元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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死なば諸共

 『ベルスーズ』というヒーローがいる。

 仏語で“子守歌”との意を示すその名は、フランスNo1の男に冠される。

 

 曰く、ベルスーズは声で人を殺せる。

 曰く、悪しき者を識別する眼を持つ。

 曰く、その素顔を知る者はいない。

 曰く、彼は人間ではない。

 

 市民の間での目撃情報が少なく、架空の存在であるかのように噂だけが飛び交ってはいるが、フランスの機関は確かに彼の実像と成果を認識しており、実在することは確かである。

 

 そしてベルスーズには定形がない。

 ある時は男児の姿で、ある時は青年、またある時は老爺として目撃されている。これらの情報から判明しているのは、一流の変装技術を持っており、男性であるという点だけである。

 

 実体が掴めず、霊的とも言えるヒーロー。それがフランスの頂点に君臨する人物だ。

 ヒーローの存在が漠然としているとその庇護下にある者にはある種の安心感が生まれる。正体が分からない対象にこそ、信仰というのは集まるものだ。

 彼のおかげでフランスの個性犯罪率は以前と比較して15%も減少した。

 

 その成果が評価され、ベルスーズはヨーロッパ全体に活動範囲を広げることなる。欧州における“平和の象徴”と目されるにはそう時間のかからないことだった。これが“ヨーロッパ最強の男”が誕生した一連の流れである。

 

 そして、今ではこう言われている。

 

 

 一年半ほど前のことだ。

 

 ベルスーズがフランスから姿を消した。と。

 

 

 666

 

 

「HNを介してエンデヴァーさんに緊急要請(エマージェンシー)が届いてます」

 

 日本で事件解決数最多を誇るヒーロー事務所に送られた一報。

 サイドキックのバーニンが告げた鐘の音をエンデヴァーは涼しい顔で一蹴した。

 

「その身の程知らずに伝えておけ。俺は別の用件で多忙だと。しかるべき手順を省いた要請なぞに手は貸さん」

 

 ここ数日、個性犯罪率は加速度的に上昇している。元凶は考えるまでもなく、現在日本で最も露出の激しい犯罪組織――ヴィラン連合で間違いないだろう。彼らの悪事に呼応するように、世の中の治安は悪化の兆しを見せている。そのしわ寄せを喰らっているエンデヴァーはいつになく時間に追われていた。

 

 もちろん、バーニンもエンデヴァーの状況は理解できていたが。

 

「いやぁー、応じた方がいいですよ。相手が相手だし」

「ほう?」

 

 サイドキックがNo.2に比肩すると評する相手。

 少し、興味が湧いた。

 

「お前がそこまで言うか。良かろう、繋げ」

 

 足を止めるエンデヴァー。バーニンは決して鈍い女ではない。エンデヴァーも彼女の助言を無条件に拒絶するほど耄碌していないつもりだ。

 バーニンが「了解!」と快活な返事をすると、直ぐさま常備のスピーカーから相手の声が響いてくる。

 

『こんにちは、No2』

 

 掴み所の無い落ち着いた声だったが、妙に耳に残る音だった。

 

「何者だ」

『私はベルスーズ。フランスの元No1と言えば分かるかね?』

「……ほう」

 

 ベルスーズ。それはデビューから半年で名実ともにフランスの頂点に登り詰めた俊豪の名である。彼が犯罪発生率の抑制に貢献した度合いは、最盛期に限って見ればオールマイトを凌ぐ。

 伝説じみていて誰も模倣できないと言われているが、多くのヒーローから彼の影響を受けていた。エンデヴァーも聞き及ぶ大物である。

 

「知っているとも。界隈ではそれなりに名の通った男だ。死亡説も出ていたがデタラメだったか」

 

 エンデヴァーの声の温度は一段階下がっていた。

 通話先の相手が誰であれ、こうしてHNを利用している時点でヒーロー免許を持った誰かであることに疑いはない。しかし、わざわざ外国のヒーローを名乗ってきた意図が掴めない以上、警戒せずにはいられなかった。

 

「して、退任隠居中の外国人がこの私に何の用だ。日本次席の時間を拘束している事実を重く受け止めて口を開け」

『警察に危機が迫っている。フォローを頼まれてもらいたい』

 

 要点だけを述べたつもりなのだろうか。話の筋が見えてこない。

 

「意味が分からん。どういうことだ」

『朝木勇が捕まったとの報道があるが、彼は逃げ出す。それもすぐに。計画は間延びするほど揺らぐものだからね。あの男は早期決着を望むだろう』

「……朝木……勇……だと?」

 

 耳に痛い人物だ。名前すら忌々しい。一度は実の息子を負傷させた相手でもある。エンデヴァーは吐き捨てるように言う。

 

「俺が手を下す機会に恵まれなかったのは残念だが、あの男はもう終わりだ。警察も盤石の備えをしているに決まっている。奴の仲間が奴を救出しに現れたとしても不足がない程にだ」

『そう。外堀を固めて誰もが彼から目を逸らしている。きっとそこが狙いだろう。現に警察もヒーローも、“内側”から蹴破られる想定をしていない』

「フン。無個性の輩に何ができる? サシなら俺の息子ですら朝木勇を凌ぐぞ」

『それが事実なら何て優秀なお子さんだ。日本の次期No1は決まったも同然かね?』

「勘が良いな。アレはなるべくしてそうなる人材だ。俺がそうさせる。仕立て上げる」

『へぇ……』

 

 嫌な間が空いた。

 何故だか、エンデヴァーの額に汗が垂れた。

 

『要請には応じる気がない?』

「当然だ。仮に朝木勇が逃げ出したとしても、その時は俺が直接手を下してやる」

『……駄目だな。やはり頭が回っていない。“仮に”と言いながら本気で予測を立てていない。立てていないから対策できない。行動しない』

 

 男は続ける。

 

『確かに警察の尻ぬぐいをしても、現行の制度じゃ君に利益は回ってこないだろう。だがね、人の命がかかっている、あるいはその可能性がある。今腰を上げないようじゃ、職業としてのヒーローは名乗れないよ。

 窮地に颯爽と現れる正義の味方。それが君たちの理想なんだろうが、仕事人とは言えないね。君たちは気持ちよく人を殴って富を築きたいだけかね?』

「……何だと、貴様」

 

 間違いなく侮辱されている。

 他人の命が天秤にかかっていて、それを指を咥えてただ眺めているとでも思うのか、このエンデヴァーが。

 ヒーローなら誰だって他人に寄り添うための心の温度がある。富を望まないと言ったら嘘だ。気持ちの良い勝利も名誉も欲しい。だが、ヒーローとしての義務も自覚している。

 

 ――人命まで掛かっているというなら、もちろん動くに決まっている。

 

 ベルスーズの言葉は上手くエンデヴァーを煽っていた。

 

『最も機動力があると見込んで頼んでいるんだ。時間もさほど拘束しない。今から――そうだね、一時間ほど、朝木勇が送られた拘置所で異変が起きないか監視しておいて欲しい。どれだけ長くても、一時間もあれば私も現地に着く』

「――もちろん、フランスNo1のヒーローとして、正式に依頼しているんだろうな」

 

 ここまで言われれば、次にエンデヴァーが紡ぐ回答は明白である。

 スピーカー越しにベルスーズ――凱善踏破は、三日月のような笑みを作った。

 

『勿論だとも』

 

 

 ◇◆◇

 

 

 野場市某所の警察署内にて。

 

「お前たちほどの重犯罪者、普通ならタルタロスに直通でぶち込むところだ」

 

 勇と蟻塚の前を歩く恰幅の良い老齢の刑事が言った。

 

「特に朝木、お前は――19だったか。俺の孫と大して変わらない歳だってのに、よくぞここまで暴れられたもんだ。その才能とタフネスだけは間違いない。使いどころを間違えさえしなければ、無個性でも十分活躍できたってのになぁ」

「あ、良いんで、そういう無駄口」

 

 勇は知っている。口数が多いのは怯えているのを隠すためだと。

 無理もない話だ。悪逆の数々が大々的に露呈した今、尻込みせず勇に接してくる輩はよほどの匹夫か、危機感が欠如した愚か者のどちらかだろう。

 

「褒めすぎですよ。あー気持ち悪い。プライドはないのかねぇ」

「……老人の気遣いは快く受け取るもんだ。少しでも緊張を解してやろうとしたんだろうが」

「無理な相談ですぜ。だって俺、今や全国のジジババの敵だもんね。本来なら世の中の生産性を向上させた功労者として、認められても良さそうなもんだが。害獣駆除の英雄だよ」

「ほぉ、根性の据わった奴だ。こんな状況でも弁が立つんだな、極刑は確実だってのに」

「はいはい。良いからその臭い口を閉じてね、税金泥棒」

 

 納税していない殺人鬼がとんでもない物言いである。

 無言で歩を進めると、ある監房の前で唐突に刑事の足が止まる。

 

「着いたぞ、ここがお前の房だ」

「あ、もう? そうですか寂しいなぁ。……そうだ、さっきの話の続きしません? お孫さんがどうのって。幾つなんですか?」

「無駄口嫌いなんじゃなかったか。良いから入れ」

 

 途端に饒舌になった勇の口を閉じさせ、肩を掴む。

 

「…………オイ、さっさとしろ」

「んー、出来ればまだ暫くお話ししてたいなぁ、なんて。へへ」

 

 ここに来て、勇は官房に入れられることを拒み出した。刑事が強引に背中を押してもその場に留まろうと必死に抵抗する。

 

「今更何言ってんだ。妙な抵抗はやめろ。まさか……何か企んでるんじゃねぇだろうな?」

「いやいや企んでるなんてそんな……。こうして拘束されてるんだから、無個性の俺には何も出来ねぇよ」

 

 勇自身がそう言った直後の事だ。

 

「そう。何も出来ない。……そう思い込んじまってたことが、お前らの死因だ」

 

 彼は自らの前言を否定する弁を紡ぐ。

 つまり、もう機は熟しているということ。

 もう演技を続ける必要は無いということだ。

 

「俺ずっと、数えてた(・・・・)

「は? 何を言ってる」

「改めて宣言するよ。やっぱり俺は人殺しが大好きらしい」

 

 警察とヒーローは朝木勇がひた隠しにし続けた切り札を知らない。彼の弄した策を推測することは不可能だったろう。

 だから、ここまでは彼の予定通り。

 

時間だ(・・・)。どうせなら楽しもう(・・・・)

 

 真意の掴めない勇の発言に、刑事の警戒心が限界まで跳ね上がる。

 そこで、何かを確かめるように窺い知れぬ勇の表情を覗き込み、確かに見た。

 

「やっちゃえ、勇くん」

 

 蟻塚の声に応えるように。

 およそ同じ人間とは思えぬ表情で朝木勇が嗤っているのを。

 

 

「 【膂力増強】 」

 

 

 ピキリ。

 鉄の折れる音がした。

 

「お前、何を……?」

 

 ――――瞬間、爆ぜる。

 

 四方に散る拘束具の破片が壁を抉り、威力の程を物語っている。

 『個性』を発動させて内側から鉄を粉砕した勇は、上昇させた筋力の勢いを維持させたまま刑事の下顎を掴み、そのまま引き抜いた。

 

「らァッッ!!」

「ギィェェェェェェェェェェェッ!?!?」

 

 耳を劈く金切り声を上げ、刑事は膝を折った。紙を裂くかのように容易く引き千切られた顎。想像し得なかった痛みに脳が追いついていないため、自力で立ち上がる余力は残されていないだろう。

 悶絶する刑事の尻目に、勇は武装した警官たちに目を向ける。

 

「――ぅ」

 

 不気味な閑寂が生まれると、直ぐさま破られる。 

 

「撃てェ!」

 

 誰が叫んだのか、当人ですら自覚がないかもしれない。

 生き物として残された人間の本能が警官たちを突き動かしている。目の前の男を、人として見てはいけないと。

 非力な無個性だった筈なのに。それが今はどうだ。朝木勇は自由を縛る枷を自力で解き、彼らの上司を惨殺した。

 

「撃ち殺せェ!!」

 

 そうだ。

 朝木勇に関しては何一つ信用できない。

 唯一信じられるのは、生き物として絶対的な『死』だけだ。

 死なない限り、朝木勇は何をしでかすか分からない。

 

 勇を目掛けて無数の弾丸が飛び交った。

 

「 【加速】 」

 

 全射線上から一瞬にして勇の姿が消えた――ように見えた。

 彼は機械的に最小限の動きだけで弾道から逸れ、警官たちが認識しづらい視界の隅にまで跳ねたのだ。

 

 猫のように、風のように。

 

 以前から戦闘行為における勇の動きは合理的だった。それが筋力と速度の増加に伴って、目で追えない程に巧みな軌道を描くに至っている。まさに荒唐無稽な俊敏性。

 蓄積された彼の努力を、一切殺すことなく『個性』が後押ししている。

 

 勇は風に乗った閃光のように柔らかい動きで警官集団の懐に潜り込むと、まず一人の首を落とした。

 

「エクスタシィ♪」

 

 倒した警官から銃器を奪うと、踊るように旋回しつつ周囲めがけて乱発する。そのどれもが蟻塚に命中しないように調節されていたが、その他の者は例外なく被弾し倒れ伏した。

 その後、全員の脳天に銃弾を打ち込んで確実に絶命させると、ある警官の懐から蟻塚の拘束具の鍵を盗み出す。勇は個性の行使に踏み切るまでに、鍵の在処を掴んでいた。

 

「早くコレ外して~」

「はいはい。お待ちくださいな、お姫様」

 

 勇は悠長な会話を広げながら、複雑に施錠された蟻塚の拘束を解く。

 

「……全身が痛い」

「軽く運動すれば治るさ。久々に、全力で遊んで良いぜ。今日は俺と一緒にね」

 

 そう言った直後、警報音が署内全域に響き渡った。入念な下調べをしていた勇と言えど、流石に監視カメラの目を盗みつつ殺しを敢行することは無理だったらしい。

 すぐに武装した警官や、外の見張りに雇われていたヒーローたちがやってくるだろう。

 だが、警察の人員配備は既に把握済みだ。対処可能なだけの研鑽は済ませている。 

 

「さて、あと5分と30秒だ。地下潜りの成果、発揮するとしますか」

「みんな殺そう! 楽しみ!」

 

 ボーナスステージ、延長戦である。

 殺戮が始まった。 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 野場市上空には数機の報道ヘリが集まっていた。

 その内一機に搭乗していた男性リポーターは、眼下の光景を迫真の様子で言い表す。

 

「ご覧下さい! 朝木勇が運ばれた留置所を取り囲むように群がる人々を! 彼らは皆、朝木に厳罰を望んでいます!」

 

 恐らくは報道を聞きつけ駆けつけた野次馬の群れであろう。一見して数百にも及ぶ人々が、幾つもの罵声を入り乱れさせながら響かせている。

 

「……未だかつて、たった一人の人間に、此程までの怒りが集まったことがあったでしょうか……! 彼らの声こそ全国民の総意であることでしょう!」

 

 そう言いつつも、リポーターの男は別段勇に特殊な怒りを覚えてはいなかった。彼自身が淡泊な人間であるというのもそうだが、どうすれば民衆の関心を集められるかという感覚が何よりも先行していたのだ。

 長年報道機関に属し養った経験が、朝木勇の事件を視聴率の材料としか見ていないのである。

 

 男は、恐らく国民の大多数が望んでいるであろう言葉を口にする。

 

「悪の芽を決して許してはなりません! 未成年だからどうしたというのか! 今こそ朝木勇に厳正なる報いを! 超人社会に相応の処罰を!」

 

 男の声が下まで届いたかどうかは定かではないが、その発言の直後、呼応するように飛び交う野次が勢いを増していくのが感じ取れた。

 

 多くの者が一人の少年を睥睨し、慈悲の欠片もない罵声を浴びせ、少年の破滅を心から願っていた。

 怨嗟の波は波紋となって広がっていく。

 

 朝木勇はもはや日本の敵と成り果てていた。

 

 

 666  

 

 

 凱善踏破は建物の上を渡って縦横無尽に駆けていた。

 その最中、腕輪型の端末を駆使して必要な情報を洗い出す。報道されている今回の騒動の時系列や、被害者の共通項。全ての材料を思案して朝木勇の次の行動を推測する。

 踏破が目を付けたのは、逮捕後の勇の足取り。

 

(最寄りの留置所を避けて輸送されている……。勇斗くんを幽する設備に空きが無かったのか? ここに彼の意図が介在しているのなら、輸送先は事前に把握出来ていたということに……)

 

 勇と蟻塚を乗せた輸送車は野場市にある警察署に向かったらしい。それを知った踏破は、警察署に関する調べ得る全ての概要を列挙させた。

 そして、衛星写真の地図を眺めた時、気付く。

 

(……不安な立地だ。コレならいくらでもやりようがある)

 

 不吉な未来図を思い浮かべて、踏破は溜息を一つ。

 

「極力、もう死人は増えないで欲しいのだがねぇ……」

 

 いざとなれば障害を物理的に排除するのもやむなしだが――誰も巻き込まず、草壁勇斗と凱善踏破の因縁を終わらせるのが最善手である。

 一秒でも早く現場に到着する為に、踏破は進む速度を上げた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ――ひたすらに、暴れる。

 

 勇と蟻塚の戦法は、行き当たりばったりの出たとこ勝負である。

 戦闘を想定した策略は一つとして練っていない。視界に入る自分たち以外の者を外敵とし、片っ端から蹂躙していくだけの単調な戦い方である。

 ただ、それだけで警察戦力が半壊していた。その要因としては、勇の奮闘よりも蟻塚の方が多くを占める。彼女の力量が、勇の想定を遙かに上回っていたのだ。

 

 蟻塚は個性の覚醒に伴い、致死性の毒を含む多様な毒性を体内で練るようになっていた。まさに、毒液をまき散らす人型の恐竜である。

 彼女の爪は弾丸を食い止め、彼女の牙は鋼を食い破る。その上、浴びたら即死の血液を持っている。増援のヒーローたちはどうにか二人を生け捕りにしようと躍起になるが、それもまた悪手だった。

 

 ヒーローが“加減”している部分に、容赦なく絶殺の毒牙が突き刺さり、多くの犠牲者を許す結果となってしまったのだ。

 

 我が身を省みず荒れ狂う朝木勇と蟻塚の戦意を潰す手立てはない。無論、勇の方には今後の見通しと計画があるが、彼らの狂乱っぷりはそれを匂わせない程に苛烈だった。

 

 まるで戦争。

 しかし、そんな時間にもようやく収束の兆しが見え始める。

 

「はぁ、はぁ、キリがないぃィ~~ッ!」

「チッ、ゴキブリみてぇに湧きやがって……。やっぱ正面突破できるほど安くないか」

 

 屋上で蟻塚と勇は包囲されていた。

 もう数十人は潰したというのに警官の数は一向に減らず、今では隙間を作らず二人を包囲している。

 ヒーローの姿も少なくはない。本来は警備で雇われていたため、ランキングに名を連ねるような大物の姿はないが、ヴィラン二人に投入するには過剰すぎる戦力が揃っている。

 

「朝木ィ! どういうことだ! 貴様無個性ではなかったのか!?」

 

 とあるヒーローが、恐らく現場の誰もが驚愕していただろう事柄を追求した。

 警察が取り得た勇への対処は、原則的に無個性の犯罪者に対する手段だけだ。旧来の拘束方法で、旧来の官房に収監し、旧来の手順で裁く段取りである。そこを覆すのは人権の侵害と同義であり、蟻塚への処方と同様に勇を拘束することは出来なかった。

 

「また……欺いていたのか!?」

 

 まさか、後天的に“取得”したとは誰も考えないだろう。

 勇が個性を隠し持っていたと、警察もヒーローも同様に推察していた。

 

「想像以上の驚きっぷりだ。分かってるぜ。どうせテメェら、無個性の人間を障害者か何かと同じように考えてたんだろ! そんなんだから俺みたいなのに足掬われるんだよ!! 個性が有ろうと無かろうと、同じ人間で同じ犯罪者さ。慢性的に俺らを舐めてたツケがコレだ!! ちったァ痛みから学べバァァァカ!!」

「貴様毛ほども! 反省していないな!? 死刑で有り余るクズめ!!」

「フフン、褒め言葉☆」

 

 窮地でも、いや窮地だからこそ、勇は余裕の笑みを崩さない。

 

「今度こそ終わりだ。観念しろ!」

「さて、どうかな」

 

 言い終わるタイミングで、勇が密かに数えていた時間が10秒を切った。

 

「テメェらが終わりだと思った時は、大抵まだ始まってすらねぇんだよ」

 

 その時。

 街から、光が落ちた。

 

 

 

 

 複製体の朝木勇は、黒霧と共にオートバイに跨がり、最高時速で国道を走っていた。

 道路交通法に痰を吐きかける勢いで彼らが向かう先は、本体の勇が輸送された警察署。

 

(――見えた)

 

 目的地を視認できる距離にまで到着すると、まず目に付くのは野次馬とマスコミ、そして彼らを取り締まる警察の群衆だ。警察の機密である朝木勇の輸送先が民間に露見しているのは、複製体勇の情報操作の賜物である。

 勇は目的地が見渡せる高台の上に移動した。そこで、狙い通りに人だかりが出来ている景色を上から眺める。ここまでは予定通りだ。

 

「本当に……あんなものが、貴方の妙案ですか?」

「あん?」

 

 唐突に、黒霧から向けられた言葉。

 

あの策(・・・)は只の集団自殺だ」

「…………」

 

 釘を刺すような眼差しを感じる。黒霧が勇の行動に猜疑心を持っているということは、疑うまでもない。

 

「交渉の場でもそうだったが、多分俺とお前とじゃ死ぬことの認識が違うんだろうな」

 

 根を見れば、結局の所意見の相違はそこに起因するだろう。同じ組織だと言っても、勇とその他の連合メンバーが志を同じくしている訳ではない。彼らの心は常に別の場所を見つめている。

 言葉にして共感できるというものでもない。

 しかし、あえて言語化するとしたなら。

 

「一日でも、一分でも、一秒でも長く生きられたら儲けものなんだよ。蟻塚ちゃんにもそう教えた。生きてることの価値を、誰よりも認めてると自負がある。お前との大きな違いはそこだ。俺たちみたいなゴミにも吸える酸素が残されてるなんて、ありがたい話だと思わないか」

 

 勇は確かに命の価値を認めている。

 しかし、それは尊重することとイコールではなく、只知っているということに過ぎない。

 

「他人の命を刈り取る時、対価としてどれほどの物を賭けるべきか。勿論、安全な場所から犯罪を俯瞰することもあるが……誰かを殺す時は別だ。いつだってそれ以上の物を天秤に乗せて、殺してきた。俺自身や、蟻塚ちゃんの命とかな。そこまでして、やっと舞台に立つ権利を持てると思ってる」 

「私たちにも、そこまでの覚悟をしろと?」

「いや、この話に関して間違ってるのはおそらく俺だ。間違ってても、もう考え方を正せないでいる。多分、俺は――」

 

 ――死に場所を探してるのかもな。

 

 そう口にしようとして、やめた。

 黒霧に打ち明けるような話ではない。それに自分が誰かから共感を得ようとしているような気がして、心底気持ち悪くなった。

 

 勇はいつも通り嗤う。少しだけ、自虐的に。

 

「……そろそろ時間だ。準備しよう」

 

 突如として常闇が勇と黒霧を包んだ。まるで迎え入れるように。

 発電所に仕込んでいた爆弾は上手く作動したようだ。一部の重要施設はすぐに予備電源に切り替わるとしても、これで一時的に街の機能は停止する。

 

「お前の言うとおりこれが集団自殺だとして、せめて愉快な最後を飾ろうぜ」

 

 勇のオートバイのエンジン音が闇の中で響いた。

 

 

 

 

 

 

 一部施設を除いた全ての建造物が闇に包まれた。

 朝木勇を包囲した直後の出来事である。これを彼と結びつけて考えるなという方が無理だ。

 

「注意しろ! 奴は暗闇に乗じて逃げる気だ!」

 

 ヒーローの中で懸命に叫ぶ者がいた。朝木勇の為に費やされた皆の努力と流血を無駄にすまいと、その声は必死だ。

 警察たちは包囲を更に強固に意識した。下手に近づくのは包囲網に穴を空ける失策だと知っているヒーローは、索敵の為に視覚以外のあらゆる感覚を尖らせ、慎重に相手の出方を探る。

 そんな中、勇だけが別の場所を見ていた。

 

「……蟻塚ちゃん」

 

 視線を逸らさず、風に攫われそうな微かな声で呼びかける。

 

「踏ん張れ」

「うん」

 

 相方と身を寄せ合うと勇は空を仰ぐ。予報通りの曇天模様で月も星も出ていない。光源がなく、広がるのは一面の黒だった。

 蟻塚を抱きかかえるように腰を曲げ、膝を突き、両手の掌を空に掲げる。

 

 ――地震のような爆発音が轟いた。

 

 勇と蟻塚だけがその発信源を把握しており、この後に待ち受けるものを知っている。

 

「な、なんだこの轟音は!? また朝木が何かしたのか!!」

 

 事態を把握出来ない者の内からそんな声が上がる。

 息を殺して闇に潜んでいる勇から返事はない。彼は動転する警察たちに囲まれた場所で、次の衝撃に備えていた。その衝撃を受け流すのではなく、受け止めるために。

 そして間もなく、その時は訪れる。

 

「――自分が死ぬ覚悟もせずに、他人を殺す覚悟が出来てたまるか!!」

 

 己を鼓舞する言葉。

 そして。

 

 

「死なば諸共ォ――【衝撃反転】――ッッ!!」 

 

 

 声の主は勇だった。

 音源の位置を特定したヒーローたちが一斉に飛びかかる。

 しかし、彼らの手が勇と蟻塚に届くよりも一瞬早く、空から降ってきた膨大な重量の塊が、辺り一面を押し潰した。

 

 

 

 

 リポーターの男は街の暗転と謎の爆発音を受けて、表情を強ばらせていた。

 緊張感が極限にまで達し、呼吸すら忘れてしまう。勇に罵詈雑言を向けていた矢先に起こった不可解な現象。まるで、朝木勇の怨念が牙を剥いたかのような錯覚すら覚える。

 

 ともかく現状を視聴者に伝えようと、マイクに向かって口を開こうとするが。

 

「……いや、まさか」

 

 その瞬間、気付く。

 

「オイ操縦士! 急いでここから離れろ!!」

「え」

「死にたくなかったら言うとおりにするんだ!」

 

 男の様子に気圧された操縦士は、困惑しつつも全速力でヘリを動かす。

 しかし何に男が焦っていたのか、その答えは直ぐに形となって現れた。巨大な鉄の壁がヘリの真横を落下したのだ。

 操縦士はその“壁”の正体を理解した瞬間、嗄れた声を脊髄反射で絞り出した。

 

「…………嘘だろ」

 

 

 

 

 

 とある建築技師の男が、一キロ離れた位置からその光景を見ていた。

 街から殆どの光が消えたため、鮮明に目視した訳ではない。

 だが、今の爆音と地響きを聞き、即座に何が起こったのか理解し唖然とした。

 音の方向にあったのは高層オフィスビル『黒川グランドクロス』。昨年完成したばかりの野場市内で最も高い建造物である。

 その設計に携わっていた男は、心臓を掴まれたかのように面持ちを固めた。

 

 自分の設計に不備があっただろうか? 何か致命的な見落としをしていただろうか? 不安の種が無数に浮かび上がってくる。

 思わず目の前の現実を否定し、逃げ出したくなった。

 しかし、事実としてそれは起こってしまった。

 

「……私の、ビルが……倒れた……!?」

 

 後日、それが朝木勇による犯行だと発覚するまで、男は心身を磨り減らすのだった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「さぁ宝探しの時間だ!」

 

 暗視ゴーグル付きのヘルメットを被り、勇と黒霧はオートバイを走らせた。

 向かう先は倒壊したビルに押し潰された警察署があった位置である。

 砂塵舞う壊滅地帯目掛けて一直線に加速したオートバイの上で、勇は無邪気に叫んだ。

 

「俺が行くまで死ぬなよ、俺ェ!」

 

 複製体が消えていないということは、一先ず本体は無事なのだろう。

 その事実を受け自分のしぶとさを痛感した複製の勇は、流石に苦笑せずにいられなかった。

 

 

 

 

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