上で、子供を引き合いに出す。蟻塚ちゃんを取り戻すための生贄だ」

「…………もしかして、この数の子供まで、殺すのか?」

 

 渋い声音で、トゥワイスがそう吐き出した。

 

「見ず知らずの子供に情を移してるのか、お前?」

「それもある、けど……危なすぎる。ヒーローだけじゃなく、行政全体を敵に回しかねない。国家総出で来られたら太刀打ちできない。俺たちはそんなご大層なテロリストじゃないだろう?」

 

 珍しく、整った口調である。子供たちへの憐憫もさることながら、やることの過激さに肝を冷やしている様子だ。表情は見えないが、黒霧も同じ心境だろう。

 澄まし顔なのは、危機意識のない死柄木と、勇だけである。

 

「こういうのは思い切りが大事なんだよ。足踏みせずやりきってみたら、意外となんとかなるもんだ。元ヒーロー志望の俺が言うんだから間違いない」

「思い切ってガキ殺してみた結果、蟻塚が奪われちまったんだがな」

「はいそこ、ごちゃごちゃうるせぇ。そっちだってオールマイトに負けてんだろうが」

 

 勇は三島を一瞥すると、シャツの内側に隠し持っていた拳銃を取り出す。雄英襲撃の際に使用したものと同じ銃だ。

 

「三島、尾行はされてないだろうな?」

「勿論。それどころか、仲間にもこの場所は伝えていません。貴方の忠告通り、周りの全てに警戒して依頼を遂行しました」

「そうか、安心した」

 

 ――その僅か二秒後、硝煙の香りがシェルターの中に立ちこめ、かつて三島と呼ばれていた男の亡骸が床に転がっていた。勇の持つ拳銃は、その銃口から煙を吐いている。三島を殺害したのが誰であるかは明白だった。

 

「オイ……? 何で……」

「計画の一部を知った部外者を生かす訳ないだろ。今回の依頼で俺の個人資金が消し飛んだ。今後レイヴンに仕事を依頼する予定はない。それに、コイツに友情なんて感じてなかったからな」

 

 勇は理路整然と三島を殺した理由を述べる。しかし、この男はかつてヴィラン援助を生業とする人間だった筈だ。犯罪者を同胞として抱擁する彼が、いとも容易く、同じ犯罪者を殺した?

 その理由に納得できる部分は多々あったが、それ以上に、連合の面々が痛感したことがある。

 

 蟻塚絡みとなれば、この男は必要なら誰でも殺す。同胞の命すら躊躇いなく摘む。

 

 味方だと思っていた朝木勇が途端に信頼出来なくなったトゥワイスは、怪訝な表情を彼に向けた。すると、言い訳をするように、

 

「――ああ、安心しろ。お前らには感じてるよ、友情ってやつ」

 

 その言葉は甘く、どうしようもなく真実にしか聞こえなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ――その日、ヴィラン連合より声明が発表された。内容は、30名の子供を人質にとった連合が、蟻塚の釈放を求めるというものだ。ここでは、その一部始終を記載する。

 

 

 事の発端は午後18時30分。

 都市部の大型ビジョンが何者かにジャックされ、10人の老人が縛られた状態で並ぶ映像が流れた。老人は例外なく全員が、尋常でない程の発汗をしていた。

 その映像を目撃した人々が、何事かと注目を集め出した頃合いに、画面外から髑髏の面をつけた何者かが現れる。

 

『どうもどうも~、(ヴィラン)連合所属(・・)朝木勇(あさぎゆう)です。ああ、巷で元雄英生と噂されてんのは俺のことね。

 いやぁ、今回は我々の同胞を捕まえてくださって、よくもやりやがったなこの野郎共。この度公共の電波をジャックさせて頂いたのは、警察とヒーローへの意趣返し、という意味も込めていましてですね』

 

 楽天的ともとれる軽い語調で話す勇だが、その手には鋭利なナイフが握られていた。身動きが取れない人質と、ナイフ。聴衆は、そこに不吉な繋がりしか感じなかった。

 

『俺たちの“ボス”がご立腹だ。よって、俺は同胞を救出するため、重い腰を上げた。

 今現在、俺たちの元にはこちら10名のご老体、そして――この画面には映っていないが、30名の子供がいる。もちろん人質だ。蟻塚ちゃんを解放しない場合、この40人には死んで頂く。そして、もっと多くの死者が出る』

 

 勇は人質の一人の首にナイフの切っ先を近づけた。ガムテープで口が塞がれていているため、くぐもったような悲鳴がいくつも上がった。

 

『冗談だと思っている者も多いだろう。こんな公共の場で? そんなまさか? ……ああ、俺もそう思う。とても非常識だ。よって、律儀な俺は皆さんに忠言を与えよう。

 

 ここから三秒後は18禁だ。もちろん、グロい方のね』

 

 ――血飛沫が上がった。死に瀕した生き物の絶叫が、限りなく野生に近い鳴き声が響いた。

 まるで映画のワンシーンのように、呆気なく、情け容赦なく、朝木勇は人質一人の首を貫いたのだ。その上、一撃で死に至らなかった人質の首を幾度も刺し、確実に絶命させるというアフターケアまでつけて。

 

『……ふぅ。さぁ、これで十分に俺の覚悟は伝わっただろう――とは思わない。まだ不十分だ。よって、残り9人も殺す。紛れもない地獄の映像をお届けしよう』

 

 その言に偽りはなかった。虚勢もなかった。最初の四人はナイフで刺し殺し、切れ味が落ちてきた辺りで拳銃に切り替え、また五人を殺害。最後の一人には発言の自由が与えられたが、出て来た言葉は支離滅裂な命乞いだけだった。そして、――発狂するように許しを乞う人質を、勇は撃ち殺した。

 

『さて、10人のご老体はこの手で殺した。残るは30名の子供たち。彼らは……そうだな。一週間以内に、警察から返答がない場合、一人ずつ殺すことにしよう。

 え? 本当に子供の人質がいるのかって? 確認のために、子供の姿を映せだと? ――嫌だね。人質の身元が知りたければ、自分たちで探し当てると良い。自分の子供が行方不明なら、その親は激しく騒ぐことだ。警察を説得しろ。何故なら、次に死ぬのが貴方の息子かもしれないからだ。貴方の孫かもしれないからだ。たった今証明した通り、俺は本気だぜ』

 

 彼の言葉には魔力があった。一度耳に入った声は、まるで魅了するかのように人々の記憶に浸透していった。

 悲劇的な映像に、滔々と紡がれる優しい声と残酷な言葉。その全てが耽美な朝木勇の演出に貢献している。

 

『――俺が彼女を切り捨てると思ったら大間違いだ。お前たちが捕らえた俺の同胞は、必ず奪還してみせる』

 

 力強い口調はさながらヒーローではあったが、映っているのは血塗れの悪魔だ。

 朝木勇は、奇妙な間を置くと――髑髏の面を外した。

 翠玉の瞳が映像の中心を捉え、闇に沈んだような髪が穏やかに揺れる。惨劇の中に咲いた薔薇のような彼は、柔和に頬笑み、言った。

 

『いつかまた、会うことになる。

 願わくば、寛大なる措置を。偉大なる御手に甘い泰平を。

 諸君らとの再会の刻限、この世が阿鼻叫喚の地獄でありませんようにと、切に祈っているよ』

 

 

 そのビデオは日本全土に中継され、多種多様な反響を産んだ。

 

「朝木、勇……! なんて事を……!」

 

 とある黄金の卵はひたすらに憤怒した。あの鬼畜には人の心がない。他人の命を、その人が享受する筈だった幸福を簡単に毟り取る。

 アイツは、生まれてくるべきじゃ無かった。そう思える程に救いのない悪魔だ。

 

 

「……ねぇねぇ、あの人は……」

「違う。あの人じゃない。……アレは人の姿をした怪物だよ」

「知ってるの? 二人とも」

 

 とある後進の者たちは、己の弱さを恥じた。

 あの男に期待していた己の甘さを、憧れていた己の小ささを、大きく恥じた。

 ……こんな想いをするくらいなら、いっそ出会わなければ良かったのに。

 いっそ、恨みだけしか感じられない身体であったなら、ずっと楽だったろうに。

 

 

「素敵です。血がいっぱい。トキメキです。きっとあの人、私と同じなのです」

 

 破綻した少女はそこに同類の気配を感じた。

 朝木勇は、私に羨望されるために生まれてきたのだ。私もああなりたい。彼になれるように努力しよう。学友の皆がヒーローを志したように、私にも焦がれる誰かが出来た。それはとても普遍的で、素敵なことだ。

 

 いつか私も、あんな風に血を浴びたい。

 そこに彼の血が混じっていたら、どんなに甘い香りがするだろうか。

 

 

 

 そして。

 

 ――示唆された連合の“ボス”の存在。

 ――衆人環視の中で殺人の映像を流す残忍性。

 ――30人の子供が人質であるということ。

 ――そして、警察やヒーローへの警告ともとれる最後の言葉。

 

 翌日、それらの情報を纏めた新聞記事の中に、朝木勇の顔写真が掲載されていないものはなかった。

 

 

 




あまり知る必要の無い裏設定。

三島
運び屋集団、レイヴンのリーダー。主に依頼用窓口の役割を果たしていた。勇のことを信頼していたために反応が遅れて即殺されたが、優秀な運び屋としての実績があるので、設定的にはそこそこ強かったらしい。らしいだけ。もしかしたら普通に弱かったのかもしれない。真相は闇の中である。

個性『収納』
運搬物を縮小して小さな袋に収納する個性。生物を縮小しても生命は脅かされない。ハンターハンターでこんな能力を持つ陰獣がいたが気にしてはいけない。



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