元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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二月中に更新速度上げると言いました。守れなかったら腹を切ると感想欄でとある方と約束しました。



忘れてください。


誰が敵か

 話はつい数日前に遡る。

 『地獄の明朝』により、漠然としていたヴィランへの恐怖は身近なものへと変貌を遂げ、世間のヴィラン排斥思想は過激化した。また、雄英高校の生徒が殺されたのは、ヴィランがヒーローに向ける敵愾心が大きな要因と見なされ、ヒーロー科を併設する全ての教育機関に警備体制の強化を要求する声が寄せられた。

 

 具体的な被害者を出した雄英高校は学校運営の方針を見直す他なく、あらゆる学科の生徒に寮生活を強いることを決定づける。

 費用の捻出は一時的にヒーロー公安委員会が受け持つことになり、同様の措置を全国各地のヒーロー科高校にも行うと発表することで、地獄の明朝による恐慌は落ち着きを見せた――かに思われたが。

 

 

 ――警察がヴィラン連合構成員の一人を摘発したことで、激昂した『朝木勇』が公の場に姿を現し、

 ――市民を惨殺する映像を垂れ流した。

 

 

 映像の拡散速度は尋常ではなく、一時間も経過する頃には世界各国で『大規模テロ事件』として報道されるに至った。

 朝木勇は一週間以内に仲間を解放しろと警告し、30名の子供を人質に取っていると宣言する。日本屈指のヒーロー育成機関が失態を晒し、ヒーローへの一抹の不信感が高まっていた。そんな頃合いに、誰もが痛感したのだ。

 

 ――この男、あるいは連合は、無差別に市民を虐殺することに躊躇いが無い。しかも、それを容易にやってのける手段を持っている。

 

 たった一つの組織に、たった一人の人間に、日本中が大混乱の渦に巻き込まれていた。

 誰もが人質の全滅を連想し、覚悟していた。もはや手放しにヒーローを信頼出来ない。

 

 

 だからこそ、人質の子供たちが全員解放され朝木勇の逮捕が発表された時の歓喜は大きかったというのは、言うまでもない事である。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 雄英高校一年A組のクラス寮共同ロビーにて。

 入院中の緑谷を除く全ての生徒が、固唾を呑んでテレビを囲んでいた。

 

『り、臨時ニュース速報です! たった今、雄英高校強襲事件の首謀者の一人と思われる少年「朝木勇」が、警察とヒーローの尽力によって逮捕されたとの情報が入りました!!』

 

 ニュースキャスターの女性が逸る声で告げた。もはやこの国には連合による犯罪を憂い、悼んでいる者ばかりだ。この女性も例外ではない。

 

『人質は……全員、救出されています! 全員無傷での救出です!! 皆さん! 人質の子供たちは無事です! ヒーローがやってくれました!!』

 

 直後、複数の重たい呼吸音が聞こえる。

 絶望をもたらした元凶を、ヒーローが倒した。誰もが望んだ勧善懲悪の道筋。それが遂に実現したのだと理解が及んだ瞬間、誰もがまず胸を撫でおろした。

 

 安心したのはいいが、今の心情を表現できる言葉が見当たらない。この気持ちを誰と、どのような言葉で共有すればいいのか。

 そんな沈黙を最初に破ったのは上鳴電気だった。

 

「マ、マジか! やったな皆!! 聞いたか? ヒーローがやってくれたってよ!!」

 

 決して最良の結末とは言えない。友は殺され、更に多くの死者も出た。

 しかし、間違いなくこれは喜んでいい吉報である。

 

「捕まったって、あの、ほら。“あの時のアイツ”のこと、だよね? ……本当に?」

「し、信じられない……」

「…………ケロ」 

 

 芦戸三奈が、葉隠透が、蛙吹梅雨が、順々に述べた。

 それぞれが喜色を孕んだ声音。そして、まるで肩の荷が下りたかのように柔らかな表情になっていた。先の事件以降の張り詰めていた空気も霧散していく。

 

「……デクくん、もう知っとるんかな?」

「ッ、そうだ! 緑谷くんにも知らせなければな!」

 

 入院中の友人の事を思って、麗日と飯田が携帯を取り出す。恐らく、誰より傷心しているのは緑谷だろう。学友を目の前で拉致された時の悔しさは想像に難くない。

 

「そういや、今日の授業オールマイトいなかったよな? もしかすると……」

「絶対それだ! オールマイトがやったんだよ!! あんな奴、オールマイトが本気になりゃ一発だ!」

 

 上鳴電気と切島鋭児郎。二人の予想は個人的な期待が入り交じったものだったが、奇しくも真実を射貫いていた。まだ公に発覚していないとはいえ、事実として朝木勇はオールマイトの戦闘力に成す術無く終わる結果となったのだ。

 

「不謹慎なのは分かりますが……それでも、やっぱり……犯人が捕まって良かったですわ……」

 

 未だに学友の死を嘆く気持ちと、ヴィランの打破を喜ぶ気持ちの間を揺れ動く八百万百。探り探りではあったが、ようやく今の感情を言葉に紡ぎ出した。

 

「そんなに心配しなくても、今は全員似たような心境だと思うぞ。正直俺も言葉が見つからない」

「轟さん……」

 

 各々が胸中に在るものを吐露していく中、轟が上手く纏め上げた。

 そう、言葉にしなくても全員が共通の感想を持っている。間違いなく誰もが朝木勇を恨み、誰もが峰田の事を残念に感じていたのだ。誰もが(・・・)

 だが、未だに僅かな誤解は残ったまま。

 

「――若干一名は、どうだか分かんないけどね」

 

 耳郎響香の剣呑な視線が、ある少年に刺さった。

 峰田が殺されたことを自業自得だと揶揄するような、厳しい持論を吐き捨てて以来、爆豪への周囲の風当たりは僅かに強くなっていた。もちろん、彼は本心から死者を嗤っていた訳ではないが、陰鬱な最近の雰囲気が気に入らないのは否定できない。

 だから、爆豪勝己は言い訳しなかった。

 

「“クラスメイトに同情してる私良い人”アピールがしたいなら勝手にしてろ」

「なッ――」

 

 ――流石に、空気が凍り付いた。

 

「なぁ、オイ、爆豪……。悪いこと言わねぇから訂正しとけ」

 

 見かねた切島が助け船を出す。彼は知っているのだ。雄英襲撃の際の爆豪の奮闘を。一度頼もしいと感じた友人を、只の冷徹な悪漢だと思いたくない。

 だが、やはり爆豪勝己は訂正しない。

 その代わりに、より深い本音を吐き出した。

 

「お前ら悔しくないのな。オールマイトかどうかも分からねぇ、どこぞの誰かに仇を横取りされたってのに」

 

 倒れた人間の為に視線を落とし、只嘆くだけじゃない。

 その元凶がいるのなら、むしろそっちを見据えて離さない。

 それが爆豪勝己。彼は折れないし、前方以外を見る気がなかった。

 

「あの時、校長の言葉聞いてたか? 俺らのために目を配ってたプロヒーローの言葉をよ。俺はとっくに前向いてんだ。傷の舐め合いなら俺抜きでやれ」

 

 爆豪が言ったのはそれだけだった。

 彼は取り繕おうとしない。誰からどう思われようと、関係ないのだ。

 屈折しない自分がいればただそれだけで良かった。それだけで、今を乗り越えられる気がしていた。

 

「お、おう……うん、まぁ。お前はそういう奴だよな。誰かを故意に傷付けようとして言ってるんじゃないんだろ? な?」

「黙ってろクソ髪。誰がフォローしてくれつったよ?」

「何だよソレ、俺はお前の事を思って……」

「ケッ。お前の助けが要るほど俺は弱くねェ」

 

 恩情に唾を吐きかけられた切島は顔を顰めた。だが、ヒーロー志望なだけあって生来の彼は極めて温和である。心から爆豪を嫌悪するつもりにはなれなかった。それどころか、攻撃的な表現しかできない彼に同情すらしていた。 

 

「……まぁ、何だ。耳郎も気ぃ悪くすんなよ。爆豪に悪意はねぇっぽいし」

 

 耳郎に忠言したのは上鳴だった。

 

「……ああ、分かってる。ウチも魔が差して口が滑った。反省するよ」

「そ、そうだね。今は邪険になるの違うし。ともかく喜んどこうよ――峰田の為にも」

 

 地獄のようなあの朝を克明に思い出さないために、皆が意図的に彼の名を忌避していたが、ついに芦戸がソレを口に出した。

 そして。

 

「――――色んな人がこのニュースを見ている。先生方も、俺たちの保護者たちもだ」

 

 緑谷とメールのやり取りを済ませた飯田が顔を上げ、こう紡ぐ。 

 

「少しでも、乗り越えられる者が多いと願おう」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、そう言った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 護送中の勇は、万事順調である(・・・・・・・)ことに安堵し、不気味にほくそ笑んでいた。

 

(……馬鹿な連中。オールマイトもベストジーニストも、結局はこの程度か。ちょっと感情的になって見せただけで、簡単に騙されてくれた。これでヒーローからのマークは薄れる)

 

 ヒーローがあの様子なら、世間に広がるであろう反応も複製体である勇の思い通りになるだろう。

 

 まずは、ヒーローと警察の盲点を作り出す。

 計画の第一段階は上手くいった。世間は朝木勇の敗北を確信しているだろう。だからこその穴が発生する。

 

(さて、向こうの俺がきっちり準備をこなすと信じて、俺も自分の役割を済まそう)

 

 護送車の内装は簡素な作りをしていた。

 勇は軽く目を走らせる。それだけで、ここの設計が電波暗室と同質だと看破した。勇と蟻塚が連れ込まれた空間は中に監視も付いてない。完璧に内外を遮断してある。外は無数の警官とヒーローに囲われており、地力での脱出は不可能な状態である。

 だが、それがかえって今の勇には幸いだ。

 

(盗聴はされてないな。実によろしい)

 

 そう判断した矢先、対極の位置に座らされていた蟻塚が目を開く。

 

「……勇くん」

「お。起きたかい」

「腕、痛い……?」

 

 拘束されている我が身も気にせず、真っ先に彼女が気に掛けたのは勇の左腕。

 肘から先を喪失し、出血で赤黒く染まっている。しかし千切れたのは殆どが機械部分であり、出血量に関しては深刻ではない。問題は、神経が切り離されて壮絶な痛みが絶え間なく響いていることだ。

 だが勇はいつもの笑顔で。

 

「君と引き離された時の胸の痛み程じゃない。そっちの痛みも今は殆ど引いてるからオールオッケー問題無し」

「そう……? よかったね。えへへ」

 

 何が可笑しいのか、同調するように蟻塚も笑みを溢した。

 

「さて。早速だが本題に入ろう。今から俺は君に少し難しい話をするよ?」

「難しいの?」

「我慢してくれ。君と俺が話せるのはこれが最後かもしれないから」

 

 “最後”。

 その言葉を聞いた瞬間に蟻塚が反論しようとするが、隙を与えず勇は続けた。

 

 

「連合の誰かが俺たちを嵌めやがった。だから、事前に宣言した通り、全てを終わらせて俺たちは連合を辞める」

 

 

 ――蟻塚の一件が発生してから、朝木勇が本音を語ったのは実はこれが初めてである。

 蟻塚は彼の言う「誰か」を、リクラスかと推測するが、図ったようなタイミングでそれが否定される。

 

「リクラスじゃなく、別の誰か。死柄木か黒霧か先生(・・・・・・・・・)の誰かだ。俺が心から信頼してるのは君だけじゃなくトゥワイス――分倍河原(ぶばいがわら)もだが、アイツは隠し事が出来ないだろうから、コレを打ち明けるのは君にだけ」

「え。え……。え? 何? 言ってるの?」

 

 蟻塚は理解が追いついていなかった。

 連合に忍び込んでいた裏切り者であるリクラスが蟻塚を尾行して居所を特定し、警察にリークした。これが蟻塚逮捕の全容だと思っていたのに。

 死柄木。

 黒霧。

 そして先生。

 この三人と言えば、連合の中核だ。信頼している――いや、信頼しなければいけない人物。

 その誰かが、自分たちを嵌めたのだと言う。

 

「まず凱善踏破という男がリクラス――霧雨碧という女を連合に派遣し、君の身辺を調査させた。けど、俺の目を欺いて君に辿り付くにはあの女じゃ能力不足。考えてみれば分かる事なんだ。

 となるとこう仮説が立てられる。リクラスが連合に潜り込んだ所までは単純に俺の盲点だったが、その先は別の誰かの手引きがあったと。裏切り者の存在を俺より先に識別した誰かが、ソイツに情報を掴ませた。具体的な過程までは分からないが、リクラスが君の居場所を知り得るように誘導した人物がいる」

「ちょっと、意味が分からない……。ゴメン、私頭悪いんだ」

「気に病まないでくれ。確かに分かりづらい。俺の推測は酷く漠然としているしな」

 

 自覚はあった。理解し難いと。

 誰が、どういう目的で、何をしたか。

 肝心な部分は何一つ分かっていないのだから。

 判明しているのは結果と現状。残りは全て勇の頭の中での出来事だ。幾つもの仮説を組み立て、可能性の薄い事象を切り捨て、最も濃厚な道筋を割り出す。謎解きと変わらない。

 しかし、真相と黒幕に辿り付く確実な考え方は一つだけ。

 

「簡単に物事を順序立てる為の第一歩、まず結末を見てみよう。何故か“君だけ”がピンポイントで捕まり、俺は焦って窮地に追い込まれた。しかも、絶望的って程の窮地じゃない。俺なら解決への設計図を組み立てられる。

 ――そう、“程よく追い込まれてる”んだ。まるで誰かが俺を試してるみたいにな」

 

「……“程よく”って所が、大事だったりする?」

「その通り。流石は俺の蟻塚ちゃんだ。程よい窮地。乗り越えられる苦難。まさに今、俺はプルスウルトラの精神を強いられている。雄英在学中の感覚と同じなんだ。だから俺はこう考える。

 ――俺に、試練を与えてる教師気取りのゴミがいる」

 

 結末から後付けされた根拠に乏しい仮説。

 しかし、勇の考えが声に出されたその時点で、それは既に確信にまで昇華している。仮説を裏付ける物が何一つ無くとも、彼の経験が全力で叫んでいた。

 今回の事件の真相は一枚岩じゃない。勇を捕まえようとする警察と、勇を殺そうとする凱善踏破と、更にもう一人の誰かの思惑が絡み合った結果が現状である。

 

「これで分かったかい? 俺と君を嵌めた野郎が何処の誰なのか。教師気取りって言ったら一人しかいない」

 

 蟻塚と二人きり。もう周囲に警戒する必要が無くなった勇の本音は、直ぐさま蟻塚に伝わった。

 

「……先生」

 

 ――そう。AFO(オールフォーワン)だ。

 ――朝木勇のレールを敷いた、あの野郎だ。

 

「先生がどうしてそんな事するの? 勇くんと私、嫌われてるの?」

「さァーてな。理由は分からん。功績を挙げたこのタイミングで俺を挑発するなんて愚策も愚策だが、切り捨てられたにしては中途半端なのが不可解だ。分かってるのは、先生の考え方が論理的に非合理ってだけ。ンま、存在そのものが哲学みたいなジジイだし不思議じゃねェケドな」

 

 先生がここで動く理由。

 もしそれが破綻した理屈ではなく、明瞭な意志が添えられたものだとしたら。

 ――勇は分からないと言いながらも、先生の目的を推測していた。

 

(……そう。まず結末を見る。俺は――捕まった。ヒーローや警察と接触した。死柄木から不信感を買った。今までひた隠しにしてきた素顔を世間に露出させた。…………どれもピンと来ない。俺の周囲で起きた変化の内、先生の目的と直結してそうなものと言えば――)

 

 考える。

 考える。

 そして、行き着いた。

 

(――俺に、“個性”を与えることか?)

 

 先生ならば予想も出来ていただろう。蟻塚が真に危険に陥れば、朝木勇は信念を容易く曲げて手段としての個性に縋り付く。

 勇自身の戦闘力の不足を補うために、彼が個性を求めざるを得ない状況を作り出した。

 ……考えられなくはない。

 

「――真実を突き止めるには材料が足りない。今、蟻塚ちゃんが念頭に置くことは一つだけでいい。この後俺に何かあったら、トゥワイスを頼ること。そのため(・・・・)にアイツが俺を複製出来るようにお膳立てしておいた。

 信用できるのはトゥワイスだけだ。いいね?」

 

「…………。」

 

 少女は首を振らなかった。

 

「ううん。今度は私が勇くんを助けるの」

「無理だよ君じゃ」

「無理じゃないもん! 見てて! ふぎぎギギぃィ!!」

 

 素っ頓狂な雄叫びを上げながら、蟻塚は自らの身体の自由を縛る拘束装置を内側から破壊しようと試みる。それを見ながら勇は苦笑いした。

 

「俺のは簡易的な拘束具だけど、君のソレはタルタロスで導入されてる品と同じだぜ? 力づくじゃ外せないって」

「外してやる! 壊して、さっさと逃げよう!! ふンっっ!!」

 

 蟻塚は自力でヴィラン専用の拘束を粉砕した前科がある。それを鑑みれば、警察側が更に強度の高い手段で蟻塚を縛るのは当然だ。

 しかし、確かに一度、彼女は限界を越えた。

 

「……うん」

 

 勇は自分の甘さを痛烈に思い知ってしまった。

 自分は蟻塚に過保護すぎたと。

 彼女の未来をもっと華やかで他人の血に塗れたものにするために、更なる試練を与えてやらねばならない。

 

「そうだな。君を頼るかもな……この後、少しだけ」

 

 片方が支えるだけの関係じゃない。

 勇にはもう、いざと言うとき蟻塚に背中を預ける決心が付いていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「――――どうやら本体がお迎えに来たようです」

「は?」

 

 舞台を整えるため、次なる駒を配置していた最中だった複製体の勇を、突如として漆黒が塗りつぶした。

 次の瞬間、死柄木たちに明け渡していた自宅の景色が視界に広がる。

 中央では腕を組んでソファを陣取る死柄木の姿が。

 

「よォ。捕まったらしいな、あっちのお前。こいつはもしかして失敗か? お前を仲間に引き入れた所から全て」

「………………あ?」

 

 策を“続行”していたまさにその瞬間に。

 蟻塚と自分の命運がかかっているまさにその瞬間に。

 作戦の成功がかかっているまさにその瞬間に。

 このクソガキ、勝手に決めつけて邪魔して来やがった。

 

「どうして俺をここに連れ戻した? 説教の為か? 非生産的なテメェの鬱憤のはけ口にする為か?」

「状況を理解してないな。質問してるのは俺だ。リーダーに敵対的な上、使えないパーティメンバーは切り捨て案件だ。俺がその気になりゃいつでもお前を切り捨てることだって! 出来るんだぞ!! なぁオイ!?」

「…………」

 

 ああ、拙い。ドロドロしてきた。

 

「お前は言ったな。今度もヒーローを出し抜いてくると。俺はその言葉を信じてやったんだ。前回の件でのお前の働きを評価してな! だがそんな忖度も此処までだ! いい加減に蟻塚を諦めてもらう!! お前は一生複製体のまま、俺たちの為に頭を回せ!! もうお前に!! 何の期待もしてねェからな!! 言われたことだけしてりゃァいい!!」

「……」

「良かったな、生きやすくなって。もう決断しなくていい。お前の全ては俺が決定してやるよ」

 

 癇癪を引き起こした子供に説法を垂れても効果が無いのと同じで、今の死柄木はどんな忠言も耳を逆らうだろう。

 初顔合わせの時よりも殺伐としていた。死柄木の殺意を肌で感じ取れる。彼が勇に対して懐いていた好感は完全にマイナス値へと反転している。

 

「トゥワイス、お前はどう思ってる? 死柄木と同じように俺を見限ったか?」

「えっ、俺? ……そうだなぁ」

 

 トスワイスは朝木勇と最も付き合いの長い人物の一人である。築かれた信頼関係は連合の他メンバーとの比ではない。便利屋時代からの友人なのだ。

 彼は勇に幾度も救われた経験がある。裏切れない恩がある。答えは決まっていた。

 

「死柄木はちょいと冷たすぎだぜ! 朝木の本体が捕まっちまったなら仕方ねぇ、皆で助けに行こう! 俺は勿論手を貸さない! なんつって、本当だよ!!」

 

 彼の主張と本音は逆転することがままあるが、要するに全員で勇を奪還するために動こうと提案しているようだ。

 だが、当然それは死柄木の琴線を逆撫でする訳で。

 

「――論外だ。話にならない。お前ら全員役立たずか」

「朝木は俺たちのために左腕を差し出した。だったら俺たちだって――」

「黙れ、トゥワイス、お前は。俺が朝木と話してる」

 

 言われて、トゥワイスは押し黙る。死柄木の純粋な害意は際限がない。歯止めを失おうとしている今、仲間であろうと安全の保証は無かった。

 口答えは許されない。そう誰もが直感したが、朝木はいつもより強い声色で言った。

 

「あ~、頭が蕩ける」

「は?」

「脳味噌が溶け出して、溢れ出して流れ出して消えちまう」

「オイ、勝手に狂うな」

 

 “狂う”というのは違う。最初から朝木勇は狂っていた。

 

「ムカムカするとドロドロしだす。昔からそうなんだ。視界が霞んで、全てが汚泥に飲み込まれる。その後、姉さんの腕が俺を引っ張るんだ。何処かへ連れ戻そうとしてくれる。……この症状を治すには誰かを殺さないといけない。いつもそうやって何人も殺してきた!」

「……なら、適当に見繕って誰か殺してこい。その位は許す」

「駄目だ。あの子が隣にいないと駄目なんだ」

「あぁあぁぁああ!! 話が通じないな! 蟻塚はもう終わった!! この下らない議論も、ここで終わりにする!」

 

 譲れないのは互いに同じだった。

 普段なら勇は他人に道を譲る。他人の願望を満たすことが、自分の欲求に直結するからである。

 だが、蟻塚と引き離されることだけは容認できない。

 

 彼女が死ぬのはいい。後から自分も死ぬだけだ。

 自分が死ぬのはいい。後から彼女も死ぬだけだ。

 終着が残酷な結果に終わっても、二人一緒ならそれでいい。許せないのは、引き離されることである。

 

 今だけ。勇は我が道を行く。そのために口を開いた。

 

「――死柄木よォ、お前の芯を俺は知ってる」

 

 彼の表情に浮かぶのは笑みとは違った。負の想いをそのまま具現化したかのような。

 まさに憎悪そのもの。

 

「胸に芽生えたそれは恐怖だ。分からないんだろ、目の前の男の本性が。全て把握していたいよな、だから未知の泉を覗き込む。一面は透き通っていて、泉の底が見える。だけどそれは全部勘違い」

 

 一歩分、歩み寄る。

 

「今まで朝木勇を覗き込もうとした奴は大勢いたが、全員戻ってこなかった。恵みの泉だと思ったそれは、真っ暗な沼だ。中のモノを知った所で、ぬかるみに足を取られて元の居場所には戻れない。

 俺自身ですら、俺の中身を知らないんだ。他人なら尚更だろ。

 知らない。分からない。だからお前は俺が怖い。俺も少しだけ“朝木勇”が怖い、が……死柄木弔は恐るるに足らない。とっくにお前の底を知ってるからだ。実に浅い人間性だったよ」

 

 言い終わる頃には、互いに手を伸ばせば触れあえる距離にまで勇は死柄木に接近していた。

 

 そして。

 少年は容易く他人の核心に触れる。

 

「――――今のお前は、俺が失敗したなんて欠片ほども思っちゃいない。それどころか、無条件に成功を予期している」

「…………何だと」

 

 絞り出したような反駁。

 死柄木の額に僅かな汗が伝った。

 

「これ以上、遠くにいかれるのが寂しいのか? だから自分の隣に縛り付けておきたい。分かるよ。そりゃサブキャラが主人公のレベルを超えてたら誰だってキレる」

 

 勇は死柄木が望む物を熟知している。彼が渇望しているのは主導権だ。誰かに先導されて、その跡を続く屈辱が許せないのだろう。

 故に、朝木勇がヒーローと警察に敗北したと決めつけて、安心しようとした。

 すなわち。

 

 とっくに。

 彼には。

 見抜かれていたのだ。

 

「俺を服従させたかったら蜜をおくれ。仲間に猶予を与えておくれ。でないと、お前の欲しいものはむしろ遠ざかる。俺が蟻塚ちゃんに向けている想いと同種のものを、お前に向けることはなくなる」

 

 言い得て妙だった。

 要するに俺の恨みを買いたくなかったら見逃せ。と単純な脅迫をしているだけなのに、勇の言葉には得がたい含蓄があった。

 死柄木に決断を促す何かが介在していた。

 

「時間を与えて何の得がある」

「俺と仲間に戻れる」

 

 死柄木は見破れなかった。

 勇の連合への不信感が、もう取り返しのつかない場所まで行き着いているということに。

 彼はとっくに、トゥワイスと蟻塚以外の“全て”を敵だと認識していることに。

 信頼しあえる仲間になんて戻れる筈がない。勇と死柄木の間の見えない溝は永遠のものだ。それに気付かなかったが為に、死柄木は判断を誤る。

 

「……期限は今日限りだ。日付が変わったその瞬間が、今回の結末」

「それでいい。ありがとう。これまで通り黒霧の複製体は借りていくよ」

「勝手にしろ」

 

 結局、あらゆる物事は勇の想定通りの軌道を見せ、予定通りの着地点へと近づいていく。

 

 

 666

 

 

 某所。

 閑散とした住宅街にひっそりと聳え立つホテルの最上階層で、男は三つのテレビに囲まれていた。それぞれに映し出されているのは、別々の局から放送されている同じ内容のニュースである。

 

「人質全員が無傷で救出され、朝木勇は逮捕された。ふむ。公表されていた日程より大幅に予定が繰り上がっているな」

 

 男は放映されている内容の全てに意味を見出さずにはいられない。

 人質の子供たちの中から犠牲者が出なかったこと。

 朝木勇から要求されていた期日より早めに決着がついたこと。

 

「素晴らしい終幕じゃないか」

 

 故にこそ感じるものがある。

 

「――素晴らしすぎて、何て嘘くさい」

 

 長年『便利屋』を追い続けていた塚内直正なら気付いていただろう。しかし、彼が死んだ今、違和感に気付ける存在はこの男だけ。

 それに、男の目的を果たせるタイミングは今だけだ。

 男は、殺害という“名目”で草壁勇斗に会いにいかねばならない。

 

「良い頃合いだ」

 

 ようやく、凱善踏破(がいぜんとうは)は腰を上げた。

 そして。

 

「私も出るか」

 

 遂に、ヨーロッパ最強(・・・・・・・)の男が動き出す。

 

 

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