元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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衝突前

 

 個性なんて異物が日常に浸透して、現在は刺激に富んだ世の中になった。しかし、民衆が新たな刺激を、変化を求めるのは世の常である。結局の所、誰も彼も自分が楽しければそれでいいのだ。

 その燻りを、朝木勇は上手く燃やした。彼は素顔を晒し、ヒーローに挑発し、警察に挑戦した。しかも、堂々と人殺しの映像を流しながらも、民衆が彼に向ける感情は恐怖よりも興味の割合の方が大きかったようだ。

 

 彼が映像の最後に見せた表情は、10人も殺害した後に見せる表情ではなかった。常軌を逸している殺戮を行いながらも、彼の言葉は理性的であり、姿形は美麗だった。全てが荒唐無稽で、フィクションじみている。そのため、鈍感な市民は彼の脅威を認識できていないのが現状だ。聞くところによると、ファンクラブまで出来ているとのこと。

 

(ファンクラブなんて巫山戯たモノを……! 犯罪者を祭り上げるなんて、どうかしている)

 

 塚内は頭を抱えた。誰より早く朝木勇の異常性に目を付け誰より早く捜査に乗り出していたというのに、二年間尻尾も掴めず、ようやく姿が拝めたと思ったらもう何もかも手遅れに近かった。

 学生が一人、罪のない市民が十人殺害され、更に子供が三十人も人質に取られている状況。想定していた最悪の事態をそのまま再現したかのようだ。

 

 昨夜のビデオを受けて、自分の子が行方不明だという訴えが四十件ほど警察に届いた。内三十件は、大企業の跡取り息子や、医者の令嬢、政治家の孫など、富裕層の中でも特に発言力の強い大人の親族だった。そういった者が先導して、蟻塚を解放するように訴える運動は加速度的に広がってきている。

 

「……はぁ」

 

 再度、塚内は頭を抱えた。思考をクリアにしようと珈琲を呷るが、既に冷え切っている。どれほどの間物思いに耽っていたのだろう。

 

「どうしたものか」

 

 口に出すと、何故か安堵できた。しかし、僅か数秒で後悔と責任感の波が押し寄せてきて、呑まれそうになる。ビデオが公開された当初の塚内は憤っていたが、今は完全に気が滅入っていた。

 

「警部、珈琲淹れ直しましょうか?」

「……ありがとう。頼むよ」

 

 部下が珈琲を淹れている間に、目頭を抑える。昨夜はほとんど徹夜だった。今の自分の眼下にはさぞ大きな隈が出来ていることだろう。

 この後も会議、会議、ヴィラン連合への対策会議がずっと続く。少しでも身体を落ち着けておくか、と脱力していると、慌てて入室してくる足音に気付いた。

 

「塚内警部、ヴィラン連合から警察へ声明文が送られてきました!」

「……何だと? 眉唾物ではないのか?」

「人質と朝木勇の写真付きです! 加工画像のようには見えませんし、本物かと思われます。こちら、その原物です! ご確認ください!」

 

 渡された色紙には確かに朝木勇の写真が印刷されていた。その下には、手書きと思われる文が続いている。声明文には素性を隠す努力の跡が見られないどころか、勇が自分を誇示するような意図さえ見られた。

 塚内は文字を目で追っている内、無意識に口に出していた。

 

「二日後、午後十五時に蟻塚を引き渡せ。場所は経度131、緯度36の廃工場とする。また、引き渡しの場にヒーローは連れてくるな。この文を民間に公表することも許さない。蟻塚に同伴する警官は三人以下にしろ。一つでも此方の要求が満たされなかった場合……子供を十二人殺す」

 

 滅茶苦茶な要求だ。内容を把握した瞬間、塚内は体温が下がるのを感じ、心拍が止まったかと錯覚した。

 街のビジョンで流されたビデオでは、蟻塚解放までの猶予は一週間であり、子供は一人ずつ殺すという話ではなかったか。それでも十分無茶な要求ではあったが、“まだ一週間ある”“死ぬとしても一人ずつだ”と、何処か楽観視していた部分があった。それに引き替え、今回のコレは飛躍しすぎだ。

 

「警察を後手後手に回す気か……!? クソッ!!」

 

 憤りを机にぶつける。昨夜、徹夜で連合への対策を模索していたが、それは事前に公開されたビデオが真実であるという仮定での話。それがほぼ全て白紙に戻ってしまったのだ。

 もはや考える余裕も与えないつもりか。

 

 ……しかし、逆に考えろ。指定されたのは二日後。警察の事情を考慮せず、自分たちの要求だけを叶えたいのであれば、明日を指定してもおかしくない。それが一日挟んだ二日後ということは――連合も、実は手をこまねいているのではないか? 警察と相対する準備がまだ出来ていないのではないか?

 

 いや、だからどうしたと言うのか。蟻塚を解放する準備が出来ていないのは此方も同じだ。只でさえ、人質を救出する算段が立つ目処は立っていないというのに、猶予はたった二日に縮んでしまった。

 

「ああクソ! やるしかない……ッ!! 十二人の子供の命なんて、どうやっても取り返しきれない!!」

 

 怒りを発散させて机を叩く。乱れた髪を更に乱れさせて、声明文を握りしめた塚内はその場を後にした。

 

 

 

  666

 

 

 

 その後の議論は、いざとなれば釈放もやむなし、といった結論で落ち着いた。今は政府上層部が蟻塚釈放を審議にかけている。このまま連合への対処が難航したままならば、本格的に蟻塚を釈放する動きにシフトしていくだろう。

 しかしまだ僅かに時間は残されている。戦闘か、釈放か、警察側にとって前者の方が望ましいのは当たり前だ。どうにかして活路を見出したいが、やはり人質の存在があらゆる策を頓挫させる。こうなってしまえば、連合が人質を隠している場所を特定しない限り、事態は好転しない。

 

「何はともあれ、疲れた。もうずっと休んでいないじゃないか……」

 

 こうしていても何も始まらない。昼食の後、二時間ほど仮眠を取ろう。

 そう考えた塚内は、近所のファミレスに足を運んだ。思い返してみれば、しばらく寝ていないどころか食事も摂っていない。ここ一日で口にしたのは珈琲だけだ。

 

 店内に漂う香りが鼻腔を擽る。ここは一気に腹が膨れるものを食べておきたい。

 席に案内された塚内は、メニュー表を見ながら鶏肉のガーリックステーキに目を付ける。これにしよう。注文のために呼び出しボタンに手を伸ばすと、

 

「失礼、相席よろしいかな?」

「え、いや、他にまだ空席が……」

 

 屈託のない笑みを浮かべる赤毛の男。こんな広い店内で、わざわざ自分と相席を望む理由が分からない。

 塚内は男の顔に見覚えもなく、何か勘ぐったような眼差しを相手に向けた。しかし、どうも相手は塚内のことを知って近づいてきたようで、

 

「塚内直正警部……で間違いなかったかな? 二年前より便利屋絡みの事件を担当していて、現在はその捜査を打ち切り、ヴィラン連合への対処に入れ込んでいるとか。かねてより、こうしてお会いする日を楽しみにしていた」

「…………何処でそれを?」

 

 塚内の中で猜疑の色が濃くなる。相手から強い犯罪の気配は感じないが、犯罪と無縁の一般市民、といった風采でもなかった。

 

「私は凱善踏破(がいぜんとうは)。蟻塚と呼ばれる少女の情報を貴方たちにお届けしたのは、この私だ」

 

 ――一般に知らされていない、それどころか警察内でも箝口令が敷かれている極秘情報を知っている。凱善の虚言を疑い逡巡する塚内だが、考えれば考えるほど、彼が真実を述べている予感を強めるばかりだった。

 

「どうか安心したまえ。私は貴方の味方だ。一刻も早く連合が摘発されることを切望する、しがない一般市民に過ぎない。今日は貴方に幾つか助言をしにやってきた」

「……得体の知れない者からの助言を聞き入れる筈ないだろ」

「たった今、一般市民だと自称したばかりだがね。そんなに身構えられると、さしもの私もショックだよ」

 

 この凱善と名乗った男は、言葉の通り塚内の味方なのだろうか。それとも、連合の内通者か。

 どちらにせよ、凱善が蟻塚逮捕に貢献したという話には信憑性があった。此方の味方だという主張も、あながち嘘ではないのかもしれない。

 

「さて、まず確認したいのだが、蟻塚少女はこのまま釈放されるのかな?」

「……答える義務があるか?」

「無いね。では、政府が草壁に屈するという前提で話を進めようか。倫理的にそれは最善手なのだろう。だが、きっと彼は警察の逡巡を計算に入れている。法と道徳の間で揺れ動く役人たちに対し、無感情に殺戮の引き金を引いてくる」

「そんなこと、これまでの捜査でとうに分かっている」

「ならば迷うこともないだろう。優先順位を明確に決めたまえ。第一に草壁を捕まえること、第二に人質を保護すること、第三に連合を解体すること。そもそも、草壁が手中に収めている時点で人質の命などあって無いようなものだ。彼は三十人の子供を人質にしているらしいが、管理の難しさから、既に半数以上を間引いているかもしれない」

 

 簡単に言ってくれる。凱善の言った優先順位は、常識的に考えて第一と第二が逆だろう。彼から告げられたのは、人質の存在を数字としてしか認知していない酷薄な人間の考えだ。まるで情熱がない。

 ここで朝木勇を取り逃がせば、この先もっと大勢の人間が犠牲になるかもしれない。そんなことは重々承知だ。故にこその懊悩である。

 

「……ところで」

「うん?」

「先程から話している“草壁”とは誰のことだ?」

「ああ、それか」

 

 この男は、先程から朝木勇の本名を口にしている。この手の裏事情に精通しているということを、隠す気も無いようだ。

 

「言い間違いだよ。朝木と言ったつもりだったんだ。私が名指ししていたのは朝木勇のことさ。ほら、草壁と朝木――音調がよく似ている」

「そうは思えないが」

「はは、やはりこの言い訳には無理があるかな。でもね、私が警察の隠し事を知っていようと、コレは具体的な罪の何にも該当しない。咎められる筋合いはないと思うがね」

 

 少し言葉を交わして、塚内の予感は確信に変わった。凱善は今回の事件の貴重な参考人たり得る人物だ。そもそも、蟻塚の所在地を警察にリークしている時点で、この男が自分たちより多くの事柄を認知している。

 それらしい理由が一つでもあれば、署に強制連行してゆっくり話を聞いてみたいものだが、ここまで堂々と手の内を明かしているにも拘わらず、凱善の言葉には何の違法性もなかった。

 

「……助言と言うのは要約すると、連合の脅しを無視しろと言うことだろう。たったそれだけのことを言うために、僕に接触してきたのか、貴方は?」

「いいや。もう一つあるとも。今後の草壁――ああ、朝木と言い換えようか。朝木の動向についてお伝えしようかと思ってね」

「今後の動向だと?」

「彼の蟻塚への執着は、警察側が認識している以上のものだ。もしも彼女が解放されるなら、いの一番に接触を図るのは朝木だろう。別の言葉を使うなら、少女は朝木を釣り出す餌として非常に有用であるということだ」

 

 凱善の言葉は、現状を整理した時に出される理詰めの考察ではなかった。朝木の人間性を熟知している者ならではの文言である。少なくとも、塚内には彼が勇と既知であるように聞こえた。

 

「今の朝木は逃げも隠れもしない。過去で一番と言って良い程、逮捕が容易な状況に陥っている」

「貴方は彼とどういう関係なんだ。どうしてそこまで断言できるんだ」

「身内だからさ。肉親ではないが」

 

 聞いた途端に、塚内の中でピースの一部が接合する音がした。

 

(……身内。凱善……凱善製薬? そうだ、確か彼の父の勤務先が、凱善製薬という会社だった。そこの繋がりか……!?)

 

 何も告げずに、凱善が腰を上げた。立ち去ろうとする彼を、塚内は引き留める。

 

「待ってくれ! 貴方は僕の味方なんだろう!? 捜査に協力してくれないか!?」

「私は多忙な身の上でね。告げたいことがあるから、告げに来ただけだ。もう私の用は済んだ。短い時間だったが、話せて良かったよ」

 

 凱善は一方的な男だった。自分から警察に歩み寄りながらも、警察の歩み寄りは受け入れない。塚内は足下を見られているような気分だった。

 

「私の望みは、一分一秒でも早く草壁が抹殺、あるいは隔離され、この社会から姿を消すことだ。そして貴方は、それを成し得る可能性を秘めた人物だろう。誰より早く草壁を警戒していたその慧眼、私は高く評価しているんだよ」

「だったら、尚更……!」

 

 店内の客から好奇の視線を集めている。しかし、恥も外聞も無く塚内は声を荒げて食い下がった。

 

「成すべきは貴方だ。貴方には視えている。後悔したくなければ、目の前の三十よりも、その後の百を救う選択をしたまえ」

「人質を見殺しにしろと」

「そこまで容赦のない言葉選びは好きじゃないな――が、間違ってもいない。内閣が超法規的措置の発動を宣言すればゲームセットだ。残り時間は短いんだろう? なら早く決断したまえ。正解は、明瞭なまでに示されているじゃないか」

 

 心臓を撫でられているような気がした。

 凱善の落ち着いた声音は波紋のように広がり、塚内の気を静めさせる。

 気持ちが悪い――と、思った理由は即座に分かった。凱善踏破には朝木勇と通ずる才能があるのだ。この男は無条件に相手を心酔させる為の、独特の雰囲気を隠し持っている。

 

「期待しているよ、塚内警部」

 

 立ち去る彼を引き留める気は起きなかった。

 どんな言葉も、彼に響く気がしなかった。丁度、朝木勇がそうであるように。

 

 

 

  ◇◆◇

 

 

 

 ビデオに映った映像と声明文に印刷された写真だけでは、人質が収容されている位置の特定は難しかった。結局その日、捜索方面の進展は無かった。

 蟻塚を餌として活用するか、連合に完全に屈するかの二択の間で、塚内は揺れる。

 しかし、凱善の助言も加味した上で、塚内は一つの結論を吐き出した。

 

 翌日のヴィラン連合特別捜査本部の重要会議には、プロヒーローの姿が見られた。オールマイトとベストジーニストである。彼らを招致したのは塚内だった。

 

「ベストジーニスト、そしてオールマイト。まずは謝辞を。要請に応じてくれてありがとう、本当に助かるよ」

「礼を言われることではない。むしろ、助力できることを光栄に思う。今回の事件はあまりに惨い」

「私もそうだ。むしろ、名誉挽回の機会を受けてありがたい位だよ、塚内くん。今度こそ絶対に失敗はしない!! 安心して私に背中を預けるといいさ!!」

 

 返事は力強く、双方とも心を燃やしていた。だが、最高の戦力が揃っているというのに会議室の中の空気は張り詰めている。塚内は緊張感で身が引き締まった。

 

「蟻塚の引き渡しは明日の十五時。現場に同伴できるのは三人までの警官までだ。それ以上の増援や、ヒーローの姿があった場合、敵は姿を見せない。此方が一つでも条件を破れば、即座に三十人中十二人の人質が殺される」

「現場に動員されるプロヒーローは存在を気取られてはいけない。だからこその二人。少数精鋭な訳ですな」

 

 雄英の襲撃者数から連合の総力を逆算すれば、相当数が予想される。が、日本のナンバーワンとナンバーフォーならば、量の大差を質でカバーできるだろう。それが塚内の見立てであり、二人への信頼だった。

 

「恐らく敵は、何らかの手段で身の安全を確信した後、ワープの個性を使って現れるだろう。それまで、君たち二人には付近で息を潜めていてもらいたい」

「……ま、任せてくれ」

 

 歯切れの悪い返事はオールマイトからだった。

 巨躯の彼はやることなす事が全て派手だ。隠密行動は不得手とする所である。

 

「大丈夫だ。潜伏には此方も手を貸す。同伴する警官三人の中に、他人の姿を消す個性を持つ者を忍ばせる。ある特殊な状況下でのみ個性を使う、警察庁の隠し種だ。連合も把握してないだろう」

 

 すると、塚内の隣に座していた青年が立ち上がった。

 

「ご紹介に預かりました。テトラです。諸事情により、本名と所属は明かせませんがご理解ください。今作戦に於いて、オールマイト・ベストジーニストの両名を私の個性で不可視化します。ですが、微弱な空気の揺れで透過場所の風景に歪みが生じてしまいますし、物音も消せません。潜伏の折、極力動かないようにお願いします」

 

 テトラの個性で消せるのは姿だけであり、その他の気配は剥き出しのままである。動員できるヒーローの限度が二名なのも、そこに起因する。この個性で敵に潜伏が露呈しないとは断言できなかった。

 

「十全の準備は揃えたが、やはり最後にはヒーローに頼るしかない。ベストジーニストは広い視野で敵を捕捉し、オールマイトはその傑出した武力で敵を撃破してくれ。この大役は、君たちにしか託せない」

「承知した。任せてくれ」

「寄せられた期待には応えよう。私は平和の象徴だ」

 

 自身に課された責任を自覚し、二人は決意を固めていた。士気は十分以上のものがある。

 集められた者の中で、ヒーローの実力を疑う者はいない。しかし、全員の脳裏に共通してよぎる懸念は、やはり人質の存在だった。

 

 少なくない数の子供たちの命運が、自分たちの手に掛かっている。

 敵を出し抜き、なおかつ被害者を出さない。容易な道のりではないが、誰も犠牲にすることなく成しえなければならない。不安を払拭するために、少なくない熱量で塚内は言い放った。

 

「やること自体は明確だ――現れたヴィランを一人残らず捕らえる(・・・・・・・・・)! それが、我々に残った唯一の勝機だ! この作戦は必ず成功させるぞ!」

 

 

 

  ◇◆◇

 

 

 

 同時刻、連合の主力メンバーは神野区某所に集まっていた。蟻塚奪還作戦を共有するためだ。

 

「――久しぶりだなぁ、クズ野郎共? 元気してたか?」

 

 そう言った男は、片目に出血の痕を残し、髪の数本から色素が抜け落ちていた。首は広範囲に渡って腫れていて、内出血の痕が痛々しい。

 その男――“本体”の朝木勇は、相変わらず不敵な笑みを惜しげも無く振りまいている。しかし、その姿は交通事故に遭った人間のソレだった。

 

「元気じゃなさそうなのはお前だよ。全体的に汚い。風呂入ってるのか? 俺のイメージ崩れるからさ、清潔感だけは保ってくれよ。頼むから」

「煩い。俺の分際で俺に説法を垂れるな」

 

 勇は“複製(コピー)”の自分が呈した不満を一蹴した。朝木勇にとって、複製は本体のために命を賭して献身しなければならない。不満を口にしてはならない。作業効率を向上させる機械、或いは奴隷でなくてはならないのだ。

 この数日間、朝木勇はそういう理不尽な位置付けを複製物(じぶん)に課し、実行してきた。

 

「はいはい。贋物の俺は事務的に自分の仕事だけこなしますよ。という訳で確認しておくが、本体の俺よ、個性はどの程度扱える?」

「鉄を折る程度は余裕かな」

「力持ちになったなぁ。俺が俺じゃないみたいで寂しいぜ」

 

 本体の勇が不作法に座り込むと、集まった連合のメンバーを見渡す。主要戦力の数が減っている。

 

「…………オイ、マスキュラーは仲間はずれか。我ながら良くないぜ、そういうの」

「仲間の中に裏切り者がいた。そいつを粛正するためにマスキュラーを送ったが、返り討ちに遭った。多分殺されたよ」

「はぁ? ハァ!?」

 

 己の分身の失態を耳に入れて、勇は激しく動揺した。マスキュラーを殺しうる脅威なんて、それこそ上位のプロヒーローくらいしか思い浮かばない。本体不在の間に、そんな大それた対敵と交戦するとは何事か。

 

「クッソ無能ーー!! 死ねよお前クソが!! 生きたまま蛆虫の餌になれよ!! ねぇ何で生きてんの、何で!? 仲間を殺しておきながら何でお前がのうのうと生きてんだよ!! お前の存在価値とは如何に!? 生きる意味があるかお前に!? つーか世間様に中二病晒してたの何アレ……? イキってんじゃねェぞクソボケェ! 冷めた目で見られるのが俺だってこと分からない? 脳味噌にスポンジでも詰まってんのかコラ!! お前みたいに頭の悪い愚昧は初めて見たわ!!」

「…………分かんねぇな。自分を虐める時に容赦が無いのは何故だ。俺の判断ミスはお前の失態と同じなんだが?」

「偽物のクセに言い訳するのか!? 俺だったらもっと上手く筋肉達磨を運用できたっつの!! 少しは俺を見習え無能が!!」

「そうだな。俺は無能だ。生きていて本当に申し訳ないと思っている」

 

 戦闘能力以外の能力値は、偽物も本物も同じだ。本体の勇が複製の勇と同じ事態に直面した時、やはり同じ判断を下し、同じ結果を得ていた筈だ。

 言い返すのは簡単だったが、本体も疲労が溜まっていてイライラしているのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。複製の勇はその罵倒を受け流し、話を先に進めた。

 

「俺が生きていてすまないが、蟻塚ちゃんは助ける必要がある。これから、その策を説明させてくれ」

 

 手を貸さないと公言していた死柄木も、その声を緘黙して聞き入る。作戦に参加する・しない以前に、その内容には興味があるらしい。

 

「死柄木・黒霧・トゥワイスの三人は危険に晒せない。だから、移動手段の確保のため、トゥワイスには黒霧を複製(コピー)してもらいたい」

「それだと私の個性の精度が落ちますよ」

「問題ないさ。ワープゲートは退却時にのみ頼る。用途は現地から遠方に逃げることだけ。座標が多少ズレようと支障はない」

 

 黒霧は逃げるためだけの手段である。そうすることで、取引現場へ移動する者には負担が大きくなるが、ワープゲートの使用に際する不安要素はなくなる。

 

「まぁ、蓋を開けてみれば簡単なことなんだよ。計画の実行犯は本体の俺、複製の俺、複製の黒霧、とこの三人だけだ。本体の俺が工場の中に単身入り込み、蟻塚ちゃんを回収した後、外部にいる俺たちと合流。ワープゲートで逃げる。難しいことじゃない」

「たった三人……実質一人じゃねェか。勝算はあるんだろうな。蟻塚はどうでも良いが、愚策で特攻してお前が死ぬのは許す訳にいかない」

「俺はやれる。やれる男さ。そうだよな?」

 

 複製の勇は本体の自分に問い掛けた。

 二人の間で思考は一致している。確認は不要であり、この問いは相手を鼓舞するためのものだった。草壁勇斗は何度も己の限界を感じた。しかし、その都度越えてきたじゃないか。

 

 個性を使った試みは初めてだが、未踏の領域は越えるためにあるのだ。成長のための贄だと思えば今回の障害だって恐ろしくない。

 

「やれるに決まってんだろ。つーか、その計画はお前を作る前から俺が思いついていたものだ。俺の頭の中にもある。変更点はマスキュラーを使えない所だけだろ? だったら、本体の俺の役割は変わらない」

「お前は今回も辛い役回りだ。ちゃちゃっとPlus Ultraしてこい」

「そっちこそ、リカバリーは頼んだぞ」

 

 根拠の無い自信で燃える二人だが、その心を温度を共有しないトゥワイスは成功を確信出来ずにいた。

 朝木勇のことは信頼している。彼が便利屋をしている時から交友のあるトゥワイスは、他の連合の誰よりも勇を理解しているつもりだ。

 勇の考えの全てが説明された訳ではないし、彼の感じている勝算には欠片も共感できない。しかし、この男はいままでずっと勝ってきた。きっと今回もそうなる。そうなって欲しいと願う。

 

「……本当に、大丈夫なんだよな? お前が死んでも哀しくない。俺が直接手助けしなくても勝てるよな? きっと負けるぞ?」

 

 マスキュラーとは言葉を交わしたこともない。彼が死んでも何も感じなかったのが本音だ。だが、勇だけは違った。この男は友人だから、極力傷付いて欲しくないし捕まって欲しくない。

 トゥワイスの個性は完全に裏方向きではあるが、戦闘にも多少の心得がある。勇が必要だと言うのなら、戦力に加わることも吝かではなかったのだが。

 

「予定通りに事を運ぶ自信はあるよ。ただ……正直に言うと、不安材料はある。凱善踏破(がいぜんとうは)が介入してきたら、結果がまるで読めなくなることだ」

「……が、がいぜ? 何? 誰?」

 

 聞き覚えのない人名に、各々が疑問符を浮かべる。その中で、本体の勇だけは何かを感じ取ったらしく、

 

「――蟻塚ちゃんを攫ったのはアイツか」

 

 即座にそう結びつける辺り、仲睦まじい間柄ではなさそうだ。

 

「可能性は限りなく百に近い。マスキュラーを殺した犯人も、アイツ本人か、或いはアイツに近しい誰かだろうな。ンま、あの悪代官様にお友達がいるとは思えないケド」

「へぇ…………そうか」

「何にせよ、トゥワイスの出る幕はないな。今回は特に」

 

「いやいや! ヤバいなら俺も手を貸すって!! 望まれてなくてもな!!」

 

 本体の勇が見たことのない剣幕で沈黙している。蟻塚が捕まったと聞いた時の表情とは何か違う。別の感情を由来とする、しかし不穏な形相だった。これで心配するなという方が難しい。

 だが、勇はすぐにいつもの作り笑いを浮かべた。

 

「負けられない理由がある。だから負けないぜ」

「ああ。ヒーローの顔に泥塗りたくって帰ってくるよ」

 

 二人の勇が同じ意志の言葉を告げると、トゥワイスは何も言い返せなくなった。

 

「発言には責任を持てよ? どうでもいいが、失敗だけは許さない」

「了解ボス。連合代表として、今回もヒーローを出し抜いてくると約束しよう」

 

 結局、最後の最後まで、勇の声には淀みがないままだった。

 




今回の要約
塚内「猶予が一週間あると思ってたら二日に縮められた。たった二日で人質救出とか無理やん。蟻塚解放するか」
凱善「人質なんて無視や。蟻塚を餌に主人公ぶっ飛ばせ」
塚内「主人公ぶっ飛ばすンゴ。助けてオールマイトー! ベストジーニストー!」
オールマイト&ジーニスト「血沸く血沸く♪」


主人公(偽)「俺と、本物の俺と、トゥワイスの個性で作った偽物の黒霧の三人で蟻塚助けるンゴ」
死柄木「実質一人やん。ぼっち乙」
主人公(真)「オリキャラのくせに凱善が横槍入れてきそうで恐いけど、ヒーローと警察は別に恐くないぜ。俺は凄いぜ。色々考えてるぜ。色々だぜ」
トゥワイス「本当に大丈夫かなぁ?」
黒霧(まぁ主人公やし、なんとかなるやろ…。知らんけど)


次回
塚内&オールマイト&ジーニストVS主人公…ファイッ!

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