元雄英生がヴィランになった   作:どろどろ

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主人公やっぱクロロと似てるかも。
独自解釈含みます。


地獄の明朝 下

 ――この話を語るには、約二年前まで時間を遡る必要がある。

 

 その日のオールマイトは、雄英高校校長である根津との会合を予定していた。根津校長は、彼の秘密を知る数少ない“協力者”である。そんな人物から『会って話がしたい』と申し出を受け、オールマイトはスケジュールに暇を作ったのだった。

 

 会合の日。とある都心のホテルの一室。相手の到着を待ちながら、トゥルーフォームのオールマイトは部屋に常備されているテレビでニュースを見ていた。

 

『速報です。先程、プロヒーロー殺害の容疑で未成年の少年が書類送検されました。少年は容疑を認め、警察の取り調べに対しては、“啓示”に従っただけだと主張しています。警察は少年を“精神疾患”の線で捜査を進め、殺害に至った詳しい経緯を調べるとのことです』

 

「やや! 酷い事件もあったものだなぁ……!」

 

 守るべき子供にヒーローが殺される。平和の象徴たる彼はまるで身内事であるかのように心を痛めた。

 

(この手の少年犯罪は原因がかなりディープな所にある……。根絶は難しいと分かっているが、やはりむず痒いな。皆に安心を与え、より良い世にするためにも、私が象徴としてしっかりせねば……!!)

 

 彼は高潔なヒーローとしての大望を掲げ、諸人のために身をすり減らす正義の味方、平和のための奴隷でもあった。

 しかし、それで悔恨は一つも無い。彼の活動する日本は諸外国と比べてヴィラン発生率が軒並み低かったし、それが“象徴”である自分の功業であると、自他共に認めることができていたからだ。

 

 完璧を目指すのが理想に過ぎないとは重々承知している。それでも、未来ある子供が腐り堕ちたという事実は、彼の胸を強く抉り、ヒーローとしての覚悟をより強固なものとした。

 

「――オールマイト、私だよ」

 

 扉を叩く音を後追いして、根津校長の声が届く。

 

「校長先生! どうぞ!」

「うん、では失礼するのさ!」

 

 入室してきた白い謎の愛らしい生命体。

 鼠なのか犬なのか熊なのか、かくしてその正体は――

 

「Yes! 校長さ!」

「本日も大変整った毛並みでいらっしゃる!」

 

 愛玩動物の如き容貌を象った校長は、オールマイトと対面する形で腰を下ろした。

 

「ヒーローとして多忙を極める君に、こうして貴重な時間を設けて貰ったこと、心から感謝するのさ! だから早速本題に入るのさ! ……君、近年は“後継者”探しに勤しんでいたよね?」

「ムムム! まさか、校長先生直々の推薦ですか?」

「そのまさかさ!」

 

 まるで我が子を誇示するかのように、根津校長は小さく胸を張る。その仕草の段階から、これから言及されるであろう“後継者”に対して、オールマイトが懐く期待値はかなりのものだった。

 

「彼ね、雄英二年B組だった草壁勇斗と言う生徒なんだけど、残念なことに、先週学校を辞めてしまったのさ」

「それはまた……どうして」

「実はだね、彼は無個性なのさ。史上唯一の、そのまま無個性で雄英に受かった鬼才。けれど、戦闘面以外の全てがヒーローの器だった!」

 

 ……校長の言葉を疑う訳ではないが、にわかには信じがたかった。

 ヒーローの仕事は救助活動、ヴィラン退治、すなわち戦闘の割合が高い。無個性が裏方の役回りとなることが当然の今の時代、草壁は警察を目指すのが分相応なのではないだろうか? オールマイトだけでなく、誰でもそう感想を持つ。

 

 ……それでも雄英に一年間在籍することが叶っていたのは、彼が戦場でも活かせる能力を持っているからに違いないが――それにも、限度がある。

 

「無個性で……しかも雄英に」

「それもね、驚いた事に、彼は“一般入試”で合格してるのさ! 筆記は勿論、実技試験でも中々の好成績を収めていたんだ!」

「いやそんな、まさか」

 

 半信半疑だったオールマイトが、ここで初めて否定から認識に入った。

 

「無個性ということは、草壁勇斗は『個性因子』を獲得しておらず、異形型の遺伝子も持っていない完全な旧型人類――旧来のホモサピエンスです。進化一段階分の差は大きいですよ、校長。とくに運動能力では、個性を持つ新人類と致命的な落差があります。……それが、武器の携帯を原則禁止としている実技試験で結果を残すなんて、一体どうやったら――」

「それがね、『救助(レスキュー)ポイント』稼ぎにだけ従事すればギリギリ不可能ではないのさ!」

 

 ヒーローの本質的な意義は「人助け」。その科目がヒーロー科高校の総本山である雄英で評価されない訳がない――冷静に考えたら分かりそうなものだが、考えが硬化しやすい入試において、その認識を持てる者はいないだろう。

 それを狙って稼ぐということは、つまり、

 

「そう! 彼は柔軟な思考で雄英の入試の仕組みを見抜いていた! 救助(レスキュー)ポイントの存在に勘づく生徒はとても希少! そして、彼は純粋な実力で入試を突破したのさ!」

「おお……! まさに質実剛健!」

「うん。けれどね、――やはり無理だったのさ……。人柄も容姿もヒーロー向きで、私たちとしても彼には期待せずにはいられなかったんだけど――前線に出れないヒーローはヒーローじゃないだろう……?」

 

 掘り下げて話を聞いてみると、草壁勇斗は総合成績で学年トップとのことだった。座学はほとんど満点という奇跡の偉業を保持し続け、実技では判断能力と指揮能力の高さを存分に発揮出来ているらしい。

 しかし問題は戦闘訓練。確かに成績は悪くないのだが――彼は個性の特性を知り抜いたクラスメイトとの対決で、適性な処方を熟知していた。特に集団戦でそれが活かされることが多いのだという。言い換えれば――戦闘力に即効性が無いのだ。正体の分からないヴィランが相手の時、個人では成す術がほとんど無い。

 

「決定的だったのは一年次のインターンさ。彼は仲間を庇った挙げ句にヴィランに捕らえられ、重傷を負って一度は命の危機に瀕した。……無個性の彼は、如何せん正義感と勇気が強すぎるんだ。それで、ヒーロー事務所から彼を辞めさせるように進言があってね。ずるずる引きずって、とうとう先週、半ば無理矢理に放校が行われた」

「ムゥ……無個性であることが惜しい! 誰かの為に傷付く勇気が、むしろ彼の首を絞めてしまうだなんて……!」

 

「彼の為人は、実際にコレを見たほうが早いのさ!」

 

 そう言って校長が自前のバッグから取り出したのは一つのDVD。それを部屋のテレビで再生する。

 

 ――内容は、草壁勇斗一年次の雄英体育祭のインタビュー映像だった。

 

『それではお次に――おっ! あそこにとても可愛らしい(・・・・・・)お嬢さんがいらっしゃいますね! チアガールの格好をしていますが、雄英生でしょうか? 突撃インタビューしてみましょう!

 すみませーん、雄英の生徒さんですか?』

 

『え、テレビ? 俺映ってる!? どーもどーもー!! 草壁勇斗と申しまーす!! 雄英一年生でーす!!』

『……えっと、女生徒ですよ、ね?』

『ん。あー、やっぱそう見えます? これ実は罰ゲームでチアコスさせられてるんですけど、わりかし評判良かったので、コレで競技に参加してしまおうかと……お色気? 的な?』

『は、はぁ……そうなんですか』

 

 

 

「ビジュアルとユーモアは中々のものだろう!」

「……ええ、まあ」

 

 女装ヒーローはマズいですよ校長……! 等と考えながら、オールマイトは続きを鑑賞した。

 

 

 

『ちなみに、草壁くんは何科ですか?』

『フ。ヒーロー科に颯爽と現れた驚異の新星! スマイルブレイバーとは俺のことさ! 一年の部の優勝は頂きだ!』

『おおっ! ヒーロー科ですか! ということは、さぞかし強い個性をお持ちなんでしょうねぇ!』

『……フフッ、知りたいか? 知りたいかね? ならば教えてあげないこともないが――代わりにお姉さんのお尻を触っても構いませんか……!』

『…………あ゛?』

『ひィ!? ご、ごめんなさい!! スカート越しにもあまりに見事なヒップだったものですから!!』

 

 

 

「草壁くんはエッチな所が玉に瑕なのさ! でも大丈夫! 性根は紳士だからね!」

「……そうですか」

 

 本当に楽しそうに注釈を入れてくる辺り、この校長は随分と草壁勇斗に入れ込んでいるらしい。

 

 

 

『それで、草壁くんの個性は何?』

『他を圧倒する俺だけのアイデンティティ! 俺だけに許された最強“個性”!

 

 

 その名は――「勇気と笑顔」だぜ!』

 

 

 

 

 その時、オールマイトに衝撃走る!!

 

 

「勇気と……笑顔か……!! 何と殊勝な……!!」

 

 無個性ということを鑑みるに、このインタビュー映像に残っているやりとりは全て強がりだろう。

 しかし、テレビの取材に物怖じせずに受け答えし、笑顔を絶やさず映り続けた草壁勇斗。彼は持っているのだ、『勇気と笑顔』を。それが全て嘘偽りであると断じることを、オールマイトは許さなかった。

 

「私たちは彼の中に夢を見出し、夢を託した。だからその責任を取る義務があるのさ。どうかオールマイト、無理にとは言わないが、後継者候補の一人として、彼をどうだろうか……?」

「無論です校長。何より貴方がこうも熱烈に推す人物――是非とも会わせて頂きたい!」

 

 

 もしも彼が、最初からヒーローになんて憧れていなければ。

 もしも彼の退学の時期が、もう少しズレていたなら。

 もしも最初から、『事件』なんて起きていなければ。

 あるいは、もっと早く、後継者として見初められていたなら。

 

 ――全ての結果は、全く違うものになっていただろう。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 一時は“候補”にまで挙がった純金の卵だった。

 オールマイトは忘れない。彼が輝いていた時を。

 

「草壁……思い出したぞ、彼だ――しかし、どうしてヴィラン(あちら)に……!?」

 

 オールマイトだけではない。勇斗を既知の全ての者が、それと同質の疑問を持っている。

 もちろん、律儀に帰ってくる回答は存在せず、そこに居るのは非道で兇悪な犯罪者だけだった。

 

 

 

 

(……前々から思っていたんだけど、やっぱ雄英って教員の転勤少ないんだろうな。ヒーロー免許と教員免許を両方持ってる人間自体、少数派だろうし――俺にとっては見知った顔ばかりだ)

 

 ヒーロー達はある程度の状況を察したのだろう。何故、どうしてと激しく問責することもなく押し黙る者が多かった。

 現れたヒーローの中で最も強い権限を持ち、担任である相澤を除いて勇斗と最も親密だった根津校長は、状況を俯瞰しながら緩やかな語調で話し出す。

 

「……久しぶりなのさ、草壁くん! 元気そうで何より。ところでどうだい、お茶でもしていかないかい? 最近、とても美味しい茶葉を手に入れたのさ!」

「意味分からんぞ、毛達磨」

「No! 鼠なのか犬なのか熊なのか、かくしてその正体は、そう、校長さ!」

「無駄話は嫌いでね。今の状況で勝手に動く口を持ち合わせているのなら、貴方はとっととプロ免許を破棄するべきだ。追い詰めているのは俺――だから、その優勢が覆されない内にミッションを終えたい。分かるだろう?」

「ミッション? それはどういう……」

「喋るなって言っただろ、校長! 人質が見えないのか!?」

 

 勇は峰田の首にナイフを押しつける力を更に強く、しかし絶対に傷付けない加減をする。

 長居することは危険を被ると、勇は正しく認識出来ていた。ヒーローと敵対する時のコツは、限界を超えられる前にさっさと主目的を達成させて逃げることだ。

 

「そらそら、観客が増えたぞオールマイト。でも迷うな。さっさと殺したい方を選べ!!」

「意地の悪い聞き方だな、ホント……!」

 

 遠目にも分かるほどオールマイトは強く歯軋りし、口端から一筋の赤い水滴を落とした。

 と、そこで、高台に立つ勇の背後の空間に、霧の波紋が浮かび上がった。

 

「朝木。脳無も含め、全ての人員(・・・・・)の搬送が完了しました。残る貴方と蟻塚が無事に帰還すれば、我々の損失は皆無です」

「ご苦労さん。やっぱ黒霧がいると便利だな。こっちもそろそろ終わりそうだ。ささ、今度こそ帰宅準備だよ、蟻塚ちゃん」

「……ん」

 

 前にもう一歩踏み込み、峰田実を晒し上げる。外傷が無いとは言えど、意識も死んでいる。本人の抵抗は考えられない。

 だから、彼を助けるにはヒーローが独力で現状打破するしかないのだが、

 

「助けたいか、助けたいだろ!? だったら殺せ、何度も言わせるな!!」

 

「……草壁、勇斗くんだったね。こんな事をして、取り返しつかないぞ、君」

 

 オールマイトから自分の名前の発言が出て来て、勇の心が少々ざわついた。

 

「そっちで呼ぶなよ。つーか、平和の象徴に個人として知られてるなんて光栄だな。俺の事はどこで知った?」

「二年前の、祭りだよ」

(祭り、って言うと雄英体育祭のことか。そんなに活躍したかな、俺? 予選敗退だったと思うんだが――――いや、俺の印象が強いのも当然か。チアコスのまま参加したの俺だけだったし。相手に自分の恥部知られてるって、ちょっとやりにくいなぁ……)

 

 心のざわめきが強くなった。が、その程度で動きを乱すほど耄碌してはいない。

 勇は更に追い打ちを加える。

 

 

「『取り返しが着かない』と言ったな、オールマイト。

 

 ――バカ言え。もう終わってるんだ、俺は! 全部捨てたんだ! 恒久の幸せなんていらない!! 取り返す自分なんて、もういらない!! 弱点になるだけさ!!

 

 どうだ、ヒーロー? 救う相手を見つけたお前たちは無類の強さを手にするが、捨てる覚悟を決めた悪役の悪あがきってのも、中々に性質(タチ)が悪いだろう!?」

 

「ッ、……全くその通りだよ、このヘイターめ」

 

 挑発的な揶揄は軽く受け流す。

 相手の土俵に立ってはやらない。理不尽だろうと不条理だろうと、ヴィランに徹して一つも譲らない。自分の主張と要求だけを強引に押し通らせる。

 

「もう時間は十分にやった。これ以上は待たんぞ――相澤消太を殺せ。三秒以内だ」

「ぐ、……も、もう少し考える時間を――」

 

「――――三」

 

 始まった死の秒読み。もう誰の仲介が入ろうと、勇は言葉を止めない。一定の周期で秒を読みし、時間が来たら峰田実の首を刎ね飛ばす。それだけだ。

 

「――――二」

 

 その場の全ての鼓動が一つになった。峰田が殺されたその瞬間、朝木勇を捕縛する準備をする――ヒーローらしからぬそのような発想を大人たちに植え付けて始めた。

 しかし、無意識の表層がその行為を縛っている。子供が死ぬ前提を、ヒーローが待ってても良いのか。

 その辛苦。葛藤。知っている上で、勇はヴィランの理想型を突き詰めていた。

 

「……一」

 

 次だ。次の瞬間、誰かの死が確定する。

 そして、オールマイトの肩が揺れた。相澤を殺す、その行為を容認してしまったのだろう。

 

 勝った――と、不吉に微笑んだのと同時に。

 コンマ数秒の世界で、勇の世界は回り出す。高速の思考が、一つの違和感に気付く。

 

(…………違う。何だ? 想定と――何かが違う! 俺の予定した未来図と、この現実、何かが異なる!! 何だ、何が――何の違和感だコレは!?)

 

 朝木勇でなければ、その微かな差異に気付くことすら無かっただろう。気付くことが出来たのは、彼が並のヴィランより臆病で、広大な視野を持っていたからだ。

 

(――生徒が……さっきまでの数と合わない!?)

 

 一瞥しただけで確信する。

 圧倒的な脅威である平和の象徴から目を離すことは出来なかった。一瞬の油断は敗北と直結する。最高のヒーローは瞬く間に場を蹂躙する力を秘めているのだから。

 よって、この失念は半ば必然だったと言える。しかし、瞬時に、ではなくもっと未然に察知出来ていたなら。それが状況を一気に覆すと、あらかじめ悟っていたとしたら、防げていた――かもしれない。

 

 

「  てめェが指揮官だな  」

 

 

「ッ! 真下!?」

 

 

 ここは水難ゾーン。足音が聞えてこなかったのは、水中を泳いでいたからだ。

 爆豪勝己では無理だ。緑谷出久では届かない。蛙吹梅雨ではたどり着けないし、青山優雅でも、常闇踏陰でも間に合わない。

 しかし、ここは水分を豊富に含む場所。

 

 

 

 

 すなわち、轟焦凍の独壇場である。

 

 

 

 

「凍っちまえ」

 

 

 

 

 氷柱が伸びた。それはもはや、虚空から瞬時に生えたと表現する方が正しいかもしれない。

 例え朝木勇の瞬発力であろうと、物理の臨界に達した速度の超速に、彼の筋肉は反応しなかった。

 

 真下から発生した氷が、『峰田実』の胴体部を包み、勇の左手を巻き込んだ。

 足まで巻き込まれなかったのが唯一の救いだ。晒し上げるように左手を突き出していたのが幸いした。

 が、動けない。

 

(クソッ! これだから強個性は!! 左手が凍って、とれねェッ!! この質量じゃ無理矢理引き抜くのは大幅なタイムロス! 蟻塚ちゃんの怪力でも間に合わない!! だったら、ああクソ! やむを得ん!!)

 

 勇は最適解に至る。

 

 

「蟻塚ちゃん! ちぎれ(・・・)! 黒霧は開け(・・)!!」

 

 

 

「了――っ」

「――解ですッ!」

 

 勇の意図を汲んで、まず蟻塚が、まるで豆腐を砕くかのようにあっけなく、彼の左手を肘から引きちぎった。

 発狂しそうになる自分の口を下唇を噛んで抑え、勇は蟻塚を右手で抱きかかえて振り返ることなく後ろに飛んだ。

 そこで待つのは開かれた黒霧のワープゲート。勇が霧に身をゆだねたその時、氷で覆われた視界が開けた。

 

 

 ――爆発のような轟音。オールマイトは激しい蒸気をまき散らしながら、氷柱を粉砕して峰田を抱え、勇のすぐ眼前に現れた。

 

 

「逃がさん……ッ!」

「いいや、逃げる」

 

 

 修羅の面持ちであるオールマイトと似て、勇も言葉で形容しがたい破綻の表情をしていた。

 憎らしいのか、哀しいのか、それとも嬉しいのか、楽しいのか。

 平和の象徴の絶対火力を間近で目撃した勇は、それを嘲笑する。

 

(オールマイト……単細胞って訳じゃなかったか……ッ。懊悩しているように見せていたのは、轟焦凍の存在を俺に匂わせないための演技だった……!)

 

 ――どうやら、No,1ヒーローは草壁勇斗より一枚上手だったようだ。

 しかし、

 

 

「……残念。朝木勇はその二歩先に居るぞ……!」

 

 

 

 不穏な言霊の音色が残る。

 その直後、連合の全員が撤退を完了させたのだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……クソが、意識、飛びそ――ッ!」

 

 連合アジトに戻った勇は、出血の収まらない左手を抑え込みながらのたうち回っていた。強引に切断された断面は繊維と血肉が乱雑に混じり、骨が露出していた。

 

「超グロッキーじゃねぇか。……大丈夫か?」

「大丈――ブイ!」

「重傷だな、頭が」

 

 冗談交じりの会話だったが、勇の状態は冗談で済む範疇をとっくに逸していた。

 

『出血量が凄まじいな。治療と義手の用意は、僕とドクターが請け負おう』

 

 モニターから先生の微笑混じりの声が聞こえた。簡単に義手を用意できる辺り、やはり連合の後ろ盾であるこの男は裏社会でかなりの権威を持っているらしい。

 となると、既に表舞台から姿を消した、有名なヴィランである可能性が高い。もしかして――と勇の中で仮説が立てられていくが、この場でその考察に意味はない。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……! 右肩に穴が空き、左手は肘から先を失った……! だけど、ハハ、この程度は大した痛手じゃないな……ッ!」

「死にかけの身体でよくそこまで強がれるなァ、大将」

「強がりじゃない、事実だ」

 

 壁に背を預け、勇は辿々しく言った。

 

「そもそも、俺は弱い……。そんな雑魚の石ころ一つ、どれだけ傷付こうと……塵程の損害にもならない。馬糞にクソ引っかけられたのと一緒だ」

「そんなもんか?」

「そんなもんさ。俺の負傷は――連合にとって何でもない些末事。この位で勝ち気になるヒーローは、とんでもない小者くらいだろうぜ」

 

 勇にとっては、個人的な損害は敗北を意味しない――今のように片腕をなくす事態に追い込まれたとしても、それはピンチでも失敗でもなかった。

 自分が何とか死なないように配慮するのは、蟻塚への義理立てだ。彼女は勇がいないと生きていけない。もしも蟻塚という隣人がいなければ、朝木勇は自分が死ぬ羽目になっても下らないと笑い飛ばしていた。

 

 ――俺は人を殺そうとしたのだ。その結果、対価として自身の命を差し出すことになっても、目的さえ達成できたなら、それは連合の勝利を意味していた。

 

「貴方は自己評価が低いんですね」

「高いさ。俺は優秀な天才だ」

「……その結果が、コレですか」

「オイオイ黒霧、仕込みが不発だったとは言え、そもそもオールマイト殺害はお前と死柄木の役目だろう。全部の戦果を俺が掠め取っちゃ、お前らの立つ瀬が無かったんじゃないか?」

「ええ、確かに貴方には助けられた」

 

 黒霧の言葉尻を奪い、死柄木が続ける。

 

「……クソ、クソが、クソッ! ああ、思い出しただけで腹が立つ! 投入した戦力は全て回収――だが、オールマイトは殺せず終い、朝木は重傷だ。これも全部アンタのせいだぞ! 先生! オールマイトは全然弱ってなかった!!」

『違うよ弔。君の見通しが甘かったんだ。僕もね、朝木勇の策ならばと半信半疑でいたが、やはりオールマイトは一筋縄じゃいかないな。一気に殺すのではなく、時間を掛けて徐々に削る方が賢明かもしれない』

「……確かに、ありゃ勝てねぇな。また遊びたいが、ちょっと恐ぇ」

 

 戦闘狂のマスキュラーでさえ、冷静に勝てないと明言させる。オールマイトの力はそれ自体が暴力的だった。

 

「……俺はもう会いたくもない。平和の象徴は大気圏までPlus Ultra(限界突破)してきやがる。この戦力じゃ、まだ時期尚早すぎた」

『ほう? では感想戦といこうじゃないか。今回の連合は……どうだったかな?』

 

 全ての視線は朝木勇に集まる。雄英襲撃の暫定評価は、勇へと委ねられた。

 

 

「メインミッション、達成出来ず。俺は今、すごく痛くて泣きそうだ。でも、蟻塚ちゃんと繋げる右手はしっかり守った。

 

 

 ――だから、約束通りの及第点。俺たちの勝ちだ」

 

 

◇◇◇

 

 

「峰田くん! 峰田くん! どうして目を醒まさないんだ!?」

 

 クラス委員の飯田が、峰田実の頬を叩く。

 呼吸がない。

 鼓動がない。

 ――そんな、まさか……?

 

「俺の氷は芯まで届かないように調整した。言っておくが、それだけ(・・・・)は有り得ねぇぞ」

「ならば……どうして!?」

 

 助けた筈のクラスメイトが目を醒まさない。

 飯田が物言わぬ峰田を揺らす。目を開いて声を聞かせてくれ。

 その時、クラス全員、そして集まった教師全員の視線を集めて、

 

 

「「「……なッ!?」」」

 

 

 ――『峰田実』が、泥のように溶けた。

 

 

◇◇◇

 

 

「ともかくありがとう、トゥワイス(・・・・・)。実らない仕込みではあったが、お前のおかげでアイツらをかなり苦しませることが出来た」

 

 便利屋のコネクションを経由して連れてきた、特別協力員――『同胞十三号』であるトゥワイスは、ボロボロの勇を見て、

 

「気にするな! むしろ、役に立てなくてゴメンな! 一生俺に感謝しろよ!?」

「えっと……前者が本音だっけ? 後者か? それとも両方?」

 

 相反する二つの意味合いを持つ発言を羅列させる男――トゥワイス。彼の個性は『二倍』。対象を複製し、二倍に増やすシンプルな強個性だ。

 

「あの峰田、強度はどのくらいだ?」

「“死体”を二倍にしてるからな! 通常よりかなり脆い! 多分、日常的に喰らう衝撃を何度か受ければ溶けるぜ!!」

「……そうか。だとすれば、そろそろ崩れててもおかしくないかもなぁ」

 

 轟焦凍の氷結で奇襲を受けた時、それはおそらく、勇が雄英襲撃の中でも最も焦った瞬間だった。人質として活用した峰田は死体を二倍にしたものだったので、凍らされた拍子に崩れてしまう可能性があった。

 偽物を本物だと誤認させたままワープできたのは、不幸中の幸いだったと言える。

 

「なあ黒霧、蟻塚ちゃん、また一つ学んだな」

「……ん?」

「学んだ――とは何のことですか?」

 

「最後のオールマイト。アレさ、きっと本当なら俺たちに届いていた。俺たちは、あそこで終わっていた。それが実現しなかったのが何故か分かるか?

 ――安心して、油断したんだ。生徒を助けられたと確信したんだ。その瞬間に陥ったヒーローは、もう限界を超えられなくなる。だから、そいつを引き出した俺たちがオールマイトよりやり手だった! アイツの想定を凌駕した!!」

 

 峰田が溶ける瞬間を見られていたなら、やはりオールマイトは朝木勇たちを逃がさなかっただろう。

 

「そして――今から連合はもう一歩先へ行く」

 

 勇が死柄木を見る。

 そこから伝播した悪意は、二人の間で歪な笑みを共有させた。

 

何点(・・)だ?」

「60、かなぁ」

「……チッ、なら残りの40点は俺たちが埋めてやる。お前があつらえたボーナスステージだ、楽しませて貰うよ」

 

 言葉などいらなかった。

 別室で保管してある峰田実。彼は誘拐後、朝木勇の手によって即殺された。痛みを感じる暇もなく死を迎えたのだから、左手を失い激痛に悶える今の朝木勇より彼は幸せだったかもしれない。

 

 だが、それは前座。より深く暗い恐慌と不幸をまき散らすための前準備である。

 

 

 ――峰田実の死体をどう使うのか?

 ――朝木勇と死柄木弔の間で、言葉による意思疎通は不要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 死柄木たちがアジトを後にした約十分後。

 応急処置を終えた勇の頭を蟻塚は撫で回していた。

 

「勇くん良い子。皆を逃がすために頑張った。あたしのために腕を無くした。優しい、良い子良い子」

「……間違っても良い子ではないし、優しくもないと思うけどなぁ」

 

 朝木勇は苦笑する。

 

「――なぁ、便利屋」

「おっと、その呼び方はもうナシな。俺の名前は朝木勇だ」

「んじゃあ朝木」

 

 落ち着いた声音のトゥワイスが、勇のすぐ隣に座す。

 

「……」

 

 朝木勇の左手に巻き付く包帯は赤く滲んでいて、彼が我慢しているだろう激痛を鮮烈に物語っていた。

 それを見て、トゥワイスは心底不思議に思う。

 自分の知る限り最も切れ者の勇が、どうしてこんな重傷を負ったのか。どうして、こんな危ない勝負に乗り出したのか。

 

「――“二倍”にするのは死体だけで良かったのか? 俺の個性ならあの脳無や、マスキュラーを複製することも出来た」

「……“先生”が言うには、個性の相乗効果で脳無に意志が宿る可能性があるらしい。こっちに従うかどうか分からない。マスキュラーや、死柄木も同様だ。黒霧は、複製して個性の精度を落とされても困るしな。いくつか実験を重ねないと、お前の個性(ちから)は盲信できないよ」

 

「だったら、――朝木。お前を複製しなかったのはどうしてだ? お前の理屈で言うと、無個性なら戦闘力の低下は度外視しても良いだろ」

 

「……ああ、何だ。そんなことを疑問に思ってたのか」

 

 何でもない、嗤ってしまうくらい下らない理由だ。

 言おうとして、勇は自虐的に微笑む。

 

「俺だって、たまには無茶したいさ。男の子だもんなァ……。煮え切らないとムカムカする。

 それに、アレかな。雄英(あそこ)に行くのは、やっぱ本体の俺じゃなきゃ」

 

 複製(ダミー)の見聞きした情報、記憶は本体と共有されない。

 本音を語れば、勇は久しぶりに見たかった。会って、話したいとまではいかずとも、自分の感覚で知りたかった。

 慎重な勇の気質と反対の矛盾した感情。理屈を見つけるのが難しくて、彼は一つの理由をこじつけた。

 

 

「……好奇心ってやつなのかなぁ」

 

 

 

 ××××××

 

 

 翌日、峰田実の『頭部』は丁寧に梱包されて彼の実家へと配送された。

 『両腕』は国立公園の看板に、『両足』は駅前の噴水に、『臓物と肉片』は都内の公道にぶちまけた。

 予定通りとは言え、この猟奇的な手腕には流石の朝木勇も苦笑するしかなく、先生曰く、死柄木弔はここ数年で最も上機嫌だった、とのことだ。

 

 

 街中に散らばったそれぞれの部位は、明け方に発見されるものが多かった。

 

 そのため、日本の犯罪史に残る程凄惨だったこの殺人事件は、後々、人々の間でこう呼ばれるようになる。

 

 

 ――『地獄の明朝』、と。

 

 

 

 

 

 




【速報! 主人公、腕ちょんぎれる!】
 
朝木「畜生ォ! 持って行かれた……! 返せよ! たった一つの左手なんだ!」
 
死柄木「あんまし落ち込むなや」
 
黒霧「ナイスガッツだったよ」
 
朝木「ブドウもぎろうとしただけなのに……シュン」
 
蟻塚「大丈夫? おっぱい揉む?」
 
朝木「君のような胸のないガキは嫌いだよ!!」
 
AFO「愉悦!!」
 
 
 
峰田「解せぬ」
 
 
 
 
 
ブドウは犠牲になったのだ……。次回、反響。
 

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