元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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朝木勇「You say runを流させないマン。調子に乗って作者のSAN値をゴリゴリ削る」
 
峰田実「ゾルディックに狙われた初期レオリオ。どうしろと」
 
緑谷出久「サスケが黒くなりすぎたナルト。ヒナタのNTR希望」


悪夢

 個性把握テストの記録に於いて、相澤消太が生徒に求める基準はさほど高くはない。自分の個性の長所を的確に活かし、平時よりも運動記録を伸ばすことが出来れば最低ラインには到達する。つまりは、用途を誤っていないかの確認であった。

 

 雄英生徒一年の個性は、必然的にこれから伸びていく。入り口から多くは求めまい。

 だがしかし、根本的に戦闘センスに欠陥がある生徒に関しては、躊躇無く除籍にする覚悟が彼にはあった。

 

 ――アイツが篩い落とされたというのに、甘ったれた新生児を擁護してやる道理がどこに有ると言うのか。

 

 もはやソレは忌名であるが、彼が鮮烈に奮闘していた姿は、相澤の瞼の裏側に今なお焼き付いている。

 そんな意識を持っているが為に、必要以上に査定の目は厳しくなっているのかもしれない。アイツは特別で、その他は凡庸だ。同じものを求めるのが酷だというのは、本音の部分で理解していた。

 

 だが、それを考慮して余りあるほど、この生徒は欠けていた。

 

 

「――緑谷出久。お前のは一人を助けて木偶の坊になるだけ。その個性じゃ……ヒーローにはなれないよ」

 

 

 特殊合金を編み込んだ布で拘束した緑谷に、純然たる真実を告げる。

 緑谷出久の個性は、明らかに彼に馴染んでいなかった。入試の時点で判明した推論を、相澤は思い出す。彼の個性は膂力を増強するものだろう。しかし、まるで身に余る強力な個性を最近宿したかのように、個性発揮直後に緑谷はリバウンドで傷害を負う。

 そして、周囲は彼に手を貸すことを強いられるのだ。言うなれば、一発限定の強力な兵器だが、その後は戦闘不能になる自爆型個性。

 

 この年齢で自分の個性を使いこなせていないなら、それにどう助力するかは教師の腕の見せ所とも言えるが、根本的な欠陥を抱えた生徒と同じ目線に立つほど、相澤は悠長な男ではなかった。

 

「……せめて、周囲の手を借りずに動けるくらいには、個性の扱いに慣れろ。お前には時間も、才能もあるらしいからな。何ならここで辞めて、また雄英を受けると良い」

 

 ――除籍の一年が惜しいなら、少しは頭を使え。

 

 真意は伝わっただろうか。ならば、この生徒は欠片ほどの可能性くらいは見せてくれるだろうか。

 

 ――結果、人差し指だけでボール投げ、という奇策で、彼は退学を逃れた。

 自分だけで完結できる最善の手を見た。緑谷は個性に難ありだが、登竜門を潜るには十分であると自分を知らしめることに成功した。

 

 そんな中、相澤消太は思い出す――。

 

 

 

「――草壁、お前、やる気あるのか?」

 

 全ての生徒が全種目の記録を出し、順位をつけようとした矢先、一人の生徒の欄だけ余白であると気付いた。

 記録最下位は除籍処分――それに怖じ気づいて、テストを辞退したか。それとも、“無個性”だと周知になるのが嫌で忌避しているのか。どちらにせよ、この卵は腐っている。

 

「俺の個性は『勇気と笑顔』ですから、それで運動能力は上がりません。記録も伸びるのに時間が掛かります。

 入試の際に運動技能のテストは行われた筈ですから、それがそのまま俺の全部です。

 

 それで足りないなら、俺は実力不足なので退学するべきです。その時は――また来年、来ます!」

 

 ……流石に、想定外の予想外だった。こんなトチ狂った事を偉そうに吐き散らす生徒は今までに皆無だった。何故なら――無個性で入試を乗り越えた蛮勇など、過去に例が無かったからだ。

 

「はは。相澤先生に認められるまで、あるいは、貴方が担任じゃなくなるまで、入試と除籍の無限ループですね!」

 

 虚言だとは思わなかった。いいや、それが強がりだと信じたくなかった。彼は本気でそう言っていると、本気であってほしいと、そう願った。

 他より不足している自分の欠陥を、時間と努力だけで埋める。無個性らしい、けれど実現の難しい受難。

 草壁は、今までそれを成してきたのだ。だったら、これからもそうであってほしい。

 

 彼の言葉を聞いて、詮無き卵の可能性として切り捨てられる教師が、どれだけいるだろうか。彼から“時間”まで剥奪しようとする冷淡なヒーローは何人いるだろうか。

 

 少なくとも相澤は――彼の行く末を、あと数歩先まで見てみたいと思った。

 

「……お前、合格でいいよ」

「えっ!?」

 

 それは、やがて見せる鬼才の頭角の一つを引き上げる結果となった。

 

 

◇◆◇

 

 ウソの(U)災害や(S)事故ルーム(J)!!

 今日、一年A組メンバーが救助訓練の舞台として利用する演習場。実際の現場を想定して、水難、火事、震災に至るまで多岐に亘る障害施設が併設されていた。

 

「……13号、オールマイトは? ここで待ち合わせてるはずだが」

「仮眠室で休んでます。通勤中、制限ギリギリまで活動してしまったみたいで」

「不合理の極みだなオイ」

 

 雄英教師陣の中で、オールマイトの弱体化に伴う個性の使用時間制限は共通認識となっている。相澤は13号の報告は忌々しげに聞き終えると、重たい溜息を漏らした。

 

「まあ仕方ない。始めるか」

 

 災害訓練で実践形式の授業。生徒たちの必修科目だ。時間を惜しんで、とっとと取り組もう。

 ――この判断が誤りであったとは言わない。

 雄英の敷地内で、その上プロヒーローの二人が会している。一応の警戒命令が出されているとはいえ、突拍子も無く脅威が出現すると、誰が予想出来ようか。

 

 念の上に念を入れた警戒態勢。そもそも万全を期すことを求められない状況では、完璧に近い状況。

 

 ……しかし、それが一変するのは束の間の出来事であった。

 

 

 13号が生徒を扇動鼓舞している間、相澤は視界の端で見慣れない淀みを捉えた。

 視認すべく、焦点を合わせる。演習場の中央広場――その中心で蠢く影。それが一つの“穴”のような造形を描くと――指が顔を覗かせる。

 

 地獄の底から這い上がるように、しかし悠然と、顔を出した奴らと視線が合った。

 

 

「一かたまりになって動くな!!」

 

 

 反射的で鋭い伝令が走る。

 その間にもズズズ…とその表面積を広げる穴からは、無数の人影が湧き出続けている。

 

「何だアリャ!? また入試ん時みたいにもう始まってるぞパターン?」

「動くな! アレは――(ヴィラン)だ!!」

 

 

 

 犇めく悪意の権化たちは黄金の原石を厭忌の、あるいは侮蔑の視線で睨め回し、最後に臨戦態勢に入らんとするプロヒーロー二人を確認した。

 

「『13号』に……『イレイザーヘッド』ですか。おかしいですね、整合性が取れない。彼の調べではここにオールマイトがいなければならないのですが……」

「焦るなよ黒霧。……流石は元ホワイトハッカー、“サブ”は居る(・・)し、残りも報告通りの面子だ。ああでも萎えるな……平和の象徴。オールマイト、メインターゲットが居ないなんて……。

 

 

   子供 を 殺せ ば 来る の か なぁ?」

 

 

 

 飛び込む。

 即座に避難誘導の命を出した相澤は、13号に生徒を託して敵陣のど真ん中へと特攻した。

 インベーダーの数は未知数。広場に“出現”しただけの人数でも二、三十には達するだろう。その上、伏兵が潜んでいる可能性も考慮に値する。

 

 それでも、増援を待つまで誰かが(ヴィラン)を足止めせねばならず、オールマイトが居ない今、その役回りとして適任なのが自分であるという判断は至極正解だった。

 

「イレイザーヘッドだ! 異形型部隊詰めろォ!!」

(……ッ。クソ、俺の対策まで織り込み済みか)

 

 ヴィランの一人の掛け声で確信する。――彼らにはずば抜けた参謀の後ろ身があると。

 当初の予定通りだと、この授業は13号とオールマイトの二人体制で行われることになっていた。マスコミに扮して外壁を“崩された”先日の一件以降、雄英は万が一にも備えて変則的な警備を組むことにしていたのだ。

 

 つまり、昨夜までの予定通りならば、今日、この場にイレイザーヘッドはいなかったことになる。

 

 ――今の状況を作るためには、雄英の情報を抜き取るどころか、子細な動向まで先読み(・・・)できるヴィランが敵側に存在している必要がある。

 ――それとも、雄英側(こちら)に内通者が?

 ――……あるいは、その両方(・・)か。

 

 一先ずは疑念をかなぐり捨てて、ヴィランの掃討に従事しよう、と相澤は自分の役割を再確認する。

 

 ゴーグルの下で個性発動の所作をしている遠距離タイプを可能な限り無力化しつつ、近接主体の異形型と相対。マフラーよろしく首に巻き付けていた合金の布を解き、武器として自在に操りつつ、複数のヴィランを相手取る。その戦闘力は模範的なプロのそれだった。

 

 しかし、一歩、届かない。

 相手を拘束しようにも、ヴィラン達はそれを防ぐように隊列を常に変動させていた。

 嫌な立ち回りだ。まるで――

 

(決定打を避ける動き……まるで、俺との戦闘を事前に訓練してたみたいだな。普通、これだと袋叩きだが――粗が多いぞヴィラン共!) 

 

 相手の異形型は図体ばかりが肥大化した脳筋が大多数。いいや。その類いばかりだった。我先にと密集してきたそれは絶好の肉壁。死角を作るにはもってこいだ。

 ヴィランの隙間を縫うようにして進み、自分を視認できていない相手から潰していく。

 合金布で両手両足を拘束したヴィランを、その他の密集地へと投げ飛ばし、陣形を乱す。

 そして、倒れ伏したヴィランを背にして宣言する。

 

「ヒーローは一芸だけじゃ務まらん。付け焼き刃の連携が通用すると思うなよ」

 

「嫌だなプロヒーロー。有象無象じゃ歯が立たない……だけどその個性、長期戦には不向きだろう……?

 ――そんなに生徒に安心を与えたいか? 強がるなよイレイザーヘッド。生憎だが、中古の攻略本が落ちてたよ。だから、タイプ相性はもう知ってる」

 

「…………勝ち腰とは良い度胸してるな」

「噛ませ犬はそう言うんだ。チワワに噛み付かれるドーベルマン――アイツはそう言ってた。さぞ悔しいことだろう。お前は失敗するんだ……。ほらイレイザー、無駄口叩いてても良いのか――囲まれてるぞ。それに、今から俺が触れ(・・)に行くからな……!」

 

 

 

 

 

 

 イレイザーヘッドといえど、事前の対策を積まれた大衆相手に常に優勢でいるのは至難だったらしい。

 黒い霧を纏う、如何にも最も厄介そうな(ヴィラン)は、イレイザーの視線を抜けて、離脱を画策していた生徒たちの前に姿を現していた。

 

 

「――我々は(ヴィラン)連合。僭越ながら、この度雄英高校に入らせて頂きましたのは、平和の象徴……オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

 …………は?

 

 緑谷出久は反芻して考える。

 侵入者。ヴィラン。目的は――オールマイト殺害……?

 生徒たちが混乱している間に、黒い霧を纏う男は、

 

「標的は捕捉しました。……私の役割は――コレです」

 

 濃密な闇が生徒を覆い尽くさんばかりに広がった。

 だが――爆豪、切島の二人が霧の中心部、敵の胴体部へ向かって爆破の個性を、そして硬化の個性による斬撃を飛ばす。

 

「その前に俺らにやられるってことは考えなかったのか!?」

「百回死ねや! モブが!!」

 

「……危ない危ない。そう、生徒と言っても優秀な金の卵」

 

 霧はゆらりと笑う。

 そこで、前に出た二人の危機を察した13号は力の限り叫んだ。

 

「ダメだ二人とも! 下がりなさい!!」

 

「散らし、嬲り、殺す――――――といきたいところですが、一先ずは」

 

 誰も気付かなかった。見えなかった。

 全くの逆方向に生じた霧の中から、“生身の腕”が出て来たことを。

 その腕が、一人の生徒を引きずり込もうと画策していることを、誰も見抜けなかった。

 

 ――一人を除いて。

 

「峰田くん! 後ろ!!」

「……ふぇ? オイラなの!?」

 

 出久が庇うように前に出る。

 すると、黒い霧の発生源たる男は瞳の光を弱々しく揺らした。

 

「……生徒を固めたイレイザーヘッドが聡明だったという事でしょうか。これでは個人を捉えるのは難しい。

 ――仕方ありませんね」

 

 息をつく暇も無かった。

 瞬く間に視界を覆い尽くした濃霧を払う思考は出久たちにはない。そのまま、まるで呼吸でもするかのように、霧の中へと出久と峰田の二人は呑まれていく。

 

「しまった、生徒が!?」

「油断しましたね、13号。よそ見とは……余裕ですか――勿論、他の生徒も散らしますよ」

 

 

 

 

 

 ◇◆◇ 

 

 

「!?!? ここ、山岳ゾーン!? そうか、“ワープ”の個性!!」

「びぇえええええええ!! 何でオイラがこんな目にぃぃいい!!」

 

 泣き喚く峰田を尻目に、考察する。あのワープ男が生徒を分散させた理由を。

 考えろ、考えろ、考えろ。奴は失言していた。肝心な何かを言っていた筈。それは……。

 

「散らし、嬲り、殺すって事は――!?」

 

 すぐ側に危機が潜んでいることを感じ取った出久は、身体を強ばらせて視線を巡らせる。

 盛り上がった岩。崩れかけの橋。断崖絶壁の壁。そして、岩場の影に、一人の男がいた。

 

 切り揃えられた黒髪に、宝石のような淡い緑の瞳。

 全体を隠す小麦色のマントを揺らしながら、右肩に巨大な鉄の塊を掲げ、寸分違わず緑谷たちへと向けている。

 

 

「吹き飛べ」

 

 

「(拙い!?) 峰田くん!!」

「えっ、えっ? 今度は何だよ!!」

 

 一早く命の危険を悟った出久。判断能力に疎い学友の肩を掴むと、直感だけで敵の攻撃を避ける動きをする。

 そう、攻撃される。殺す覚悟で放ってくる。

 この男は――間違いなく、自分たちの命を狙っている。一目見たら、誰だって彼と同じ風に感じるだろう。なぜなら、

 

(このヴィラン……拳銃でも、猟銃でもなく――軍用のロケットランチャー構えてるんだけど!?)

 

 思考した直後、死の弾道が描かれた。

 発射されたロケット弾を見た瞬間、脊髄反射のように、出久の身体はその場からの離脱を選択した。

 学友を掴んだまま、個性を爆発させて、無策で爆撃から逃れることだけに全神経を捧げる。両足に個性を集中させ――一瞬で、近場の岩付近まで身体を飛ばした。

 それと、先刻までいた場所に爆風が吹き荒れるのはほぼ同時のことであり、その光景を見ながら出久は戦慄する。一秒でも反応が遅れていたら――粉微塵になっていたのではないか?

 

 死の距離を、肌で感じたのだ。

 

「オーイオイオイ。しくじったか、黒霧。非力な俺に尻拭いさせる気かよ、全く、仕方のない奴だ」

「何だよ、何なんだよ、おま――ッッ」

 

 鈍痛から激痛へ。よって言葉が途絶する。

 興奮麻薬(アドレナリン)で薄れてきていた感覚が、冷静に自分を俯瞰したその一瞬の間に蘇り、出久を襲った。

 先程の回避の動作。――イメージし、無意識に模倣したのは、爆風で加速するとある友人の動き。だから個性の暴発による高速移動が実現出来たとも言えるが、後々のことを何も考えていなかった。

 

 つまり、両足、折れた。

 

「痛ッッ!?!?」

「お、おい緑谷、大丈夫か……!?」

「大、丈夫……ッ! それより気を付けて、峰田くん。第二波、来るよ……!」

「へっ?」

 

 出久に駆け寄った峰田は完全にヴィランを視線から外していたが、苦痛に悶えていても尚、出久だけは倒すべき標的を見定めていた。

 一丁のロケットランチャーを使い捨てたヴィランは、いつの間にか二丁目(・・・)を担いでいた。

 

 発射口を二人で身を寄せ合う生徒に向けたまま射線から離さず、ヴィランの男は示威するように鋭い歯を見せつけ、獰猛に笑った。

 

「とりあえず軽く名乗るぜ。俺は(ヴィラン)――朝木勇だ。お前は緑谷出久だな、かなり弱そうなナリしてやがるが、文面上の評価は高かったって覚えてる」

「お前、僕のこと知って……」

「それだけじゃない。そこで震えてるゴミブドウのこともよく知ってるよ」

「ゴミッ! ブドゥッ! テメーコラぁ! よくも言ったな!!」

 

 憤慨する峰田を一瞥すると、勇は緑谷を厳しく見据えた。

 

「……誰であろうと、二人揃うと脅威だ。長居は無用。だから即行即殺――Plus Ultra(さらに向こうへ)してみろよ、ガキ共!!」

 

 かくして放たれる滅殺の弾道。威力は先程垣間見た。直撃だけは絶対にヤバい。が、避けきる機動力があるかどうかの確信が持てない。

 ……何より、緑谷には考える時間が無かった。反応が遅れたら、一秒後にでも自分たちは致命傷を負う。

 それは雛鳥の刷り込みのように、染み付いた勝利の想像を体現する。

 

「――――SMAAAAAAAAAAAAAAAAASHッッ!!!!」

 

 真正面から、ロケット弾とヴィランを直線上で挟むようにして、指打ちする。人差し指を親指で押さえ込み、解放の反動を前に押し出す――俗に言うデコピン。

 だが、それは全力の一撃。放ったのは、大地を粉砕するであろう威力の風圧だった。

 今の攻撃に使った右手の人差し指は死んだ――だが、轟く爆音と共にロケットは消滅し、その余波がヴィランがいた方向へと逆流したのを、確かに目撃した。

 

「や、やったのか……?」

「――ハ。なわけ」

 

 期待と不安の入り交じった峰田の呟き事に、何の憐憫もない返答をしたのは、爆風に巻き込まれた筈のヴィランの声。

 砲撃直後から既に移動していたのか、軌道から若干逸れた位置で身を屈め、唾を吐き捨てて緑谷たちを睨んでいる。

 

「今のはオールマイトの真似事か? ……つーかその腕、傍目から見ても一発で分かるレベルでぐちゃぐちゃになってやがる。つまりは、もろ刃の拳。ビビらなかったと言えばウソになるが、もしかすると――テメエもイケるかもな」

「ひぇぇぇ!! あのヴィラン如何にもヤバそうじゃん!! 逃げよう、緑谷!!」

「……うん。分かってる」

 

 相手の“個性”が未知数の上、自分の限界が徐々に読み解かれている。反応を見る限り、峰田の個性も戦闘向きじゃない。というか戦力として過度に期待できない。

 自分だけで間違いなく勝てる確信が持てない上、長引けば自壊することも考えられた。

 

 ――逃げるのが最適解。

 

 そう考え至るのは自明の理だった。

 

「ぐ、お前ら、本気でオールマイトを殺す気なのかよぉ!?」

「そうだが、何か不服か?」

「いや……ッ、だったら、オイラたちは、関係ない(・・・・)だろぉ……!! 何でオイラたちまで!?」

 

 その一瞬、その刹那、僕らは“ソレ”を見た。

 凍った彼の表情が廃人の哀愁を帯び、破綻者の享楽を、羅刹の憤怒を纏った光景を。

 

 

「、。(哀)(笑)(怒)! ……ブッ殺ちゃんだぜ(許さねぇぞ)

 

 

「峰田くん、こっちッッ!!」

 

 咄嗟に出久は峰田を掴んで岩場の影に身を潜める。

 そして、敵の動向を探るべく岩陰から半身を出そうとすると――甲高い発砲音と、鋼が擦れるような音が鳴り響いた。

 

「まあ、隠れるよな、そりゃ」

(ッ。見た感じもう丸腰なのかと思ったけど、違う! まだ武器がある! この音は絶対に銃! おそらくは懐に隠し持ってたんだ……となるとかなり小型のものだろうけど、それでも、命中したら一撃で屠られるぞ……!!)

 

「うっわぁ、ヤバいって緑谷! あいつ狂ってるよ……ッ!! 早く逃げよう……!」

「そうしたいのは山々なんだけど……。銃を持った敵に背を向けるのは、どう考えたって危険だ」

 

 ――倒す、などという高望みはしない。それはあわよくば。重きを置くべきは、いかにして敵の火力を削ぎ、逃げる隙を生み出すかだった。

 文明の利器を積極的に行使するヴィランは、動きを読みやすい。個性もそれに即したものだというのが通説である。つまり、朝木勇の『個性』は、それ単体で戦闘力を発揮出来ないものだと仮説が立てられた。

 

(ヴィランが出し惜しみするってのは考えにくいし、現状、まだ個性で攻撃してきてないってことは……アイツの力はさほど脅威じゃない。重要視するのは携帯してる銃器の方だ! となると――勝機あるかも……!)

 

 両足は歩く度に軋み、激しく痛む。右手は人差し指から燃えるような感覚が広がってきていた。

 だが、逃亡のための戦闘は絶対条件。だから……ヴィランに一泡吹かせてやろう。

 

「峰田くん、君の個性って何?」

「えっ、まま、まさか緑谷お前、戦う気か!? オイラは嫌だぞ!!」

「大丈夫。冷静に考えてみたんだけど、あのヴィランはさほど強くない……と思う。銃に頼ってるのがそれを裏付ける証拠だ。射撃を完封すれば、まだ勝てると思うんだ。幸いにも、敵はたったの一人(・・・・・・)だけだし」

 

 これが複数人の相手だったなら、まだ勝率も薄かっただろうが、朝木勇一人を下すだけなら――出久と峰田の二人で何とかなる、かもしれない。

 

「オ、オイラの、個性は――――」

「っ! それってもしかして――とか出来る!?」

「え、……うん。今日は調子もいいし、そのくらいの強度はあるかも」

「よし! だったらきっと戦える! 思いついたんだ、作戦!!」

 

 

 

 

 

 ――狙撃は得意だ。まず俺は外さない。

 

 引き金に指を当てがい、朝木勇は呼吸を整えた。いつ姿を現してもその場で射殺できるように。

 自分がここまで無茶をする必要は――実の所、あまりない。今すぐにでも安全策を実行する準備もある。だが、試してみたくなった。無個性の自分がどこまで届くのかを。

 

 残弾の数は7。十分に届く射程。発砲から生徒に弾が届くまでの予想所要時間は約0.4秒。殺傷力は十分すぎる程だ。……勝てる。

 

 数秒、数分、あるいは数時間? 足音一つ立てずに、不動で生徒の動向を観察する。ここに立っているのが素人なら、もしかして相手はもういないんじゃないか? と疑心に思う頃だが、勇の殺気は本物だった。

 

 そして――動きがあった。

 

 岩場から飛び出してきた人影にすかさず発砲。峰田実か、緑谷出久か、どちらかは分からないがどちらでも良い。“中心”を射貫いた――確実な命中。だったのだが。

 

「ッッ!?」

 

 そこで認識する。勇が撃ったのは、人じゃない。峰田の個性によって作られた人形(・・)

 

(そうか、峰田実(アイツ)の個性――生み出した粘着性の玉同士(・・・)もくっつくのか! しかも、弾丸を受け止める耐久力と吸着力がある!)

 

 ここまでのタイムロス、約1.6秒。

 

(囮作戦。なら、本命の目的は――!!)

 

 岩場の逆方向から飛び出したのは緑谷出久だった。

 勇が視認した時の彼は、小石を握りしめ、振りかぶり、投擲の準備動作に入っている所だった。

 

(ヤバ、凡ミス――ッッ)

「死ねぇぇえええええ!!」

 

 ――それ、マジで死ぬから!! 

 

 まるで大砲だった。

 右手中指だけを使って投げ放たれた石ころは、空気抵抗で身を削りながら、だが正確な斜角で勇へと伸びてくる。

 そして、肩を貫通する。血肉が飛び散り、意志とは関係無く腕の力が弱まってしまう。結果、右手に握りしめられていた小型銃は虚空に放り出された。

 

「終わりだ、ヴィラン!!」

 

 拳を振り上げながら、突風を纏った急接近。

 過剰威力の腕が、勇を殴らんと、今、近づいてきていた。

 しかし、それは明らかに――先程の石の投擲より遅い。

 

 

「ズレてるぞ、軌道! 歪んだ!」

 

 

 勇は出久の突撃を躱し、顔面にカウンターを叩き込む。

 そして、振り切った(・・・・・)

 

「がッッッッ!?!?!?」

「排卵だ! 堕ちとけェ!!」

「アッ、ァァァァァッッ!!」

 

 出久は顔面を押さえながら倒れ込む。

 慣性も相まったクロスカウンター。顔面が割れる――とまではいかずとも、確実に鼻が折れているだろう。個性で防御していたならまだ軽傷かもしれないが、悶える今の様を見ると、完璧に防御できたとは思えない。

 

「ハァ、ハァ……はは、こっちの拳も折れた。一撃でバキバキのボロボロだ。凄いな、お前」

 

 出久に皮肉めいた讃美を送ると、勇は、

 

「さて、次だ」

 

 ……危なかったが、一人鎮めた。

 続いてはもう片方の主目的、峰田実へと視線を定める。

 

「う、ぁああああああああ!! 俺だって、俺だってぇええええ!!」

「おッ!?」

「今、助けるぞ(・・・・)、緑谷ぁあああああああ!!」

 

 進み、挑み、崩れた学友に絶望し、それ以上に鼓舞されたのか。

 円状の髪をもぎりながら走り寄ってくる峰田に、勇は不気味な笑顔を見せて舌舐めずりする。

 

「…………カッコいいねぇ、腐乱卵」

「約束しろよ、緑谷! オイラがコイツを倒したら、お前が武勇の証人になるって!! そしてオイラは、クラスの女子にモテるんだぁああああ!!」

「はァ……? 何だそりゃ」

「オイラの性欲!! 今こそ力を解き放てぇえええ!!」

「あっはは! 面白いなお前!!」

 

 肩には風穴が、片腕は砕けている。しかし、勇は涙ぐみながら特攻する峰田を楽しそうに笑い飛ばした。

 

 峰田は戦闘が不得手だ。個性を使って相手の動きを封じるくらいしか戦い方がない。

 だから、彼の戦闘方法は至極明快。もぎって投げてくっつける。それだけだった。

 

 無数に投擲される峰田の髪の玉。触れれば一日はとれない粘着性を誇る。そうなれば勇の近接格闘術は八割方制限されることとなるだろう。

 だが、それを防ぐための外衣(マント)だった。

 

「お前はプロファイリング済みだ! そう来るのは分かってた!!」

 

 取り外したマントで玉を全て受け止め、距離を詰めた峰田の顎を蹴り上げる。

 

「あぐゥ!!」

「気概は良かったぜ、黄金卵! 

 

 ……そんで、こうなってくるとだ」

 

 

 朝木勇の背後で、立ち上がる。

 

 

「寝てれば楽になれるってのに、諦めないな、お前は」

 

 

 意識は混濁しているだろう。視界は定まっていないだろう。それでも立ち上がった出久の肩を、マントで包んだ。

 峰田の個性によって生み出された髪の玉は、無差別に他の物に接着する特性を持つ。それは味方が対象であっても例外ではない。

 

「これで両腕、動かせないなぁ、緑谷!」

「く……そ、ォ……、こん、な、の……!! 引きちぎる……!!」

合金入りの布(・・・・・・)で出来たマントだぞ、ソレ。イレイザーヘッドの拘束と強度は同じと知っとけ」

「な、に……?」

 

 出久の表情から色が抜け落ちる。

 力のない瞳で勇と視線を交錯させる。

 

「……」

「……」

 

 でも、諦めきれないと、まだ負けてないぞと。

 そう訴えかける心の温度と、義勇の精神が、眼下に光を灯した。

 折れない生徒に勇は溜息を一つ。

 

 

「はぁ……オーケー。なら、もうここまでにしてやるよ。俺が個性持ち(お前たち)とどれだけ戦えるか、大雑把な尺度は得た」

「……ここまで?」

 

「そう、ここまでだ。これで終わり。

 ついでに第二ラウンド――いいや、終局と言い換えるべきか。ともかく、次のステップの始まりさ。

 

 

 

  オーイ、もう出て来て良いぞー」

 

 

 ――そもそも、緑谷が測り違えていた誤算。

 朝木勇が、単身で戦闘に臨む訳がない。今までのは全て余興(・・)、または、彼の我が儘だ。今からようやく――仕事の時間が始まる。

 

 

「合図遅ぇぞ大将! つーかもう終わりかけじゃねぇか! 俺にも旨み残しとけよな!」

「そう言うなよ――マスキュラー(・・・・・・)。運が良ければ、もうすぐオールマイトと戦えるかもよ」

「何っ!? マジか!」

「……まあ、脳無と黒霧との共闘になると思うけど」

 

 オールマイトを思わせる筋肉を露出させて、しかし彼と全く異なる凶暴な双眸を爛々を輝かせながら、隠れ潜んでいたマスキュラーが登場した。

 それに続き、十から十五ほど数が増える。もちろんそれは、マスキュラーを筆頭に、朝木勇の支援部隊として結成されたヴィランたちの数だ。

 

 

 

 

 

 

 

(……ウソ、だろ。広場にいた数の半分くらいだけど、こんなの、僕一人で倒しきれる訳が……!!)

 

 決意の軋む音がした。

 出久は峰田へと視線を流すが、彼は小さな身体で縮こまりながら「うぅぅ」と唸っている。およそ戦意と呼べる物は全て出し尽くしたと容易に想像できた。

 

 しかし、それではダメだ。絶対に、彼が折れるのは一番の悪手なのだ。

 

(朝木とか言うヴィランは、明らかな峰田くん対策(・・・・・・)をしてた。“ワープ”の奴も峰田くんを狙っていた。てことは、コイツらの目的はハナから――)

 

 今にも倒れそうな自分に歯噛みする。軽い脳震盪でも起こしているのだろう。気力や根性など関係なく、身体が動くことを許してくれない。

 しかし、せめて伝えなければ。絶対に楽観視してはいけないと。

 

「峰田くん、聞こえるなら、聞いて……! 分、かったん、だ。コイツらの、目的、は……!!」

「へぇ、お前鋭いな。……まあ、学生の頃の俺ほどじゃないが」

 

 敢えて声を被せてきた。やっぱり、朝木にとってこの情報は知られたくないものだったらしい。

 これだけで事態が好転するとは考えない。しかし、伝えなければ、クラスメイトが確実に損なわれる。

 

「コイ、ツ、らの……目、的、は――」

「言わせるな。マスキュラー、やれ」

「ったりめぇだ!! 誰にもやらせねぇ――っぜ!!」

 

 ――肺が押しつぶされる勢いで、体内の空気が全て吐き出される。

 加えて、血の味。視界は点滅しながら、目まぐるしく回っていた。

 

 自分が殴り飛ばされたと気付いたのは、強い勢いの垂直落下を肌で体感したからだった。

 

 

「峰田、ぐ……」

 

 

 山岳エリアの訓練用の谷間に身を投げながら、声が虚空に呑まれていく。

 

 

「……逃げ、――で」

 

 

 とうとう、届くことは無かった。

 

  

◇◆◇

 

 

 マスキュラーは、朝木勇が最も骨を折って勧誘した最強の同胞だった。

 彼はひたすらに闘争を欲し、戦いと殺しで悦を得る怪物。そんな男を懐柔するには、金だけでなく、幾つかの狩場を提供する必要があった。

 

 目の前でヒーローの卵が死闘を繰り広げている。そんな状況を指を咥えてみている――普段の彼ならば考えられなかっただろう。

 つまり、それだけ凶暴なワイルドカードである。

 

「なぁ大将! 良いよな、もう良いよな! そのチビ殺してもいいよな!?」

 

 小さく丸まった峰田実の背中が、恐怖に揺れ、小刻みに震えだした。

 

「……ダメだ。お前には別の役割がある。後ろの部隊引き連れて、広場の死柄木たちに加勢に行ってくれ」

「そこにオールマイトがいるのか!?」

「ああ、多分な。そして子供(・・)が沢山いる。俺が何が言いたいか――分かるな?」

「“好きなように暴れろ”だな。ッシャ! いくぞテメェら!」

 

 ヴィランの大衆を先導しつつ、マスキュラーは飛んだ。それとも跳ねた、と言い換えるべきだろうか。彼の全力疾走と跳躍は、飛行とも似通っている。数分もあれば広場まで辿り着くだろう。

 置いていかれまいと、必死にマスキュラーについて行く烏合の衆を眺めながら、勇はこう呟いた。

 

「殺せるなら殺せよ、好きなだけ。――出来るもんならな」

 

 例え“弱っている”としても、あのオールマイトを前に、マスキュラーがそんな余力を残せるなど、勇は微塵も想定していなかった。

 

「ああ、クソ。にしても、俺がここまで負傷するとはな。久々の母校でテンション上がったか……なあ、勇斗くん?」

「ぼ、母校……?」

「んん。なんだお前。意識結構戻ってるのか? 折角この俺がわざわざ顎を(・・)蹴り上げてやったんだから、素直に気絶しとくのがお前のためだぞ、ったく」

 

 気絶させたまま殺そうと考えたのは、勇が持つせめてもの良心だった。長い目で見れば、彼の目的は峰田実の死の反響――すなわち、社会と雄英への影響にある。つまり、傷付けて心を折る必要がなかったのだ。

 殺せた結果が得られるなら、過程などどうでも良い。

 残念残念、と彼は意識のある峰田を笑い、無傷の左手で首を持ち上げる。

 

「ぐ……ぅ」

「左は利き手じゃないが、お前の首をへし折るくらいの握力はあるぜ」

 

 少し込める力を強くすると、左腕に血管が浮き上がり、罅が割れたような筋が広がる。

 

「離、せぇ……!」

「離さない」

「離し、て、ぇ……!!」

「離さない」

 

「離し、て、……くだ、さい……っ!」

「はーなーさーなーいー! このまま絞首の刑だ。刻一刻と近づく死の音色を、じっくり咀嚼しながら死んでいけ!!」

「うぅーっ、ぅうーっっ……!」

 

 血が首で塞き止められ、脳を循環していないのだろう。

 このチビが音を上げるのも時間の問題だった。

 

「懇願するなら、楽に殺してやるが、どうだ?」

「……て」

「んん? 何だって?」

 

 力を緩めて気道を確保させ、声帯が過不足なく動く程度に加減する。

 咳き込みながら呼吸する峰田は、皺だらけの顔で、

 

「苦しま、ない、ように、殺して……っ!」

「……うん。いいよ」

 

 手を離してやる。

 そして、尻餅をついた峰田の眉間へ、間を置くことなくリボルバーを突きつける。

 そのまま引き金を引こうとした瞬間、

 

「――朝木勇」

「黒霧か。もう予定の時間だったか?」

「いいえ、少々前倒し気味です。こちらにあまり余裕が無いものですから」

 

 時間の許す限りの準備は進めていた筈だ。それで余裕が無いというのは、きっと作戦の要の部分で誰かが不手際を起こしたのだろう。

 全て順調にいくとは考えていなかった。勇は頷き、了解の意を示す。

 

「そうかい。ま、そうだよな。サブミッションはさっさと終えよう」

 

 今度こそ、峰田実の息の根を完全に断つのだ。

 再度リボルバーを構える。指を動かせば、全てが変わる。

 

 

 

 ――それは燦々と大地を照らす太陽のように。あるいは、煌々と天に座す月のように。

 誰かに一度でも望まれたなら、約束された勇気の体現者は何度でも輝くことだろう。

 

 

 

 

 

  ――――DETROIT!!――――

 

 

「……なあ、黒霧」

「はい?」

「今、何かが」

 

 

「SMAAAAAAAAA―――SH!!」

 

 

「「ッッ!?」」

 

 

 ――大地が震えた。

 同時に勇と黒霧は息を呑む。

 まさか、だって、有り得ない。動けないはずだ。そのまま死んでいてもおかしくないはずだ。

 だから、大地を抉り引き裂き、彼が谷を昇る(・・・・)なんて、誰にも考えつかないはずだ。

 しかし、朝木勇には微笑があった。

 

 

「――ハッ、Go beyond(百点満点)したな。緑谷出久」 

 

 

 両腕両足は例外なく粉々だ。全身が余すところなく壊れている。それどころか、垂れ下ろされた糸で動かされる死体人形のような容貌だった、

 しかし、何の理屈にも合わないが、目の前の光景だけは絶対に否定することが出来ない。

 上半身を露出させながら、血塗れの緑谷出久は屹立していた。

 

「友達を、返せ……!!」

「緑谷……!!」

 

 涙を溜めながら峰田が喜悦を浮かべる。

 助かったとは言えない。危機は去っていない。だが、その場に現れるだけで、安堵が伝播する程には、彼は強い形相をしていた。

 

「友達? そんなにお前はコイツと親密だったのか? 単なる同級生だろうが」

「バカ! 違うぞ! バカヤロウ!! なるんだよ、これから!! 僕らは!!」

 

 何処から溢れてくるのか、その精神に黒霧は言葉を失う。息絶えていても不思議では無い身体の彼は、咆哮のような雄叫びを発していた。

 

 しかし、勇は驚かなかった。知っていたからだ。

 かつて自分が、そうだったからだ。

 

「黒霧、ワープだ。場所を変えよう」

「い、いいのですか? 彼は満身創痍。私と貴方なら刈り取れそうなものですが……」

「余裕が無いって言ったのはお前だろう? お前は死柄木との合流を最優先。俺は仕込みの完了を最優先だ」

「……分かりました。貴方の判断に従います」

 

 黒霧が個性を発動させ、黒の濃霧を広げる。そこに半身を漬けながら、勇は峰田を掴み上げた。

 

「ヒィ!? 嫌だ! 助けて緑谷ぁぁぁッッ!!」

「助ける、助けるよ、今すぐ!!」

 

 血反吐をぶちまけながら、ヒーローは声を荒げた。

 

「返、せ……! 峰田くん、を!! 返せぇえええええ――――!!」

「返さないよ、緑谷。お前は覚えた。だからまた会おう」

 

 

 ――限界を超えるヒーローは見飽きた。その限界の度合いも知り尽くした。

 

 

「お前は、まだ届かない」

 

 

 静かな宣戦布告。

 それは、緑谷出久の越えられなかった壁の一つであり。

 

 

 

 敵が去って、虚しく残響する絶叫が、あった。

 

 

 




次回、遂に。

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