元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

22 / 26
   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
   \\\||||||///
   ★☆祝・大戦犯発覚☆★
   ///||||||\\\
   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


踊りきった男

 轟音が伝播し大地が張り裂ける。

 それは比喩ではなく、実際に蟻塚が放った一撃は工場の床を崩し、地面の表層を抉り取った。

 

「ggrlhrrraaaaaaaaaaa――――ッッ!!」

 

 辺りの生き物を無条件に萎縮させる獣の咆哮。

 先刻のオールマイトが纏っていた怒気と敵意の塊より、更に濃密な害意の結晶だった。言葉として紡がれなくとも、発された音調に蟻塚の気迫が籠っている。

 

「くッ――彼女は私が捕縛する! オールマイト、動きを止めてくれ!!」

「任せろ!!」

 

 手早く役割確認を追えると、オールマイトは跳んだ。

 

「許せ少女よ! これから私は少々手荒いぞ!」

「勇くんぶっ飛ばした癖に、どの口が言ってんだ!!」

 

 オールマイトにはヒーローとしての積年の風采だけでなく、一つの巨大な暴力としての威圧感がある。大抵の小者は彼を由来とする空気に触れただけで戦意喪失してしまうものだが、この14歳の少女にはそれを撥ね除ける覚悟があった。

 我武者羅に暴れているのではない。

 はっきりと敵を見据え、それを粉砕する的確で明瞭な覚悟が、少女にはある。

 

「私のものばっか否定して! ムカつくんだよ! お前ら全員!! 殺してやるからなァ!!」

 

 そう言った少女を、オールマイトが殴打する。

 少女の怪力は脅威だが、素早さではやはりオールマイトに分があった。

 蟻塚は目にも留まらぬ速攻を受けつつ、外敵を駆除するという確固たる目的を軸にして意識を繋ぎ止める。そこに、ベストジーニストは纏っていた衣服の繊維を網状に広げて、

 

「……逃がすものか」

 

 有無を言わさず、彼女の身体を締め上げた。

 

「う、ぐ、こんなモノ……!」

「君の底力は垣間見た。その上で――それを凌ぐ拘束力で捕らえている。君には残念だろうが、私の能力は無機物より遙かに強靱だぞ」

 

 驕りのない真実だった。

 ヴィラン専用の拘束具を大破させる蟻塚の筋力でも、ベストジーニストの繊維は崩す余地がない。

 繊維が身体に食い込んで、血が滲む。それでも拘束から抜け出そうと試み続け傷を深める蟻塚に、勇が声を上げた。

 

「蟻塚ちゃん、無茶するな! 俺のことはもういい!! 君が、戦う必要なんて……!」

「うるさい! こんな終わり方は私が嫌だ!」

 

 大事な人の言葉を遮ってでも、少女は自分の意見を貫く。

 

「ずっと迷惑ばっかかけてきたけど、私だって君の助けになりたいの!! この二人を殺せば、勇くんの助けになるんでしょッ!!」

 

 不思議な空間だった。

 悪役が悪足掻きをしているだけだというのに、この瞬間の鬼気迫る少女の風貌はヒーローじみていたのだ。

 しかし、ベストジーニストは冷淡に言い放った。 

 

「無駄だよ。万に一つでも、君が逃げ出す隙を私が許すと思うか」

「う、ぐぐ、ぐぅ……ッ!」

「クソ、だったら、俺が――!」

 

 左腕の肘から先を消失し、全ての武器を使い果たした勇が立ち上がった。

 武器を無くした無個性の男。ヒーローの脅威としては不十分だが、怨敵とも言える彼をオールマイトが野放しにする筈もなく、

 

「貴様にだけは、これ以上何もさせんぞ……!」

「チィ……ッ!」

「らしくないな。其方の活路が残っていないとの判断もつかないのか。貴様は人質の在処を吐いてしまった。これで私が容赦する(・・・・)必要も無くなったというわけだ」

「――化け物が」

 

 オールマイトの猛攻は勇に明確な死を連想させる強烈なものだったが、それでも総合的には死力に達していないというのだから、やはりこの男は人外と称する他ない。

 

 朝木勇は既に膝を屈した。誰が見ても明らかな状況ではある。本来であれば勇もこれ以上の戦意を持ったりしないだろう。

 そんな中で異質なのは、やはり蟻塚。

 

「嫌い……嫌い、嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い!! お前らなんか! ヒーローなんか!」

 

 ――一瞬の変化。

 蟻塚が、赤い霧状の何か(・・)を体外へと噴射した。

 

 

「ヒーローなんか――死んでしまえ!!」

 

 

 ◇◆◇

 

 

(…………何だ、アレ?)

 

 誰より真っ先にそう思ったのは朝木勇だった。

 

(蟻塚ちゃんの個性は単なる『蟻』だ。自分の何十、或いは何百倍の重量を持ち上げる蟻の力を、人間大にまで増幅させられる。だけど、こんなの(・・・・)は俺ですら初めて見るぞ――)

 

 思惟に耽りつつ、少女の異常を観察する。

 口や鼻からだけでなく、全身のあらゆる毛穴から蒸気が滲み出ていた。衣服にまで赤い染みがこべりつき、近い場所の空気から徐々に赤く染め上げていく。

 

 数拍遅れて、蒸気から……鉄臭い匂いが漂ってきていることに気付いた。

 ――そうか、これは……。

 

「血の香り――血液を霧状にして噴出しているというのか」

 

 勇と同じタイミングでベストジーニストも同じ推論に至ったらしい。

 

「な、何だその荒技は……ッ。直ぐに失血死するぞ! 朝木勇、彼女を止めろ!!」

 

 オールマイトは何より最初に、ヴィランである蟻塚の身を案じた。

 初見の個性の効果を考察するのも肝要ではあるが、蟻塚の力が諸刃の剣だというのは火を見るより明らかだったのだ。となれば勿論、勇もそう考えない筈がないのだが。

 彼はそれより重大な思索に囚われていた。

 

 

「同じだ、アレ……。姉さんの『ポイズンブラッド』と同じ使い方……」

 

 

 草壁勇斗の実姉――草壁水泉は、血液中に毒を練り上げる個性を保持していた。その用法の中に、今の蟻塚と同じく、『毒の血を霧状に噴出する』というものがある。

 

 

(まさか、姉さんと同じ“個性”が発現したのか? そんな馬鹿な……。凱善製薬が取り扱った遺伝子診断は精度抜群の最新式だった筈だぞ。蟻塚ちゃんは姉さんの個性を潜在的にも継承していないと、立証されていたんじゃないのか……?)

 

 ――朝木勇は偶然が嫌いだ。理論立てて物事を考えてしまうのもその性分の所為だった。

 だがこればかりは、偶然か奇跡の産物だと推察するしかない。

 結果、勇が辿り付いた結論。

 

突然変異(ミューテーション)の中でも更に特異的なケースだが、“成長”の域を超えた更なる飛躍――これが、個性の覚醒……? 都市伝説の類いじゃなかったのかよ……!)

 

 確かに、前兆はあった。

 増強系の個性保持者を封じる為の拘束具を破壊するのは平時以上の怪力だ。勇は『火事場の馬鹿力』として納得しようとしていたが、もはや蟻塚の肉体的な進化は確定的。

 

 個性の覚醒や、個性特異点など、眉唾だと思うような与太話は無数に転がっている。

 ただし、元を辿れば現代の超人社会そのものが眉唾にしか聞こえない。理解を超えた個性の進化だって、この社会では“常識”の範疇ではないだろうか。

 

 ――勝てるかもしれない。

 ――だが……。

 

 本音で言えば、勇にとってこの場の勝敗などどうでもいい。しかし、真正面からヒーローをねじ伏せられるのならそれに勝る方策はない。

 トップヒーロー二人の力を加味すれば蟻塚の個性単体で二人を殺せるとは考えられないが、蟻塚の進化の伸び代だけは予測できない。予測できないからこそ、可能性を否認できなかった。

 

「朝木勇! 朝木! 何を放心している!?」

「早く彼女を止めねば、長くもたないぞ!!」

「……。」

 

 自分を信じるか、家族を信じるかの逡巡。

 信じて、任せてやりたい想いもある。

 毎日が命がけなのに、今更愛する者の命を天秤にかけることを渋ったりはしない。

 迷っているのは、単純に可能性が割り出せないから。

 

(申し訳ないけど、やっぱここの予定は曲げる訳にはいかないか……)

 

 意を決して、蒸気の中心の蟻塚に声をかける。

 

「蟻塚ちゃん、今すぐ個性を止めろ! 君が死んでは意味がない!!」 

 

 返答はない。

 鮮血のカーテンに遮られて蟻塚の姿は包み隠されている。中の様子を探ることも出来ない。

 勇は彼女の身に何が起きているのか、ここでようやく察しが付いた。

 

「蟻塚ちゃん!!」

 

 ――ヤバい。個性、暴走してやがる……。

 ヒーロー二人の視線を潜って、血の中に突入した。

 

「ちょ――待つんだ! 迂闊にその霧に触れるな! 朝木!!」

 

 オールマイトの声はもう耳を通さなかった。

 勇は蒸気を掻き分けつつ、その中心点を探し始める。視界は赤で埋め尽くされていて、視界の悪さは暗闇と何も変わらない。血の匂いで嗅覚も頼りにならなかった。

 

「動、くなよ! 聞こえているなら、その場でじっとしていなさい!! すぐに、迎えに行くから!!」

 

 言い終わる頃になってようやく、地に伏している自分を自覚した。

 

「……え」

 

 ――自分が倒れたことに気が付かなかった。

 ――平衡感覚が鈍化している。

 ――これが『蟻』の『毒』……?

 

 『ポイズンブラッド』は生かすか殺すかの両極端な効果しか出せなかったが、蟻塚の振りまく毒は麻痺の効能を持っているらしい。毒性の方向が変わっている。もしかすると、姉と違い意図的に濃度と効果を調整することが出来るのかもしれない。

 

 ――こじつけのような理屈ではあるが、『虫』の器を得たことで『毒』の幅が広がったのか。 

 

(……っと、めでてェが、喜ぶ暇ないぞ、コレェ!)

 

 致死性の毒でないにせよ、気力だけで身体を動かすことは叶わないだろう。

 毒の源泉が血液である以上、過度な排出は出血と同じ。こうしている間も、蟻塚の命が秒速で縮んでいる。

 

「誰か……!!」

 

 ――都合の良いときにだけ、奇跡に縋る自分に嫌気が差す。

 しかも、世の中には本当に応えてくれる奇跡があるようで、更に悔しさが増した。

 

 

「   DETROIT(デトロイト) SMASH(スマッシュ)ッッ!!  」

 

 

 遠くからそんな声がして、突風が血の雨を攫っていった。 

 突如として視界が切り替わる。赤しかなかった世界に色彩が戻った。

 

MISSOURI(ミズリー)――SMASH(スマッシュ)ッッ!!」

 

 黄金の鬣をなびかせた閃光が蟻塚へと走る。

 朝木勇の視線の先で、黄金は赤霧の発信源たる少女の頸椎を強打し、毒虫を鎮めさせた。

 

「イヤー、失敗失敗! 柄にもなく動転してしまった! 初めからこうしてればよかったな!」

 

 蟻塚の暴走を力でたたき伏せたオールマイトは、快活で不敵な笑みを見せる。

 そこで改めて痛感した。

 少しでもナンバーワンに真正面から勝てると思ってしまった時点で、俺の読みが浅かった。可能性を見出すことすらも希望的観測なのだ。

 

 確約された勝利を世界から祝福されている、とでも言えばいいのか。

 

(――別に、本気で倒そうとも思ってなかったけど)

 

 ともかく、物理的にオールマイトを凌ぐ戦力は、この国にいないに違いない。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「さて、もう間も無く警察の救援が来る訳だが……」

 

 全てのヴィラン――と言っても、朝木と蟻塚の二人だけだが――の無害化という目的を達し、ベストジーニストは戦闘中より幾分か柔らかな瞳で朝木勇を見据えた。

 

「戦略を残しているなら今の内に全て吐き出しておいた方が良いんじゃないか?」

「“戦略”? 端から戦う準備なんてしてませんよ。警察が取引に応じてくれるものだとばかり思ってましたから」

「……そうか」

 

 ベストジーニストがどう受け取ったかはともかく、勇が仕込んだ手札は本当に会場の爆弾だけだった。

 

「あまりその男と話さない方がいいんじゃないか」

 

 朝木勇に他人を操る魔法じみた話術でも期待しているのか、オールマイトが懸念を漏らす。

 

「ヴィランと落ち着いて話せる機会なんて稀でしょうし、ここは目を瞑ってください。彼とは前々から話したいと――いいや、話さなければならないと思っていた」

「インターンで俺の面倒を見ていた手前、今の状況に後ろめたさでもあるんですか? 別に、アンタが気にする必要ないでしょうに」

 

 少年の雄英在学時代の意外な新事実を聞き、オールマイトは意外そうな面持ちで、

 

「そうだったのか」

「……昔の話ですよ」

 

 ベストジーニストは消え入りそうな声で肯定した。  

 草壁勇斗が『ジーニアス』にインターン生として仮所属となったのは彼が一年だった頃の冬だ。せいぜい座学と一部の分野に秀でているだけの無個性の生徒に、ヒーロー事務所から勧誘が来るというのは異例と言える出来事だった。

 

「本当は大人らしく罵声を浴びせてやるべきなのだろうが……筋を通すのなら、やはり私は貴様に謝るべきだな……」

「はぁ? 何の筋ですか、ソレ。ヒーローがヴィランに何を謝るって? 捕まえちゃってゴメンナサイ、ってなら見逃してくんねぇですかね」

 

 勇は彼に感謝する筋合いこそあるが、謝罪されるような覚えは一つとしてない。むしろ、引き抜いてくれたヒーローの恩情を裏切ったのは勇の方なのだから。

 

 

「――草壁。貴様の放校を雄英に提言したのは私だ」

 

 

 犯罪者と正義の執行者。そう分別された立場だというのに、そこから想像の付かないような萎んだ声音だった。

 

「………………何で?」

 

 責めるつもりはない。そんな権利が自分にないことは勇とて理解している。

 単なる疑問の吐露だった。聡明で思慮深いヒーローの行動なのだから、きっと意味が込められているに違いない。

 

「私は言ったな。貴様が目指すべきなのは、卓越したクラッキング能力が活かせる『情報系ヒーロー』だと。草壁勇斗をインターンに引き抜いたのも、そこに新しい可能性を感じたからだ」

「……」

 

 ジーニストが開拓しようとしていた情報系ヒーローとは、元来の矢面で活躍するヒーローとは異なり、影からのヒーロー活動支援や警察やその他行政機関などとの連携を担う専門員のことだった。

 職業として冠される『ヒーロー』という言葉には、民衆を焚き付ける効果がある。『情報系ヒーロー』は、より専門的に犯罪処理を行う分野を増やすことで、個性を用いた犯罪の抑止になるという考えに基づいて生まれたものだ。――いや、厳密には、生まれる筈だったもの、である。

 

「……だが、貴様には他人を重んじる以上に、自分を軽んじるきらいがあった。市民を庇い、ヴィランの攻撃を受けた時にも躊躇しなかったと聞いている。それが私には、危うく思えてならなかった。他人の犠牲となることを是とするどころか熱望する貴様の本性が、不憫に思えてならなかった。貴様は裏方役に徹するには、信念と理想に正直で情熱的すぎる男だったという訳だ」

 

 ひゅう、と勇は口笛を吹いた。ベストジーニストはよく人を見ている。彼が言った学生時代の草壁勇斗の人物像は、現在の朝木勇が過去の自分を客観視したものと概ね合致していた。

 

「だから、私はお前の夢を頓挫させるしかなかった。ヒーローの本懐は――一概には言えないものの――間違いなく『踏み台』ではない。お前がヒーローに不向きだったのは、その誠実さが原因だ」

「俺がヒーローに不向き、ですか? イレイザーヘッドは俺のこと『誰よりもヒーローしてる』と称してましたがね」

「ならば彼の評価が間違っていたな。お前は善良な人格者ではあった。それこそ『誰よりも』、な」

 

 人格を悪評する言葉は使われていない。

 ここまで聞いて、勇にもジーニストが何を言いたいのか見えてきた。

 

「他人を蹴落とす程の野心もなく、自分本位な自己顕示欲もないような人物だ。それをヒーローの舞台に引き入れてしまっては才能を殺してしまう」

「俺にはヒーローよりも相応しい舞台があった、と?」

「ああ。――だが、その結果がこれだ。間違っていたのは私の方だ。君の全ては私の責任とも言える」

 

 お門違いな罪悪感だ、とばかりに勇は鼻を鳴らす。

 しかし、ベストジーニストには自分の非で最悪の犯罪者が生まれたのでは、という不安があった。

 

「あの時の私は異常者だった。何を考えていたのか……今では一つも納得出来ない。きっと、君という才能と出会って頭が狂ってしまったんだ。一歩間違えば子供の将来を潰しかねないというのに、君なら私の真意を理解し、同調するだろうと、根拠も無く盲信していた。当時17歳の――小さな少年だというのに」

「……なるほど、その件はアンタの視野を狭めてしまう程の才能人だった俺が悪いですなァ。そして実際に、俺はアンタを恨んでいない。雄英を退学になった後、別の人生を模索しようと新鮮な気持ちに立ち戻ることができた。だけど、やっぱり無意識にヒーローに嫉妬していたのかも。……あんな事件を起こしちまうくらいには」

「――もう、『嫉妬』などという“小さな言葉”で誤魔化す必要はない」

 

 ベストジーニストは強い音調で言い放つ。

 

「お前がヒーローを殺す訳がないだろうに。ヘッドロッカー殺人事件の犯人はお前じゃない。もしそうだとしても、殺さざるを得なかった理由があったはずだ」

「憶測ですねェ」

 

 そう一蹴しながらも、勇はベストジーニストの声の裏に隠れた力強い確信に気付いていた。 

 

「もっと早くに寄り添ってやれば良かったのに。まだ若い学生の身である君を過信し、君ほどの男(・・・・・)には私の助けなどいらないと、身勝手にも思い込んでいた。あの時、私が声を上げていれば……! 君に理解を示してやっていれば……ッ! 誰一人味方のいなかった君を支えてやれていれば! こんなことにはならなかったのに!」 

「……」

 

 誰かの息を飲む音がした。

 

「私のせいだな」 

「黙れ」

「全て私が招いた結果だ……!」 

「違う」

「私が君を追い詰め、君を変えてしまった!」

「――――違うって!!」

 

 どれだけ人格が屈折しても、曲げられない信念がある。偽れない本心がある。朝木勇は、自分の決断の責任を他人に奪われる屈辱を許せない。

 自分で望んだ道に、言い訳を許せないのだ。

 善行にも悪逆にも、全てに誇りを持って、胸を張ってこそ朝木勇だ。

 

「アンタなんかの為に誰が変わってやるもんか! 全部アンタの妄想なんだよ! 俺は自分の意志でここに立った! 誰かの所為でも、誰かのおかげでもない!」

 

 聞いて、ベストジーニストは目を見開く。

 

「――そうか……! 考えてみれば、そうだ。君の動機なんて、『誰かの為』以外に有り得ない……!」

「ッ」

 

 核心を突かれて動揺したのは初めての経験だ。

 知られたくない本心を、最も知られたく無い人物の一人に知られ、自分ではない誰かの心臓の痛みを感じた。

 

「教えてくれ。ヘッドロッカー殺害事件の犯人は、本当に君だったのか……?」 

 

 助けを求めるような顔でジーニストが問う。

 不気味に沈黙した勇は、原罪を償う咎人のように、告げた。

 

「……悪いが、今は誰にも嘘をつきたくない」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その後、朝木勇と蟻塚の身柄引き受けのために現れた警官とプロヒーローの総数は30にも及んだ。万全の監視体制には、もう絶対にヴィランを逃すまいという強い意志すら感じ取れた。

 人質の居場所が警察に伝達されると、直ぐさま別働隊に出動命令が下り、人質救出の運びとなった。勇が渡した情報に嘘偽りはない。やがて、無傷の子供たちは一人残らず保護されることだろう。

 

「オールマイト」

 

 護送車に連行される間際、勇が言った。 

 

「罪滅ぼしをするつもりはありませんけど、峰田実の家族に伝言を頼んでいいですかねぇ」

「……今更、貴様が被害者遺族に何を伝えるというんだ」

 

 冷め始めていた怒りが再燃し、オールマイトから憤懣が滲み出た。しかし、一応の聞く姿勢を崩さないのは寛大と言うべきか。

 

「あの子を誘拐した後、抵抗できないよう真っ先に気絶させました。その後、一発で頭を撃ち抜いた。一瞬で殺したんで、眠るように死んだのと変わらないと思います。検視なんて出来てないでしょうし裏付けの証拠もありませんが、俺の言葉だけでも伝えといてくれませんか。息子さんは苦痛のない死に方でしたよ、って」

「……」

 

 警戒されているのか、返事はない。

 しかし、遺族の気休め程度にはなる。勇がオールマイトの立場なら、それとなく伝えるだろう。

 

「それと、塚内警部の件ですけど……友達だったんですか?」

「貴様には関係無いだろう……!」

「です、ね。どうせ死刑の俺には関係ねェか」

 

 今度の逮捕では罪の追求から逃れられないだろう。前科がある上に、自分の殺人映像を大々的に公表してしまったのだ。ここまで来て、死刑を想定できないような弱い頭はしていない。

 

 

「――ああ、それとね!」

 

 

 無個性専用の拘束具が取り付けられている最中、弾んだ語り口調で。 

 

「アンタの『探し人』、生きてるぞ!」

 

「ッ!?」

 

 朝木勇の言うオールマイトの『探し人』。

 それが誰を示唆する名詞なのか――オールマイトには、即座に見当がついてしまった。

 正確には、探している訳ではない。恐れているのだ。“あの男”がまだ存命かもしれない、という可能性を。

 

「誰の、ことを……! 誰のことを言っている!?」

「アンタが想像した人物です。連合の裏で元気に隠居してますぜ」

 

 素性の知れないような人間が告げるならともかく、朝木勇の言葉では信憑性が違いすぎる。

 無視するには、この少年の存在は大きすぎた。

 そして、強く確信させる。

 

「情報は小出しにします。そうすりゃしばらく殺されないでしょうし。ただ、疑問があるならいつでもどうぞ。友人殺しちゃったお返しに、アンタになら何でも教えますんで」

 

 

 そう言い残して、勇は蟻塚と共に連行された。

 彼が残した言葉の余韻を感じつつ、オールマイトはその場で食いしばる。

 

「奴が連合の糸を引いていたというのか……!?」

 

 つまり。

 間接的に、教え子を死まで誘導した真の黒幕は。

 

「――――ッッ!!」

 

 行き場を失っていたオールマイトの怒りが、不倶戴天の宿敵に向かうのは避けられないことだった。

 

「あの、オールマイト……? 恐縮ですが、朝木勇の言葉は信じない方がいいですよ……? 何を言われたのか分かりませんが、あの男は口達者の嘘つきですから」

 

 憤るオールマイトの様を見ていた周囲の警官の一人から、そう助言が入る。第三者から見て取れるほど、オールマイトは静かに荒々しく激昂していた。

 

「……いいえ。今の朝木は無意味な嘘をついたりしないでしょう」

 

 プロヒーローとして、断言する。

 

「同感ですね」

 

 ベストジーニストも朝木勇からは同じ印象を受けていた。

 

「長年ナンバーワンヒーローをやってきましたが、自分の終わりを悟ったヴィランの表情はどれも似たようなものです」

「ええ。さっきの朝木の様子こそ、まさにソレだ」

 

 熟練のヒーローなら、相手の口調が変わっていなくても戦意を失っているかどうかの識別は出来る。

 二人の目に映った朝木勇は紛れもなく諦めていた。罪を自覚し、反省も後悔もしていないが、自分の末路を受け入れようとしている。

 

 平和の象徴は、溜息に乗せて疲労を発散させると、 

 

「――これでようやく、多くの人が雪辱を晴らせます」

 

 まずは一区切り。

 連合という悪意の塊はまだ生きているが、朝木勇が逮捕されることで前に進めるという者は少なくないだろう。

 きっと多くの人が、未だに『草壁勇斗』に囚われているのだから。

 

 

 




オールマイト「朝木勇はもう諦めています!」ドヤッ!
ベストジーニスト「目を見れば分かる!」ドヤドヤァァ!
マイト&ジーニスト「この戦い、我々の勝利だ!」
 
朝木勇「全然諦めてないよーん( ´゚,_」゚)バカジャネーノ 」
 
 
 
そういやベストジーニストさん、とんでもないことしでかいちゃいましたねぇ……。(他人事)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。