元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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地獄の明朝 中

 連合は最初こそ優勢に思えた。

 事前情報の通り、オールマイトが弱っているのは事実であり、総戦力で叩けば勝てるはずだった。

 しかし、結果は敗北に近い。

 脳無が吹き飛ばされ、マスキュラーは戦闘不能。近接主体のヴィラン二人を片付けた後、オールマイトは死柄木と黒霧の二人を見やった。

 

「どうした? 来ないのかな? 私を倒すとか何とか言っていたようだが……出来るものならしてみろよ!」

 

 気圧され、後退する連合の二人。

 

 

 

 

 ――それを目撃した朝木勇は重たい息を吐いた。

 

「はぁ……、アイツら本当に仕方ないな」

「勇くんはさ、連合がオールマイトに勝てないって分かってたの……?」

 

 水難ゾーンで高見の見物をしている二人。勇と蟻塚は今回の戦闘を振り返る。

 

「いいや、八割方勝てるものだと思ってた。でも、結局の所、それは理屈じゃないのさ。救う大義を得たヒーローは限界の一つや二つ(・・・・・)、簡単に乗り越えるんだよ」

 

 勇は山岳での戦いを想起する。緑谷出久が最後に魅せた執念。友を助けるためだと豪語し、谷を崩したあの根気を。

 そう、理屈では無いのだ。あの時――黒霧と連携して緑谷出久と交戦したなら、間違いなく負けていた(・・・・・)。良くて刺し違えていた、といった所か。

 

 その出久と似た状況が、今のオールマイトに降りかかっている。

 

「瀕死の同僚に、怯える生徒――ヒーローにとっては最高の環境さ。だから、ちょっと嫌な予感はしてたんだ。

 Plus Ultra(更に向こうへ)。やっぱ素晴らしい教訓だ――崩す方法を、俺は知らない。でもまさかここまでとは……オールマイトの底を見誤ってたのは俺もなのかもしれないな」

 

「そっか。じゃあどうすればいいの? あのままじゃ二人、負けそうだよ」

 

 蒸気のようなものをまき散らしながら、オールマイトが死柄木たちと睨み合いを続けている。

 その気になれば、すぐにでも蹴散らされることは明白だった。

 しかし、まだ死柄木には秘策があるかもしれない。そんな予感を胸に静観を続けていると――死柄木の視線が、勇たちのいる水難ゾーンへと向いた。

 

 

「……了解だ、リーダー。どうやら本気のSOSらしいな」

 

 

 これから行われるのは非戦闘。朝木勇が用意した最後の保険。

 

 

「蟻塚ちゃん、マスクとか持って……無いよね? 仕方ない、素顔晒すかぁ。カメラは全部殺してるし、問題はないよな」

「何するつもり?」

「何って、それは――」

 

 

 勇は横目で『峰田実』を見た。

 

 

「『仕込み』を発動するしかないでしょ」

 

 

 ――例え“救う大義”を失ったとしても、それは弱くなる理由にならない。

 

 

 ◇◆◇

 

 それは使命感だった。

 自分に出来ること、しなければいけないこと。知ってしまったからには、捨て去って倒れるなんて、自分自身に許してやることが出来なかった。

 

「……オール、マイト……」

「ッ! 緑谷少年!?」

 

 両足を引きずりながら這うように現れた教え子に対し、オールマイトは安堵と悲哀の混じった万感の表情を生んだ。

 説教するでもなく、労うでもなく、口を半開きにして言葉を失っている。

 その沈黙の間に、すかさず出久は伝える。

 

「聞いて、下さい、オール……マ、イト……。峰田、く、が――」

 

 

 それに合わせて、水のように流麗な声が、けたたましく響いた。

 

 

 

 

「エヴィバディセイへーイ!! アテンションプリーズ!! 茶番はそこまでだ!! ようやく主役にして大本命――俺の登場だぜ卵たちィ!!」

 

 

 

「……え、マイク先生?」

「ああ!? 全然声違ェだろうが!」

「プレゼントマイクのフォロワー……か?」

 

 

 声質こそ全く知らぬものだったが、聞き慣れてしまった導入は生徒たち――だけでなく、その場のヒーロー全員の注意を引きつけた。

 水難ゾーンの高台の頂上に立つ優男――朝木勇。

 彼は真っ白な歯を見せつけるような頬笑みを張り付けると、

 

「――つって、今年もスべったんだろォな、あのバカは」

 

「……朝木ぃ」

「もうボロボロじゃないか死柄木」

 

 死柄木の嗄れた声に反応する。勇がヴィランサイドの人間であることを失念していた生徒の面々も、ここでようやく彼が敵の陣営だと明確に悟ったらしい。勇は自分に向けられる視線の多くに害意めいたものが込められていると感じ始めた。

 

(遠距離タイプに不意を突かれたらやられるな。早い所、俺の脅威をコイツらに認定させないと)

 

 無駄話に興じるより先に、本題に入る必要があると判断する。

 

「――聞いての通りだ、黒霧! 仲間を連れて退散しろ!! 俺と蟻塚ちゃんは最後に迎えに来れば良い!!」

「し、しかし!」

「忘れたのか? 大丈夫だ、きっと俺の思惑通りに進んでくれる」

「……分かりました」

 

 ワープの個性を発動させる黒霧。流石にそれをオールマイトが黙って見ている訳もなく、

 

「コラコラコラー! 今更逃げるなんて、私が許すと思うのか!?」

「いいや、許せよオールマイト。こっちには生徒の人質がいるんだぜ」

「ッ!?」

 

 勇の発言にさしものオールマイトも表情を凍らせる。

 単純だが、最も効果的で、ヒーローが嫌う手。むしろ大胆にする方が、ヴィラン側に利がある。

 “ヒーロー(そちら)”の側に立ったことのある勇だからこそ、この場で何をするのが最善か、ヒーローにとっての最悪とは何か、知り尽くしていた。

 

「蟻塚ちゃん、渡して」

「ん」

 

 すぐ脇から顔を出した蟻塚が肩に担いでいたのは小柄の少年の身体。まるで物を扱うかのように、蟻塚はソレを勇に投げ渡した。

 

「『峰田実』――大事なやがての“お友達”さ。俺が攫ったことを立証してくれる人は、きっとそちら側にいるんじゃないか? なあ、緑谷出久」

 

 峰田の首の裏を左手で掴み、更には右手で構えたナイフを喉笛の上に当てる。いつでも殺せると言わんばかりの挑発をしながら、勇は広場で這いつくばる一人の少年を見ていた。

 

「……朝木、勇……!」

「そう、俺だ。話してやれよ、そこのヒーローに。お前が体験したこと全部」

 

 

「オー、ル、マィ……ト。アイツ、が、峰田く、んを……!」

「オーケー分かった! 緑谷少年、全て分かったよ、ありがとう。だからもう喋るな」

 

 吐血するように言葉を紡ぐ教え子を見かねて、オールマイトが言葉半ばにそれを中断させる。

 だが、全て聞かずとも、朝木勇が倒すべきヴィランであり、雄英の生徒を損なおうとする外敵であることは分かったらしい。

 

「朝木、勇か。……もしや、以前何処かで会ったかな?」

 

「……………………いいや? 初対面だ。

 ――お前が一方的に、俺を見ただけなんじゃねぇの?」

 

「ウン。そうかもしれんな!」

 

 そのやり取りだけで、オールマイトが相手を刺激しないように細心の注意を払っていることが感じ取れた。

 

「君の要求を呑もう。だから、その子の安全を約束して欲しい」

 

 お手本のような切り出し。遅かれ早かれ、その言葉が出てくるものだと知っていた勇は、既に用意してある要求を無慈悲に突きつける。

 

「なら死ね、オールマイト」

「…………え」

「死ねと言ったんだ。他人の手は借りるなよ、確実に自分で自分を殺せ。傍目から『死んだ』と確信できるレベルまで、自分を痛めつけろ。お前の個性(ちから)なら、さほど難しい課題じゃないだろう?」

 

 それはおよそ彼らが考えつく中で、最も悪辣な指示だったと言えよう。

 自死を命じる――これが可能な状況に追い込まれ、実際に要求された時、ヒーローの返答の模範解答は……どうにかしてその言葉を撤回させること。だが、朝木にそんな気概は微塵も無かった。

 

「ま、待て。待って欲しい。自分で自分を殺すというのは、存外、難しいものなんだよ。だって、死の一歩手前まで瀕死になったら、自分にトドメを刺すことなんて出来ないじゃないか」

「知るか。とっとと死ね」

「……だが、それは」

 

「だーまーれー!! 可能かどうかなんて聞いてないんだ。ただ、死ね。反論は一つも許さない。十秒以内にそれらしい動きを実行しろ――でないと、どうなるか分かるな?」

 

 わざとらしくカウントダウンを始める。

 勇の声は間違いなくオールマイトを追い詰め、急性の要求をすることで、他の選択肢を選べなくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――懐かしい声を聞いた。

 

 目映くて、美しくて、小さな鈍色だったというのに、いつの間にか憧れた。

 妥協も屈折もなかった努力の天才は、いつだって頑張る人を魅せてくれた。

 それが、どうして――考えたくない。認めたくない。だが、事実が揺るがないのであれば、言わなければならなかった。

 

「……オ、イ」

 

 信頼して安心しきっていた。悪人に染まることが絶対に有り得ないと踏んでいた。

 まだ二年……いいや、そんなに経っていないか。それだけの期間で、彼が性根まで汚染される訳がないのだから。

 

 根本が腐ってたならまだ分かる。しかしそうではなかった。草壁勇斗は紛れもない正気だったし、そこに悪の根は潜んでいなかった。最初から決まった結末では無かったのだ。

 では、なぜ堕ちたのか。

 

「……なあ、……そこの(・・・)

 

 相澤消太は途切れた意識を繋ぎ合わせ、ずっと自分の心に蔓延っていたしこりの元凶と顔を合わせる。

 肉体的な痛みなど、とうに認識の埒外へと消えていた。

 

 

「――お前、あの、時、狂ったフリ(・・・・・)、してただろ……?」

「…………」

「だから、どっち(・・・)が本当の自分か、分からなくなっちまったんだなァ……」

 

 

 

 

 

 

 

 ……何を言うかと思えば。

 

「――ぷっ、はは、あっはははははははははは!! 愉快に爽快に自己解釈しやがって!! 良し、だったら良し!

 オールマイトォ!! 自死はとりあえず勘弁しといてやる。この場で、今、相澤消太をテメエが八つ裂きにしろ! 四肢をちぎって、臓物まき散らして、生きたまま解体するんだ!! それで生徒の半数は死ぬ(・・)だろうぜ!!」

 

 かつての師は、俺に期待している。

 相手の心情を感じ取った勇は、それを否定してやりたくなった。説法垂れたらヒーロー(そっち)に戻るほど、俺は希薄なヴィランじゃないぞと、突きつけてやりたくなった。

 

 誰の反応も許さないまま、言葉を重ねる。

 

「思考能力がまだ生きてるなら考えろよ、相澤先生。合理的にな。お前は今から、生徒一人を人質に取られたことが原因で、自分の命を落とす。それが合理的か? ――違うだろう!? お前はプロで、これからも多くの命を救う。そんなヒーローが、たった一つの小さな可能性の卵のために死ぬだって? バカ言うな!! これ以上の非合理があるかよ!!

 

 ――でも、できないよなァ!? それを選んだ時点で、お前は終わるんだから! 自分にそれを許せないよなァ!? 知ってるよ、それがお前たちヒーローの、最大の“武器”であって唯一の“弱点”! ただし、この場では確実に弱点としての割合が高いけどな!!」 

 

 相澤消太が毛嫌いする非合理の矛盾を抱え込ませて殺す。しかも、平和の象徴の手によって。

 ――それを映像に録画する準備も水面下で行っていた。耳元に忍ばせた小型カメラがその光景を記録し、ネット経由で連合のアジトへと送られる手筈だ。

 

(『平和の象徴の自害』より、『平和の象徴が善人を生きたまま八つ裂きにする』映像の方が過激だろう……? それを世間様に公表された時点で、お前は死ぬよオールマイト。

 俺がここで倒れることになったとしても、やり遂げればチェックメイト。俺たちの完全勝利だ――ま、俺が倒れるなんて、蟻塚ちゃんが許してくれないだろうけどさ)

 

 オールマイトは笑顔を崩し、渋顔で震えていた。

 

「何、という――下劣な手を……!」

「まさかヴィランに正々堂々、なんて求めるんじゃないよな?」

「……ぐ」

「ああちなみに、俺、目だけは良いんだ。だから俺はお前の動きを目で追える。間違いなく、お前が全速力で俺の所へ飛んで来るのよりも、俺がこのガキの首根っこ掻き切る方が早い。結構な距離もあるしな。それでも良いなら、別に止めないけど。

 

 ――ただ、選ぶのは、お前だ。相澤消太か峰田実。ヒーローかその卵。大人か子供(・・・・・)。好きな方を殺せ。全てはお前に委ねよう」

 

 分かりきった問いを投げる。

 だが、考える時間を与えてはいけない。万全を尽くしていても、何が起こるか分からないのだから。

 

「早く選べ! もたもたするな!!」

「く……ッ! 殺すなら、私を……!!」

「オーケー峰田実だな!? 相澤消太じゃないから峰田実だな!? ひっどいなァ!! それでヒーローのつもりか!! 後輩を救うために子供を差し出すなんて、鬼でももう少し慈愛の心を持ってると思うケド!?」

「や、やめてくれ……ッ! 子供だけは……ッ!!」

「だったら相澤消太だ!! それ以外にはあーりーまーせーんー! 最ッ低だな!! 子供のためとは言え、何の良心の呵責もなく後輩を捨てるなんて!! こんなに醜悪な人間を俺は見たことがない! 悪魔でももう少しはマシな選択をすると思うケド!?」

 

「ど、どうすれば……!」

 

 どっちを選んでも負け。選ばなくても負け。ならば、せめて被害の少ない方を選択するのが必須。

 しかし、どう転んでも、オールマイトの頭の中に“子供を犠牲に”という可能性は無かった。

 ――最終的に、相澤消太に行き着くことを、勇は知っている。

 

「私は――ッ!」

 

 その時、待ち人が現れる。ただし、その存在は決して今の状況を覆せるものではなかった。

 

 

「1-Aクラス委員長、飯田天哉!! ただいま戻りました!!」

 

 

 飯田の背後に追随してくるのは――本校舎のプロヒーロー。それが意味することは増援の到着だった。この場で求められるのが武力決着なら、まず雄英の完勝だっただろう。

 しかし、今は非戦闘の舞台。彼らは烏合の衆でしか無かった。

 

「は、はは。オールキャストだ……やったぜ……! 素晴らしいことだ」

 

 

「な――ッ」

「……アイツは」

「まさか、な……」

 

 

 唖然とするヒーローたちは何を思っただろうか。悔やんだだろうか、惜しんだだろうか、それとも嘆いただろうか。

 ただ一つ、確実に言えることがあるとすれば。

 

 

(ミッドナイト相変わらずエッロ! エッッッロォオオオオ!? 畜生……やっぱあの時、日和らず抱いとくべきだったァ……!! 犯罪だけどさ!! 今、俺ヴィランだし関係ないし手遅れだし!!)

 

 

 朝木勇が一瞬だけ卑猥な思考に囚われたということだった。

 

「……む?」

 

 それで何か感じ取るものがあったのか、蟻塚が勇の脛を蹴った。最低限の加減はされていたが、勇が思わず涙目になるくらいの痛みが迸る。

 

「痛ッ! ちょ、蟻塚ちゃん。今そういうのはヤバいよ……! 少しも隙を見せちゃいけない場面なんだからさ!」

「エッチなこと考えた勇くんが悪いよ」

「考えたけどさ! クソゥ! 俺が悪い気がする!! ……いや、俺が悪いの?」

 

 そんな会話をしつつも、視線だけは決して油断しない。

 コホン、と一つ咳払いして声調を整えた勇は、加勢に来たヒーローへ憐憫の欠片もない言葉を投げかけた。

 

「状況、分かるよなプロヒーロー! 余計な動きを見せたら生徒が死ぬぞ! 断言しておくが、俺は見逃さない(・・・・・)!! 知ってるよなぁ!?」

 

 奇しくも、この場のプロヒーローの内、オールマイト以外の全員は“草壁勇斗”と顔見知りだった。

 勇斗の能力を知っている全員は、それが虚言でないと信じることが出来る。出来てしまう。

 せめて許されるのは、尽きぬ疑問を吐露する代わりに、彼の名前を呼ぶことだけ。

 

 

 

「草壁くん、なの?」

 

 

 

「…………草壁、だと!?」

 

 その名に反応したのは、生徒でも増援の教師でもなく、オールマイトだった。

 

 


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