「……なぁ、低脳」
「なんだ、頭でっかち」
「改めて……状況を整理してみよう」
片手でその黒髪をかきあげながら甚平を着た青年――
思わず同じ部屋にいる、Tシャツにスウェットというラフな格好の青年――
二人が通う大学近くにある、長久が住んでいる家の一室で二人はそんな間抜けな絵面を晒していた。
「それじゃあ俺は友奈が待つ自宅に帰らせてもらいますね」
「おいバカ待て。待って……お願い……一人にしないで……」
立ち去ろうとする咲也の服を掴んで懇願する。
長久はうどん以外作れないポンコツだ、食料に関するアイデアは料理ができる咲也がいなければろくなことにならない気がしていた。
あと単純に議論する相手が欲しい。一人だと見切り発車しそうでダメだった。
「しょうがないなぁ……」
「残ってるのはカップ麺が一つ、そして給料日は五日後だ。……なにか俺が生き残るためのアイデアはないか?」
「絶望的ですね、やっぱ帰らせてもらいます」
「待って……待って……お腹空いたよぅ……」
一度座ったのに再度立ち上がって帰ろうとする咲也。それを必死こいて止める長久。あまりにも情けない絵面だった。
とはいえそんな恥も外聞も投げ捨てた長久に絆されたのか、咲也が大きく溜息を吐いて改めてちゃぶ台の前に座り込む。
それにありがとう……ありがとう……と長久は感謝を捧げつつ、それでいい案はないかと咲也へと問いかける。
「……それこそぐっさんのとこ行けばいいんじゃないの? 好きな人と過ごせて、飯にもありつける。一石二鳥じゃん」
「オメー千景のとこでまともな飯食えると思ってんの??」
「ごめん」
親しい人間の間では千景が家事能力/Zeroなのは周知の事実だ。それもできないんじゃなくてやらないのだからタチが悪い。彼女の主食はコンビニ弁当である。
無論、冷蔵庫にも食材はないだろう。例えあっても長久はうどんしか作れないのだが。
「金借りる……のは宛てがあったらもうやってるか」
「最終手段ではあるけど。まぁ給料日までだし、やれるんだったらやってる」
うーん、と二人揃って唸る。しかしなかなかいい案は出ない。
だがまぁそれも当然だろう、この状況をどうにかする術を即座に思いつくような人間であれば、そもそもこんな状況に陥っていない。
大学生らしいと言えば聞こえはいいが、端的に言えば二人は考えなし、バカとでもいうべき大学生だった。
「つーか咲也は今後飯どうすんだよ、金ないんだろ?」
「いや、友奈との生活費は別で確保してるから家に帰れば飯はある」
「えっ、お前にそんな知能が!?」
「東郷に教えてもらった」
「なるほど」
東郷ママに教えてもらったなら当然だ、と長久は大きく頷く。
基本的に咲也は東郷に逆らえない。咲也自身の性格と、幾度となく吊るされてきた経験が逆らうことを許さないのだ。最近は咲也とバカをやり過ぎて長久もセットで怒られることがあるので、そこら辺は長久もよくわかっていた。
「じゃあ、まぁ飯には困らんのかお前……」
「東郷には感謝してるわ……胃薬送っとこ」
金があったら俺も胃薬送るんだけどなぁ、と長久は呟く。
最近東郷は幼馴染たちの恋愛模様でかなり胃を痛めているらしい。そこら辺ちゃんと気を遣わないとな、というのは長久と咲也の共通認識だった。
だから今回の金欠の件も東郷にだけは相談することはできない。
「東郷ママに聞けば圧倒的なママ力でいい解決案を提示してくれそうな気もするんだけどなー」
「お前……すっかり東郷のことママって呼ぶよな……」
そこはもう仕方ない。長久としては友達のお母さんの感覚なのだから。
あれである、幼少期に友達のお母さんのことをその友達の名字とママを合わせて呼ぶあのノリである。
「……あ、そうだ! 長久、日雇いとかはどうだ? 当日とか翌日にお金貰えればどうにかなるだろ」
「飯が食えてないので働くためのエネルギーがない」
ぐうぅ、とタイミングよく長久の腹が鳴る。それにほらな、と長久が肩を竦めれば、咲也が戦いた顔でポツリと呟いた。
「お前……まさか自由に腹を鳴らす能力を……!?」
「……実は、な。お前がいない間に練習してたんだ」
そこでもう一度、ぐぅ、と長久の腹が鳴る。
それを聞いて長久と咲也は思わず揃って声を上げて笑ってしまった。
「おまっ、お前! っはは、タイミング完璧過ぎるだろ!」
「ハハハ! いや、俺流石過ぎるわ! ほんとにこれ任意で腹鳴らせるんじゃねぇの!?」
もっかいやってみろよ、と咲也に言われ、長久が鳴れと念じる。そして次の瞬間また腹が鳴って二人で大爆笑。
そうやってクッソくだらないことをやって、ひとしきり笑いあった頃。それぞれ寝転がっている時に、ポツリと長久が呟く。
「あー……マジで腹減った……」
「本当に弱ってそうで笑うわ」
笑い事じゃない、と突っ込む元気も残っていない。ちょっと真面目に腹が減りすぎて、長久若干気持ち悪さすら感じ始めていた。
それに流石に限界を見たのか、咲也が部屋に置いてあった私物からいそいそと何かを取り出す。確かある日突然届いて、後から確認したら咲也が勝手に注文していたものだったかと長久が思っていると、咲也が躊躇いがちに口を開いた。
「その……本当にどうしようもなくなったら、って思ってたんだけど……」
「ん?」
「テレビで見ただけだし、本当かどうかわからないから……」
「……何をそんなに躊躇してるんだよ」
お前らしくもない、と長久が言うと、ゆっくりと咲也が手にしているものを差し出してくる。
それはゲームのパッケージであった。可愛らしい女の子が複数描かれたそれは、長久はあまりやらないが所謂ギャルゲーという分類のゲームだろうか。
そんな風にパッケージを見ていると、咲也がとある箇所を指差す。
何だろう、じっと見てみると『18 X-rated』の文字。――すなわち、十八禁。エロゲである。
「なんで!?」
「なんか、食欲と性欲は直結してるってテレビで……」
「マジで!?」
ちゃんと見てないから曖昧だけど、という咲也の言葉を聞きつつも長久の意識は衝撃の事実に引っ張られる。
つまり定期的に抜いていれば食欲は抑えられる……?
冷静に考えるともし咲也の言が事実であっても、あくまで抑えられるのは食欲であり、実際に食べたわけではないのだから空腹であるという事実は変わらないのだが。
そこら辺に全く気づかないあたり、長久は結構空腹に負けて追い込まれていた。
「いや、だが……つまり俺達は男二人でエロゲをやるのか……?」
「そういうことだな」
「地獄か……?」
「でも面白くない?」
「おっしゃやろうぜ!!」
面白そうならやる。二人は実にバカな大学生だった。勢いだけで生きているとも言う。
「でもこれインストールの時間が暇だな……」
「なら長久、エロサイト探して遊ぼうぜ!」
「いいなそれ、やるぞオラッ」
何が楽しいのか。いや、まぁ空腹過ぎてテンションがおかしくなった結果、何でも楽しくなってしまっているのだが。
ゲラゲラと馬鹿笑いしながら長久と咲也はエロサイトを漁り出す。
適当に性癖について話したり、途中でこれからやろうとしているエロゲのサイトへいって誰を攻略するかの話しなどをし始めていた。
「なんか……こう、知り合いに似てるキャラが何人かいて戸惑いしかない……」
「えぇ……このキャラ友奈に似てる……」
エロゲのキャラが実際の知り合いに似ていて物凄い気まずさを覚えたりするハプニングもあったが。
そこで若干思考がフラットに戻りつつもまだまだネジは緩んだまま。エロゲのインストールが済んだとみるや否や、即座に起動してみる二人。
「どうする咲也、フルスクリーンでやる?」
「二人でやるならフルスクリーンの方が見やすいんじゃない?」
なるほど、と長久が軽く操作してフルスクリーンへと切り替え、ついでにモニタの位置を調整して二人で見やすいような状態にする。
それからいざ始めるか、と操作をしようとして。長久はふとあることに気づく。
「……あれ、これ選択肢とか出てきたらどっちが決めんの?」
「……どうしよっか」
咲也もなにも考えてなかった。
うーん、と二人揃って頭を捻る。多数決は二人じゃできないし、毎回議論を挟んでいては無駄に時間がかかる。
明らかにテンションのおかしい二人でもそれくらいの判断はできた。
そこで長久はああ、それなら、と一つのことを思いつく。
「咲也、お前よく恋愛関係でマウント取ってくるけどさ。ちょっと俺疑ってるんだよね」
「え?」
「恋愛に自信あるなら、自力で攻略キャラのルート入れるよな?」
「できらぁ!!」
というわけでプレイヤー決定、基本的に咲也が選択肢を選ぶ担当となる。
長久は咲也の選択肢が正しいのかを確認するために先に攻略を見て、ほーんという顔をしていた。
「んで、咲也は結局誰攻略すんの?」
「とりあえずは序盤をやってみてかなー、とは思ってるけど」
咲也はゲームを自動再生モードに切り替えて垂れ流しにしつつ、とりあえずと画面に映るキャラを指差す。
「「この女だけはない」」
姉ポジの攻略対象キャラを見ながら、二人はそう声を揃えた。
「いや、グラフィックはともかく、声がな……」
「おばさんじゃんこれ」
「バカっ、はっきり言うんじゃありません」
とはいえ長久も咲也の意見を否定はしないのだが。いくらエロゲ声優とはいえ、これはちょっとないと長久も咲也も困り顔だった。
しかし序盤であるため基本的に各キャラの出番は平等。しかも姉ポジともなれば、日常生活にも食い込んでくる。
結果として長久たちは一番興味のないキャラのシーンをそこそこ見なければならなくなってしまう。
「出てけ! うちから出ていけ!」
「妹だ! 妹の方に変われぇ!!」
その結果がこれだった。なまじ二人揃って気に入ったのが妹ポジのキャラだったから質が悪い。
設定的に姉ポジキャラは同じ家なのに妹ポジは隣の家なのがいけなかった。
二人の姉ポジへの憎しみは強い。
「……なぁ長久」
「ん?」
「これ思ったより選択肢なくない……?」
「あー……」
加えて。序盤だけかは不明だが、プレイヤーの操作が要求される場面がかなり少ない。
選択肢が表示されることがほとんどないのだ。その結果、二人ができるのは野次を飛ばすことだけだった。
「……割と暇だな……」
「結構虚無いぞこれ」
そして操作の機会が少なければ、よっぽどストーリーが面白くなければつまらないものである。序盤ではそうそう盛り上がるシーンなどないし、長久たちは早くも飽きがきていた。
「ていうか腹減った……」
更に序盤ではエロシーンもないため、性欲と食欲が直結してようが現状では空腹は誤魔化せない。ついでに言うなら隣に友人がいる段階でエロシーンで興奮するもクソもないので、やっぱり考えなしであった。
「俺も腹減ってきたな……」
「まさかお前、俺を置いて自宅で飯を食う気では……?」
咲也が長久から顔を逸らす。長久はあまりの絶望に膝を着いた。そして鳴る長久の腹。
それを聞きながら咲也はごめん、と小さく謝ろうとしてふと、一つのことに気づく。
「俺の家で長久も飯食えば万事解決する……?」
「あっ」
今更それに気づくあたり、やはり二人とも勢いで生きるバカな大学生だった。
Q:ゆゆゆ原作でやる必要性は?
A:ないですね。