元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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評価バー赤くなってて感激です。誤字報告ありがとうございます。それでは続き、どうぞ。


悪の参謀

 ベッドの上で、勇斗は泣いていた。しわくちゃの顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら。 

 澄んだ緑宝(エメラルド)の瞳を大きく歪め、流れる川の水のように柔らかな髪を乱しながら。

 

「……勇斗。お前――」

 

 戸惑うような父の声。初めて目撃した我が子の涙は、彼の情緒を激しく揺さぶったであろうことは想像に難くない。

 父親の声を聞き、勇斗は涙を止めた。泣くのを止めた。

 だって、俺には“これ”しかないのだから、絶やすわけにはいかない。

 

「……っ」

 

 父が悲痛に眉根を吊り上げ、奥歯を噛みしめたあの表情は、未だに記憶から抜け落ちない。

 その時の彼の心情を推察するには忸怩たるものがあったが、愛する息子が無理に作った乱脈な笑顔――彼はそんなもの見たくなかったことだろう。

 

「僕なら、平気だよ。見てよ、僕の個性の――『笑顔』だよ」

 

 純粋すぎたのか、端から屈折していたのか、どちらにせよ悪意なき子供の強がりは痛々しかった。

 

「……それだけじゃ、ないぞ」

「?」

「父さんな、お医者さんから聞いたんだ。お前にはもう一つ個性があるって! それは――」

 

 目を醒ました朝木勇は、在りし日の父を代弁しこう繋いだ。

 

 

 

「――『勇気』か。ハ、随分と殊勝だこと」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 便利屋稼業に必ずしも戦闘スキルは必須では無かったが、朝木勇は日々の鍛練を怠ることがなかった。

 必要性の有無に関わらず、染みついてしまった向上心はどれだけ拭おうと落ちる様子を見せない。性根の部分から勇は勤勉だった。

 

「せァ――ッ!!」

 

 己を鼓舞する掛け声と共に繰り出される回し蹴りで、100キロ近くのサンドバッグがくの字に折れ曲がる。

 鍛練中に自分の持久力を考慮したことはない。常に全力で、出し尽くした後は気力で身体を動かす。勇の屈強な精神力に依存する形の肉体改造の効果は実を結び、着込んだ薄布のウエットシャツは黄金比の強靱な肉体で盛り上がっていた。端整な顔立ちとは似つかわしくない。彼は着痩せする部類だった。

 

「ハァ、ハァ、……っと、まだイケるな」

 

 息を切らしながらも限界を超えた自分を捉えたまま放さない。

 板張りの床の水溜まりは全て勇の汗だ。尋常ではない。全身から吹き出す湯気は彼が臨界にいると表わしていたが、勇は一リットルの生理食塩水を一気に飲み干して原動力を確保する。排出した体液は新たに獲得したからまだ動けるぞ、というトンデモな理屈だった。

 

「流石にもう休んだらどうですか? 二時間ぶっ続けじゃないですか」

 

 諌言したのは黒霧だった。勇は自分の所在を掴ませないために、自分の固定された日課は滅多に他言しないのだが、黒霧はその辺り口が堅いとして彼から信頼されていた。個人用のトレーニングルームへの入室を許可する程度には親密だと言って良い。

 

 ――ヴィラン連合加入より約一ヶ月。そろそろ打ち解けてきた頃合いだ。

 

「余計なお世話だ。死なない程度に自分を痛めつけるのには慣れてる。それに、これは肝要なストレス発散でもある」

「ストレス? 貴方はそういうものと無縁そうですが……」

「実はそうでもない。鬱憤を適度に発散するのが心の健康を保つ秘訣だ。綺麗な女を抱いたり、上手い飯を食ったり、ムカつく奴を思い浮かべて拳を振るったりな、例えばこんな風に――くたばれ死柄木ィ!!」

 

 どすん。重たい音が響き、砂が爆ぜた。

 サンドバックにめり込んだ拳を引き抜いた勇くんは、それはそれは晴れやかな笑顔でしたとさ。

 

「……死んだな。哀れ、死柄木弔」

「仲良くしてくれとは頼みませんが、彼との不仲は改善して頂けませんか? 組織内の不和は混乱を招きます」

「大丈夫だよ、表立って対立はしてない。誰にだって不満の一つや二つあるものだろ? こうやって、相手に知られないように隠れて憤りを晴らすんだ。

 それに俺は他人の長所を見つけるのが得意だしな。死柄木って子供っぽくて可愛いところあるじゃん? 見方を変えれば、仲良くするなんて簡単だ」

「全然本心で言ってなさそうな所が凄いですね」

「失敬な。結構本心だぞ。俺って社交性あるし、相手の顔色を窺える男だ。相手の望みを見抜いて、表現されるより先にそれを演じる。好感稼ぎも得意だぜ。だからモテるんだろうなぁ」

「だから煽るのが上手いんですねぇ……」

「ハッ、褒め言葉」

 

 どんな文言も自分にとって都合の良いように脳内変換する勇は根っからの善性に見えて、破滅的な闇を抱えていた。その“一端”を垣間見た黒霧は、勇の笑い顔を前にする度に想起することがあるのだが。

 楽しそうにケタケタと笑う勇。残念ながらどれだけ訝り観察しても、彼は正常だったし、清楚で潔白な美少年だった。

 

「……貴方の人生は本当に楽しそうだ。そう見えるのは、何事も笑い飛ばせる朝木勇の精神の演出ですかね」

「つーか、俺の“個性”だな、そりゃ。

 

 俺の個性――『勇気と笑顔』。言い換えてラブ&ピースでハートフルなエッセンス、あるいはリビドー。

 とっても素敵な個性だと思うだろう?」

「私はたまに貴方の言っていることが分からないんですが……」

「大丈夫か? 日本語、勉強し直す? 今の時間帯だと蟻塚ちゃんが漢字のお勉強中だろうから、混ぜてやろうか」

 

 日本語を改善すべきはお前だろう、と出かけた言葉を黒霧は飲み込んだ。

 

 

 

 

(――拙いですね。これは)

 

 黒霧の抱えている焦燥は、不安を内包した幸福という矛盾だった。

 

(私は心を開きすぎている。良い傾向なのかもしれませんが、まだ一定の距離を開けておくべきでしょうか)

 

 平たく言うと、楽しいのだ。朝木勇との会話が。

 死柄木という同居人が素っ気ないというのもあるが、勇の話術は隣人を満たすものがあった。カリスマというのはこういった男のことを指す言葉だろうか。

 幸を振りまく人間たらし。同じ場所を共有しているというだけで、こうも引き寄せられるのだから、彼が現役のヒーローであったとしても何の違和感もない。――そういった予感に、黒霧は激しく警戒していた。自分は籠絡されているのではないかと。

 

「で、そろそろ本題に入ったらどうだ? 俺と駄弁りにここまで来た訳じゃないだろうに」

 

(………………そうですか。全てお見通し、ということですか)

 

 突如として事務的な会話を展開した勇は、黒霧の警戒心を見抜いていたのだろう。

 自分は無理に親密になろうとしている訳ではないぞ、と。警戒したいならするといい、と。そう宣告されているのを、黒霧は向けられた視線の奥から感じ取った。

 

「雄英高校でオールマイトが教鞭を執っているのはご存じですか?」

「一応な。それがどうした」

「――現在、我々、ヴィラン連合の計画が思案されています。『オールマイト殺害を目的とする、雄英の襲撃』、是非とも貴方の知恵をお借りしたい」

「……おいおい聞いてないぞ、なんだよ計画って。作戦参謀は俺だろう? 俺抜きで話を進めるってのはどうなんだ?」

「そう言われましても、貴方、週一でしかアジトに顔出してくれないじゃないですか。それにまだ草案の段階です。私としては朝木勇を交えて具体性を帯びさせていきたいし、死柄木もそれに同感らしい」

「へぇ」

 

 一ヶ月だ。一ヶ月間もの間、連合は動いていなかった。勇の疑心も強くなってきていただろう頃合いに、ようやく本格的な活動の目処が立ったのだ。

 ただ結成する、という目的だけで人員を確保するのは朝木にも至難だったようだが、オールマイト殺害というゴールを定めることで、彼の『窓口』としての動きも活発化する。

 やっと活動らしい活動が出来る――朝木勇の面持ちは、水を得た魚のそれだった。

 

「ここで聞いた限りじゃあまり賛成できないが、原案段階としては興味深い。もちろん俺も会議には参加させて貰おう」

「感謝します。では、都合のつく時間帯があればご連絡下さい。私も死柄木も、貴方の予定に合わせましょう」

「んじゃ、今からだな」

 

「……はい?」

「だ、か、ら。今からアジトに向かって作戦会議するんだよ。一秒たりとも無駄にしたくない」

 

 時間の許す限り、可能な努力を突き詰める。休養ならまだしも、怠慢の余暇は許さない。

 勇がヒーロー下積み時代に培った基礎は健在だった。

 

 ◇◆◇

 

 雄英一年生の災害訓練中、その授業で彼らは一時的に校舎と離れた訓練施設に隔離される。丁度その授業はオールマイトが担当するものらしく、他に同行するヒーローもごく少数。雄英の盲点を突いた、大胆だが理想的なタイミングでの襲撃。その結論に行き着いた時、勇も同意の色を表わした。

 

 雄英校舎の見取り図と地図は実際に地の利もある勇が入手する手筈となり、問題は戦力の補充である、と全員の意見が一致したのだが――――、

 

「…………まず大前提だが、俺はオールマイトの相手を放任させて貰う」

「後ろで指揮でもとる腹か?」

「うーん、そうじゃない。指揮牽引は得意分野だが、今回みたいな出たとこ勝負だと生かせない。現場での柔軟性と一騎としての戦力が必要だ。つまり俺、カスな」

 

 自虐的に笑って見せた勇の言葉を、死柄木と黒霧は緘黙して聞いていた。 

 

「雄英生徒と言えば、ガキはガキでも金の卵だろう。試験を乗り越えたウジ虫の中の精鋭たち。もしかすると毒虫が混じってるかもしれない。だから、虚を突いて生徒を訓練場各地に分散させるのは必須。だが、分散させた先で生徒を皆殺し、ってのはちと骨が折れる」

 

 この作戦は急性だ。勇が集められる戦力にも限りがある。研鑽された個人は数名しか募らないだろう。つまり、彼の中では既に、自分がブローカーと連携して有象無象の数を集める未来が出来上がっている。

 しかし、それだけでは明らかに殲滅には力不足。おそらくは足止めのための肉壁にしかならない。

 

「でもさぁ、オールマイトは殺したいが、生徒も殺したい。そう思わないか?」

「サブミッションてやつか」

「お、適切だなリーダー」

 

 リーダー、と呼ばれて死柄木はマスクの下で口角を吊り上げた。機嫌が良くなった彼を見て、こいつ煽てたら木にも登りそうだなぁ、お猿さんかな? と勇は嘲っていたが、それは別のこと。

 

「雄英校内で生徒の死。もちろん“象徴の喪失”の方が社会に大きな痛手だろうが、前者も中々のインパクトだ。世論は俺たち好みの動きを見せる。子供を守れなかったヒーローへは疑心が向き、連合を最高の形で宣伝できるだろうな。ヒーローにもヴィランにもだ。……何せ、いつの時代もガキの命ってのは世の宝だからな。俺らはその宝物に唾吐きかける蛮族さ。レッツパーリーだぜ」

「……あの、朝木。貴方は以前、私たちに『朝木勇の経歴で雄英を貶めるのを許さない』と持ちかけてきましたよね。生徒の殺害に主軸を置くというのは分かりますが、それはつまり、雄英を失墜させる意図があってのこと。貴方の信念にそぐわないのではないですか?」

「んー? 何か違うな、それ」

 

 ここで勇は、自分が誤解を受けていると認識した。

 前々から気付いていたが、自分は連合の面子から警戒されている。その理由は――おそらく、朝木勇がヒーローに肩入れしているという先入観が根幹にあるのだろう。ならば否定しなければならない。

 俺たちは思想を同じくする同士であり、仲間だと、根を張っておかないといけない。

 

「――俺が気にしてるのは筋道だな。地力でヒーローの信用を削る分には大賛成だ。気に入らないのは、偶然を利用するってことだ。最初から俺がヴィランとして雄英に侵入していたなら構わない――だが、俺はあの時、間違いなくヒーローに焦がれていた。それが“たまたま”、今になってヴィランに転向しただけ。その偶然を、自分に都合良く改竄したくないって訳だ」

「面倒くさい野郎だな、お前」

「それが俺の美徳だぜ。美学と言っても良い。やっぱ俺カッコいいだろ」

「いや、全然全く」

 

 売り言葉に買い言葉だが、もう死柄木と勇の間に悪念は介在していなかった。少なくとも、死柄木から一方的に敵意を剥き出しにすることはなくなったらしい。

 

「話を戻そう。――掻い摘まんで言うと、俺は生徒を殺したい。オールマイトの前じゃ司令官なんて無意味だ。作戦や戦略を拳で薙ぎ払われる。適材適所って奴だな。俺には生かせる適材と適所があるが、それは舞台の影で用いるものだ。オールマイトを殺す――その裏側で、俺は生徒を殺そう。お前たちを信用していない訳じゃないが、まず間違いなく俺の目的は成功するから、サブミッションクリアは確定。及第点は確約される。どうよこの完璧な計画(プラン)。俺ってマジで参謀じゃね」

「聞く限り、最良のようには思えますが――」

 

 黒霧は死柄木に判断を委ね、死柄木は、

 

「ミッションには保険が鉄則。だけど――お前、無個性のくせに大丈夫か? ウジ虫の中に毒虫がいるかもしれないって言ったのは、他ならないお前だ。どうして“確約”できる?」

「ああ、それね。抜かりないから大丈夫」

 

 勇は余裕で裏打ちされた表情を浮かべていた。そこには絶対の自信が見え隠れしていて、彼の確約という言葉に現実味を加えている。

 

「黒霧の“ゲート”で生徒を分断する際、俺が指定した生徒をある箇所に飛ばして欲しい」

「残念ですが朝木、私の個性にそこまで正確な座標を選択する力は――」

「分かってる。だけど、個人ならどうだ? “こいつだけを確実に”って事前(・・)に顔写真付きで指名したなら、お前の個性で失敗することは無いだろう」

「――確かに、それなら可能でしょう」

 

 黒霧から言質を得た勇は、説明を次の段階へと進める。

 

「実はさっき、アジトへの道すがら、卵共の個性を調べてたんだが、」

「調べるって、お前、どうやって……」

「まぁ、色々手があってな。後々詳細を文書として提出するつもりだが――お、コイツだコイツ」

 

 端末式薄型携帯を机の上に広げ、その生徒のプロフィールを開示する。

 そして、彼は、悪魔のような面貌で平然と言ってのけた。

 

「前言の通り、俺は“カス”だ。

 

 だが、流し見しただけで確信できた。生徒の中に――“ゴミ”がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――峰田実(みねたみのる)

 汎用性のある強個性持ちみたいだが、活かすには学生じゃ未成熟すぎだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――物語は動き出す。

 

 

 

 

 




やめて! 天才設定の勇くんが本気で殺そうとしたら、『もぎもぎ』で頑張ってきたブドウの命までもぎれちゃう!
お願い、死なないでブドウ! アンタが死んだら、勇くんが言い逃れ出来ない殺人犯になっちゃって、彼を慕ってたミリオやねじれちゃんが号泣するどころか、ついでに相澤先生の心が玉砕しちゃうんじゃないのォ!?
まだライフは残ってる! ここを乗り切れば、アンタにも成長フラグが立つんだから!


次回「ブドウ、もぎす」
まさかの大ピンチ! 逃げろ峰田ァ!!

※予告はネタです。



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